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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第2話:悪魔の子(2)






***




「あんた、ここで何をしているのよ!」




 怒声と共にドレスルームへ踏み込んできたのは、一人の中年女性だった。


 朝礼の際に顔を合わせていた、この皇宮を取り仕切るメイド長だ。


 彼女は凄まじい形相で、後ろに数人のメイドを引き連れていた。


 移動中に偶然通りかかった様子で、彼女たちは一団となってリリスの元へ詰め寄る。


 メイド長が、まだ中にいたリリスの手首を掴んで外へと引きずり出した。引き続きドレスルームの扉を固く閉ざす。


 掴んだ手首を離さぬまま、メイド長は足早に歩き出した。


 リリスはそのあまりの力に抗えず、引きずられるように付いていくしかない。


 鋭い視線がリリスを射抜く。


 歩調を緩めぬまま声が降ってくる。


「誰がここに入っていいと言ったの?」


「い、いいえ。私はただ、道に迷い込んでしまって……」


「そんな言い訳が通じると思っているの!扉は閉まっていたはずよ。ここがどなたの部屋か分かっているの?皇女殿下のドレスルームよ。もし露見すれば、解雇どころか極刑に処されてもおかしくないのよ!」


「申し訳ありません……」



 リリスが連れて行かれたのは、メイドたちの着替え室だった。


 その前でようやく手首を放される。


 リリスはあまりの痛さに、赤くなった自分の手首をさすりながら俯いた。



「あなたはクビよ」



 メイド長が非情に告げる。


「さっさと着替えて、皇宮から出て行きなさい」


 リリスは躊躇い、その場から動けなかった。


 もしこのまま解雇されて戻れば、孤児院の仲間たちからどんな仕打ちを受けるか分かったものではない。


 しかし、言い訳ができる状況でもなかった。


 逃げ場のない絶望感に立ち尽くしていると、業を煮やしたメイド長が再びリリスの手首を掴んだ。


 そのまま無理やり更衣室へ放り込もうとするが、リリスは必死に足を踏ん張る。


「申し訳ありません!メイドでなくても構いません、どんなに厳しい仕事でも耐えますから、どうか……!」


「往生際が悪いわね、さっさと出て行きなさいよ!」


 怒りが頂点に達したメイド長は、強引にリリスの髪を束ねていたヘアピンを剥ぎ取った。


 きっちりとまとめ上げられていたリリスの金髪が、その瞬間に解き放たれる。



 そして、周囲にいたメイドたちの目が見開かれた。



 リリスの金髪が、まるでライオンのたてがみのように、ゆらゆらと大きく広がったからだ。



 腰まで届くその黄金の髪は、まるで無重力の中にいるかのように、あるいは意思を持っているかのように、ふわりと空中にたゆたっていた。



 単に毛量が多いとか、寝癖がひどいといった次元ではない。


 明らかに非日常的な光景だった。


 怒りに満ちていたメイド長の表情が、一瞬にして驚愕、そして戦慄へと変わる。




「……まさか、悪魔の子?」




 メイド長がぽつりと零したその言葉に、周囲のメイドたちの顔からも血の気が引いていく。


 驚きが瞬く間に恐怖へと変貌する。


 現場の空気は重く、冷たく沈んでいった。


 ざわめきが波紋のように広がる中、一人のメイドが震える声で尋ねる。


「悪魔の子って……何のこと?」


 すると、隣にいた他のメイドが、リリスにもはっきりと聞こえるほどの囁き声で答えた。


「そうか、あなたはここに来たばかりだから知らないのね。帝都には、ある不吉な噂があるのよ。魔女に関する噂が」


「魔女……?」


「そう。……電気を操る魔女がいるっていう噂よ」


「電気の魔法? 火や風じゃなくて……?」


「ええ。見たことがないから、ずっと作り話だと思っていたけれど……」



 メイドたちの囁き声が、リリスの息を徐々に詰まらせていく。



「ずっと体に電気が流れているから、いつも髪が逆立っているとか。けれど、「その」魔女が悪魔の子と呼ばれている理由は、電気のせいじゃないらしいの」


 一人が恐る恐る聞き返した。「……じゃあ、何でなの?」



「悪魔の子と呼ばれる、本当の理由は――」



 そこまで聞いたところで、リリスはもう耐えられなくなった。



 弾かれたようにその場から走り出す。



 ただただ、走る。


 逃げる。


 着替えのことなど頭から消え失せていた。


 幸いというべきか、背後でそれを咎める者は誰はいない。


 だがリリスは、メイドたちのざわめきが波紋のように広がっていくのを感じ取っていた。




――悪魔の子。




 その言葉の響きが、耳の奥で木霊のように反響し、次第に音量を増していく。


 頭痛に近い耳鳴りを必死に振り払いながら、リリスはただ、ひたすらに走った。


 長く続く最上階の廊下を駆け抜け、階段を幾度も降り、踊り場を回り、時には通行人とぶつかりそうになりながらも、半狂乱のまま足を動かし続けた。




 不意に我に返ると、リリスは皇宮の外へと飛び出していた。


 そこは人通りの少ない裏道だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ……!」


 肺が焼けつくような感覚に、激しく肩を上下させる。


 その広大な皇宮の敷地を、休むことなく走り抜けてきた。


 必死すぎて、自分がどんなルートを通ったのかさえ覚えていない。


 ただ、あの「噂」を知る者たちの視界から抜け出せたことに、心から安堵した。



 膝に手をつき、前かがみの姿勢で荒い息を整える。


 呼吸が落ち着いてくると、自分がまだ皇宮のメイド服を纏っていることに気づく。


 だが、今さら着替えに戻る気にはなれず、かといってこの格好で孤児院に帰るわけにもいかない。



 悩んだ末、リリスはやはり皇宮へは戻らないという結論に至った。


 彼女は手持ちの紐を取り出すと、今もゆらゆらと不自然に揺らめく金髪をかき集めた。


 そして、逃亡した犯罪者を再び拘束するかのように、二度と解けないようきつく、厳重に結び直す。



 皇宮を振り返ることなどせず、リリスはその反対側へと歩き出した。



 ふと見上げた空は、先ほどよりもさらに暗く澱んでいる。




「……雨、降りそう」




 ぽつりと、独り言が漏れた。






***


 孤児院への帰り道、リリスはふと思い出した。


 仲間のクロイから、頼み事をされていたのだ。


 彼女は目的地を変え、不安になってポケットを探る。


「……あった」


 胸をなでおろす。


 クロイから預かった金は無事だった。


 着替える際、もしもの時のために私服ではなくメイド服の隠しポケットに移しておいたのが幸いした。


 さもなければ、あの恐ろしい場所へ再び足を踏み入れなければならないところだった。


 クロイの頼みは、買い物。




『イヴァヌエル様の最新の似顔絵を買ってきて』




 脳裏をよぎるクロイの、どこか浮ついた声。


 リリスは彼女から渡されたメモを確認する。


 イヴァヌエルが何者なのかは知らないが、記された店に行けば似顔絵が手に入るらしい。


 ため息を吐き出すと、リリスはメモに従って踵を返した。



 目的地へ向かう途中、やはり身に纏ったメイド服が気になって仕方ない。


 皇宮の仕立ては上品で美しく、この界隈ではあまりにも目立ちすぎる。



 迷った末、リリスは「近道」を選ぶことにした。



 メモ通りに行けば遠回りだが、そこを突っ切る近道がある。


 よほど急ぎの時以外は避ける道だが、今がまさにその「よほど」の時だった。



 進むにつれて、帝都らしい整った道は影を潜め、足元は次第にガタつき始める。


 舗装は剥がれ、路面は凸凹とした土が露出していく。


 さらに奥へ進むと、道が荒れているだけでなく、周囲の景色も一変した。


 両側に並ぶ建物の壁は崩れ、窓は割れ、活気は死に絶えている。



 進めば進むほど、周囲は荒廃した廃墟群へと姿を変えていく。



 足の踏み場もないほどに瓦礫が積み上がり、家々は爆撃を浴びたように崩れ落ちている。


 大災害の傷跡がそのまま時を止めたかのような、無残な光景。


 そしてその広大な廃墟の中心。かつて帝都の中央広場だった場所に――




 巨大なクレーターが、深く口を開けていた。







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