第54-1話 王宮の大型オーブン 上
王宮の厨房では、百人分の煮込みを作ることができる。大鍋と火口が揃い、それを扱う料理人も、支える下働きもいるのだから、量が増えても対応できる。蒸し物なら蒸し器を重ね、揚げ物なら次々に油へ入れていけばよい。
ところが、焼き物になると事情が違う。
「こちらが焼き上がるころには、最初のものが冷めますわね」
フローレ・マルシェの目の前で、料理人が炉から天板を引き出した。こんがりと色づいた肉の表面では、浮いた脂がぷすぷすと小さな音を立てている。今、食べればおいしいに違いないが、これで全員分ではない。空いたところへ次の天板を入れて焼き上がりを待つ間に、最初の肉は冷めてしまう。
「火を強くするわけにもいきません。外だけ焦げますから」
「ええ。分かっていますわ」
少人数の食卓なら、こうして焼き立てを出せる。しかし外国からの使節を迎え、百人近くが席に着く大晩餐会では、煮物や蒸し物、あるいは先に焼いておいてもよい料理が中心になる。客が増えるほど、いちばんおいしいところを食べてもらいにくくなるのが、フローレには残念でならなかった。厨房で育った彼女は、料理人たちがこの焼き色にどれほど気を配っているかを知っている。その工夫が皿の上で冷めてしまうのを見るたび、あと少しなのに、と惜しくなる。
その日の午後、父の執務机に献立を広げると、マルシェ子爵は料理の並びを見て眉をひそめた。彼自身が鍋を振るうわけではないが、食材の調達から人員の配置、衛生、予算までを預かり、晩餐会の最初から最後まで不足が出ないよう手配するのが仕事である。
「焼き物を増やしたい?」
「はい」
「炉は足りるのか」
「足りませんわ」
顔を上げた父を、フローレはまっすぐに見返す。献立に載せる料理を選び直すほうが、ずっと簡単なのは分かっている。それでも、今ここで引っ込めてしまえば、次の晩餐会でも同じ天板を見てため息をつくことになる。
「百人分を、焼き立てで出したいのです」
「……それで?」
「新しい炉を作れないか、友人に相談しようと思います」
子爵は机の暦をしばらく眺めてから、娘へ視線を戻した。
「使節団を迎える晩餐会は、来月の二十四日だ。それまでに試験まで済むなら検討しよう。間に合わなければ、従来の献立で行う」
「分かりましたわ」
「フローレ。晩餐会を実験に使うなよ」
「もちろんです」
そこについては、父と娘の間に異論はなかった。相談する機会をもらえた嬉しさで足取りは軽くなるが、献立を抱え直すと、二十四日という日付が急に重みを持つ。自分から言い出した以上、焼けるというところまで確かめて、もう一度この机に戻ってきたい。
◇◇
「百人分ですか」
砂糖研究会の机に紙を広げながら、アルマンが聞き返す。工学組の中でも鉄の骨組みや大きな金具を扱うことが多く、冷却機でも、重い鉄の部品という話になると呼ばれる学生だ。
「一度に?」
「一度にですわ。魚の皿を出すときには魚を百人分、次のお肉も百人分。皆様に同じ料理を、同じ焼き加減で召し上がっていただきたいのです」
「大きくなりますね」
「大きくしたいのです」
まず机に並べたのは、王宮で使っているオーブンや、パン窯、ピザ窯の見取り図だった。料理を焼く炉なら参考はいくらでもある。フローレはそれぞれの使い勝手を説明し、アルマンも入口の幅や奥行きを比べながら、百人分を入れる形を考え始める。
「石窯なら、先に周りの石やレンガを十分に温めておきますわ。その熱で焼くのですから、食材を入れる前の火入れが大切なのです」
料理は熱くなった壁や天井からの輻射熱を受け、床に置いた生地なら下から伝わる熱でも焼けていく。百人分を入れても急に冷えないよう、十分な量の耐火レンガへ先に熱を蓄えておく必要があった。
ところが、集めた図を見直すと、丸い窯も四角いオーブンも、食材を並べる床は一段しかない。天井を高くしても、床に置ける天板の数は増えず、百人分を収めようとすれば横か奥へ広げることになる。
横で聞いていたエミリアは、二人の間に置かれた天板と、必要な枚数を書いた紙を見比べた。
「これを全部、並べるの?」
「横に並べると、厨房の壁一面が全部窯になってしまいますわね」
フローレは紙へ横線を何本か引き、上下に重なる棚を描いてみせる。
「上へ重ねたいのです。焼くものに合わせて、棚と棚の間の高さも変えられるように」
「レンガだけで、これだけ広い棚を何段も作るのは難しいですね。鉄で梁を組んで、その上にレンガを並べる形にしましょう。棚の重さを、鉄の梁で支えるんです」
「それなら、棚の面もレンガにできますのね。石窯の天井や床のように、たっぷり熱を持っていてほしいのですわ。食材をたくさん入れても、すぐ冷えないように」
アルマンは棚の下へ鉄の梁を描き足し、上に並べるレンガを少し厚く描き直した。レンガの重さを支える形を考えていたが、フローレはそのレンガに料理を焼く熱を持たせたいらしい。
「一段ごとに、炉の床と同じ働きをさせたいんですね」
「そうですわ。下からも上からも、しっかり焼きたいのです」
「それは、棚であり床ということですね」
「そうです、床を何段も作れるようにしてくださいませ」
「簡単に言いますねえ」
そう言いながらも、アルマンは線を引き直していく。初めは炉を大きくするだけの相談かと思っていたのに、聞くほどに考えることが増えてくる。厄介だとは思うが、どうして熱い棚が欲しいのかをフローレが話すうち、その要求を形にしてみたくなっていた。
ただ、並べた見取り図のどれを見ても、そういう棚は付いていない。アルマンは床を重ねた自分の図を眺め、ふと思い出したように顔を上げた。
「棚に皿を何段も並べて焼く窯なら、見たことがあります」
「それですわ。どちらの厨房にありますの?」
フローレは身を乗り出した。もう使われているものがあるなら、きっと役に立つ話を聞ける。ところが、アルマンは彼女の期待した場所を挙げなかった。
「陶器職人の工房です。皿に載せた料理ではなくて、皿そのものを焼く窯ですけど」
フローレは、机の上のピザ窯へ目を落とした。さっきまで料理を焼く道具を比べていたはずなのに、いつの間にか、食器を作る話に曲がってきている。
「……でも、棚はございますのね?」
「あります。支えを積んで棚を作り、その上へ器を並べていますから、そちらのほうが参考になると思います」
「では、見せていただきましょう」
フローレが見取り図をまとめ始めると、エミリアも手元の紙を揃えながら首を傾げる。
「料理の相談で、陶器職人を訪ねることになるのね」
「百人分ですから」
フローレは真顔で答えた。言ってから自分でも少しおかしくなったが、棚のある窯を見てみたい気持ちのほうが強い。三人は天板を一枚持って、陶磁器窯の親方を訪ねることにした。
◇◇
工房には焼く前の器が並び、土を練る職人の向こうに、大きな窯が口を開けていた。中には支えを積んで棚が設けられ、皿や鉢を何段にも分けて置けるようになっている。
フローレはその奥を覗き込み、思わずアルマンの袖を引いた。こんなふうに上の空間まで使えれば、天板を横へ果てしなく並べずに済む。厨房とは似ても似つかない場所へ来たのに、欲しかった形は、確かにここにあった。
親方は料理用の炉だと聞いて意外そうな顔をしたものの、持参した天板を棚の前へかざすと話を飲み込んだらしい。寸法を確かめながら、今度は料理を何度入れ替えるつもりなのか尋ねてきた。
「焼く物は軽いが、ずいぶん出し入れするんだな」
「料理ですから、早いものなら五分や十分で焼き上がりますわ。焼けたら取り出して、次の料理を入れますので」
「こっちは詰めたら、一週間は開けんからな」
親方が笑いながら棚を指すと、フローレも上下の間隔を見比べた。
「これだけ棚を重ねても、上と下で焼け具合を揃えられますの?」
「棚の周りに熱の通り道を残すんだ。詰め込むばかりじゃ、下は熱くても上が温まらん」
「どの棚も、炉の床と同じように温まってほしいのですわ」
「なら、棚に使うレンガの分も、熱を入れておく時間を見込まんとな。初めのうちは高温の火が流れる場所だけ温まるが、扉を閉じて十分に火を回せば、レンガ全体がそれぞれの上限近くまで温まる。料理を入れるのは、それからだ」
「温まったレンガの輻射熱で焼くのですわね」
「そういうことだ。ただ、陶磁器ならともかく、料理のことはわしには分からん。どのくらいでうまく焼けるかは、あんたらで確かめてくれ」
「ええ。焼き加減はこちらで確かめますわ」
フローレは図面を広げ、親方が示す熱の通り道を目で追った。いつもの石窯の床を何段も重ねるには、支えるだけでなく、一枚一枚を十分に温める工夫も要る。アルマンが棚の支え方を尋ねる横で、彼女も天板を置く位置を指し、料理を焼くつもりで窯の中を覗き込む。
王宮へ来た親方は、石工と一緒に設置場所の基礎を確かめ、煙を逃がす道を決めてから、アルマンの図面へ線を足していった。炉の内側にはおよそ二立方メートルの空間を取り、下部の火口で薪や木炭を燃やす。熱が棚の下だけに集中しないよう、周囲から上へ回して耐火レンガを温め、その中へ床を何段も設けるのである。
「棚の重さは左右のレンガで受けます」
アルマンは、図面の左右を指で示しながら説明を始めた。
「左右へレンガを積み、必要な高さで鉄梁を渡して、その上へ棚になる耐火レンガを並べます。さらに左右を積み足して次の棚を作れば、高さの違う床を何段も重ねられます」
棚の重さは鉄梁から左右のレンガ積みへ伝わる。フローレには梁の太さはわからないが、自分の欲しかった熱い棚が、アルマンの図面の中で手の届く形になっていくのが嬉しかった。
「梁の端は、きつくしないように。熱くなれば伸びるぞ」
親方が横から念を押すと、アルマンは余白へ書き込みながら頷いた。
「はい。伸びる分以上は空けています」
「棚で熱の道も塞ぐなよ」
棚は炉の壁へ作り付けず、積み直せるようにする。ただし、その日の献立に合わせて火入れ前に高さを決め、一度熱くして調理に使った後は、冷えるまで積み直しはできない。
フローレは図面の横へ間隔の狭い横線を何本も引き、別の使い方を描き始めた。
「例えば、ビスケットなら、こんなに高さはいりませんわ。低い段をたくさん作れば、一度にずいぶん焼けます」
「天板を出し入れできる隙間くらいは必要ですよ」
「もちろんです。あと、パンなら、膨らんだところで上の棚につかえないよう、もう少し高くしますわ」
今度は線の間を広く取ると、アルマンも二つを見比べて頷く。
「その高さまで、左右のレンガを積み足せばいいですね」
「それから、棚のレンガと梁を全部外したら……豚の丸焼きもできますわね」
フローレの指が炉の内側を大きく囲むのを見て、アルマンは図面を見直した。何段にも分けていた空間がひとつにつながり、棚を支える左右の積みも取り外せば、大きな炉の中をまるまる使える。
「……入りますね」
「でしょう?」
嬉しそうに頷くフローレの手元には、同じ炉を違う棚割りにした図が並んでいる。料理の都合を聞くたびに使い道が増え、アルマンの図面はすっかり書き込みで埋まってしまった。
残るのは前扉だが、これには彼も頭を悩ませた。
「これ、一枚では無理ですね」
鉄枠に鉄板を張り、扉の中にも耐火レンガを入れるとなると、炉いっぱいの幅で作れば扉だけで相当な重さになる。
「二枚に分けて、左右へ開く形にしましょう」
「それなら作れますの?」
アルマンは扉の横へ軸を描き、その先で手を止める。ここまで任せてもらったのだから、最後まで自分たちで作れると言いたい。けれど、重い扉を毎日動かす料理人の姿を思い浮かべると、描いた線をなぞるだけでは自信が持てず、しばらく迷った末に鉛筆を机へ置いた。
「死ぬほど頑張れば、たぶん作れます。でも自信はありません。鍛冶屋さんに頼みましょう」
「ここだけ、ですの?」
「毎日、何度も開け閉めしますし、その横に人が立ちます。棚なら荷を載せて確かめられますけど、この重さの扉を長く使ってどうなるかは、僕にはまだ分かりません」
冷却機を作るようになってから、自分たちでできる仕事は増えている。その一方で、作れそうだというだけで手を出してはいけない部分も、以前より分かるようになってきた。
「分かりましたわ。父に手配してもらいます」
フローレは迷うことなく、扉の横へ鍛冶屋と書き込んだ。厨房で使う人のことまで考えて待ってくれるなら、これから先も安心して相談できる。隣で返事を待っていたアルマンも、彼女のいつもと変わらない声に肩の力が抜け、残っていた寸法の説明を続ける気になった。
◇◇
アルマンは、左右に分けた扉と炉の正面を描いた図面を持って鍛冶屋を訪ねた。鉄枠に鉄板を張り、内側へ耐火レンガを入れること、毎日何度も開け閉めすることを説明すると、鍛冶屋は図面の扉から炉の壁へ指を滑らせた。
「このまま壁へ軸を付けたら、開け閉めするたびに石積みを引っ張るぞ」
「では、重さを下へ逃がせますか」
「逃がすんじゃない。最初から下の石に受けさせるんだ。扉を二枚に分けるところまではいい」
アルマンは鍛冶屋と相談しながら、炉の石積みに扉の重さを預けず、基礎の石で受ける形へ図面を直した。鉄材の太さや軸の寸法は鍛冶屋が確かめ、炉を組む石工にも基礎へ据える石の位置を確認してもらう。三者の寸法が揃ったところで、ようやく製作に取りかかった。
出来上がった部品を運んできた鍛冶屋は、そのまま取り付けにも加わった。縦長の鉄材に上下二つの軸受けを付けたものが左右に一組ずつあり、全部で四か所の支持点が扉を受け持つ。
「この石で受ける」
炉の前に据えた大きな石材を叩いて位置を示すと、鍛冶屋は鉄の支持材を打ち込み、上下の軸受けを揃え始めた。隙間へ石灰モルタルを詰めている若い職人にも、念を押すのを忘れない。
「それだけで扉を持たせるんじゃないぞ」
「はい」
扉の重さは鉄軸から軸受けへ、そこから石へ受け渡す。モルタルは隙間を埋めて固定を助ける。
アルマンがすぐ横で見守る中、鍛冶屋は扉を吊って少し動かし、いったん止めて上下を見比べた。当たりを直してはまた動かすうちに、最初にあった引っかかりが消えていく。
「最後の調整が大事だ」
促されてアルマンが取っ手へ手をかけると、重い扉がすうっと開いた。
「……軽い」
「軽いんじゃない。軽く動くようにしたんだ。重さは変わっとらんから、閉めるときに手を挟まないように気をつけろ」
言われたとおりにゆっくり閉じていくと、左右の扉が炉の前でぴたりと合う。アルマンはもう一度開けてみて、ようやくこの扉を料理人へ渡せる気がした。頼んでよかったという安堵と、自分もこんなふうに作れるようになりたいという思いが重なり、鍛冶屋が道具を片付ける前に、最後の調整についてもう一つだけ尋ねる。
◇◇
炉を組み終えてからは目地の養生に時間を取り、その間に天板や道具を揃えた。最初の火入れを試す朝、アルマンは支持材の隙間へ詰めた石灰モルタルを指先でちょんと触り、確かめるように表面を見つめる。
「……だいたい固まってるとは思うんですが」
その語尾に、フローレもつられて目地へ視線を落とした。表面には硬さが出ていても、中まで固まるにはまだ時間がかかるらしい。重さは石と鉄で受けていると分かっていても、あの大きな扉を動かすと思うと、どうにも落ち着かない。
鍛冶屋に支持材と軸受けを確かめてもらってから、アルマンは恐る恐る取っ手へ手をかけた。扉が少し開くたびに目地へ目をやり、フローレも息を詰めて見守る。最後まで開いてもずれる様子がないのを確かめると、今度は勢いをつけないように閉じ、ぴたりと合ったところで二人はようやく顔を見合わせた。
窯の親方が炉の乾き具合を確かめ、小さな火から試し始めても、アルマンは扉を動かすたびに支持材へ目を向けずにはいられない。少しずつ火を入れて炉を慣らし、何度開け閉めしても変わりがないと分かってくるにつれ、フローレもようやく安心して天板を手に取れるようになっていった。
調理試験には、フローレが同じ重さに分けたパン生地を用意した。上段から下段まで、さらに各段の奥、中央、入口側へと並べ、焼けたものを別の机へ同じ配置で移していく。
下段のパンを割ったフローレの手が止まるのを見て、アルマンが覗き込んだ。
「どうです?」
底は黒く焦げているのに、上段から出したパンはまだ白い。出来上がった炉を見たときには、もう半分は成功したような気がしていた。それだけに、二つのパンを並べたフローレの胸は沈む。皆にここまで作ってもらって、これで焼けませんでは済まないと思うと、黒い底から目を離しにくかった。
「下が強すぎますわね」
「上は弱いな」
窯の親方も難しい顔で二つを見比べる。
食材を入れずに扉を閉じたまま、さらに時間をかけて高温の燃焼ガスを炉全体へ回すことにした。初めはガスが流れやすい下段や奥から温まる。だが、炉内を高温のガスで満たして十分に加熱を続ければ、耐火レンガ全体が上限に近い温度まで熱を蓄え、どの段にも周囲から輻射熱が届くようになる。
予熱時間を延ばして再び焼くと、少量のパンはどの段でも揃うようになった。ところが、本番と同じ量を入れると、いつもの時間を過ぎても焼き上がらない。
「同じだけ火を入れたのに」
砂時計を見つめるアルマンへ、フローレが説明する。
「食材が増えましたから。空いている炉と、いっぱいの炉は違いますわね」
「炉が満杯になった分だけ、食材に熱を取られたんだ。百人分を焼くなら、百人分を入れた状態で時間を決めんとな」
フローレは、紙の端に書き込んだ二十四日の日付を親指で押さえた。またやり直すのかと思うと気が急くが、親方の言葉を聞くうちに、次に確かめることが見えてくる。待っている料理人たちへ顔を上げ、火を入れ始める時刻から見直すため、次の試験の段取りを相談した。
パンで予熱時間を決めたあとは、魚と肉を百人分ずつ入れて試験を繰り返した。食材の厚さと天板への並べ方を揃え、満杯の炉で必要になる焼き時間を確かめていく。
「魚はこの厚さで揃えましょう。薄いものが混じると、そこだけ先に焼けてしまいますわ」
フローレが切り口を見ながら指示すると、隣の料理人が紙へ印を付ける。魚の試験を終えて次の肉を準備し始めると、今度は肉の担当が、切り分けた一人分を見せに来た。
「肉はこちらでよろしいですか」
「ええ。その厚さで揃えてくださいませ」
アルマンは空になった棚へ顔を寄せ、梁の様子を確かめている。
「梁は、冷えてからもう一度見ますね」
「その前に、食べてくださいな」
差し出された皿を見て、アルマンは困ったように笑った。
「またですか」
「食べた感想も試験です」
おかげで試験に参加する工学組は、このところ夕食が少なくて済んでいる。
何度も焼いた末に、魚にも肉にも使える棚の高さと、それぞれの厚さや並べ方が決まった。熱い炉の棚は途中で組み替えられないため、料理を替えたら焼く時間だけを変える。
魚をすべて取り出して盛り付けへ回し、続けて待機させた肉を入れるところまで通して試した。扉を開けておく時間や食材の入れ替えによる熱の減り方も確かめ、魚と肉に使う砂時計をそれぞれ決める。会場の進み具合をマルシェ子爵が見ながら次の料理を出せば、二皿とも焼き立てで届けられるはずだった。
「これで行けますわ」
フローレが届けた最後の試験記録を読み終えると、子爵は従来の献立を脇へ寄せ、新しい献立を机の中央に置いた。紙が動くのを見ただけで、フローレの口元が緩む。早く厨房へ戻って皆に知らせたいと思い、礼を言ってから扉へ向かう足が、少し速くなった。




