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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
05 失業と転職と

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前編 地下道での人助け

 オクオが叫びを聞いたのは、近しくなった人足の一人と軽い休憩を共にしている時だった。地の底から身体を突かれる揺れが短く起きたかと思うと、重い物が崩れるような音が続けざまに響いた。震源は、水害で崩れた倉庫が並ぶあたりらしい。


 オクオたちは休息を切り上げ、現場を目指して駆け出した。方々からわらわらと人足たちが集まってくる。地盤補強の作業現場だったはずの場所に、目測で直径四~五メートルほどの大穴が空いていた。底は深い。それだけではない。長く下るらしい横穴が続いている。近くの堤が崩れ、川の水が流れ込み、空洞の中へと消えていく。


「何が起きたっ?!」


 水音を割って男の声が轟いた。駆けつけた親方の怒鳴り声だった。大穴のそばでへたりこむ人足の一人が、震える声を絞り出す。


「分からねえ。杭打ちをしてたんだ。いきなり手ごたえが抜けて、杭が落ちるみたいにして……足元から妙な地鳴りがしてよ。慌てて飛びのいたら、地面が割れて……」


 腰の抜けた人足の話を聞きながら、親方は指示を飛ばし続けた。


「急げ! 土嚢を積んで穴に流れる水を止めろ! 誰か、見た者はいるか?! 何人落ちた?」

「瓦礫と一緒に落ちたんだ……悲鳴も土砂もまぎれちまって分からねえ……」


 次第に人足たちの動揺は収まりつつあったが、尻込みするばかりで大穴に飛び込もうとする者はいない。しびれを切らして、オクオは駆け出した。


「ワイは行くでっ! 急がんと、助かるもんも助からんっ!」

「おい、待てっ。中がどうなっているか分から――」


 親方の声はすでに遠い。いまだ濁流を飲み続ける大穴に、オクオは単身飛び込んでいった。



    §


 大穴の底までは十メートルほどだったろうか。建物なら二階か三階といった高さから、オクオは我が身一つで飛び降りた。オークにとってはどうということのない芸当だが、戦士ではない人族には無理なのだろう。誰一人、後には続かない。


 迷うことなく、オクオは横穴らしい暗がりの中に踏み込んだ。足元は割れた石や瓦礫だらけな上、土が水を含んでぬかるんでいる。オークの堅牢な足でも、前に進むのはなかなかに難儀を強いられた。


 横穴へ差し込む陽光はわずかだが、オークは夜目も利く。暗がりの奥から、よろよろと歩いてくる人影が幾人か見えた。


「おーい、生きとるかー?」

「……! オクオか? 助けに来てくれたのか」


 オクオの呼びかけに、弱々しいが明るい声がいくつか返ってきた。


 現れた者たちは、泥まみれで傷だらけ。肩を押さえ、足を引きずる者もいるが、後で障るような怪我を負った様子はない。


「落ちたもんは他にもおるんか、おまえらだけか?」

「奥にいる。水に飲まれて、瓦礫ごと流されたんだ。俺らの力じゃ無理だから、助けを呼びに行こうとなったんだ……」


 オクオは黙って頷き、わずかに見える出口の明かりを指さした。


「おまえら横穴を出たら、水の少ないところで待っとれ。大穴の上で親方がいろいろやっとる。もうすぐ水も止まる。じきに助けの手があるはずや。それまでもちっと、辛抱してくれ」

「あんたはどうする気だ? まさか一人で……」


 足を止めず、オクオは濃さを増す暗がりに踏み込んでいく。


「そや。ワイが見てくる。早うせんと、まずいやろ」


 オクオの決意に、人足の一人がすがるような言葉を返した。


「三人だ。瓦礫に埋まって身動きがとれねえのが三人……すまねえ……オクオすまねえ……」


 危険な場所にオクオを一人で行かせるしか仲間を助けるすべがない。しかし、救護を待っていては、命が持つかどうか。


「まかせておけ。必ず助ける」


 振り返らずにそう告げて、オクオは人足たちを背に残して独り、闇へと消えた。



    §


「なんやろここ……ただの洞穴とは違うようやなあ」


 オークの目に浮かぶ闇の中の光景は、自然に出来た洞窟には見えなかった。長い年月の間に風化し、原型をとどめてはいないが、人工的にくり抜かれたような精緻な作りの名残がある。


「遺跡か? 神さまがおったころの……」


 おーいおーいと声をかけながら歩みを進めるうち、木霊が返す音の響きがわずかに変わった。小さなうめき声が混じる。慎重に進んでいたオクオの足が自然と早まり、しまいには駆け出していた。


「おい、生きとるか? 生きとるなら、なんでもええから返事せい!」


 また、誰かが呻いた。


 オークの夜目には、瓦礫に挟まれ身動きが取れない人足が三人、たしかに見えた。泥水に、赤黒いものが混じる……血だ。錆に似た匂いを鼻が嗅ぎとる。荒くか細い息遣いが、三つ重なり聞こえてくる。危ういが、生きている。


「誰だ……そのしゃべり方……見えねんだ、真っ暗で。あんたオークのやつか?」

「そや。ワイには見えとるから安心せい。今、助けたるからな。むやみに動くなよ」


 慎重に瓦礫を持ち上げては捨てるを繰り返し、三人の人足たちを泥水に触れないところへと運んで横たえた。もう、痛みに悲鳴を上げる気力すら失くしたらしい。


「やるしか、ないな――」


 覚悟して、呟く。護人ごにんの証を受け取ったときにムムカと交わした〝掟〟のことを、オクオは思い出していた。



「――いいか、人前でその〈肩もみ〉ってやつを、気安く使うんじゃあない」

「なんでや? 人助けに使うんや、悪いことやないやろ」

「うまく言えないが、やっかいなことになる気がしてならん」

「分からんなあ……ただの〈肩もみ〉やで?」

「とにかくだ、約束しろ。俺とおまえとだけの、掟だ――」



「――さっそく掟破りか……まあ、仕方なしや。命には代えられん」


 頭蓋の割れている者がいる。潰れかけの肺に折れた肋骨が刺さる者がいた。両腿の骨が砕け酷い出血の者もいる。急いで手技を施す以外、助ける道はない。


 オクオは三人それぞれの重症部分にまず触れて、応急処置を施した。一旦事なきを得てから、危うい順を見定めて、丁寧に処置の仕上げを行う。


 暗闇の上、意識が遠い人足にはまるで見えないだろうが、オクオの手からは緑の燐光がいくつも閃いた。見る間に傷はふさがり、跡形もなく消え、骨は整い、腫れあがった肉はすっかり健康な張りを取り戻していた。


「何を、したんだ……俺は、死んだのか? 痛くもなんともねえ……」

「いんや、生きとるよ。ようがんばったな、もう大丈夫や」


 立ってみろとオクオに促されて、三人の男たちはおずおずと足を踏ん張り立ち上がった。もとより、彼らの目には暗闇しかないのだ。


「立て……たぞ? どうなってる……もうダメだとばっかり……」

「んじゃ、ワイが先導したるから、四人仲良くお手てつないで帰ろうや」


 そう言ってオクオが歩き出そうとしたところへ、地下道を照らす炎と足音がいくつも近づいてきた。救助に駆けつけた人足たちだ。即席の担架を担ぐ者もいる。


「オクオ! どうだった、みんなは……」

「無事や、ピンピンしとる。瓦礫から抜けられんで、往生しとっただけや」


オクオはわざと、いつもよりも呑気に答えた。人足たちの怪訝な顔を、松明の炎が照らし出しす。不思議そうに眉根を寄せるのは、助けられた本人たちも同じだ。


「ええから、話は後や。早ようこいつら連れてって、休ませてやれ」

「……分かった。これで全員……なんだな? 間違いないか?」

「そう思うで。もし誰かおったとしても流されて……とにかく、生きとるもんの気配は、他になしやな」


 そうかと頷き、救助を仕切るらしい男は皆を率いて出口へと向かう。オクオも後に続こうとして――振り返り、穴の奥へと目を凝らした。


 何かが一瞬、動いたように見えた。松明の明かりを受けて、ぬらぬらと照り輝くような、人ではない生き物の影がほんのわずか、目に映ったように感じた。


「気のせい、やろか……ま、ええか。どうせ埋め戻すんやろ、ここ」


 横穴を戻り大穴の底までたどり着くと、陥没した地面は急ぎとはいえ整えられていた。流れ込む水もない。即席の足場を伝ってオクオは地表に戻ったが。


 一息つく間もなく、今度は崩落現場の応急工事が始まった。忙しさに紛れて、オクオはすっかり〝魔獣だったかもしれない何かの影〟を、忘れ――


 失業した。


 応急工事に加え、横穴に流された人足の捜索に数日の間駆り出された後、オクオを含めた人足たちはいきなり、仕事を失くしてしまった。


 街の役人たちがやってきて、一方的に現場一帯を封鎖したのだ。河川港の崩落現場に現れた横穴は、オクオが目にした通り、ただの地下空洞ではなかったらしい。


 なにやら調査を行うとのことで、人足と入れ替わりに衛兵に似た戦士や、見るからに力仕事には向いていない、強いて言えば魔導士風の人族たちで現場は占拠された。


 オクオは別の仕事はないかとムムカに願ったが、「急なことで、おまえを安心して預けられる護人の当てがない」と言われてしまい、ならばと試しに自分で仕事を探しに出たものの、人族からは恐れられて避けられるばかりで――



    §


 ミルカは、このハドリス派遣行政官という人物が苦手だった。合理に過ぎる手腕に不快を覚えるのは度々、オクオへの仕打ちなどその最たるものだが――民衆の安心安全にとっては最適なことばかりで、不満も言えない。


 そんな男が護人組合の長の部屋で、目の前に座っていた。貴族の出自らしい優美な所作で茶を飲みカップを置く。行政官はミルカの隣に座る護人長のムムカを見た。


「――あのオクオとかいうオーク、なかなかうまく馴染んでいるらしいですね。しかし、実際どうなのです? 民衆の安心安全は損なわれていませんか?」


 まだ野垂れ死にそうにもないのかと、ハドリスは問いかけているらしい。


「あいつはオークというだけで、そこらの人間よりもよほど人物だ。今のところはな。護人に加えて、俺も目を光らせている。めったことにはならんよ、まかせてもらおうか」


 鋭い視線を、ミルカの父はハドリスに向けた。受けるハドリスは、肩をすくめて薄く笑う。


「なるほど、それは重畳――では、本題に入りましょうか。ムムカ殿、護人を用いて古代廃道の調査をお願いしたい」


 さっと話題を変えて、ハドリスは切り出した。


「なぜ? 古い遺跡らしいが、ただの廃道だろう。埋め戻せばよいではないか」

「そうもいかなくなりました。空洞の奥に魔石鉱脈がある可能性が出てきましてね」


 ミルカの隣で椅子が軋んだ。理由を聞いたムムカが、身を乗り出していた。


「本当か? 確かなんだな」

「予備調査の結果は、確かです。鉱脈の候補地で詳しい調査をしたいのですが……いろいろとね。私が預かる辺境伯直轄の兵だけでは、とても手が回りませんのです」

「うちを頼るということは、辺境伯殿の肝入りか」

「その通り。オースベルクの経済、ひいては辺境伯の領地経営に関わる大事です。護人組合にも、尽力を願いたい」


 ムムカはしばらく腕組みをして、目を閉じた。頭の中で算術を行うときの父親の癖だなと、ミルカは横目で様子をうかがう。


「――承知した。委細、任せていただきたい」


 おもむろに、ムムカは答えた。大きな仕事が決まった瞬間だった。本当に魔石鉱脈が存在するなら、その権益に護人組合が一枚噛めるという、先を見据えた商談だ。


「もちろんです。では、よしなに」


 ハドリスは用件は済ませたとばかりに立ち上がる。世間話の一つもない。いつも通りだ。合理が服を着て歩いているような男は「見送りはいりませんよ」と告げて、護人長の執務室を出ていった。



    §


 「――あたしにもやらせて、その仕事」


 ムムカの前に座りなおし、居住まいを正してミルカは言った。


 父親の顔は途端に渋い。言い分はなんとなく察する。おまえには荷が重いと、心配しているのだろう。


「こないだの失態……汚名を、雪ぎたい」


 ミルカは食い下がる。ムムカも下がらない。


「失態ではないだろう。不測の事態で馬を二頭潰しはしたが、農家への荷は無事に届けているんだぞ」

「それでも、魔獣に備えず不覚を取ったのは事実だもの」


 悔しい思いをした。魔獣を前にして、何もできなかった自分をミルカは今でも恥じていた。そんな娘の気持ちを、父親は察してくれたらしい。


「分かったわかった、仕方ない。二十人ほど護人を入れるだろうが、その一人に加えるということで……いいな?」

「いいよ、それで」


 微笑み返すミルカだが、ムムカはまだ懸念を残しているらしい。


「ひとつ気がかりがある。廃道の奥で、魔獣と出くわすことになるだろう」

「地下の魔獣? どんなやつなの……まさか」

「そうだ。おそらくミズヤドリがいるはずだ。ベルク川の増水と地下水脈、廃道の発見には何か関係がある。さしずめあのミズヤドリ、濁流で棲み処を追い出されたか何かだろう。普段はおとなしい魔獣だが、刺激すると……荒れるぞ」


 今でこそ事務と算術仕事ばかりだが、ムムカは元手練れの護人、魔獣狩りの専門家だ。統率力も高い。そこを買われて護人長の座を得ている。父親の助言に、ミルカは尊敬の眼差しをもって耳を傾けた。


「分かっているだろうが、あれに斬撃は通じん」

「いやってほど身に染みてる。刺突でしょ。オクオは貫手で倒してたけど」

「そんな無茶ができるのは、あのオークぐらいなものさ。おまえの言う通りなら、恐ろしいほどの使い手だな……」

「でも、荒事は嫌い……ほんとかな? 助けてくれた時の闘いぶり……鬼神の如きって、あいつにぴったりなんだけど」


 オクオに対する娘の評価に、ムムカは口元を緩めた。


「やけに持ち上げるじゃないか。まるで夢に出てきた――」

「よしてよっ! そんなんじゃない……って」


 思わず口調が強くなる。ミルカは身体が火照るのをわずかに感じた。


「悪かったな、すまん。調査隊の件は今日明日にでもまとめるから、おまえもそのつもりでな」

「うん、分かった。パパ――ありがと」

「まったく、ミルカにはかなわんよ……」


 礼を言う娘を見る目元を緩めて、ムムカは「ほぅ」とひとつ、息を吐いた。


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