第3話:静かの海
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『静かの海』
帝都の人々は、かつて中央広場だったその廃墟の一帯を、そして中心の巨大なクレーターを、そう呼んでいる。
リリスは息を呑み、凄まじい廃墟の光景をしばし眺めた。
ここへ足を踏み入れたのは、まだ七歳だった子供の頃以来だろうか。
十年の歳月が流れたというのに、あの日から何一つ変わっていない。
時が止まったかのように、広大な空間そのものが剥製にされ、保存されているかのようだった。
圧倒的なまでの静止が、そこにはあった。
その光景に意識を奪われていたリリスは、不意に漂ってきた嗅ぎ慣れない異臭に、ふと我に返った。
それは、本能的な嫌悪というよりは、根源的な恐怖や逃避を煽るような、どろりとした嫌な臭いだった。
(……近道を選んだのは、間違いだったかも)
後悔が頭をよぎるが、ここまで来て引き返すのも困難。
リリスは意を決し、臭いの漂う方へと足を進めた。
そして角を曲がったその先。
唐突に、凄惨な光景が彼女の目に飛び込んでくる。
そこでは、火刑が執り行われていた。
いまだ復旧の進まぬ荒廃した空き地で、何台もの火刑台が火柱を上げている。
高く組まれた薪の上、太い杭に縛り付けられた罪人たちが、足元から這い上がる炎に呑まれていく最中だった。
噴き出す黒煙と共に絶叫が響き渡る。
火の粉が舞う中で、生身の肉体は焼け崩れ、ただの物へと変わり果てている。
火刑台は五つ並んでおり、今まさに焼かれている者たちの後ろには、次を待つ罪人たちが長い列を作っていた。
ざっと数えても数十人はいるだろうか。
泣き叫ぶ者、必死に潔白を訴える者。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、深い兜を被った執行人たちが、顔を隠したまま機械的に作業をこなしている。
突然のめまいに襲われ、リリスはその場に立ち尽くした。
しかし、すぐに思い直して足を動かす。
ここを通り過ぎるには、歩き続けるしかないのだ。
処刑の見物は禁止されていないため、それを制止する者は特にいない。
むしろ推奨されているとさえ聞く。
場合によっては都民を集めて公開処刑が行われ、義務的に出席させられることもあるらしい。
だから、リリスが近くを通り過ぎても、咎める者はいなかった。
周囲には、リリスのような通行人だけでなく、この惨劇を眺めるために集まったと思わしき者たちが、数人佇んでいた。
歩きながら、リリスはふと視線を火刑台の方へ送ってしまう。
既に息絶え、ただの肉塊として焼かれている死体と、一瞬だけ目が合ったような気がした。
背中に、悪寒が走る。
(早く……ここから離れないと)
彼女は歩調を速めた。
死人を見たことは何度かあるが、目の前で人が焼かれる場面に遭遇したのは初めてだった。
あまりのショックに、ここだけが別世界であるかのような、奇妙な乖離感に襲われる。
両手で鼻を覆い、最大限に臭いを遮断してみる。
早歩きはいつしか走るような速度になり、リリスは弾かれるように火刑の現場を抜け出した。
『静かの海』を抜けると、そこには、いつもの帝都の光景が再び広がっていた。
建物群を一つ越えただけで、景色が嘘のように様変わりする。
まるで、今しがた見ていた光景が全て白昼夢だったかのように。
それでも、リリスの鼻腔にはまだあの臭いがこびりついていた。
振り返ると、火刑の煙が空に向かって立ち昇っているのが見える。
そよ風に乗って届くわずかな死の残り香を感じながら、リリスは鼻を覆ったまま、クロイに指定された店へと急いだ。




