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放電魔女と充電ロボット  作者: 真好
第一章:出会い

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第1話:悪魔の子






***


 五月中旬、厚い鉛色の雲が空を覆い尽くしていた。


 しかし、皇宮の最上階にある舞踏会場は、外界の陰鬱さとは無縁の、まばゆい華やかさに満ちていた。


 天井には数万のクリスタルが連なる巨大なシャンデリア。


 磨き抜かれた大理石の床には、その光が星屑のように反射している。


 壁一面の大きな窓からは荒涼とした海が一望でき、優雅な弦楽の調べが、高い天井に反響しては甘く溶けていく。


 そこはまさに、地上で最も天国に近い、浮世離れした黄金の楽園に見える。


 その豪華な空間を彩るのは、色とりどりのドレスや勲章を胸に飾った貴族たち。


 彼らは扇を揺らし、洗練された所作で談笑に興じている。




 リリスは、そんな人々の間を縫うように歩き、メイドとしての務めに勤しんでいた。




 銀のトレーに乗せているのは、極北の氷晶で冷やした琥珀色の熟成果実酒や、幻の青い花から抽出された芳醇な香りのリキュールなど、平民の一生分の稼ぎでも一杯すら買えないような高級酒ばかり。


 ふと、リリスは足を止めた。


 優雅に笑い、さざめき合う貴族たち。


 そして視線を窓の外へ向ければ、そこにはどんよりとした灰色の海が広がっている。


「……はぁ」


 小さく吐いた吐息が、手に持った銀のトレーを曇らせる。


 空になったトレーを鏡のように覗き込むと、そこに一人の少女の顔が映し出される。


 丁寧にまとめ上げられた金髪は、乱れ一つなく後頭部で結い上げられている。


 瞳は、深い森の奥を連想させる瑞々しい新緑の色。


 しかし、その瑞々しさをを台無しにしているのは――




 彼女の絶望的なまでの表情の乏しさだった。




 目の下には深い隈が刻まれ、その瞳には光がまるで宿っていない。


 映っているのは、あの濁った海の色とよく似た、空虚で殺風景な無表情だけ。


(……ひどい顔)


 自嘲気味にそう思うのも束の間、彼女はすぐに意識を仕事へと引き戻した。


 再びトレーに新しいグラスを並べ、喧騒の中へと足を踏み出す。




 その時、一人の貴婦人が小さく手を上げた。


 リリスは音もなくその傍らへ歩み寄り、従順に腰を落としてトレーを差し出す。


 貴婦人は隣の婦人との会話に夢中になったまま、リリスの方を見ようともせずに手を伸ばした。


 その指先が、グラスに届くよりも早く、リリスの持つトレーをかすめた。




――パチッ!




 その瞬間、静電気とは明らかに質の違う、鋭い火花が青白く弾けた。


「……っ!」


 不意の衝撃に貴婦人が短く悲鳴を上げ、反射的に手を引っ込める。


 その反動でリリスの持つトレーが大きく傾いた。




 ガッシャン、と。




 会場に、クリスタルグラスが砕け散る無慈悲な音が響き渡る。




 琥珀色の酒が貴婦人のドレスの裾を汚し、周囲の視線が一斉にこちらへと突き刺さる。


「も、申し訳ありません……!」


 リリスは慌てて床に膝をつき、破片を拾おうとした。


 しかし、貴婦人は彼女を人間として扱うことすら拒むような、苛立ちに満ちた声を上げた。


「……なんてこと。このドレス、東方の絹で設えたばかりなのよ? こんな泥臭い娘に触れられただけでも不愉快なのに!」


 その騒ぎを聞きつけ、年配の先輩メイドが血相を変えて駆け寄ってきた。


 彼女は貴婦人の前で、地面に額をこすりつけるほどの勢いで頭を下げる。


「誠に、誠に申し訳ございません! すぐに別の者が対応いたします。教育の行き届いていない新人ゆえ、どうか、どうかご容赦を……!」


 先輩メイドはリリスを射抜くような鋭い視線で見据えると、低く、冷たい声で言い放った。


「……あなた、ついて来なさい」


 リリスはただ震える手で空のトレーを抱え、準備室へと連行されていった。






***


「仕事中にぼうっと突っ立って、何に気を取られていたのよ」


「申し訳ありません」


 リリスは頭を下げたが、その声にはいささかの感情もこもっていない。


 機械的で事務的な響きは、謝罪というよりは単なる報告のようだった。


 それが先輩メイドの神経をさらに逆なでする。


「何なのよ、その態度は。その無表情は!そんなぶっきらぼうで仕事になると思っているの?メイドの基本は笑顔でしょう」


「……仕方ないです。この子、孤児院の子ですから」


 たまらず横から口を挟んだのは、リリスを雇った別のメイドだった。



「孤児院!?」



 先輩メイドが素っ頓狂な声を上げる。


「孤児院の子を雇うなんて、正気なの?ここは皇宮なのよ!」


「だって、本当に人が足りないんですもの」


 説明するメイドの声が、苦々しく細くなる。


「『魔女狩り』の影響ですよ。どこもかしこも人手不足で、募集をかけても誰も来やしない。まず人を探すことすらままならない状況だったんですから」


「だからといって、孤児院なんて……。メイド長が知ったら、間違いなく激怒するわよ」


「大丈夫ですよ、バレませんって。今日限りの日雇いですから」


 二人の先輩メイドは、彼女を「使い捨ての廃品」でも品定めするような蔑みの目で見下ろした。


 やがて大きな溜息をつくと、そのうち一人が顎で出口を指した。


「とにかく、あんたはこの華やかな舞踏会場には全く似合わないわ。別の場所で働いてちょうだい。厨房の奥に水回りがあるから、そこへ行って。今すぐに」


「かしこまりました。……厨房は、どちらでしょうか」


 その時、舞踏会場の方から別のメイドが呼ぶ声が響いた。


 二人のメイドは即座に返事をし、背を向けながら吐き捨てるように言った。


「そんなの自分で探しなさいよ!案内する時間なんてないんだから」


 足早に去っていく二人の背中を見送り、リリスは一人、静まり返った準備室に取り残された。




 仕方なく、リリスは教えられた「厨房」を探して歩き始めた。


 皇宮の最上階は、舞踏会場以外にも数多くの客室や控室がある。


 見上げるほど高い天井が続く廊下は、まるで複雑な迷宮のようだった。


 なぜか通りがかる職員の姿も全くなく、どこまでも続く静寂がリリスの足音を強調する。


 右も左も分からぬまま歩き回るうちに、彼女は完全に道を見失ってしまった。


 気がつけば、先ほどまでの喧騒が嘘のように、全くひと気のない一角に迷い込んでいた。



(……ここは、どこ?)



 立ち止まり、周囲を見渡す。


 とにかく誰かを見つけて道を尋ねるしかない。


 リリスは意を決し、目の前にある重厚な木製のドアをノックして、中へと足を踏み入れた。




 そこは、ドレスルームだった。




 室内には、まるで百年以上も人の気配がなかったかのような、深い静寂が満ちていた。


 しかし、そこに並ぶ品々は決して朽ちてはいなかった。


 壁際を埋め尽くすように並べられたドレスの数々。


 繊細なシルクの光沢が柔らかな光を反射し、裾にあしらわれた最高級のレース。


 職人が一針ずつ魂を込めたであろう見事な刺繍。


 すべてが宝石のような煌めきを放っている。


 真珠やクリスタルを惜しみなく散りばめた夜会服、重厚なベルベットが威厳を放つローブ。


 それらは塵ひとつなく手入れされ、整然と佇んでいた。



 自分が致命的に道を間違えたことは、すぐに理解できた。


 本来なら、すぐにドアを閉じて立ち去るべきだろう。


 けれど、十七歳の少女にとって、その光景は到底あらがえることのできない魔力に満ちていた。


 磁石に引き寄せられるように、リリスの足は室内へと向かった。


 ドアを開けっぱなしにして、夢遊病者のようにふらふらとドレスの間を歩き始める。


 

 そして不意に、一着のドレスと視線がぶつかった。



 それは、彩る絢爛豪華な衣装の数々と比較すれば、比較的シンプルなデザインのドレスだった。


 肩をわずかに覆うだけのノースリーブで、スカートの広がりも過度ではない。


 だが、その無駄を削ぎ落としたかのような潔い美しさが、かえってリリスの視線と心を強く捉えて離さなかった。


 そして、色合い。


 深く、それでいて底知れぬ透明感を湛えた、深緑色。


 まるで大地の息吹を閉じ込めたかのような、生命力に満ちた色にも見える。



「奇麗……」



 リリスの指先が、滑らかなドレスの生地に引き寄せられる。


 まさに触れようとした、その刹那。





「あんた、ここで何をしているのよ!」




 背後から飛んできた鋭い声が、室内の静寂を切り裂いた。







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