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追放されたオークは人族の街で肩もみ屋を開きたい  作者: まさつき
06 救助隊の荷運び役

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前編 救助隊の編成

 昼前に入院患者が退院し、空になった部屋の掃除をオクオが終えかけたときだった。切羽詰まった男の声が扉を震わせた。


「ボーゲン院長を呼んでくれ!」


 誰かの叫びだった。耳に馴染み始めた施術師のものではない。掃除をしていたオクオの手が止まる。声は、施療院の玄関広間から聞こえた。騒然として緊迫した気配が、オクオの総身に迫った。


 オクオは手にしたモップを放るように手放すと、急ぎ騒ぎの現場に駆けつけた。ボーゲンや、他の施術師たちも集まっている。


 血の匂いが漂う。担架に乗せられ、あるいは背負われて、傷だらけの護人たちが担ぎ込まれていた。その中に、気を失ったまま担がれる女剣士、護人長の娘ミルカがいた。負傷者は見たところ十人、運んできた護人の数はそれよりも多い。


「いったいどうした、何があった?」


 ボーゲンの問いに、運び手の一人があわただしく答える。


「調査中の廃道で、魔獣に襲われたんだ。とにかく、急いで手当を」

「分かった……おい、一部屋用意しろ。負傷者を皆集めるんだ」


 ボーゲンが指示を飛ばす。施術師たちが護人の手も借りながら、足早に負傷者たちを院内へと運び入れる。


「儂が直接診る。オクオ、おぬしは儂と来い」


 掃除と洗濯ばかりだった下働きのオークに声がかかったのを見て、施術師たちは一様に訝しんだ。オクオもだ。しかもボーゲンは「誰も入れるな」と、年長の施術師に小声で念を押している。


 十人の負傷者が寝台に横たわる部屋に、オクオとボーゲンだけが残された。部屋の外、廊下からの足音が遠のいたのを確かめて、ボーゲンはおもむろに言った。


「オクオ、人足を治療したように、やってみせい」


 やれやれ――なるほどなと、オクオは得心する。


「……爺さん、それが本音だったんかい。しかし……なんでや?」


 好々こうこうや然とした容貌のままで、ボーゲンは静かに驚くべきことを口にした。


「興味があるのよ。儂と同じ力を持つらしい、おぬしにな」

「同じ?」


 ボーゲンはオクオの目の前に右手をかざした。淡く、澄んだ、緑色の光の粒が皴深い手のひらに舞っている――


「爺さんも……本気の〈肩もみ〉出来たんか!」


 オクオの〝本気〟のそれよりはずっと薄く弱々しい光だったが、それでもオクオは素直に驚いた。


「本気の……肩もみ? いや、これは……」


 オクオの答えにボーゲンの眉根が寄る。


「そういうことなら……まあ、ええ。それに、急がんとな」


 オクオは寝台のほうへと向き直った。まずはやはり、ミルカからだ。傷だけではない。なにやら身体に、毒が回っているらしい。


「そうや、ワイのこれ、我流なんよ。少しは弟子に師匠らしく教えてくれへん?」

「ふん……黙って手を動かせ」


 言われたとおりに、オクオはもくもくと〈肩もみ〉を施していく。ほどなくして、負傷者はみな、事なきを得た――



    §


「見事だ、ようやった。この半月で、いろいろ覚えたようだな」


 一息ついたところで、ボーゲンはオクオを褒めた。興奮気味で、太い声がわずかに上ずっている。結局、施療院の院長は見ていただけで、オクオに何も教えなかった。


「まあなあ、見よう見まねやけど。本気を出さんでも、いろいろやれるんやなと学べたのは、良かったわ」


 二人の男の野太い声が呼び覚ましたのか、ミルカが鷹揚おうように目を開けた。


「……ここ……そうか、あたし、生きてるんだ」


 ゆっくりと体を起こそうとした。だが、力がまだ抜けるらしい。寝台に崩れそうになる娘の肩を、オクオはそっと支えた。「無理したらあかんで」と、ミルカを横たえてやり、自分は寝台のわきの床に腰を下ろして胡坐をかいた。


 ミルカは天井にぼんやりと目を移したまま、オクオに語りかけてきた。


「あたし……あんたには、助けられてばかりだね」

「そうか? ワイが〈肩もみ〉したの、これで二度目やけど」

「それはそうだけど……助けてもらったのは、たぶん……」


 何か遠いところを想うような目をして、目を閉じ、ミルカは言葉を濁す。そうして次に目を開けた時、ミルカは決意を込めてオクオの名を呼んだ。


「なんや、どうした?」

「お願い。あたしと一緒に来てほしい。廃道の……奥へ」


 二人の様子を見ていたボーゲンは、「あとは任せる」とオクオに告げて、一人部屋を出ていった。



    §


「そうですか。全員手筈通り、負傷した護人たちは施療院へ――死人は無し、と」


 マーロは思案気にしながら革張りの椅子に背を預け、部下である神殿付きの護衛兵からの報告を反芻した。


「ボーゲン院長から、何か連絡は?」

「そろそろかと。……おや? 来たようです」


 窓の外からはたはたとした羽音が聴こえた。部下の男が執務室の窓辺に寄りガラス窓を開け放つ。一羽の銀色の鳥が部屋に飛び込んだ。まっすぐにマーロの前にある机の上に舞い降りる。鳥はそのまま、動かなくなった。


「君、下がってよろしい。それと――部屋には誰も近づけないように」


 窓を閉めるなり護衛兵の男はマーロに一礼して、部屋を去った。


 靴音が消える頃合いを見て、マーロは鳩に似た銀色の鳥の喉をそっと撫でた。とたんに鳥は、興奮気味の老人の声をくちばしから発しはじめた。言伝を預かるそれは、飛行型の魔道具だ。


『先日、マーロ殿から頂いた手紙の件、ようやく確かめることができた。オクオの力、あれは間違いなく神聖術の力。あれほどに強いものは、儂もそう見たことがない。覚えがあるとすれば昔、神殿にい――』


 ボーゲンからの言伝が終わらぬうちに、マーロは腕を振っていた。机の上から魔銀製の魔道具が叩き落とされる。顔をしかめた。苛立たしくして手を見ると、血が滲んでいた。鳩は床に転げ、身を震わせたまま沈黙した。


 蹴るようにして椅子から立ち上がった。マーロは執務室の扉を開け放し、大声で人を呼びつけた。


「誰か! 馬車を回しなさい。護人組合へ向かいます」


 荒い足取りで廊下をゆくマーロの手が緑の燐光を孕むや、傷はすっと消え失せた。



    §


 ミルカを含む快癒した元負傷者たちとともに、オクオは護人組合を目指して大通りを歩いていた。身体が癒えたのはオクオによる〈肩もみ〉のおかげと知る者はミルカだけで、他は皆ボーゲンの手によるものだと思い込んでいる。そのように、ボーゲン自身が取り計らってくれたのだ。


〝一緒に廃道へ来てほしい〟――すぐにでも編成されるというの救助隊への参加を、ミルカはオクオに求めた。唐突な願いに一度は戸惑ったオクオだったが、承知した。自分を庇って廃道に取り残された仲間を助けたい、しかし自分では力不足だと悔しさを滲ませる娘の姿を見ては、放ってはおけない。


 ボーゲンからの許しもあった。「おぬしの力が、きっと役に立つだろう」と背中を押されるほどだった。あとは組合でムムカの了承が得られれば、自分の同道は認められるだろう。


 組合に着くと、すでに館はあわただしい。しかし、オクオとミルカたちが現れて、皆の動きが止まった。人を割って駆け寄ってきたのは一人、護人長のムムカだ。


「ミルカ! 大丈夫なのか――!? オクオっ……おまえ……」


「〈肩もみ〉を使ったな」と言わんばかりに、ムムカはオクオを見据える。その視線を、ミルカが身体で遮った。


「パパッ! 彼を、オクオを救助隊に加えて。あたしも一緒に――」

「おまえ、さっきまで気を失っていたんだぞ。忘れたのか」


 ムムカの口調は厳しい。傷はオクオがきれいさっぱり癒したとはいえ、娘の状態が危ういものであったと、父親も知っていたのだろう。


「彼の力がきっと必要になる。ボーゲン院長の許可もあるから」


 ミルカは懐から、ボーゲンからの書状を取り出して父親に手渡した。オクオとミルカは、推薦状であるとしか聞かされていない。「読めば必ず、ムムカ殿は納得するだろう」と、ただそれだけを言われていた。


 封蝋を切ったムムカの眼の色が、にわかに変じた。


「分かった……認めよう――」


「ありがとう――」とのミルカを、「ただし!」とムムカは遮る。


「荷物持ちとしてだ。オクオ、おまえの参加は荷運び役としてだけ認める。万一必要になるまで、戦ってはならん。得物に触れることすら許さん」


 ミルカはオクオに、前衛で武器を振るうことを期待していたのだろう。言葉を解さない魔獣相手なら、〈隷獣れいじゅうの首輪〉の戒めも効力を持たないはず――しかし、そんな当ては外れたようだ。


「どうして? パパだって……」

「口を挟むな。俺はこの目で見てはおらん――オクオ、約束できるな?」

「……分かった。ええで。まー、担架やらいろいろ入用やろ。ワイがまとめて運んだほうが、都合よさそうやし。お守りに按摩の棒は持っていくが、ええかな?」


 腰に帯びる人の腕先ほどもない短い金属の棒を、オクオの指先が撫でた。


「そのぐらいは、まあいいだろう」と、ムムカは頷く。


 まだ不満げにするミルカを無視して、ムムカは広間に居並ぶ護人たちに告げた。


「よし! 聞け! 名を呼ばれた者は残れ。支度が出来次第、出立だ」


 救助隊に組み入れる護人たちの名を、ムムカが口に上らせたときだった。


 馬のいななきが聞こえた。また何事かと人々が館の玄関口に目をやると、両開きの扉が開け放たれた。


 丸く刈った金髪、蒼黒の瞳を宿した切れ長の目、長身痩躯の上品な青年が現れ、広間に足を進める。居並ぶ偉丈夫たちとは対極にある美青年は、涼やかな声を放った。


「私も助力したいのですが、ムムカ殿。救助の列に加えていただきたい。癒し手の術が、きっとお役に立つでしょう」


 意外な人物の登場であったらしく、「マーロ殿」と名を呼んだまま、ムムカは探るような目つきを若き神官に向けた。


 マーロはまっすぐにムムカを見ている。しかし気配の大半は、オクオに注がれていた。似ている。衛兵詰所の牢屋で行政官の後ろに立ち、オクオに憎悪を向けたあの時と。だが違う。憎悪は濃さを増し、なぜか怒りまで宿している。顔はあくまで涼しいまま。まるで意味が分からない。口をきいたことすら無い間なのに――


「認めよう。神殿一の癒し手と名高いマーロ殿だ。ご助力、感謝する」


 しばらく思案気にしていたムムカだったが、礼を取ってマーロの申し出を受け入れた。にこやかにマーロは礼を返す。周りの護人たちは「神殿の癒し手が」などと、驚きとともに歓迎の声を上げていた。


「出立は?」とのマーロに「すぐにでも」と、ムムカは応じた。



    §


 オクオが人足を助けるために飛び込んだときとは違い、古代廃道には青白い光を灯すランプが等間隔に吊るされていた。


 大人が両手を広げて二人並んで立てそうな幅の地下道だが、ところどころに縦穴が口を開け、天井や壁から漏れてくる水を闇の中に飲み込んでいく。


 夜目の利かない人族では、明かりの助けなしにはまともに歩くことすらままならないだろう。


 ときどき、いずこかへ続く細い通路も現れた。目を凝らせば、さらにその先でも枝分かれする道がオークの眼には映る。古代廃道の全貌が複雑なものであろうことはオクオにも容易に想像がついたが、救助隊が進む道自体は緩い下り坂の一本道だ。風化した遺構の本道は、一本しかないらしい。


 その道を、総勢で二十名の武装集団が早足に進んでいく。


 救助が目的ではあるが、半分は討伐隊と呼ぶのが相応しい備えだ。負傷者を運ぶための用具は、すべてオクオが背負っている。他は武器を携えた者がほとんどだ。場違いなのは二名。オークのオクオと、人族の神官マーロだった。


 マーロはローブの下に薄い鎖帷子を着る程度の軽装で、ナイフの一本も持つ様子がない。守りはすべて、神殿から付き従う四人の戦士たちに任せるらしい。


 襲ってきた魔獣の討伐なしに、取り残された人々を救い出すことは難しいのだろうが、そもそもいったいどんな相手に痛手を負わされたのか――オクオは横を歩くミルカに声をかけた。


「斧に棍棒……剣を持っとるヤツが少ないな」

「護人長の指示なんだ。あたしたちを襲った魔獣は、ミズヤドリじゃないから」

「なんや? 岩のバケモンでも出たんか?」


「似たようなもんだ」と、前を歩く戦士の男が首だけで振り返り苦々しく言った。オクオが〈肩もみ〉で癒した、施療院に担ぎ込まれた護人のうちの一人だ。


「えらく硬い殻で覆われた、でかいムカデの化けモンだった。ムムカのおやっさんは〝リュウジンオオグソク〟とか云ってたな」


 鋼づくりの大ぶりな戦棍を手にしたその男は、道すがら大ムカデの魔獣、リュウジンオオグソクに襲われた経緯をオクオに語った。


 ――この道はやがて、折り返してさらに深く下る。その先で、石柱が居並ぶ大空洞に行き着く。地底湖も湛えるその地こそが調査隊本来の目的地、魔石鉱脈が存在する場所だった。


 しかし同時に、大空洞は魔獣の巣でもあった。


 鉱脈に宿る魔力の摂取が目当てなのか、壁面のあちこちに多数のムカデに似た幼体がへばりついていた。魔石を試掘して持ち帰るために、調査隊の護人たちは手分けして小さな長蟲の駆除を始めた。小なりとはいえ魔獣には違いない。一つひとつは五十センチ、中には一メートル近いものもいる危険な生物だ。作業に集中して没頭するあまり、かえって隙を生んでしまい――


「地底湖に、やつらの親蟲が潜んでいたんだ。散らばって作業をしていたところをいきなり襲われてな」


 岩か鋼かと見紛う殻を節々に宿した巨大なムカデの化け物は、幼体と違って刃では傷をつけるのがせいぜいだった。


「しかもデカいくせに動きは素早い。こっちは最初から散り散りだ。倒すどころか、逃げ出すのがやっとだった。おまけにチビどもまで襲ってきやがる」


 しばらく黙って歩いていたミルカが、悔し気に口をはさんだ。


「隊長のコーディがしんがりを買って出たの。大ムカデを隊長の班で引き付けて、負傷したあたしたちが撤退する隙を作ってくれたんだ……でも結局、地上に辿り着くころには幼体に噛まれた毒が身体に回って……」


 ――目覚めた時には、施療院の寝台の上だった。


 なるほど……わざわざ寝た子を起こすような真似をするとは。オクオにはどうにも自業自得のようにしか思えない。しかし、口に出したのは別の言葉だった。


「コーディいう人ら、まだ生きとるんやろか」


 護人の男が言葉を返すまで、硬く小さな間があった。


「……いずれにしろ、魔獣は討つ」


 それきり、ミルカたちは黙り込む。


 廃道の中に響くのは、次第に早まる足音と、武具の打ち合う音だけとなった。


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