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『圧倒的ギャップ……!:銀髪の孤高は、おかわりを躊躇わない。』  作者: 渡部安恵


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第3話 『平穏……! 牙を剥かぬ迷宮の皮肉』


 ……3年。

 それは、地獄を「観光地」へと塗り替えるには、十分すぎる時間であった……!


 かつて人類を震え上がらせた「ダンジョン」は、今やギルドという名の管理下に置かれ、ランク、報酬、撮影義務……。あらゆる要素が「システム」という名の鎖に繋がれている。


 若者たちは、スマートフォンの充電を気にするように、自らの装備と「映え」を確認し、迷宮という名のスタジオへ足を踏み入れる。

 そこにはもはや、あの夜のような、剥き出しの狂気など存在しない……。

 少なくとも、表向きは――。



「……ざわ……」

「……ざわ……ざわ……」


「おい見ろよ、あいつ……」

「銀髪……本物か? コスプレじゃなくて、スキル変異か?」


 自動ドアをくぐり、一人の少年が現れる。

 白銀の髪、鋭い眼光。

 背負った合金製の棍は、使い込まれた鈍い光を放っている。

 赤城 茂則アカギシゲノリ、16歳。

 彼は今、かつての恐怖の象徴であった場所へ、一人の「ライト層」としてチェックインしようとしていた。


(うわぁ~、やっぱりギルドの受付って緊張するなぁ! ポスターで見てたけど、実物はもっとハイテクだ。あ、自動販売機の『ダンジョン専用ポカリ』、1.5倍の値段する……。やっぱり家から水筒持ってきて正解だったね、僕!)


 周囲は、その「自販機を睨みつける鋭い視線」に言葉を失う。

「……隙がない。あの若さで、すでに周囲の『配置レイアウト』を完全に把握しているのか……!」



「えー、赤城さんですね。ドローンカメラのレンタルは預かり金3万円になりますが……」


(3万円!? 高っ!! 無理無理、そんなの出したら今月の僕のお小遣い、文字通り『詰み』だよ! 陽子に約束したF1の雑誌も買えなくなっちゃう!)


「……それを(ギルドの無料貸出品(装着型)を指さす)」


 無表情に、短く切り捨てるアカギ。



 機材の選択……それは冒険者にとって、生存率を左右する重大な「賭け」。

 広角で周囲を監視するドローンを拒み、あえて死角の多い、胸元固定の装着型を選ぶ少年。

 その姿は、周囲の目には「死角など、己の五感で補えば十分」という圧倒的な自信の表れと映った。



「赤城茂則、エントリー。安全を祈ります」


(よし、行くぞ! 初めての公式ダンジョン、まずは基本を大事に。怪我せず、定時までには帰って、母さんの夕飯の手伝いをする……。今日の目標、これで行こう!)


 シゲノリは一歩、暗闇へと足を踏み出す。

 胸元のカメラが冷たい床を映し出す。

 そこには、かつて彼が味わった「狂気」の欠片かけらすら見当たらない、管理された迷宮が広がっていた。



 牙を抜かれた迷路。作業と化した攻略。

 だが、運命はいつだって、退屈を嫌う。

 少年の「平穏なデビュー戦」という目論見は、暗闇の奥で静かに、瓦解し始めていた……!



 踏み出す一歩。襲い来るのは、想定内の敵か、想定外の悪意か。

 計算という名の鎧を脱ぎ捨てた時、少年は再び「あの光」をその瞳に宿すのか――。



……ざわ……。

……ざわ……。


(お、ゴブリン発見! よーし、まずは挨拶代わりに……いっちょやってみっか!)



★★★



 西多摩ダンジョン第1層。

 そこは、冒険者という名のライセンスを手に入れたばかりの若者が、初めて「暴力の肯定」を学ぶ幼稚園ナーサリー……!


 苔むした岩壁、人工的な照明、そして定期的にリスポーンする下級魔物。

 すべてがギルドの管理下に置かれたこの場所で、人々は「全力を出す」という贅沢さえ許されない。

 だが……。

 この銀髪の少年にとって、ここはあまりにも、あまりにも……「ヌルすぎた」のである……!



(よーし、きたきたゴブリン! 教科書には『まずは間合いを詰めさせず、相手の出方を伺うこと』って書いてあったよね。よし、落ち着いて……まずは右足から……)



 ……刹那!

 アカギが「準備」を整えるよりも早く、彼の肉体が、3年前のあの日から刻まれ続けた「最適解」を叩き出す……!


 シュッ――。

 無駄のない踏み込み。

 それは、父の武則に叩き込まれた「相手の重心が浮いた瞬間を見逃さない」バスケのドライブ!

 合金棍が空を切る音さえさせず、先頭のゴブリンのあごを下から正確に跳ね上げた。


「……(スッ……)」


(あ、あれ!? 今、僕、何した!? 軽く一歩踏み出しただけなのに、もう一人倒しちゃった!? ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……!)



 圧倒的……!

 もはや戦闘ではない。

 それは、熟練の職人が規格外の製品を間引くような、あまりにも事務的な「排除」。

 胸元の装着型カメラには、激しく揺れる視界の端で、ゴブリンたちが次々と黒い霧へ変わっていく様が淡々と記録されていく。


(わわわ、後ろからも!? でも、耳元で風の音が聞こえるから、あっちから振ってくるのは分かるよ! はい、避けて……からの、えいっ! ……あ、また倒しちゃった。なんだろう、これ。お母さんとやる『もぐら叩き』の方がよっぽど難しい気がする……)


「……(コクン)」

 最後の一匹を消し飛ばし、アカギは小さく頷く。

 周囲には、その仕草が「この程度の雑魚、相手にする価値もない」という死神の宣告に見えた。



「……嘘だろ。あいつ、一人で……しかも、全く息が切れてない」

「あの銀髪……。ただのライト層じゃない。完全に『殺し(ルーチン)』に慣れてやがる……!」



 誤解の連鎖……!

 シゲノリが「今日の晩ごはん、なんだろうな」と考えているその一瞬の空白は、傍観者たちの目には「次なる獲物への冷徹な飢え」として映り込む。


(ふぅ……。とりあえず第1エリアはクリアかな。……あ、あそこの人たち、こっち見てる。挨拶したほうがいいよね? えーっと、えーっと……なんて言えばいいんだっけ? 『お疲れ様です』? それとも『こんにちは』? ……あ、目が合っちゃった! 緊張するー!!)


 無意識に緊張で顔を強張らせるシゲノリ。

 その表情は、相手を射抜くような鋭利な「殺意」へと変換され新人パーティを震え上がらせた。




 あまりに一方的な蹂躙。

 牙を抜かれたはずの迷宮で、少年はただ、自分の「強さ」という名の違和感に戸惑う。

 だが……平穏という名の薄氷は、唐突に割れる。

 管理されたはずの第1層に、あってはならない「異変」が兆しを見せていた……。



……ざわ……。

……ざわ……。


(あれ……? さっきから、なんか嫌な予感がする。……放課後の補習に呼ばれた時みたいな、あの嫌な予感が……!)



★★★



 油断……! 慢心……!

 管理された迷宮という甘い罠が、探索者たちの危機管理能力を奪い去る。

 ギルドの監視。ドローンによる中継。

 その「全能感」の裏側で、ダンジョンという名の生き物は、未だ独自の「悪意」を脈動させていたのである……!


 誰もが「作業」として剣を振るう第1層。

 その静寂を切り裂いたのは、装着型カメラには到底捉えきれぬ……漆黒の加速であった!



「……ざわ……」

「……ざわ……ざわ……」


「えっ……? なんだ、これ。ゲートが動かないぞ!」

 背後で新人パーティがパニックに陥る。

 装着型カメラの画角が、暗転した通路を激しく揺らしながら映し出す。


(ちょ、ちょっと待って! 停電!? 嘘でしょ、僕暗いの苦手なんだけど! それにこの音……壁の向こうから、何かすごい勢いで走ってきてない!? 怖い怖い怖い! これ、絶対『いつものゴブリン』じゃないよね!?)



 イレギュラー……!

 秩序の綻びから這い出した、迷宮の「バグ」。

 ドローンカメラの通信がノイズで途切れる中、新人たちは死を確信する。

 暗闇の中、唯一白く輝くのは……少年の銀髪のみ。


(うわぁぁぁ、何あれ!? 手がいっぱいある! カッコいいけど、全然カッコよくない! ……あ、まずい。あの人たちの方に行った。逃げて! 早く逃げてー!!)


 だが、恐怖で足がすくんだ新人たちに、逃げる術はない。

 魔物の鋭い爪が、リーダー格の少年の喉元へ届こうとした、その時――。



 意図せぬ窮地。想定外の絶望。

 少年の脳内で、再び「あの音」が響く。

 日常という名の安全装置セーフティが外れ、狂気が深淵から這い上がってくる。


「……面白い。予定調和を壊すのが、お前の仕事か」


「(……あ。まただ。また、世界から音が消えた。……あのアゴの開き方。右から3番目の脚の重心。……全部、丸見えだ。……あ、そっか。これ、バスケの『ダブルチーム(二人掛かりの守備)』を外す時と同じだね。簡単だよ。一歩、踏み出すだけでいいんだ……)」



 圧倒的……!

 銀髪の少年が、暗闇を「透過」するように動く。

 装着型カメラが捉えているのは、ただの「空洞」のはずだった。

 だが次の瞬間、映像には……魔物の喉元に合金棍を深く突き立てた、アカギの背中が焼き付いていた。



 暗闇の中で踊る、銀の閃光。

 管理されたはずの迷宮で、少年は再び「人ならざる者」へと変貌する。

 救われた命。刻まれた戦慄。

 そして、カメラが捉えたのは……救世主か、それとも破滅の化身か。



……ざわ……。

……ざわ……。


(……あ。倒しちゃった。……これ、あの子たちのカメラに映っちゃったかなぁ。恥ずかしいなぁ……!)



★★★



 一閃……!

 それは、もはや「技術」という言葉では語り尽くせぬ、絶対的な殺意の幾何学。

 イレギュラー……迷宮のバグたる「シャドウ・ストーカー」は、自らが何に貫かれたのかすら理解できぬままその核を砕かれ、霧散した……!


 暗闇に溶ける黒い粒子。

 その中心に立つのは、月光を宿したような銀髪を静かに揺らす、一人の少年。

 装着型カメラが捉えたのは、揺れる暗闇と返り血一つ浴びぬまま背中を向ける「死神」のシルエット……!



「……ざわ……」

「……ざわ……ざわ……」


「あ……あ……」

 新人リーダーが、震える指をシゲノリに向ける。

 救われた。だが、その喜びよりも眼前の少年の「人間離れした静寂」への恐怖が勝る。


(わわ、みんな大丈夫!? 腰抜かしちゃってるよ……。そりゃそうだよね、あんな大きな虫、僕だって本気で怖かったもん! 怪我はないかな? 保健室……じゃなくてギルドの救護室に行かなきゃ。……あ、また僕、無愛想な顔してる!? 笑顔、笑顔……!)


 アカギは必死に口角を上げようとする。

 だが、緊張と疲労で引き攣ったその表情は、新人たちの目には「次は、お前たちの番だ」という残酷な嘲笑にしか見えなかった。


「ヒィッ……!」

「……(あ、逃げられた)」



「システム復旧! ……ですが、第1層の戦闘データが欠損しています」

「ノイズか? それとも……」



 公式の記録レコードには、何も残らない。

 唯一、生き残った新人たちの「装着型カメラ」に残された、激しく手ブレした断片的な映像だけが真実の片鱗を伝えていた。

 だが、その映像はギルドによって速やかに「機密」として処理される……。

 現代ダンジョンの秩序を守るために、説明のつかない「圧倒的な個」は、存在してはならないのである……!



「ただいま……」


(ふぅ……。疲れたぁ。やっぱり公式ダンジョンは気を使うなぁ。あ、でも今日の魔石、少しだけ高く売れたし。これで陽子の欲しがってた高橋選手のサイン入りステッカー、買えるかも!)


「茂則! 遅かったな! さあ飯の前にドリブル100回だ! 体のキレが鈍ってるぞ!」

 父の武則が、ボールを抱えて仁王立ちしている。


「武君、茂則は疲れてるのよ。さあ今日はあなたの好きなオムライスよ」

 母の春子が、ケチャップで大きく「シゲノリ」と書かれた皿を置く。


「お兄ちゃんおかえり! 今日の動画あとで見せてね! 楽しみ~!」


(オムライス! やったぁ! ……あ、動画は……暗くて何にも映ってないって言わなきゃ。陽子がっかりするかな……。ま、いいか! お腹空いたー!)


「……大だ(……大盛りでお願いします)」



 銀髪の死神は、家庭の食卓でオムライスを頬張る。

 誰も気づかない。

 彼が今日、迷宮の「バグ」を屠り、数人の命を救ったことなど……。

 彼自身ですら、それを「当然の行い」として、記憶の隅へと追いやっている。


 だが……。

 闇は、一度味を占めた「異才」を、決して手放しはしない。

 次の週末。

 少年を待つのは、救済か、あるいは……本物の狂気か――。



……ざわ……。

……ざわ……。



……しかし、彼はまだ知らない。

明日の体育の授業が、父が臨時講師を務める「地獄のバスケ合宿」であることを……!

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