第4話 『窮地……! 記録(レコード)に刻まれぬ救済』
ダンジョン……そこは、欲望をデジタルに変換する巨大なスタジオ。
3年という月日が作り上げたのは、効率的な攻略法だけではない。
あからさまな「機材格差」である……!
富める者は、100万を超える「自律型ドローンカメラ」を従え、死闘をエンターテインメントへと昇華させる。
だが……持たざる者は、ギルドの無償貸与、胸元に固定された無骨な「装着型カメラ」で、ただ自らの足元と迫りくる絶望を記録するのみ。
視点の高さはそのまま生存率の高さに直結する。
死角を持たぬドローンの瞳と一方向しか映せぬ固定カメラ。
その埋めがたい溝が、今、一人の少年の悲鳴を呼び覚まそうとしていた……!
「……ざわ……」
「……ざわ……ざわ……」
「おい見ろよ、あいつまた一人か……」
「しかも、胸に付けてるのギルドの無料貸出品だぜ? 銀髪のくせに機材はケチってんのか?」
アカギは無表情のまま装備の点検をしていた。
彼の胸元には少し傷のついた古臭い装着型カメラ。
(ドローン……いいなぁ。カッコいいよね。でも預り金だけで3万円もするんだもん。そのお金があったら陽子に欲しがってた高橋モデルのミニカー3台は買ってあげられるし。僕はこれで十分! ほら、レンズを拭けば結構きれいに映るしね!)
周囲は、その「機材など不要」と言わんばかりの泰然自若とした態度に、逆に底知れぬ恐怖を感じていた。
「……あいつ、固定カメラの『死角』すら計算に入れてるのか……?」
――新人たちの誤算。
そこにはアカギと同年代……高校生くらいの3人パーティがいた。
彼らもまた、胸に無料カメラを付けた「持たざる側」の新人たち。
「大丈夫だって! このエリアの魔物は正面からしか来ないって攻略サイトに書いてあったし!」
「……でも、なんか嫌な予感がするよ……」
慢心、あるいは情報の偏信。
固定カメラの狭い画角は、彼らの「心の死角」そのもの。
背後の暗闇で音もなく鎌を持ち上げる影……。
この階層には本来存在しないはずのイレギュラー「シャドウ・リーパー」。
(ん? あそこの3人組……。装備がちょっと心許ない気がするなぁ。あ、あの子、靴紐が解けそう。危ないな……。……えっ、待って。彼らの後ろ、なんかヤバそうな黒い影が見えるんだけど!? あれ、絶対ゴブリンじゃないよね!?)
助ける義理など、どこにもない。
この世界では、他人の不手際は「自己責任」という名の四文字で片付けられる。
だが……。
(いっけなーい! 迷ってる暇なんてないよ! 放っておいたら、あの子たちのカメラ、悲しい最後しか記録できなくなっちゃう!)
アカギの瞳から、日常の光が消える。
といっても、本人は「急いで助けなきゃ!」と焦っているだけなのだが、その顔面はマイナス40度の氷山のように凍りついていた。
「……(スッ……)」
音もなく地を蹴る銀髪。
周囲の空気は、少年の移動に伴う風圧で一瞬にして凍りつく。
彼はまだ、ピンチではない。
ゆえに、スキルは眠ったまま。
だが……素のスペック。
3年間、父の武則の熱血指導(バスケのディフェンス理論)で鍛え上げられた足腰とダンジョンでの実戦経験。
それが、機材の死角を突こうとする魔物のさらに「外側」を捉える!
……ざわ……。
……ざわ……。
(待ってて! 今、最高のパスを出すから……!)
★★★
運命は、常に「画角」の外から襲いかかる……!
新人たちが装着した無料の固定カメラ。その狭いレンズが捉えているのは、自分たちが進むべき「希望」という名の前方のみ。
だが、彼らの背後……。
漆黒の闇に同化し、死神の鎌を振り上げる「シャドウ・リーパー」。
イレギュラー……!
この階層には本来存在しないはずの、悪意の塊。
装着型カメラの映像には、断末魔をあげる自分たちの姿すら映らぬまま事切れる運命……!
「よし、この先を抜ければ安全圏だ。……ん? なんだ、急に寒気が……」
カイトが振り返ろうとしたその瞬間。
背後の影が膨れ上がり、巨大な鎌が彼らの首筋に届こうとしていた。
カメラの映像は、ただ静止した岩壁を映し続ける。
(あわわわ! 危ないってば! リーダーの子、後ろ後ろ! 志村、後ろー! って叫びたいけど、僕の声あんまり通らないんだよね。よし、ここは父さんの言ってた『バックコートからの速攻』のイメージで……行っけえええ!)
シュッ――。
空気が裂ける。
カイトたちの首が飛ぶ……そのコンマ数秒前。
銀色の閃光が、死神の鎌と彼らの間に割り込んだ。
(ガキィィィィィィンッ……!)
火花が散り、装着型カメラの映像が激しくブレる。
カイトたちが驚愕して目を見開いた先にいたのは……。
無表情のまま巨大な鎌を一本の合金棍で受け止める銀髪の少年。
「……(スッ……)」
(ふぅ……間に合ったぁ! マジで心臓バクバクだよ。この魔物すっごい力だね。でも足元の重心が甘いかも。バスケなら一瞬でアンクルブレイク(転倒)させられるレベルだよ。よし、ここは優しく……お引き取り願おうかな!)
いや、力ではない。
体重移動、軸の回転、そして魔物の力を利用した完璧な合気……!
棍の一振りが、シャドウ・リーパーの巨体を軽々と弾き飛ばした。
「あ……あ……」
カイトは言葉が出ない。
自分たちの命を救ったのは、ギルドで「不気味な銀髪」と噂されていた、あのソロ冒険者だ。
装着型カメラは、今ようやく、アカギの背中を捉えた。
逆光を浴びる白銀の髪が、神々しく、そして……ひどく恐ろしく映る。
(あー、びっくりさせちゃったかな。急に飛び出してごめんね。怪我はないかな? 『大丈夫?』って聞きたいけど……。うーん、ここで話しかけても、僕のこの顔じゃ余計に怖がらせちゃうかもなぁ)
アカギは黙ってシャドウ・リーパーが吹き飛んだ闇の奥を見つめる。
その視線は、カイトたちには「残りの獲物を品定めする死神の眼光」にしか見えない。
助けた相手に、言葉をかけぬ傲慢。
あるいは、礼など不要という拒絶。
だが、少年の本意は……あまりにもナイーブな「人見知り」に過ぎない。
しかし。
闇は、まだ彼らを逃がしはしない。
倒したはずのシャドウ・リーパーが、霧のように消えることなく、その数を「二体」へと増やして再構築を始めたのだ……!
イレギュラーは一体ではなかった……。
連携、包囲、そして……本当の詰み。
予期せぬ「二体同時出現」という不運に、アカギの冷静な計算がわずかに揺らぐ。
……ざわ……。
……ざわ……。
(ええっ!? 分身!? それは反則だってー! マジかよ、これ……マジでピンチじゃん!)
★★★
運命の皮肉……!
一人の少年を救うために振るった慈悲の一撃がさらなる深淵を呼び覚ました。
「シャドウ・リーパー:双子」。
一体を倒せば、その影からもう一体が産声を上げる……。
この階層の理を超えた、最悪の連携……!
新人たちの装着型カメラは激しく上下に揺れている。
それは死を目前にした生物学的な戦慄の記録。
そして……。
包囲された銀髪の少年、アカギの計算がついに「ゼロ」を指した……!
「逃げろ……! 逃げてくれ、銀髪の人……!」
(わわわわ! ちょっと待って、二体!? 挟み撃ち!? しかもこれ、さっきより動きが早くなってない!? ちょ、右! 左! どっちから避ければいいの!? やばいやばいやばい、これマジで死んじゃう! 母さんのハンバーグ食べられずに人生終わるの、それだけは嫌だーーー!!)
……思考が、沸点を超える。
脳内のニューロンが生存本能という名の電流に焼き切られる。
その刹那……。
少年の意識は、恐怖の向こう側……真っ白な「無」へと突き抜けた……!
「……面白い」
少年の口から漏れたのは、本人の意図とは裏腹な、冷徹極まる呪詛。
その瞳から一切の「迷い」が消失する。
身体の制御権は、人理を超えたスキル……【理の外、狂気への誘い】へと委ねられた。
(あれ……? 急に静かになった……。さっきまであんなに怖かったのに、今は……鎌の軌道が、まるでお手本の教科書みたいに綺麗に見える……。あぁ、そうか。死ぬのが怖いんじゃない。……『正解』を出せないのが、怖かっただけなんだ……!)
圧倒的……!
アカギは一歩も動かない。
鎌がその細い首を刈り取ろうとした瞬間、彼は首をわずかに傾け、紙一重ですべてを回避。
さらに、右の魔物が振るった鎌の重さを利用し左の魔物の胴体を斬らせる……!
「……同士討ちか。無粋だな……」
(すごーい! 俺、今、超超超かっこいいんですけどー! 何これ神プレイ!? 録画ちゃんとできてる!?)
もはやそれは戦闘ではない。
死の淵を綱渡りするような、危うくも完璧なダンス。
一撃ごとにシャドウ・リーパーの影が削り取られていく。
新人たちのカメラには、残像となって消える銀色の光と、悲鳴を上げることすら許されぬ魔物の最期が記録されていく。
(よーし、このままフィニッシュだ! 体育祭の100メートル走より集中してるよ! 最後は……父さんに教わったレイアップシュートのひねりを入れて……これだっ!!)
合金棍が、二体の魔物の核を同時に貫く。
黒い霧が爆散し、静寂がダンジョンを支配した。
銀髪の少年は、荒い息一つ吐かず、ただ静かにそこに立っている。
その無表情は、もはや人間のものではなく、神か、あるいは悪魔のそれにすら見えた。
九死に一生。
だが、奇跡を目撃した新人たちの心に去来したのは、安堵ではなく……「得体の知れない存在」への根源的な畏怖。
少年は、ゆっくりと、彼らの方を向く……。
……ざわ……。
……ざわ……。
(あ……。助けたあと、なんて声かけたらいいんだっけ……。とりあえず、のど飴あげるのが正解だよね!)
★★★
――静寂。
それは、嵐が過ぎ去った後の虚無か、あるいは絶対的な強者が支配する聖域の証か。
二体の死神を灰へと変えた銀髪の少年は、ゆっくりと……あまりにもゆっくりと、腰を抜かした新人たちの前へ歩み寄る。
カイトたちの胸元のカメラ。
そこに映し出されるのは、画面いっぱいに迫る感情の死滅したシゲノリの顔。
「殺される……!」
彼らがそう確信し、目を閉じた瞬間――。
「……(スッ……)」
少年の掌の上にあったのは、死の宣告ではない。
オレンジ色の包装紙に包まれた一粒の「はちみつ入りのど飴」。
(ふぅ〜、終わった終わった! みんな腰抜かしちゃって大丈夫かな? 喉カラカラでしょ。さっきの悲鳴すごかったもん。僕、こういう時に気の利いたこと言えないから……。はい、これ。父さんがいつも『試合の後は糖分だ』って言ってる特製ののど飴だよ! 美味しいよ!)
「……の、ど……飴……?」
カイトが震える手でそれを受け取る。
アカギは、満足そうに(周囲には「貴様らへの施しはこれで終わりだ」という無慈悲な合図に見えるが)わずかに頷くと、一言も発さずに背を向けた。
「……ざわ……」
「……ざわ……ざわ……」
『【衝撃】西多摩ダンジョンに死神降臨。シャドウ・リーパーを秒殺』
『この銀髪の男、誰だよ? 動きが人間じゃないんだが』
『最後に飴を渡して去るとか……余裕しゃくしゃくかよ。煽り性能高すぎだろww』
意図せぬ拡散。
アカギの「親切心」は、ネットという名の歪んだ鏡を通し、「敵を屠り、弱者を憐れむ孤高の怪物」という伝説へと書き換えられていく。
本人が、コンビニの新作スイーツの在庫状況を気にしてスマホを眺めているだけの間に……!
「茂則。今日のダンジョン動画見たぞ。あのステップ……あそこはもっと左足にタメを作ればあと0.2秒早くトドメを刺せたな」
父の武則が、息子が命がけで戦った映像を「バスケのビデオ判定」並みの厳しさで講評する。
「もうお父さん、厳しいんだから! 茂則、あの飴の渡し方とってもスマートだったわよ。さすが私の子ね」
母の春子が皿にハンバーグを追加する。
「お兄ちゃん! ネットで『飴玉の死神』って呼ばれてるよ! チョーかっこいいじゃん! 高橋のライバル車みたいな名前!」
(えええええ! なにその恥ずかしい二つ名!? やめてよ陽子ー! 僕はただ、みんなで仲良くのど飴舐めて平和にいきたかっただけなのに……! まぁでも、みんながハンバーグを美味しそうに食べてるし、僕の動画で喜んでくれてるなら、いっか!)
「……(モグモグ、コクン)」
己の意思とは無関係に、伝説という名の濁流に押し流されていく少年、アカギシゲノリ。
彼が求めるのは、英雄の座ではない。
ただ、平穏な週末と、家族との温かな夕餉。
だが……。
一度目覚めた「狂気」は、さらなる強者、さらなる混沌を呼び寄せる磁石となる。
次なる迷宮で、彼を待つのは……。
狡猾な罠か、それとも、少年の心を揺さぶる「本当の絶望」か。
……ざわ……。
……ざわ……。
「……倍だ(ハンバーグ、もう一個おかわり! 明日は月曜、学校も頑張るぞー!)」
……しかし、彼はまだ知らない。
明日の1時間目が、抜き打ちの数学テストであることを……!




