第5話 閑話:『群像……! 凡夫たちが仰ぐ銀の残光』
……ダンジョン。
そこは、選ばれし「英雄」だけが闊歩する神話の世界ではない。
その実態は、日々の生活費を削り出し、将来への不安を魔石の輝きで誤魔化そうとする……数多の「凡夫」たちがひしめき合う、巨大な底辺社会である……!
ある者は、会社をリストラされ。
ある者は、一攫千金の夢に破れ。
彼らは今日も、使い古された装備とギルドから貸与された無骨な「装着型カメラ」を胸に、迷宮という名の労働現場へと向かう。
そこにあるのは、カタルシスなき、ただの「生存競争」であった……!
「……ざわ……」
「……ざわ……ざわ……」
「聞いたか? 今日も第2層で、新人が二人再起不能になったらしいぜ」
「ああ、イレギュラーの『シャドウ・ホッパー』にやられたって話だ。機材が安物で後ろからの接近に気づかなかったんだとよ」
男たちは、自分の胸にある装着型カメラを苦々しく見つめる。
画角120度――。
それが彼らに許された「世界の全て」。
背後から忍び寄る「死」を察知するためには、常に首を振り続け、神経を摩り減らすしかない。
「結局、世の中『機材』と『才能』だよな……」
【佐藤(45歳・元営業マン)】
彼は、シゲノリのような「天賦の才」など、欠片も持ち合わせていない。
彼が頼れるのは、ギルドが発行する分厚い「攻略マニュアル」と、石橋を叩いて壊すほどの慎重さのみ。
「(……よし、次は右の角だ。マニュアルによれば、ここにゴブリンが潜んでいる確率は65%。装着カメラの死角を補うために、まずは鏡を突き出して確認……。よし、いない。一歩進んで、また確認。……ふぅ、これだけで心臓が止まりそうだ。魔石一個で、今日の晩飯がようやくランクアップするっていうのに……)」
――慎重、あるいは臆病。
だが、彼ら凡夫にとってその「臆病さ」こそが唯一の武器。
彼らは知っている。
英雄のような一閃など自分たちには振れない。
一歩一歩、泥を舐めるように進むことだけが、家族の待つ家へ帰るための唯一の「正解」であることを。
「……でもよ、聞いたぜ。最近、その『死角』すら関係ねぇ化け物が現れたってな」
「ああ、あの銀髪のガキだろ? 『アカギ』とか呼ばれてる……」
(「銀髪……。噂では一人でイレギュラーを屠り、あまつさえ初心者に飴を渡して去っていくという。私のような人間が一年かけてようやく稼ぐ額を、彼は一瞬の『狂気』で稼ぎ出す。……同じ人間だとは到底思えない」)
佐藤たちは空になったグラスを見つめる。
自分たちが命を賭して歩く「暗闇」を、その少年は鼻歌混じりに通り過ぎていく。
その事実に、嫉妬すら湧かない。
ただ、埋めようのない「深淵」だけが、そこには横たわっていた――。
地を這う者の視線。天を駆ける銀の影。
凡夫たちが語る「アカギ」という名の神話は、いつしか尾をひき、歪な怪物へと膨らんでいく。
だが、彼らはまだ知らない。
その「怪物」が、実は自分たちと同じように、今日の夕飯の献立に頭を悩ませているなどということを……!
次回、現代ダンジョン黙示録: 閑話
其の二:『格差……! 120度の視界に映る絶望』
……ざわ……。
……ざわ……。
(佐藤の心の声:『……宝くじが当たったら、あの3万円のドローンを借りたい。……いや、まずはまともな靴を買うのが先か』)
★★★
『格差……! 120度の視界に映る絶望』
……視界。
それは、冒険者にとっての「生存権」そのものである。
百万を超える最新鋭ドローンを従える者は、上空からの神の視点で迷宮の悪意を事前に摘み取る。
だが……。
月収二十万に満たぬ「日雇い冒険者」たちに許されたのは、胸元に括り付けられた、画角わずか120度の固定カメラ。
彼らの世界は、常に正面に限定される。
真後ろから迫る死神の鎌……。
左右の闇に潜む捕食者の眼光……。
それらすべては、彼らにとって「映らぬ絶望」……不可視の死であった……!
ベテラン冒険者の田中(52歳)。
田中は、かつての中小企業の経理部長。
会社がダンジョン発生の煽りを受けて倒産し、残った住宅ローンと娘の学費を稼ぐためこの泥沼に身を投じた。
(「……よし、左よし。右よし。……あぁ首が痛い。装着カメラを付けてから首を左右に振るのが癖になってしまった。……あぁ、怖い。一歩進むたびに背中がザワザワする。……もし今、後ろから襲われたら……。カメラには私の背中すら映らずに終わるのか……」)
彼らは戦っているのではない。「確認」しているのだ。
自分がまだ、死の画角に入っていないという事実を、一秒ごとに更新し続けなければ精神が崩壊してしまうからである……!
高性能ドローンを3機、衛星のように浮かべた「エリート・パーティ」が田中の横を通り過ぎる。
彼らは、最新の「全方位ライブストリーミング」を行い、視聴者からの投げ銭で装備をさらに強化する――現代ダンジョンの勝者たち。
「おい、どけよ。装着型(固定カメラ)のロートルが。画角の邪魔だ」
「ハハッ、見てろよ。こいつ首振りすぎて壊れた時計みたいだぜ」
ドローンが放つ快適な照明が、田中の使い古された鎧を惨めに照らし出す。
(「……悔しい。だが、これが現実だ。彼らは『未来』を見ている。私は……自分の『足元』を見るので精一杯だ。……この格差。ダンジョンは社会の歪みをそのまま凝縮した地獄だ」)
その時、ドローン部隊の通信がわずかにノイズを拾う。彼らの背後の闇から、高速で移動する「何か」の気配――。
「……ん? なんだ、ドローンのアラートが……」
エリート冒険者が振り返るよりも早く、銀色の閃光が彼らと田中の間をすり抜けた。
シュッ――。
それは、風。
あるいは、静寂を切り裂く刃。
田中の120度の画角には、ただ一瞬「白銀の髪」が残像として焼き付いただけだった。
(「……あ。……今のは……? 誰も見えなかった。……ドローンのセンサーすら反応する前に、あの子は……。……噂の、アカギ……?」)
機材の性能、情報の精度。
凡夫たちが心血を注いで積み上げた「安全」という名の数式を、少年はただの「一歩」で無に帰した。
田中が見たのは希望ではない。
自分たちが一生かけても届かぬ、圧倒的な「個の狂気」の断片であった……!
機材の限界。才能の壁。
凡夫たちは、その溝を埋めるために「群れる」ことを選ぶ。
だが、その団結が、さらなる悲劇の引き金になるとは知らずに――。
次回、現代ダンジョン黙示録: 閑話
其の三:『連携……! 烏合の衆が招く悪夢』
……ざわ……。
……ざわ……。
(田中の心の声:『……あの子に話しかけなくてよかった。……あんな光の中にいたら、私のこの暗い日常が一瞬で焼き切られてしまう……』)
★★★
『連携……! 烏合の衆が招く悪夢』
……結束。
それは、弱き者が強き者に抗うための唯一の希望。
機材の格差を、才能の欠如を数という名の暴力で埋め合わせる……!
「装着型(固定カメラ)」を胸に宿した凡夫たちは、互いの死角を補うために円陣を組む。
背中を預け、視界を共有し、120度の画角を繋ぎ合わせて「360度の全方位」を作り出す……。
理論上、それは無敵の布陣。
だが……ダンジョンという名の深淵は、その「脆弱な信頼」を最も残酷な形で嘲笑うのである……!
佐藤、田中、そしてもう一人の凡夫・鈴木の3人が背中を合わせ、円陣を組んで進む――。
「いいか絶対に離れるなよ! 鈴木は右、田中さんは左、俺は正面だ。カメラの死角は互いにカバーし合うんだ!」
リーダー役の佐藤が悲痛な声を上げる。
(「……よし、これならいける。一人じゃ後ろが怖くて進めないが3人なら……。ドローンなんてなくても俺たちは繋がっている。この『連携』こそが俺たち凡夫が生き残るための唯一の戦略なんだ!」)
だが、霧の向こう側……。
彼らの「連携」という名の細い糸を、一瞬で断ち切る絶望が目を覚ましていた。
霧の中から、巨大な質量が音もなく突進してくる。階層主クラスの魔物、ボーン・クラッシャー。それは「連携」などという小細工が通じる相手ではなかった――。
ドォォォォォンッ……!
「……がはっ!?」
一撃。
ただの突進。
だが、その圧倒的なパワーは、3人の円陣を木っ端微塵に砕き散らした。
背中を預けていたはずの仲間が紙屑のように左右へ吹き飛ぶ。
(「……ああ、嘘だ……。円陣が……。……鈴木くんが動かない。佐藤さんも……。……私のカメラ、何が起きたか全然映してない……。ただ、仲間の悲鳴と、暗い天井しか……!」)
――連携の崩壊。
それは、信頼が「重荷」に変わる瞬間である。
散り散りになった凡夫たちは、再び「120度の孤独」へと突き落とされた。
逃げ場のない回廊。迫りくる巨大な影。
装着カメラに映るのは、自分の震える手と、無慈悲に迫る死の秒読み(カウントダウン)……!
魔物が、倒れ伏した田中へとどめを刺そうと巨大な棍棒を振り上げる……!
「……助けて……。誰か……!!」
その悲鳴が、ダンジョンの空気に溶けるよりも早く。
回廊を埋め尽くす霧が鋭く一線に裂けた。
シュッ――。
(……あ。あそこのおじさん、危ない。……円陣を組んでたみたいだけど軸がバラバラだ。……仕方ない。……あのアゴの継ぎ目、あそこを叩けば一瞬で機能停止する……。よし、レイアップシュートの要領で……いっけぇ!)
「……無駄だ。その重さは、隙でしかない」
冷徹な声。
田中が目を見開いた瞬間、目の前の巨大な魔物が、紙細工のように後方へと「弾け飛んだ」。
銀髪の少年、アカギ。
彼は、自分たちの命を粉砕した絶望をまるで「邪魔な障害物」を退けるかのように、無造作に排除してみせた。
救われた命。だが、心に刻まれたのは「絶望」よりも深い「隔絶」。
自分たちが命を懸けて築いた連携が、少年の気まぐれな一撃にすら及ばないという事実。
凡夫たちは、その銀色の背中に何を見るのか――。
次回、現代ダンジョン黙示録: 閑話
其の四:『残照……! 凡夫たちが選ぶ「明日」』
……ざわ……。
……ざわ……。
(佐藤の心の声:『……あの子、助けてくれたんだよな。……なのに、どうしてこんなに自分が惨めなんだ……?』)
★★★
『残照……! 凡夫たちが選ぶ「明日」』
沈黙……!
霧の晴れた回廊に、ただ一人の少年が立っている。
凡夫たちが「死の神」と恐れたボーン・クラッシャーを、まるで壊れた玩具のように一蹴した銀髪の異分子。
救われたはずの佐藤たちは立ち上がることすら忘れていた。
感謝の言葉すら喉に張り付いて出てこない。
自分たちが積み上げた「連携」も、「マニュアル」も、「覚悟」も。
少年の圧倒的な「個」の前では、砂の城にすらなれなかったのだから……!
「……(スッ……)」
少年の手が差し出される。
そこに握られていたのは、先ほどまで魔物の核を砕いていた「力」ではない。
オレンジ色の包装紙に包まれた、一粒の「はちみつ入りのど飴」。
(わわ、またやっちゃった! 助ける時、勢い余って『無駄だ』とか怖いこと言っちゃった気がする! 怒ってるかな? 呆れてるかな? と、とりあえず、落ち着いてもらうには甘いものだよね。はい、どうぞ! 美味しいよ、これ!)
「……あ、あ……」
佐藤が震える手でそれを受け取る。
アカギは無表情のまま(本人は「お大事に!」と精一杯の笑顔を作ったつもりで)一礼し、風のようにその場を去っていった。
彼らの胸にある装着型カメラ。
そこには、救世主の鮮明な顔も、華々しい勝利の瞬間も映っていない。
ただ、激しく揺れる地面と、仲間の荒い吐息、そして最後に差し出された「飴玉の輝き」だけが記録されている。
(「……あの子は住む世界が違うんだ。……俺たちが必死に繋いだ『120度の視界』。あの子はきっとその外側にある『真実』を最初から見ている。……悔しいがこれが俺たちの等身大だ」)
「……なあ、佐藤さん」
田中が、渡されたのど飴を口に含みながら呟く。
「……甘いな。……死ぬほど、甘いよ」
夜、駅前の安居酒屋で一人静かにコップ酒を煽る佐藤――。
「……お疲れ様、自分」
英雄にはなれない。
伝説に名を刻むことも、ドローンで数万の視聴者を集めることもない。
明日もまた、画角の狭い固定カメラを胸に、死角に怯えながら魔石を拾う泥臭い日々が始まる。
だが……。
佐藤の胸ポケットには、あの日差し出されたのど飴の「包装紙」がお守りのように仕舞われていた。
「……さて、帰るか。娘に頼まれてた参考書、今日の魔石を売った金でなんとか買えそうだ。……俺には俺の、守らなきゃいけない『画角』があるからな」
光あるところに、影がある。
銀髪の少年が切り裂く闇の陰で、数多の凡夫たちが、今日も必死に「日常」を繋ぎ止めている。
彼らの記録はギルドのアーカイブに埋もれ、誰に称賛されることもない。
しかし、その不器用な歩みこそが、この狂った世界を支える礎なのだ――。
一方、その頃……。
「銀の死神」こと赤城茂則は、自室で頭を抱えていた。
(ぎゃあああ! 数学の課題、今日までだったの忘れてたー! ダンジョン行ってる場合じゃなかったよ! 父さーん! 母さーん! 助けてぇぇぇ!!)
……英雄の夜は、意外と騒がしい。
現代ダンジョン黙示録: 閑話
『群像……! 凡夫たちが仰ぐ銀の残光』 ――完――
……ざわ……。
……ざわ……。
「……倍もだ(……課題、あと3ページだけ写させて!)」




