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『圧倒的ギャップ……!:銀髪の孤高は、おかわりを躊躇わない。』  作者: 渡部安恵


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第2話 『降臨……! 銀髪に染まる絶望の夜』


 ……2023年。

 人類はまだ、その夜が「歴史の断絶」になることを知らずにいた。

 空が紫に染まり、大地が呻きを上げた瞬間……。

 都市のあちこちに口を開けた「ダンジョン」は、現代文明という名の虚飾を無慈悲に噛み砕いていったのである……!


 当時13歳の少年、赤城茂則アカギシゲノリ

 彼はまだ、銀髪でも、死神でもなかった。

 どこにでもいる、少し口下手で、家族を愛する中学生。

 だが、運命という名のルーレットは、すでに最悪の出目……「0」を指していた……!



「茂則! さっきのシュートのフォーム肘が開いてたぞ! 帰ったら即復習だ!」

「もう、武君。せっかくの家族ディナーなんだから。ね、茂則?」


 父の武則の熱血指導と、それをなだめる母の春子。

 背中ではミニカーを握りしめた妹の陽子が眠そうに目をこすっている。


(うわぁ、また父さんのバスケ特訓が始まるよ。でも、母さんの言う通り今日は楽しかったな。あ、陽子が寝そう。家まであと少しだし僕が背負ってあげようかな……。……ん? なんだろう、この変な音)


 地鳴り。

 それは、重機が地面を削る音よりも低く、不気味な響き。

 次の瞬間、アスファルトが飴細工のように跳ね上がり、巨大な「穴」が赤城家の目の前で口を開けた……!



「な……なんだ、こいつは……!?」

 武則が家族を背に庇い、構える。だが、相手はバスケットボールを奪い合う人間ではない。

 体長3メートルを超える漆黒の甲殻に包まれた化け物。


「……ざわ……」

「……ざわ……ざわ……」


 周囲の家々から悲鳴が上がり人々がパニックに陥る。

 これが後に「ダンジョン・ブレイク」と呼ばれる災厄の第一波。

 警察も自衛隊もまだ機能していない、空白の恐怖……!


(え……えっ!? 嘘でしょ!? なにこれ、クモ!? 違う、もっと怖い何かだ……! 父さんが前に立ってるけど足が震えてる。母さんも陽子を抱きしめて動けない。……どうしよう、どうしたらいいの!? 誰か助けて!!)



 一家は必死に逃げた。だが、逃げ込んだ先は建設途中のビルに阻まれた袋小路。

 背後には冷たいコンクリートの壁。

 前方には、粘り気のある涎を垂らし、獲物を追い詰めたことを確信した魔物の姿。



 詰み……。

 盤上の駒はすべて封じられ、残された道は「捕食」という名の終局のみ。

 武則が折れた鉄パイプを拾い上げ、絶望的な抵抗を試みようとする。


「茂則! 母さんと陽子を連れて、俺が飛び込んだ隙に走れ!!」


(嫌だ……嫌だよ父さん! そんなの無理だよ! 一人で行かせないよ! ……僕が、僕がもっと強ければ。僕が、このバケモノを……消してしまえれば……!!)



 少年の叫びは誰にも届かない。

 魔物の鎌のような前脚が、月光を反射して鋭く振り上げられた。


 だが……。

 その「絶望」が極限に達した、まさにその瞬間。

 少年の脳裏に、冷徹なまでの「静寂」が舞い降りる……!



 振り下ろされる死神の鎌。

 溢れ出す涙が、一瞬にして氷へと変わる。

 少年の中に眠っていた「何か」が、絶望という名の鍵によって解き放たれる……!



……ざわ……。

……ざわ……。


(……あ。熱い。頭の中が、真っ白に……!)



★★★



 振り下ろされる死の爪。

 だが、その一撃が少年の頭蓋を砕くことはなかった……!

 コンマ数秒、死神の鎌が空を切りコンクリートを爆砕する。


 回避……!

 それは、訓練された格闘家の動きではない。

 死という名の奈落を覗き込んだ際、その恐怖を「燃料」として爆発させた、生存本能の暴走……!



(うわぁっ!? ……あれ? 避けてる。僕、いま勝手に動いた? なにこれ、頭の中がすっごく冷たい……。さっきまであんなに怖かったのに、今は……あのバケモノの関節の動きがスローモーションで見える。あそこに力を加えれば、簡単に折れるんじゃないかな……?)



 ――変異。

 それは精神だけにとどまらなかった。

 少年の黒髪が、毛先から強烈な光を放ち、白銀シルバーへと染まっていく……!

 スキル習得に伴う「魂の脱皮」。

 現代文明のルールから解き放たれ、ダンジョンの理へと足を踏み入れた証……。



「……面白い。死に体だと思っていたが……案外、脆いな……」


(わーっ! 僕、いま何て言った!? かっこうつけて『面白い』とか言っちゃったよ! でも……本当だ。全然怖くない。父さんが持ってるあの鉄パイプ、あれを使えば……いける。最短ルートであいつを倒せる!)


 父の手から滑り落ちた鉄パイプをシゲノリは無造作に拾い上げる。

 その構えは素人そのもの。だが、重心の置き方は、歴戦の冒険者すら戦慄するほどに「無」……!



「茂則……? お前、その髪……」

 武則の声が震える。目の前にいるのは確かに自分の息子だ。しかし、その背中から放たれるオーラは、先ほどまでの怯えた少年とは似ても似つきぬ圧倒的な「強者」のもの。


(父さん、母さん、大丈夫だよ。陽子をしっかり守ってて。……僕が今、この変な虫を追い払ってあげるから。……ちょっとだけ、待っててね)



 少年の内側では、年相応の優しさが脈打っている。

 だが、外側に表れるのは、一切の情けを排した「銀の死神」。

 魔物が咆哮を上げ、その全質量をかけてアカギへと突進する……!



 突進する巨躯。迎え撃つは、一本の鉄パイプ。

 絶望という名の闇を、少年の銀髪が切り裂く。

 それは、英雄の誕生か、あるいは狂気の産声か。



……ざわ……。

……ざわ……。


(よし、いくぞ……! 逆転のレイアップシュートだ!)



★★★



 運命の針は、もはや止まらない……!

 突進する漆黒の巨躯。対するは、鉄パイプ一本を提げた銀髪の少年。

 体格差、質量、生物としての格……。

 そのすべてを凌駕する「何か」が、今、袋小路の暗闇で爆発する……!



(わわっ! 近い、近いけど……見える! このバケモノ、突進する直前に左の後ろ脚に重心が寄るんだ。そこを突けば……。あ、いま目が合った。怒ってる? でもごめんね、僕の家族には指一本触れさせないよ!)



 意図せぬピンチが、少年のリミッターを完全に破壊した。

 恐怖は快感へ。絶望は、勝利への確定的な道筋レールへと書き換えられる。


 スキル……覚醒。

ことわりの外、狂気への誘い】


「……無防備だな。死ぬ時は、案外あっけないものだ」



(父さんの言ってた『ディフェンスを抜き去る瞬間の第一歩』……これだっ! 相手がこっちを向く前に、懐の死角へ……ハイ、お邪魔します!)



 ガキィィィィィィンッ……!

 鈍い衝撃音が路地裏に響く。

 鉄パイプが魔物の最も脆い関節……甲殻の継ぎ目へと正確に叩き込まれた。

 悲鳴を上げる魔物。だが、少年は止まらない。

 流れるような動きで、巨体の背後へと回り込み、その首の付け根に全体重を乗せた一撃を放つ。


(一発じゃ足りないよね? 倍プッシュ……じゃないけど、もう一回! これで……終わりだぁぁぁ!!)



 完勝……!

 そこには戦いの高揚も、勝利の咆哮もない。

 ただ、夜風に揺れる白銀の髪と、静まり返った街の静寂。

 少年は、ゆっくりと自分の手を見つめる。

 黒かったはずの髪は、月光を反射して冷たく輝き続けている。


(……勝てた。本当に勝てちゃった。……あ、でもこれ、鉄パイプ曲げちゃったな。あとで父さんに怒られるかなぁ。それよりみんな怪我してないかな……?)


 シゲノリは、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、腰を抜かしたまま、自分の息子を「怪物」を見るような目で見つめる両親と妹の姿があった。



 魔物は消えた。だが、少年の髪は黒には戻らない。

 家族の絆、世間の目、そして自分の中に目覚めた「狂気」。

 守るために振るった力が、少年を「普通の日常」から切り離していく。

 それは、幸福か。それとも……。



……ざわ……。

……ざわ……。


(お、お父さん? そんなに怖い顔しないでよ、僕だよ、茂則だよ……!)



★★★



 ――沈黙。

 それは、凄惨な殺戮の余韻か、あるいは「怪物」の誕生を祝う儀式か。

 黒い霧となって消えていく魔物の残滓が、少年の銀髪にまとわりつき、そして夜の闇に溶けていく。


 鉄パイプを杖のように突き、立ち尽くす赤城茂則アカギシゲノリ

 その瞳は、未だ「深淵」を覗き込んだ時の冷徹な光を宿したまま。

 震える手でカメラを向ける生存者も、駆けつける救急車の音もない。

 ただ、世界が変わってしまったという事実だけが、そこに横たわっていた……。



「……父さん。……母さん」



 少年の口から漏れたのは、先ほど魔物をなぎ倒した時の呪詛ではない。

震え、掠れた、13歳の少年の声。


(ど、どうしよう……。みんな黙り込んじゃって……。やっぱり怖かったよね? 僕、変だよね? 助けたつもりだけど、やりすぎちゃったかな……。嫌われたかな。バケモノだと思われたかな……)


 一歩、また一歩と近づく「銀の死神」。

 武則が、ゴクリと唾を呑み込む。

 そして……。


「……茂則。……ナイス、ディフェンスだ」


 武則の手が、力強く茂則の肩を掴んだ。

 その手はまだ、恐怖でわずかに震えている。しかし、父親としての誇りがそれを上回っていた。


「……お前、最高の『ブロック』を見せてくれたな。助かったよ、ありがとう」


「茂則……怖かったわよね。よく頑張ったわ。……髪、綺麗じゃない。白銀プラチナなんてモデルさんみたいよ」


「お兄ちゃん凄かった! シャドウ(魔物)をバコーン!って! F1のマシンより速かったよ!」


(よかったぁ……!! 父さんも母さんも、陽子も……僕のこと、ちゃんと『茂則』って見てくれてる! 髪?えっ、髪の色が変わっちゃったの僕?!ま、まぁ髪の色が変わっても問題ないよね。……あ、でも、これ染めたんじゃなくて勝手に変わっちゃったんだけど、校則大丈夫かな……?)



 理解。あるいは、無謀なまでの家族愛。

 世間が彼を「異能者」と呼び、恐れ、忌避する日が来ようとも……。

 この小さな四角い食卓だけは、彼の「無表情」の裏側にある、不器用な優しさを読み取り続けるだろう。



――あれから、3年。

 世界はダンジョンを日常として受け入れ、少年は「アカギ」と呼ばれる銀髪の冒険者となった。


 スキルは、彼を修羅場へと誘う。

 カメラは、彼の「虚像」を世界へと拡散する。

 だが……。


「茂則! また無愛想にして! ハンバーグ、おかわりするのかしないのかハッキリしろ!」

「……倍だ(……もう一個、お願いします)」


(やったー! 今日はハンバーグ祭りだー! 明日のダンジョンも頑張れそう!)



 銀髪の死神の仮面の下で、少年は今日も、家族の温もりに救われている。

 ざわめく世界の中心で、赤城茂則はただ「普通」に生きる。

 それが、彼にとっての……最大の「逆転劇ギャンブル」なのだから……。



……ざわ……。

……ざわ……。



……しかし、運命という名のルーレットは、まだ止まってはいない……!



(だれもシゲノリって呼んでくれないよぉ!)


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