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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
07 戦えない戦士

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13/26

前編 死者の目覚め

 討伐班と合流したオクオが目にした光景は、凄惨であった。


 リュウジンオオグソクの長大な亡骸は、鎖で編まれた重い網に捕らわれたままだった。殻はひび割れ、足は断たれ、節々から体液を滴らせていた。


 最後は、護人の一人に頭を砕かれて絶命したらしい。鋼づくりの戦棍が一本、大ムカデの脳天に打ち付けたままとなっている。魔獣の大あごに胴を挟みこまれた戦士が倒れ伏していた。とどめは相打ちだったのだろう。絶命していた男は、オクオに魔獣に襲われた経緯を教えてくれた戦士だった。


 オクオが施療院で癒した護人であった。


 松明の炎が照らしだす水たまりは碧黒い。流れ出た魔獣の体液だと分かる。あたり一面に、潰された小さな長蟲の残骸が散らばっていた。互いに犠牲を出しながら、護人たちは目的を達したのだった。


「惨いな――」


 誰に向けるでもなく、オクオは呟く。


 ふいに、さざめきのような水音が鳴り渡った。地底湖の湖面に跳ね回る無数の影をオクオは見た。エサを撒かれたまずめ時の魚のように活発に動き回るそれらは、まだ生き残っているリュウジンオオグソクの幼体たちだった。


 湿った足音を立てながら、護人のひとりがオクオに話しかけてきた。


「チビども、こっちにゃ興味がねえらしい。荒ぶっちゃいるが――不思議だな」


 不思議ではない。しかし、この剣士の男には感じられないのだろう。大空洞に満ちる異様に濃い魔力の重みが。


 あの魔獣の幼体たちは、見たところ魔力そのものを糧とするようだ。活発なのは、思わぬ馳走をむさぼっている――きっと、そんなところなのだろう。魔石鉱脈の輝きに似た青白い光が、小さな長蟲たちの身体から迸っていた。


「マーロはんは?」とオクオは、小さな命の舞いを眺めながら男に聞いた。


「あそこだ。毒を受けた仲間の手当をされている」


 せわしなく動き回る護人たちの先を男は示した。軽く礼をしてから、オクオはマーロのほうへと足を向けた。



    §


 さらに二人の遺体を、オクオは見ることとなった。マーロの治療が遅かったのではなさそうだ。外傷がひどい。その傍らに横たわるまだ息のある負傷者の治療を、マーロは生真面目な面持ちで粛々とこなしていた。


 気配を察したのか、穏やかに施術を施すマーロの背に鋭い気が湧きあがるのをオクオは感じた。神殿の護衛兵が音もなくオクオの前に進み出る。オクオは足を止めた。


 他の者には分からない緊迫した空気を割って、「ここでしばらく休んでいて」とのミルカの声が、オクオの背から聞こえた。


 ようやく目を覚ましたらしい。オクオが癒したばかりの護人たちが、ミルカや救護の護人の付き添いを得て現れた。その姿を見て、撤収の作業を進める者らが誰彼となく、安堵と称賛の声を口にする。


「コーディたち、無事でいてくれたか」

「よかった。さすがマーロ様だ」

「あの毒をいとも簡単に――」


 神殿の神官への信頼は、ことのほか厚いらしい。しかし――


「いや――」と、付き添っていた救護班の護人の一人が何かを言いかけた。その声音に興奮が滲む。とっさにオクオは手をあげて、言葉の続きを制した。


 訝しみながらも黙って立ち去る救護の仲間を見送りながら、オクオは休息をとる人族たちをざっと眺めた。負傷者たちはいるにはいるが、障りが残るような傷はない。自分が急いで〈肩もみ〉をする必要もないだろうと、オクオは手を出さないことを決めた。地上に戻って施療院に来てもらえれば、すっかり快復できるだろう。


 マーロのそばを去ろうとして、オクオは少し離れたところでうずくまる一人の女性に目を留めた。怪我を負った様子はないのに、ずいぶんと苦しそうだ。


「ちょっと一緒に来てくれへん?」とミルカを誘い、二人して女のほうへと歩む。


 憔悴したようにうつむくその人族の女性は、大空洞の手前で消音術を行使した魔術師の女だった。オクオが傍らに膝をつく。女は一瞬顔を上げ、怯えたように目を見開いたが、わずかな動きすら辛いのか抱えた膝に額を埋めてしまった。


 オクオは手振りでミルカに、女の姿が他の者から見えないように立ち位置を指図する。丸めた魔女の背中に手を添えて、こっそりと本気の〈肩もみ〉で背中をさすってやった。


「どや? 少しは楽になったやろ」


 ずいぶんと良くなった顔色を不思議そうにして、魔女はオクオに顔を向ける。


「ええ――でも、オークがどうして……ううん――ありがとう」


 声色から緊張のやわらぎを感じたオクオは、「何があった?」と一言訊ねた。


「魔術師は魔力の変化に敏感でね……いきなり、こんなに濃く魔力が満ちるなんて。おぼれてるみたいで、息苦しくて……でも、だいぶ楽になった。あなた、いったい何をしてくれたの?」


 聞くというより、確かめるといった目つきをしている。少し迷ってオクオは、


「ん-、ただの〈肩もみ〉や。うまいもんやろ」


 冗談めかしながらも真面目に答えた。「背中なのに?」と女は笑う。


「私てっきり、あなたが神聖術の治療をしてくれたものだと――でも、オークだものね。そんなはずないか……」


 明るく声を弾ませたかと思えば、魔女の声にふと影が差した。


「イヤなことが起きそうな気がして仕方ないの。早く……早く帰りたい……」


 ミルカが魔女に寄り添い、「大丈夫、もう終わったから」と優し気にささやく。


 だが、異変を知るのは、どうやら魔術師だけではなかったらしい。あわただしく護人たちに指示を出す隊長の声が聞こえてきた。


「マーロ様の治療が終わり次第、撤収する。皆、支度を急げよ」


 魔獣討伐に魔石の試掘や荷造りと、休む間もなく働く護人たちが不平を漏らすのを聞いて、隊長の声はさらに重く厳しいものになった。


「何かがおかしい。一刻も早く、ここから立ち去らねばならん。いいか! 目的は達した。命のある者だけで、いったん引き上げる」


 暗に、命を落とした護人の遺体を放棄すると言ったのだ。隊長の緊張が伝わったのか、作業を進める護人たちの手足が一段と動きを早めた。


 皆自力で歩けるのは幸いだった。オクオが持ってきた救護用の担架も置いていくことになった。その代わり、試掘した鉱石はすべて、オクオの背中に預けられた。



    §


 せめて仮の弔いをと、魔獣討伐で命を落とした三人の遺体は一つ所に集められ、担架を割いて作った即席の埋葬布で覆われた。


「オーク、悪いがお前は最後だ。そのデカいなりと背中の鉱石だ。前が支えちまう」


 悪びれる様子もなく、隊長はオクオに伝える。救護を共にした三人の護人と、魔術師の女だけが不安げな面持ちでオクオを振り返っていた。


「構わんで。後ろはしっかり見張っとくから、はよ行ってくれ」


 すべての支度を終えると、大空洞へ来た時と同じように、まず斥候の男が先頭に立ち、列を率いて隊長が続いた。マーロと四人の護衛兵、そのあとに負傷者と護人たちが列をなし、再び崩れかけの通路をくぐってゆく。


「おい、おまえもはよ行かんか」


 隣で立ち止まっているミルカに、オクオは列に加わることを促した。しかし、足場の悪い道をのろのろと進む帰還の列を、なぜかミルカは眺めたままだ。


「オクオを連れてきたのはあたしだもの。あたしにはドミナ様の元までオクオを送り届ける責任があるでしょ」


「やれやれ、世話焼きな嬢ちゃんやな」と、オクオは苦く笑う他ない。


 先に戻ってくれたほうが気が楽なのだが、ミルカが聞き分けてくれるようにはとても思えなかった。たまたま、偶然、二度〈肩もみ〉で助けることになったのを、それほど気にかけているのだろうか――?


 そうはいってもいい加減、最後尾の背中が闇に溶け始めている。「さあ、すぐあとに続くから、行ってくれ」と、オクオはいよいよミルカを急かした。さっきから、土砂が崩れる小さな音がひっきりなしに聞こえてくるのも気がかりなのだ。


 数歩足を踏み出せば、容易に奈落に落ちられる壁沿いの道を、ミルカが道半ばまで歩いたときだった。オクオは地面が不穏に軋むのを、足の裏に感じた。


 足元深く、何かが割れる音がオクオの骨を伝って耳に届く――


「いかん! ミルカ、後ろに飛べ……っ!」


 叫びざまオクオが地を蹴って飛び出したのと、ミルカの足元が崩れ去ったのは同時だったか。もう一呼吸遅ければ、ミルカは崩落に巻き込まれて地の底に消えていたに違いない。


 ミルカの身のこなしは素早かった。振り向きもせず後ろに飛ぶと、通路に駆け込んだオクオの腕の中にすっぽりとおさまり、抱きとめられた。


 そのまま身をひるがえして、オクオはミルカを抱えたまま大空洞へと駆け戻る。


 先行していた護人の誰かが、崩落に気づいてオクオに向けて呼びかけてきた。


「おーい! 無事かーっ!? ミルカ、オクオ、聞こえるか……っ?!」


 呼びかけてくる男が松明を掲げるのが見えた。しかし、炎が照らしだすはずの地面は、炭を塗りつぶしたように真っ暗なままだ。


「聞こえとるでー! 二人とも無事や」


 聞こえてはいるのだが――壁際の細道は、ごっそりと失われていた。とても人族の足で飛び越せる幅には見えない。オクオの膂力をもってしても、ミルカを抱えて飛ぶなど不可能だとすぐに気づいた。


「待ってろ、今助ける」

「無理や! 足場をかけんと渡れそうにないわ」

「分かった、すまん! 人と道具を集めて必ず戻る!」


 そう叫び返されるや、護人たちの足音は遠くなり、消えた。


「おう、期待しとる……で……?」


 返事をしながらミルカを降ろそうとして、オクオは動きを止めた。


 ――奇妙な気配が、オクオの背を撫でた。じめじめと生暖かい廃道であるのに、オクオの身に寒気が走った。


「なんや……」


 大空洞を振り返る。最初オクオは、霧でも出たのかと思ったが、違った。


 護人の遺体を並べたあたりから、青白い靄のようなものが立ち上ったのだ。


「オクオ、あれ……見て」


 ミルカも異変に気づいたらしい。オクオの腕の中で、オクオが見ているのとはまた違うあたりを指さした。


 地底湖の湖面から、石柱の陰から――大空洞のそこかしこで、青白い靄の塊がいくつも立ち上り始めた。やがて靄は、オクオもよく知る形を作り始めた。


 人の、形だ。


 やがて――呻きが聞こえた。低く震えるそれは次第に声となり、人語を成した。


「たす……けて……だれ……か……」


 オクオとミルカ、生きた人族とオークは二人しかいない空間で。オクオは確かに、人の声を、その耳で聞いたのだった。


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