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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
03 西門での騒動

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後編 女たちの証言

 エルフの魔女ドミナは、自分の屋敷で私塾を開いている。


 午後のひととき、二時間程度を当てる些細なものであるが、街の住人からの評判は良い。一度に十人程度の子供たちが学ぶ私塾では、読み書きに始まり初歩の魔法学まで幅広に教えている。ドミナがオースベルクに居を構えて数十年。魔女の私塾によって見出された才能も多くあった。


 今も屋敷の一室で、魔法の基礎を教えている最中だ。部屋の壁に掲げた黒板に白墨で板書をしながら、ドミナは子供たちに語りかける。


「――なにより大事なのは、ねん。思う力と念じる力。それが世界に満ちる魔力に伝わり、魔法という形を得る。したいと思い、必ずなると念じることが大切なの」


「はーい」と答える子供たちだが、中には「わたし、魔法使えなぁい」と異議を唱える者もいた。


「まあね、得意不得意はどうしたってあるから。魔法使いになれる人は、そもそも少ないし。でも力の大小に関係なく、この世にあるものはすべて、魔力と共に存在するの――」


 ドミナの言う〝すべて〟とは文字通りの意味である。大気に、大地に、水に、生命に。あらゆる物質や現象には魔力が宿っている。思と念を通じて魔力に働きかけ、意図した現象を表現することが魔法である――と、ドミナは説いているのだ。


 しかしどうやら、少々難しい話だったらしい。子供たちは一知半解といった顔でドミナを見ていた。それなら身近な例を挙げようと「たとえば、このお金」と言って、ドミナは一枚の硬貨を手に取った。


「元はなんでもない普通の金属なんだけど、これには特別な方法で魔力を宿してある。その質と量を計って、みんながお金として認める仕組みになっているの。暮らしの隅々にまで、魔法は関わっているんだよ」


 駄菓子を買う銭にも魔力が宿っていると聞かされて、子供たちは身を乗り出す。離れかけた興味は少し、戻ってきたようだった。


「さて、魔法が生まれたのは神様の時代に――」と続けようとしたところへ。


 屋敷の中を駆ける荒っぽい靴音が近づいてきた。跳ね飛ばすような勢いで、部屋の扉が開け放たれる。大汗をかいて粗い息を継いで現れたのは、西門を守る衛兵の若者だ。その後ろには、屋敷の使用人の一人が申し訳なさそうにして立っていた。


「どどどどっドミナ様っ!」

「授業中だよ、静かにおし」


 酷くどもりながら名を呼ぶ衛兵をしかりつけ、ドミナは一つ指を鳴らした。目には見えないが、鎮静の魔法を放ったのだ。とたんに、大慌てで現れた衛兵は態度を改め、背筋を伸ばしておとなしくなった。


「はっ! 失礼しました。ドミナ様をお呼びしろと、隊長に命じられて参りました。火急の要件でして――」


 そこまで言って、年若い衛兵は言葉を濁す。ちらちらと子供たちの様子をうかがいつつ、ドミナに目配せをした。


「そうか、仕方ない……ごめんね、みんな。偉い人に呼ばれちゃったみたい。今日の授業はここまで」


 そう言うとドミナは子供たちを残し、足早に部屋を出た。「あとを頼む」と使用人に声をかける。衛兵と廊下を歩きながら、子供たちに見せていたほがらかな笑顔を消し、顔を引き締めて使いの若者に用件を訊いた。


「で、どうした。どんなやっかいごとだ」

「それがその、おかしな話でして。ドミナ様を訪ねてきたと言う亜人を、西門で捕らえたのですが」


 ドミナの背がすっと寒くなる。足が止まった。悪い予感しかない。努めて冷静な口調を心掛けて、衛兵に返事をする。


「亜人の知人は多いが、捕縛されるような後ろ暗い連中との付き合いはないぞ。どんな奴なんだ、そいつは」

「オークです。襲撃の斥候ではないかと疑っているのですが、どうにも様子がおかしく。ドミナ様の知り合いだと言い張っておりまして」


 ドミナの顔がとたんに険しくなった。魔女の様子にただならぬものを感じたのか、衛兵は身をわずかに縮める。だが、役目は役目なのだろう。話の先を続けた。


「オクオが来たとドミナ様に伝えてくれと言うんです。信用なりませんが、念のための確認だと隊長が言うもんで……」


 衛兵の言伝が終わらぬうちに、ドミナは屋敷を飛び出した。慌てて衛兵も走り出すが、魔女の疾走は風のようでまるでついてこられない。


「あのバカッ! あれほど言ったのに……」


 走りながらドミナは呟く。生きていてくれよと願いながら、オークの青年を弟のように想うエルフの魔女は、西の大門を目指して駆け去った。



    §


 ひんやりとした石牢の中に、オクオは押し込められていた。体の大きなオークにとっては狭い小部屋だ。寝床も便所も見当たらない空っぽの空間は、廊下の松明の炎で仄暗く照らされている。石造りの廊下とは鉄格子で隔てられており、鍵は外から掛けられた。オクオはおとなしく部屋の真ん中で胡坐をかいている。格子越しの戦士の長は、丸椅子を持ち出して腰を下ろした。


「さて、貴様の処遇であるが。少し待て。貴様の言い分を確かめるため、ドミナ様をお呼びしているところだ」


 長は「もうすぐお前の嘘が暴かれるぞ」とでも言いたげな自信に満ちた目つきで、オクオを睨みつけている。


 オクオといえば、長の言葉を聞いて安堵した。そうか、ドミナが来てくれるのか。こっぴどく叱られるだろうが、とにかくこれで死ぬような目には合わないだろうと。


「ドミナ様がおいでになるまで、いくつか聞きたいことがある」

「なんや」

「貴様、本当に一人で来たのか」

「そうや」

「どこから来た」

「ワイは独りで、森で暮らしとった。だから、森からや。でまあ、ええ加減さびしいなってな。ドミナさ……んを頼って、ここへ来たというわけや」


 いろいろ端折ってはいるが、嘘はついていない。戦士の長がオークの襲撃を恐れているのは明らかだ。自分を斥候か何かと考えて探りを入れているのだろう。出てきてしまった里とはいえ、同胞は裏切れない。それに、一人で来たのは本当だからと、オクオは仲間のことには口をつぐもうと決めた。


「オースベルクで、貴様はいったい何をしようというのだ」

「何って、そうやなあ……なんかこう、人族の街で楽しく暮らせればそれでええんやけど。そうそう、荒事は好かんから、そういうのはナシやな」

「あ……あらごと?」


 オクオは至って真面目に答えているのだが、人族の戦士にはどれも予想外であるらしい。傍らに立つ手下の戦士と共に、困ったような顔でオクオを眺めるのだった。



    §


 ようやくミルカたちがオースベルクの西門に辿り着いたころには、日はすっかり暮れていた。二頭の馬の遺体を荷馬車に載せ、生き残った二頭に引かせて、四人の護人ごにんは疲れ切った足取りで街道を徒歩で戻った。荷馬車も仲間も砕けた魔獣の肉片と粘液まみれだ。時間がたつほどに魔獣の死肉は濃密な汚臭を放ち、ミルカの鼻はすっかり麻痺してしまった。


 酷い有様である自分たちを見とがめて、西門の衛兵が何事か聞いてくるだろうとミルカは思っていたのだが。衛兵たちは落ち着かない様子をみせ、西門にたむろする街の人々も妙に騒がしい。訝しんでミルカは、衛兵の一人を呼び止めた。


「どうした、何かあったの?」

「おお、ミルカか……て、くっさいな! おまえこそどうした」

「ちょっと荒事でさ――護人長に直接伝えるよ。それより、何か騒ぎなの?」


 衛兵は若いオークの男がたった一人で西門に現れたいきさつを、ミルカに語った。聞き終えたミルカがにわかに気色ばむ。


「おいおまえ、そのオークに手荒な真似はしていないだろうなっ」


 衛兵の肩を掴んでミルカは詰め寄った。鼻をつまんで顔をしかめながら、衛兵はミルカの腕を振り解こうとする。


「くせえ! 離れろ!……ああ、誰も手出しはしていない。あいつもおとなしく捕まってくれたから、詰所の留置場に放り込んで今は隊長が――」


 それだけを聞いて、ミルカは駆けだした。オークとはいえ命の恩人である。むざむざ見殺しにはできないと、それ一心のことだった。



    §


「で、貴様。その酷い匂いは……どうした?」


 オクオの革鎧にこびりついた生乾きの肉片に、戦士の長は目を留めた。これはもしや――自分が〝悪いオークではない〟との証になるのではないか。オクオは道中で人族を襲う魔獣を狩ったいきさつを、かいつまんで話して聞かせた。


「――でな、アナミズヤドリは倒すと弾けるやろ。あいつらの肉、ほかしとくとすぐに腐って臭くてなあ」

「アナミズ……知らんな。ふざけるのもたいがいにしろ。貴様の言うような魔獣など、城壁の周りで出たためしがないぞ」

「そうなんか。やっぱおかしいよなあ。ありゃあ、もっと地面の深いところでひっそりしとるヤツなんやけど――」


 そんな噛み合わない会話を、戦士の長とかわしていたときのことだ。石壁の廊下にしつらえた鉄の扉が静かに開き、若い戦士が長の男に声をかけた。


「失礼します、隊長。ドミナ様がお越しに――」


 言いかけた若者を押しのけ、息せききってドミナが現れたのだ。オクオが見慣れた濃紺のローブ姿で、エルフの魔女は鉄格子の前に立った。


「オクオっ! 無事か、生きて――ああ……」


 見たことのない焦りと不安に染まったドミナを見て、オクオは一瞬驚いた。しかし次の瞬間に魔女は、森の小屋でときおり見せた、怒気を孕んだ顔つきになっていた。オクオがうっかり軽口をたたいて、ドミナの逆鱗を掠めたときに浮かぶ馴染みのある表情だった。


「おお、ドミナ、来てくれたんか。いやあ、助かったわ」


 いつも通りに呑気な口調で、オクオはあいさつ代わりに礼を述べる。これで無罪放免だろうと、オクオはそわそわとして尻をもじつかせた。


 そんな二人のやり取りを、隊長と呼ばれた中年の男と若い戦士は、呆気に取られて眺めるばかりだ。


「あの、ドミナ様……本当にお知り合いなので?」


 隊長然とした厳しい物言いが剥がれ、地の性分であろうものが男の口調に現れた。


「ああ、そうだ。こいつはオークだがな、私の知り合いで間違いないよ」


 少し落ち着いてきたのか、ドミナは柔和な視線をオクオに向ける。その目を見て、「そうやで、ワイは悪いオークやないで」とオクオは横から軽口を挟んだ。ドミナはきっつと睨み返す。「調子に乗るなよ」と言外にオクオはたしなめられた。肩をすくめて、オクオはしおらしくしてみせる。


「しかし、オークなのです。いくらドミナ様の知人でも、このまま放免するわけにはまいりません。私の一存では、なんとも……」


 隊長は、ほとほと困り果てたという様子だ。そんな衛兵の隊長に追い打ちを駆ける者がまた一人現れてしまう。


「隊長っ! オークは、オークはどうなったっ?!」


 赤毛を振り乱し、ぼろぼろの恰好をした女剣士の姿を見て、隊長の顔が強張った。今度は、オクオが助けた人族の娘が駆け込んできたのだ。


「護人のミルカじゃないか。どうした……て、おまえまで、なんだその匂いはっ」


 ミルカは二の腕に鼻を寄せて「匂い?」などと呟いている。どうやら、自分の汚臭に気づいていないらしい。オクオはそんなミルカに、もう一人助け舟が現れたとばかりに声をかけた。


「おお、さっきの嬢ちゃんやないの。あんたもこの街の人だったん? 奇遇やなあ。せや、ワイがアナミズヤドリを狩った話、してくれんかな。このおっちゃん、ぜんぜんワイの言うこと信じてくれんのや」


 そう言われてミルカは、見知らぬ魔獣に荷馬車が襲われたいきさつを、オクオが駆けつける直前からかいつまんで隊長に語った。しかしなぜか――自らの負傷のことや、オクオの〈肩もみ〉については巧妙に伏せて、話を繋いでいる。


「――と、そういうわけだ、隊長殿。あたしには、このオークに命の恩がある。何かしてみろ。あたしは護人の矜持にかけて……」


 慌てて隊長は、ミルカの前で両手を振った。


「いや、待ってくれ。まだ私は、何もするつもりはない。だいたい、私はそもそも、このオークの処遇を決める立場にないのだ」


 エルフと人族、女二人に詰められてたじたじとなりながらも、隊長はどうにか職務を遂行しようとした。


「聞いていただきたい。ドミナ様もミルカも。私は役目として、このオークが何者であるか、取り調べをしているに過ぎない。とにかく、オークが現れたというのは一大事だと、それは分かってくれるだろう? だから、もうすぐ行政官が――」


 ふいに、また鉄の扉が開いた。身なりの良い白服の優男がいた。後ろに壮年の男と品の良い金髪の青年を連れている。


「行政官殿!」と、安堵の声を隊長があげた。

「パパっ」と口走ったのはミルカだ。目線は恰幅の良い壮年の男に向いていた。


「さて、やっかいなことになりましたねえ」と白服の男は、隊長にではなくドミナに対して言った。慇懃無礼なその態度に、魔女の片頬がひくりと震える。


 オクオは、後ろで静かに控える金髪の男が気になった。表情にこそ出さないが、敵意をむき出しにする気配は、オークを恐れるものとは違う。それはなぜか――仄暗い熾火のようでありながら、つららのように冷たく鋭い、憎悪であった。


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