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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第22話:騎士団長会議






***




「これより……」


 皇宮の広大な評議の間に、声が響き渡った。


「騎士団長会議を開催いたします」




 声の主が宣言すると、室内は厳粛な静寂に包まれた。




 皇宮内の大広間。


 高い天井には美しい細工が施され、大理石の床には色鮮やかでふかふかとした絨毯が敷かれている。




 広間の中央にどっしりと置かれているのは、巨大で重厚な円卓だった。


 その円卓をぐるりと囲むようにして、帝国の各騎士団の団長たちが席を埋めている。




 マクスもまた、その円卓を囲む一人だった。




 まだ二十代後半の彼は、集まった団長たちの中で一番若い。


 がっしりとした大きな体格をしており、軍服の上からでも、その鍛え抜かれた分厚い筋肉がはっきりとわかる。


 一目見ただけで、いかにも勇猛で力強い戦士だと伝わってくる姿だった。




 彼は今、円卓の末席である、入り口に一番近い席に座っていた。


 彼の爵位は子爵であり、この場に集まった貴族たちの中では最も身分が低い。


 しかし、彼が担っている役職は決して低いものではなかった。




 帝都騎士団、副団長。




 帝都騎士団は、帝国全土で最も規模が大きく、最大の勢力を誇る帝国の主戦力である。


 その指揮官になることは、武を志す者にとって最大の目標である。


 エリート中のエリートだけが座ることを許される憧れの地位だった。




 マクスは、そんな競争の激しい帝都騎士団の副団長の座に、帝国史上最年少である二十代後半で上り詰めた。


 だからこそ、彼の実力は誰もが認める確かなものだった。




「皇帝陛下におかれましては……」


 引き続き、司会を務める男の声が響く。


「ご体調が優れず、本会議へのご臨席が叶いません。つきましては、私が進行を務めさせていただきます」




 そう宣言した彼は、皇宮騎士団団長、シュバルツ侯爵だった。


 五十代前半のぽっちゃりとした男である。


 剣など一度も振るったことがないに違いない、まったく鍛えられていない太った体をしている。




 人当たりの良さそうな表情を浮かべており、人の良さは伝わってくる。


 だが、騎士としての威厳や鋭さといったものは、欠片も感じさせない男だった。


 実際のところ、皇宮騎士団という組織は戦力というより、皇宮の飾りのようなものであり、団長も武芸の腕前よりは社交性で選ばれる傾向にあった。




「本日、皆様にお集まりいただいた理由は、他でもありません」


 シュバルツが言葉を継ぐ。


「つい先日、皇帝陛下の命に背いて脱獄した大罪人、『魔女リリス』の追撃隊を決定するためです」




 マクスはそれを聞きながら、円卓の自分の席に置かれている一枚の紙に目を落とした。


 それは昨日から帝都全域に出回っているチラシだった。


 ヘッドラインには、大きくこう書かれている。




『悪魔の子、脱獄』




 その文字の下には、彼女の似顔絵が白黒で大きく描かれている。


 十七歳という年齢相応の、整った顔立ちの少女だ。




 ほんの少しでも微笑んでいれば、普通の可愛らしい少女、いや、相当な美少女にも見えなくもないだろう。


 しかし、その顔には感情がなく、あまりにも無機質な無表情をしている。


 そのせいで本来の魅力は消え失せ、まるで冷血な殺人鬼のように見えてしまっていた。




 そして、その姿をさらに禍々しくしているのが、髪の毛の描かれ方だった。


 電気を帯びているのか、髪の毛はふわりと宙に浮き、まるで獅子のたてがみのように顔の周りで揺らめいている。


 非現実的で、不気味としか言いようがなかった。




 そもそも魔女という時点で非日常的な存在ではあるものの、


(電気を使う魔女など……聞いたことがないぞ)


 マクスは心の中でつぶやき、さらに下にある説明文へと視線を移した。




 逃亡者の特徴が記されている。


 金髪、白い肌、緑色の瞳、灰色にくすんだ長袖シャツ、膝の擦り切れた地味なズボン、安物の革靴、赤茶色の古びたフード。


『常に体から電流を放っているため、不用意に接触してはならない』ともある。




 引き続きマクスの注目を引いたのは、もう一つの説明文だった。




(付き添いが、いる……?)




 逃亡者には男性の同行者がいるらしい。


 黒髪に青い瞳、背丈は百八十センチ前後。


 服装は飾りのない白い綿のTシャツに、厚手で丈夫な青い布地のズボン、前開きのスリッパ。




 そして、その末尾には、警告を促すようにこんな一文が添えられていた。




『同行者の男は、極めて危険。大木を体当たりでなぎ倒すほどの異常な怪力の持ち主である』




「あり得ない……」


 つい、マクスの口から独り言が小さくこぼれた。




 人間が体当たりで大木をなぎ倒すなど、体に電気が流れる魔女よりも馬鹿げている。


 俗なチラシである以上、多少の誇張が混じるのは仕方がない。


 だが、それにしても度が過ぎた冗談だと彼は思った。




「そのような次第でして……」


 マクスが一通り手配書に目を通し終えた頃、シュバルツののんびりとした声が再び彼の耳に届いた。


「早急に、あの魔女を捕らえるための追撃部隊を編成したく存じます。どなたか、ご意見のある方はいらっしゃいますか?」




 その問いかけに対し、円卓は沈黙に包まれた。




 その様子を眺めながら、マクスは誰にも聞こえないように、小さくため息をつく。




 この沈黙の理由は明確だった。


 特に魔女リリスに怯えているわけでも、対策を熟考しているわけでもない。


 ただ単純に、誰もこの案件に興味がないのだ。




 今、この円卓には帝都だけでなく、地方の有力な騎士団長たちまでもが集まっている。


 つまり、帝国の名立たる重鎮たちが顔を揃える場である。


 表向きは仕事のために集まっているように見えるが、実際のところは、お偉いさんたちの親睦会のようなもの。




 例えるなら、貴族の奥様たちが開くお茶会の、騎士団長版といったところである。


 彼らにとっては、この会議が終わってからが本番なのだ。


 結局のところ、この場でこの一件を真面目に考えている者は、マクス以外に一人もいないと言ってよかった。




(……まあ、どうでもいい。かえって好都合だ)




 マクスは静かに手を挙げた。


 全員の視線が彼へと集まる。




「帝都騎士団副団長、マクス殿」


 シュバルツが手で促すようにして、マクスの名を呼んだ。


「何かご意見がおありでしたら、どうぞお聞かせください」




 するとマクスは席から立ち上がり、単刀直入に言った。




「その任務、私がお引き受けいたします」




「………」




 円卓を包む静けさは、特に変わらなかった。




 そしてそれは、マクスの予想通りの反応だった。


 結局のところ皆、一番身分の低い者に面倒事を押し付けて、さっさと会議を終わらせたいに違いない。


 故にマクスの方から早々に名乗り出てくれたことは、彼らにとって願ったり叶ったりだろう。




「おお、それは心強い」


 そんな空気を裏付けるかのように、司会のシュバルツが明るい顔で言葉を添えた。


「帝都を騒がせている重大な案件ですからな。今もっとも将来を嘱望されているマクス殿にお任せするのが道理というものでしょう。私は賛成いたしますが……皆様の中で、他に何かご意見がある方はいらっしゃいますかな?」




 聞くまでもないだろうと、マクスは思った。


 だが一人だけ、浮かない顔をした人物がいた。


 彼がゆっくりと手を挙げると、シュバルツがその名を呼ぶ。




「皇帝直下騎士団団長、ゴドフリー殿」




 するとゴドフリーは席を立たず、座ったまま言い放った。




「俺は反対だ」




 敬語すら使わない無遠慮な物言いだったが、それを咎める者は誰もいない。


 それだけで、彼がこの円卓でどれほどの地位にあるのかが窺える。


 実際、彼が座っているのは、空席となっている皇帝の上座のすぐ右隣だった。




 唐突な反対意見に、シュバルツは少し戸惑いながら尋ねた。


「……その理由を、お聞かせ願えますかな?」


 するとまたしても、短くはっきりとした答えが大広間に響き渡った。




「マクス副団長では、力不足だからだ」




 マクスは睨みつけたい気持ちをぐっとこらえ、姿勢を正した。


 そして、精一杯表情を引き締め、面倒くさそうに横目でこちらを見ている彼と視線を合わせた。




 皇帝直下騎士団団長、ゴドフリー伯爵。




 事実上、帝国軍の頂点に立つ組織のトップである。


 帝都でも指折りの有力貴族の当主。


 だが、彼は家柄だけでなく、武人や政治家としても華麗な実績を持つ男だった。




 彼はこの広間にいる誰よりも簡素な軍服を着ていた。


 真の強者である彼に、自身を飾り立てる必要などない。


 自らの力をことさらに見せびらかなくとも、誰もが知っている。




 乱れ一つなく整えられた短い黒髪に、岩のように険しく引き締まった顔つき。


 感情を一切見せない無表情と、鋼のように真っ直ぐな姿勢からは欠片ほどの隙も感じられず、射抜くような重く鋭い視線が周囲を圧迫している。


 いかにも厳格で、古き伝統と規律を何よりも重んじる、昔ながらの武人といった佇まいだった。




 到底歯が立たないような、遥か格上の人物。


 そんな相手に真っ向から立ち塞がられてしまうとは。


 いかに負けん気の強いマクスであっても、少しは気圧されるしかなかった。




 シュバルツが少しばつが悪そうな笑みを浮かべながら、周りを無性に見まわす。


 そしてゴドフリーに問いかけた。


「帝都騎士団の副団長が力不足となると……一体、誰を向かわせるべきとお考えでしょうか?」




「決まり切っている」


 ゴドフリーは断言した。


「聖騎士団団長、イヴァヌエルだ」




 その名が出ると、円卓に少しばかりざわめきが起こった。


 すかさず、シュバルツが異論を唱える。


「ですが、ゴドフリー殿。彼はすでに一度、魔女リリスを取り逃がしております。今回の脱獄事件も、そもそもはイヴァヌエル団長の監視が行き届いていなかった落ち度によるものでは……」




「それがどうした」


 シュバルツの言葉を遮り、ゴドフリーがぴしゃりと言い放つ。


「任務に失敗はつきものだ。一度の失態で彼の実力が損なわれるわけではない。むしろ、魔女リリスと、その同行者の力を身をもって知った彼以外に適任があるものか。そもそも……」




 ゴドフリーが円卓につく者たちを鋭く一瞥する。


 皆の顔つきがさらに引き締まった。


 やがてゴドフリーは再びシュバルツへ視線を戻し、問いただすように言った。




「イヴァヌエル団長はどこにいる? 魔女リリス一行について最も詳しく知っているはずの彼が、なぜこの会議に姿を見せないのだ?」




「そ、それは……」


 恐る恐るといった様子で、シュバルツが答える。


「イヴァヌエル団長は爵位を有していないため、この場に同席させる資格が……その、身分上ふさわしくない故……」




 シュバルツがそう言葉を濁すと、ゴドフリーの表情に明らかな軽蔑の色がにじんだ。




「そんなくだらない理由で……」


 低い声で独りごちた後、ゴドフリーは怒声を上げた。


「貴公らは、事態の深刻さがわかっていないのか!」




 円卓の上に、凍りつくような沈黙が降りた。




 そこへさらに、吹雪のような厳しい叱咤が飛ぶ。


「たかが魔女一人を捕らえるだけの些細な事件に、なぜ皇帝陛下がわざわざ騎士団長会議まで開かれたのか……貴公らはまるで理解していないようだな。ひどく勘違いしている者が多いようだから、この際はっきり言っておく。ここは国家の命運を左右する軍事会議の場なのだ。貴族たちが世間話に花を咲かせながら紅茶をすする、優雅なお茶会などではない! この議題に真剣に向き合えない者は、今すぐここから立ち去るがいい!」




「………」


 当然ながら、本当に席を立つ者など一人もいなかった。




 その様子を見て、マクスは内心胸のすく思いがした。


 自分がずっと言いたかったことを、ゴドフリーがすべて代弁してくれたからだ。


 彼に自分を否定されたことへの不満など、一気に吹き飛んでしまうほどの痛快さだった。




 しばらくの間が空く。


 そして円卓を囲む霜がそろそろ溶けそうになる頃――


 静かになったゴドフリーの声が続く。




「これは『静かの海』にかかわる案件だ」




 空間を歪ませるほどの怒気は、すでに彼の表情から消え去っていた。


 普段の冷徹さを取り戻した彼は、よく通る声で演説した。




「どうやら皆、すっかり忘れてしまっているようだから、改めて語っておく。二十年前、魔女『サラ』によって帝都の中心に隕石が落とされた。大勢の国民が命を落とし、街は破壊され、計り知れないほどの被害が出た。


 その時にできた巨大な窪地は、復旧の目処が立たず、二十年が経過した今も放置されたままだ。被害の規模があまりにも大きすぎたため、被災者への生活支援が最優先され、未だに廃墟の整理にすら手が回っていない。


 ……二十年も経ったのではない。


 まだ二十年しか経っていないのだ」




 ここで、ゴドフリーは少しだけ間を置いた。


 その静寂の中、マクスは円卓の団長たちを見渡す。


 先ほどまでのんきに構えていた彼らの顔が、ようやく緊張で引き締まっていくのがわかった。




 そしてそれは、マクス自身とて例外ではない。


 隕石が落ちた日、マクスはまだ幼い子供だった。


 だが、あの日の記憶が脳裏から消えることはない。




 深夜、ベッドで眠っていたマクスは、突如として襲いかかった爆音と激しい揺れに跳ね起きた。


 世界がひっくり返ったかのような轟音。


 地響きとともに家全体が激しく軋み、窓ガラスが粉々に砕け散って部屋の中に降り注いだ。


 棚からは物が雪崩のように落ちてきて、床に叩きつけられる鈍い音が響く。




 幸い、マクスの家は落下地点から距離があったため、家そのものが倒壊するような事態には至らなかった。


 だが、暗闇の中で外から聞こえてくる人々の悲鳴と、遠くの空を赤黒く染め上げる不気味な光――


 それは、幼い心に強烈な恐怖を刻み込んだ。




 そして数日後、被害の中心地である帝都中央広場へと足を踏み入れた時の、あの光景……。




 いつも活気に満ち、大勢の人々が行き交っていたはずの広場は、完全に跡形もなく消え去っていた。


 そこにあるのは、見渡す限りの瓦礫の山と、底が見えないほど巨大なクレーターだけ。


 鼻をつく土埃の匂いに混じって、生臭く焦げたような異臭が漂っていた。




 崩れ落ちた建物の下敷きになった者、逃げ惑う途中で息絶えた者……。


 道端には、布を被せられただけの亡骸が、まるで壊れた人形のようにいくつも転がっていた。


 自分がよく知っていた美しく賑やかな場所は、一瞬にして死の匂いが立ち込める地獄へと変貌していたのだ。




 やがて人々は、その巨大な窪地を『静かの海』と呼ぶようになった。


 もともと『静かの海』とは、魔女サラを信奉する狂信的な集団の名前である。


 彼らがなぜそう名乗っていたのかは知られていない。


 しかし、帝都の中心で不気味なほど静まり返っているその巨大な跡地は、まさに『静かの海』という言葉がぴったりだった。


 そのため、自然と窪地そのものを指す名前として定着していったのだと言われている。






「……まだ『静かの海』の残党は生き残っている」


 ゴドフリーの演説は続く。


 マクスも他の出席者たちも、皆が彼の言葉に聞き入っていた。




「奴らは今も帝都のどこかに身を隠し、密かに息を潜めている。理由はいまだに不明だが、奴らは帝都の崩壊を、そして帝国の滅亡を望んでいる。そこで、今回の魔女リリスだ。もしあの残党どもと、雷を操る大規模魔法の使い手である魔女が手を組んだと想像してみろ。それはまさに、第二のサラという悪夢が蘇る事態になりかねないのだ」




 すると、騎士団長のうち一人が口火を切った。


「しかし、魔女リリスはまだ十七歳だと聞いております。『静かの海』が引き起こした事件の後に生まれた娘です。いくらなんでも、当時の残党と結託する可能性は低いのではないでしょうか」




「いや、可能性は捨てきれん」


 また別の騎士団長が意見を述べる。


「聞くところによれば、あの娘は幼い頃から『悪魔の子』と呼ばれ、人々からひどく疎まれて生きてきたそうじゃないか」




 さらに別の者が続く。


「ですな。これまでは単なる噂話の類として受け取る者も多かったようだが、今回の脱獄事件で彼女の存在が公になり、民衆はすっかり怯えきっている様子」




 また別の団長も深刻な顔で頷く。


「あの娘は、育った孤児院でも虐待を受けていたと聞きます。世間に対する恨みは、さぞかし深いものに違いない」




「その通りです」


 相次ぐ肯定。


「その強い憎しみに目をつけた『静かの海』の残党が、彼女をそそのかしでもしたら……」


「第二の大災害が起きるというのも、決して絵空事ではないかもしれん」




 そうして団長たちが次々と意見を交わしていく様子を、ゴドフリーはいつの間にか静かに気配を潜め、じっと耳を傾けていた。


 こうして大広間はようやく、軍事会議にふさわしい厳粛な空気を漂わせていった。




「ですが……」




 議論が深まる中、ずっと黙って聞いていたマクスがようやく口を開いた。


 事態の深刻さは痛いほど理解できた。


 だからこそ、先ほど頭ごなしに任務を拒否されたことに、彼はどうしても納得がいかなかった。




「今回の件が極めて重要な案件だということは、よく分かりました。しかし……ならばなぜ、私では不適格なのでしょうか?」




 マクスは真っ直ぐにゴドフリーを見据えて問う。


 その言葉に、円卓の視線が一斉にマクスへと集まる。




「確かに……」と、同意するように呟く団長もいた。


 無理もないことだった。


 マクスは現在、帝国軍において最も将来を嘱望されており、武人たちの間で最も熱い注目を集める、いわば軍きっての若き新星なのだから。




 ゴドフリーはマクスへ視線を向けた。


 そこに先ほどの怒気はなく、ただ静かで冷静な光だけが宿っている。




 彼は言った。


「貴公は、雷に打たれても気絶しない自信があるのか?」




「………」




 そのあまりにも単純で決定的な一言に、マクスはぐうの音も出ず、ただ押し黙るしかなかった。




 ゴドフリーは、言葉に詰まるマクスへさらに畳み掛ける。


「体当たりで大木をなぎ倒すような男と、真正面から組み合って互角の力勝負ができるのか?」




 しばらくの沈黙の後、マクスは逆に問い返した。


「イヴァヌエル団長には、それができるというのですか?」




「そうだ」


 ゴドフリーはきっぱりと断言した。


「イヴァヌエルには、それができる」




「信じられません」


 それは彼だけでなく、円卓を囲む多くの者たちが密かに抱いている疑念でもあった。




「恐れながらお尋ねします」


 マクスは率直に問うた。


「ゴドフリー殿は、実際にそれをその目でご覧になったのでしょうか?」




 すると、ゴドフリーは答えた。


「私自身が直接見たわけではない。だが、聖騎士団の者たちや、数多くの兵士たちが目撃している」




 その言葉に、マクスの声に少しばかり勢いが増した。


「では、ゴドフリー殿ご自身がその目で確認されたわけではないのですね?」




 マクスを見据えるゴドフリーの瞳に、ほんのわずかな哀れみの色が浮かんだ。


「では貴公は、あれほど多くの者たちが揃いも揃って嘘をついているとでも言うのかね?」


 威厳を保ちながらも、まるで聞き分けのない子供を諭すような口調だった。




 その指摘に、マクスは途端に自分の浅はかな反論を恥じた。


 気まずい空気を誤魔化すように、円卓のあちこちで団長たちが小さく咳払いをする音が響いた。




「あれは確かに、にわかには信じがたい武勇伝に聞こえるだろうが……」


 ゴドフリーは言葉を継いだ。


「あり得る話だ。魔女リリスや同行者の男の力はさておき、少なくともイヴァヌエルの力に関しては、私が保証しよう」




手放しでイヴァヌエルを認めるかのようなゴドフリーの態度に、マクスは次第に腹立たしさを募らせていた。


「……なぜ、そこまで言い切れるのですか?」




 その場に、長々とした沈黙が流れた。


 問いかけられたゴドフリーが、円卓に視線を落としたまま、ふいに押し黙ってしまったからだ。




 皆が静かに次の言葉を待つ。


 決して嘘や言い訳を取り繕っているわけではない。


 どう説明するべきか、彼が真剣に考え込んでいることは誰の目にも明らかだった。




 やがて、ゴドフリーがゆっくりと口を開く。


「貴公は『超越計画』について、聞いたことはあるか?」




 その一言に、円卓のあちこちから小さなざわめきが起こった。




 マクスは小さく頷き、答えた。


「……詳しくは知りません。昔、帝国が極秘裏に進めていた、「人間兵器の開発する計画」だという噂を聞いたことがある程度です」




 実際のところ、マクスはそれが実在するのかさえ怪しい、ただの作り話だと思っていた。


 そんな言葉が、他でもないゴドフリーの口から飛び出したのだ。


 それが意味することは、ただ一つ。




 あの計画は、決して単なる噂話などではない。




「イヴァヌエルは……」


 マクスの考えを裏付けるように、ゴドフリーが言葉を続ける。


「その『超越計画』の生き残りだ」




「………っ!」




 さざ波のようだった円卓のざわめきが、一気に大きくなった。


 あちこちから信じられないといった嘆息が漏れ、戸惑いの声が交錯する。


 団長たちは皆、必死に座席で平静を保とうとしながらも、その顔には明らかな動揺と混乱が浮かんでいた。




「あいつは化け物だ。人間じゃない」


 吐き捨てるように言い放ったゴドフリーの声。


「つまり、化け物の相手には、化け物がちょうどいいということだ」




 その言葉を聞いたマクスは、密かに募らせていた鬱屈とした感情が、すっかり晴れていくのを感じていた。




(なんだ……人間じゃなかったのか)


 彼はずっと、心の奥底でイヴァヌエルに対して劣等感を抱いていたのだ。


 しかし、相手が人間ではないとわかれば、話はまったく変わってくる。




 劣等感も嫉妬も、自分と同じ「人間」に対して抱くものだ。


 初めから規格外の化け物であるならば、張り合う意味すらない。


 そう気づいた瞬間、胸の奥につかえていたものが一気に吹き飛び、マクスの心は嘘のように軽くなっていた。




「それに」


 ゴドフリーは言葉を続けた。


「奴を差し向ける理由はもう一つある。イヴァヌエルの排除だ。奴が魔女たちを討ち取ればそれでよし。逆に返り討ちに遭って死んだとしても、それはそれで構わん。あれほどの力を持つ化け物は、いずれ我が帝国にとっても大きな脅威となる。どのみち、いつかは排除しなければならない存在だ」




 その言葉を聞いて、円卓を囲む団長たちの間に、じわじわと満足げな空気が広がっていく。


 帝都で英雄として持て囃されるイヴァヌエルを疎ましく思い、目の敵にしていたのは、どうやらマクスだけではなかったようだ。




「というわけだ」


 ゴドフリーは、場に広がったざわめきを丸く収めるように言い放った。


「脱獄した魔女リリス一行の追撃、および処断の任務には、聖騎士団団長、イヴァヌエルを任命する」




 その言葉が落ちると、円卓を包んでいたざわめきは潮を引くように消え去った。


 わだかまりがすっかり解け、誰もが納得したような、整然とした沈黙が場を支配する。




「では」


 司会を務めるシュバルツが口を開き、円卓の面々をぐるりと見渡した。


「異議のある方はおられますか?」




 当然ながら、異論を唱える者などいるはずがなかった。


 皆、静かに頷くか、押し黙ったまま同意の意思を示している。




「……異議なしと認めます」


 シュバルツが、厳かに結論を告げた。


「それではこれをもって、本任務はイヴァヌエルに委任することを正式に決定といたします」




 重苦しかった空気は完全に払拭され、円卓にはようやく肩の荷が下りたような、すっきりとした空気が広がった。




「それでは、これにて本日の騎士団長会議を閉会といたします」







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