第6話 閑話:『熱狂……! 0と1の深淵に踊る観客(ギャラリー)』
……ネットワーク。
それは、人類が手に入れた「第二の迷宮」である……!
ダンジョンという非日常を、安全なリビングから、あるいは移動中のスマートフォンから覗き見る。
血の匂いも、死の恐怖も、0と1のデジタル信号に変換された瞬間……それは至高の「エンターテインメント」へと変貌する!
大手配信サイト『D-Tube』。
そこには、数百万人の視聴者が未だ見ぬ「本物の刺激」を求めて夜な夜な回廊を彷徨っていた……!
――深夜のワンルーム。青白い液晶の光に照らされた大学生、山根。
彼は複数のタブを開き、ダンジョン配信をザッピングしている。
「……ざわ……」
「……ざわ……ざわ……」
山根(21歳・終活浪人)。
彼にとって、ダンジョン配信は「自分より下の人間」が苦しむ姿を見て安心し、「自分より上の人間」が蹂躙する姿を見てスカッとするための精神の安定剤だった。
「あーあ、このパーティもダメだな。ドローンが3台もあるのに、立ち回りがテンプレすぎて面白くない。もっとこう、脳汁が出るような『圧倒的なやつ』いないのかよ……」
その時、SNSのタイムラインに一つの動画が流れてくる。
タイトルは『【閲覧注意】西多摩D1層に死神現る? 装着カメラに残された謎の銀髪』。
動画を再生する。映し出されるのは、新人たちが装着していた固定カメラの、手ブレが激しくノイズまみれの映像――。
最新鋭のドローン配信のような「見やすさ」は微塵もない。
だが、その120度の狭い画角に、一瞬だけ映り込んだ「銀色の影」。
そして、中層クラスの魔物が、まるで見えない力に弾かれたかのように霧散する光景……。
「……待て。なんだ、今の? 演出か? いや、ギルドの公式ログと照らし合わせてる奴がいる。……マジかよ、編集なしの生身の動きか!? この銀髪のガキ……一切、カメラを意識してねぇ」
――掲示板やコメント欄。加速度的に書き込みが増えていく。
『今のステップ見たか? 予備動作ゼロだぞ』
『銀髪……スキル変異者か? それにしても威圧感がヤバすぎる』
『最後、こっち(カメラ)見て睨んでなかったか? 「撮るな」って無言の圧力だろ、これ』
憶測。妄想。そして勝手な神格化。
視聴者たちは、映像の「空白」を自分の都合のいい恐怖と憧憬で埋めていく。
彼らにとって、画面の中の少年はもはや人間ではない。
退屈な日常を破壊してくれる、冷徹な「アイコン」なのだ。
「見つけた……。これだよ。演出も媚びもない本物の『バグ』だ。……名前は? 『アカギ』? よし、こいつの動向を追いかけるスレを立てるぞ……!」
点火された熱狂。
一人の少年が放った「無意識の輝き」が、ネットという名の巨大な鏡に反射し、怪物のような虚像を作り上げていく。
だが、視聴者たちはまだ知らない。
自分たちが「死神」と崇めるその少年が、今まさに……。
(あー! スマホの速度制限かかっちゃった! 陽子の動画が見られないよぉ~!)
……ギガ不足に喘いでいるなどとは、夢にも思わずに!
次回、現代ダンジョン黙示録: 閑話
其の二:『拡散……! 100万再生の虚像』
……ざわ……。
……ざわ……。
『頼む、もっと見せてくれ……。お前の、その「狂気」を……!』
★★★
『拡散……! 100万再生の虚像』
……増殖……!
ネットワークの深淵に投げ込まれた一石は、巨大な津波となって「日常」を飲み込んでいく。
低画質、手ブレ、ノイズ……。
本来なら切り捨てられるはずの「劣悪な映像」が、かえって演出の及ばない「剥き出しの真実」として、観客たちの飢えた心に火をつけたのだ……!
一晩で再生数は100万を突破。
切り抜き動画、スローモーション解析、有識者()によるスキル考察……。
「アカギ」という名は、少年の預かり知らぬ場所で一人歩きを始める……!
――解析される「死神」。
大手配信者ゼウスの配信画面。プロ仕様の機材に囲まれた男がアカギの映像をコマ送りで解説している。
『いいですか、皆さん。この銀髪の少年……仮に『アカギ』と呼びましょう。彼のこの動き、不自然だと思いませんか? 敵の攻撃が当たる直前、首をわずかに傾けるだけで回避している。これは反射神経じゃない……『未来予知』、あるいは『因果律の操作』に近いスキルです』
チャット欄:
『ゼウスがガチ考察してるww』
『これ、ギルドのサクラじゃねーの?』
『いや、俺この現場にいたけどマジで空気凍ってたぞ』
「……そうだ。ゼウスの言う通りだ。あのアカギって奴の目は、俺たち観客すら『雑音』として切り捨てている。あの無表情……。あれは、数千人を殺めてきた修羅の顔だよ……!」
――虚像のデコレーション。
SNS上のファンアートやコラージュ動画。シゲノリの無表情な顔に「死ねば、助かるのに……」といった、彼が言ってもいない中二病全開のセリフがテロップで踊る。
加速する偶像崇拝。
視聴者たちは、アカギを「自分たちの代弁者」に仕立て上げていく。
既存のギルド体制を冷笑し、圧倒的な力でルールを破壊するダークヒーロー。
彼らは、アカギが「のど飴」を渡したシーンすら、『敗者への屈辱的な施し』、あるいは『死の宣告の儀式』として解釈を歪めていった……!
「見てろよ、既存のトップ冒険者たち。お前たちがドローンでチャラチャラ稼いでる間に、本物の『怪物』が下層から這い上がってくる。アカギ……お前がこの腐った業界をぶち壊してくれ……!」
そんな熱狂の渦中。スマホの通知が鳴り響く。
『【速報】アカギ、本日も西多摩Dに出現か? 目撃情報求む』
観客たちは、もはや画面の向こう側でじっとしてはいられない。
「本物」に触れたい。その「狂気」を自分のカメラで収めたい。
匿名という名の安全圏にいたはずの視聴者たちが、実体を手に、迷宮へと集結し始める。
だが、彼らが追い求めているのは「赤城茂則」という少年ではない。
自分たちが勝手に作り上げた「銀髪の死神」という名の幻影なのだ。
集まる野次馬。向けられるレンズ。
善意なき好奇心が、静かなる少年の日常を包囲する。
「映りたい」者と「映したくない」者。
その決定的な温度差が、平穏な迷宮を戦場へと変えていく……!
次回、現代ダンジョン黙示録:アカギ 閑話
其の三:『暴走……! レンズ越しのストーカー』
……ざわ……。
……ざわ……。
(『……なんか今日、やけに視線を感じるなぁ。あ、もしかして僕、鼻毛出てるとか!? やばい、確認しなきゃ!』)
……少年の懸念は、常に斜め下を爆進する……!
★★★
『暴走……! レンズ越しのストーカー』
……暴走。
それは、情報の海に溺れた観衆が、現実という名の岸辺に這い上がろうとする足掻き。
「もっと鮮明に」「もっと間近で」「もっと衝撃を」……!
画面越しにアカギという名の毒を煽り続けた視聴者たちは、もはやデジタル信号だけでは満足できない。
彼らは、安全なリビングを捨て、手に手に高性能カメラと自撮り棒を携え、聖地と化した「西多摩ダンジョン」へと押し寄せた。
そこにあるのは攻略への志ではない。
「伝説」を切り取り、自らのタイムラインをバズらせるための下卑た「承認欲求」という名の熱病である……!
――包囲される死神。
ダンジョン第2層連絡通路。茂みの影、岩の陰。あらゆる場所に迷彩服を着た「追っかけカメラマン」たちが潜んでいる。
「……ざわ……」
「……ざわ……ざわ……」
「おい、来たぞ……! 例の銀髪だ!」
「ドローン飛ばせ! 隠し撮りモードで、できるだけ寄れ!」
通路を歩くアカギの周囲を、無数の小型ドローンが蜂のように羽音を立てて旋回する。
ギルドの規約? 冒険者のプライバシー?
そんなものは、100万再生という名の果実の前では、薄紙ほどの価値も持たない……!
(な、なになになに!? さっきから小さい羽虫みたいなのが、すっごい付いてくるんだけど! このダンジョン、こんなに虫多かったっけ!? しかも、あそこの岩の影にいる人……望遠レンズで僕を狙ってる!? 怖い! 撃たれる!? 暗殺者!? 僕、何かしちゃった!?)
――レンズが作り出す「殺意」。
パニックになり、顔を引き攣らせて周囲を見渡すアカギ。だが、カメラが切り取るのは「鋭い眼光で敵を威圧する死神」の顔である。
『見てろ! 今、こっちを睨んだぞ!』
『「これ以上近づけば命はない」って目だ……! ゾクゾクするぜ!』
『おい、今の表情切り抜いたか? 完全に「獲物を定める捕食者」の顔だ!』
誤解の増幅。
アカギが「鼻毛出てないかな……あ、あそこの人、怖い顔してる、逃げなきゃ!」と焦って周囲を伺う仕草は、視聴者たちのフィルターを通すと、「全方位からの刺客を冷静にカウントする戦場の魔術師」へと書き換えられていく……!
山根もまた、その「ライブ映像」に釘付けになっていた。
「いいぞアカギ。その忌々しいレンズの群れを、お前の力で一掃してくれ……!」
臨界点……! 向けられた悪意。
一人の野心的な若手配信者が、バズりたい一心でアカギの目の前に飛び出す。手にはマイク代わりの録音デバイス。
「アカギさん! 一言お願いします! あなたのスキルは、やはり国家機密なんですか!? それともギルドへの宣戦布告ですか!?」
……刹那!
逃げ場を失い、見知らぬ人間に至近距離まで詰め寄られたシゲノリの防衛本能が、ついに火を吹く……!
(ひ、ひいいいいい! 急に目の前に人が!? びっくりしたぁぁ!! ……あ、危ない、ぶつかる! 避けて……からの、えいっ!)
シュッ――。
無意識の回避と、反射的な「押し出し」。
アカギが軽く手を触れただけで、配信者はまるで暴走車に跳ねられたかのように後方へ吹き飛んだ。
その瞬間、周囲のドローンが、その「圧倒的な暴力」を一斉に世界へ配信する……!
レンズが捉えた、決定的瞬間。
救済の銀髪は、ついに「大衆への牙」を剥いたのか。
ネットの熱狂は、賞賛から糾弾へ、そしてさらなる「狂信」へと姿を変える。
カメラが見つめるその先で、少年は独り、何を想う。
次回、現代ダンジョン黙示録: 閑話
其の四:『断絶……! 画面越しには届かぬ絶叫』
……ざわ……。
……ざわ……。
(……あ、あわわわ! お兄さん、大丈夫!? 強く押しすぎちゃった!? ごめん、ごめんなさぁぁぁい!!)
……しかし、その謝罪の声は、ノイズに紛れて誰の耳にも届かない!
★★★
『断絶……! 画面越しには届かぬ絶絶叫』
……静寂。
それは、情報の津波がすべてを押し流した後に残る、虚無の調べ。
吹き飛んだ配信者。砕け散ったレンズ。
カメラが捉えた最後のフレームには、こちらを射抜くような銀髪の少年の「冷徹な一瞥」が焼き付いていた。
ネットの海は、かつてないほどの怒号と熱狂に包まれる。
『ついにやったぞ!』
『一般人に手を出すなんて、もはやテロリストだ!』
『いや、あれは正当防衛だ。配信者が近づきすぎたんだ。』
匿名という名の安全圏で、観客たちは「自分たちが火をつけた」事実を棚に上げ、一人の少年を審判の壇上へと引きずり出す……!
――0と1の虚像。
山根の部屋。モニターには、アカギの「暴力シーン」が何度もループ再生されている。
山根は、震える手でキーボードを叩く。
「これだ……。これこそが、俺が求めていた『アカギ』だ……」
山根は、シゲノリの「困惑」を見ていない。
画面の中の少年が、吹き飛んだ配信者を見て、青ざめた顔で手を伸ばそうとしていたことなど、解像度の低い映像では「獲物の安否を確認する死神」にしか見えない。
視聴者は、自分たちの見たい「物語」に合わせて現実をトリミングしていく……!
――ギルドの封印。
ギルドの広報室。鳴り止まない電話。ネットの炎上を受け公式声明の準備に追われる職員たち。
「アカギ……赤城茂則の全データにアクセス制限をかけろ。これ以上の拡散は、ギルドの管理体制への不信感に繋がる」
情報の遮断。
熱狂した観客たちから「おもちゃ」を取り上げるように、アカギの動画は次々と削除されていく。
だが、消されれば消されるほど、その存在は「隠蔽された真実」として、より深く、より歪にネットの深層へと沈殿していくのである……。
――届かぬ声。
夜。自宅の自室。アカギは布団の中でスマホを見つめ、絶望の淵にいた。
(う、嘘だ……。ネットで僕、めちゃくちゃ叩かれてる……。あの時、びっくりして避けたら、お兄さんが勝手に転んじゃっただけなのに……! 『死神の鉄槌』!? 『一般人狩り』!? なにその怖い二つ名! 違うよ、僕はただ鼻毛が出てないか気にしてただけなんだよぉぉ!!)
「茂則ー! いつまでスマホいじってるの! 明日は模試でしょ早く寝なさい!」
母の春子の声が、リビングから響く。
「……だ(……あと5分だけ、弁明の書き込みをさせて……)」
涙のフリック入力。
(『アカギさんは、実はすごく優しい人だと思います』……ポチッ。……あ、すぐに『本人乙ww』ってリプライが来た。……もうダメだ。僕の人生、詰んだ……)
画面の向こう側で踊る虚像。
布団の中で震える実像(少年)。
情報の糸は、一度絡まれば二度と解けることはない。
視聴者たちは、明日にはまた新しい「刺激」を探し、別の誰かを消費し始めるだろう。
だが、少年の背負った「銀髪の死神」という名の十字架は、夜が明けるたびに、その重みを増していく。
……ざわ……。
……ざわ……。
……しかし、彼はまだ知らない。
この炎上がきっかけで、海外の超大物配信者から「デスマッチ」の招待状が届いていることを……!
現代ダンジョン黙示録: 閑話
『熱狂……! 0と1の深淵に踊る観客』 ――完――
「……(ムニャムニャ……明日の朝ごはん、目玉焼きがいいな……)」
……少年の「平穏」への賭けは、常に裏目に出続けるのである!
続けて良い物か迷う




