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第53話 情報局

 一次戦役、二次戦役を経て、通信が重要であることについては、王国議会でも異論がなくなっていた。


 敵がどこにいるのか。どれだけいるのか。どちらへ動いたのか。援軍が必要なのか、食料は足りているのか。戦場では、知らなければ判断できない。そして情報が一日遅れれば、その一日は二度と取り戻せない。


 そこまでは、議員たちにもよく分かった。


 問題は、その次だった。


「では、通信を強化するには、どうすればよいのか」


 この問いになると、途端に話が怪しくなる。


 魔素通信線の王都側の終端は、王立大学校にある。そこから王宮までは数キロ、軍司令部や軍務関係の庁舎も、おおむね同じ王都の中に収まっていた。


 議会では数日にわたって審議が行われた。各方面から意見が出され、必要性が確認され、予算についても議論された末、王立大学校の通信関係者へ正式な決定が届けられた。


 エディはその文書を受け取り、魔素通信室で読み上げた。


「王立大学校に常駐する早馬および騎手を、従来の一組から三組へ増強する……だそうです」


 通信室が静かになった。


 ノエミが机から顔を上げ、もう一度文書を見る。


「それだけ?」


「それだけです」


 しばらく沈黙が続いたあと、通信関係者たちの声がほとんど同時に重なった。


「なぜそうなる!!」


 魔素通信を強化すると聞けば、エディなら通信線や受信設備の増強を考える。ノエミなら符号体系や、誤りを減らす仕組みの整理を考える。


 ところが議会が増やしたのは、馬だった。


「まあ……王宮まで紙を運ぶのは馬ですけど」


 エディは頭を掻いた。


「間違ってはいないけどね」


 ノエミも認める。


「間違ってはいないから、余計に困るんですよね」


 ところが、その早馬三組は、使ってみると思った以上に便利だった。


 魔素通信は、遠方からの情報を王立大学校まで非常に速く運ぶことができる。しかし、そこで通信が終わるわけではない。通信士が針の短い動きと長い動き――トン、ツーの組み合わせを読み、人間の言葉へ戻して紙に書き、その紙を王宮や軍司令部まで届けて、ようやく一つの通信が完了する。


 以前は一組しかいなかったため、王宮へ文書を持っていった騎手が戻ってくるまで、次の文書が待たされることも珍しくなかった。三組になれば、その待ち時間がかなり減る。


「軍司令部宛てです」


「二番、行けます!」


「お願いします」


 馬が石畳を蹴って走っていく。


 少しして、別の通信が入る。


「王宮宛てです」


「三番、お願いします!」


 また馬が走る。


 議会の決定は、意外にもきちんと役に立った。


 特に国境付近がきな臭くなると、その効果は大きかった。国境砦、街道警備隊、領軍、地方官。各地から次々と魔素通信が入り、王立大学校の通信室では針が一日中動くようになった。


 エディは工学系男子たちの中でも早くから頭角を現したため、機械や装備の相談にも時折引っ張り出されていた。だが、本業はこちらである。通信量が増えれば、他の研究を覗きに行っている暇もない。通信室の椅子に座り、針の動きを追っている時間のほうが、ずっと長かった。


 最初のころ、受信した文書はすべて王宮へ送っていた。王宮で仕分けし、軍事関係なら軍司令部へ、行政関係なら該当する庁舎へ回す。それが従来の文書の流れだったからだ。


 だが、ある日、エディが一枚の紙を持ったまま首を傾げた。


「これ、軍司令部宛てですよね」


「そうだね」


 ノエミが内容を確認する。


「いったん王宮へ持っていって、そこから軍司令部へ持っていくんですよね」


「そうなるね」


「軍司令部、ここから直接行ったほうが近いですよ」


 ノエミは少し考えてから頷いた。


「……そうだね」


 二人は顔を見合わせた。


 それ以来、軍司令部宛ての文書は直接運ばれるようになった。次は軍務関係の庁舎、その次は王立治療院。受信した時点で宛先が明らかなものは、わざわざ王宮を経由させる必要がない。そのほうが速く、騎手も無駄に同じ道を走らなくて済む。


 現場の人間にしてみれば、ごく自然な改善だった。


 そして王宮で、最初に悲鳴を上げた人間がいた。


「ちょっと待ってください!」


 王宮の文書室で働く、ルーティア・エリーズ文書仕訳官である。


 彼女の前には、何冊もの帳簿が開かれていた。


「昨日、第六砦から入った報告は?」


「軍司令部へ直接送ったそうです」


「誰が?」


「王立大学校の二番騎手です」


「何時に?」


「そこまでは……」


 ルーティアの眉が上がった。


「では、軍司令部に届いた時刻は?」


「分かりません」


「受領した人間は?」


「それも……」


 ルーティアは目を閉じ、少しだけ耐えたあと、とうとう机を叩いた。


「では、私は何をどう管理しろというのですか!」


 王宮の文書管理には理由がある。何が届いたのか、いつ届いたのか、どこへ回したのか、誰が持っていったのか、そして誰が受け取ったのか。そこまで記録しておかなければ、後になって「送った」「受け取っていない」という話になったとき、何も確認できない。


 まして軍事文書なら洒落にならない。


「届けるのが速くなったのは結構です。ですが、速すぎて文書室を通らなくなったら、どこに何があるか分からないでしょう! 送ったのと、届いたのは違います!」


 誰も反論できなかった。


 正論だった。


 結局、王宮の文書仕訳官を王立大学校へ常駐させることになった。ただし、一人を朝から晩まで置き続けるわけにもいかない。数人が交代で大学校へ出向き、日中は交代勤務、夜間の緊急通信には当番を決める。


 その話を聞いたルーティアの最初の返事は、即答だった。


「嫌です」


「いや、そこをなんとか」


「王宮の文書室には暖炉があります」


「大学校にもあります」


「静かです」


「大学校は……まあ」


「薬品臭もしません」


「……」


「廊下で学生が走りません」


 担当官が黙り込むと、ルーティアは深く息を吐いた。


「分かりました。行きます。ただし、私一人に全部押しつけないでくださいね」


「もちろんです。交代要員も出します」


「その言葉、記録しておきますよ」


 こうして王立大学校の魔素通信室の横に、机が一つ増えた。


 そこへ日によってルーティアや別の仕訳官が座り、受信番号、発信元、受信時刻、宛先、発送した騎手、発送時刻を一行ずつ帳簿へ記録する。担当者が休憩に出れば交代要員が席へ入り、勤務時間が終われば帳簿ごと次の者へ引き継いだ。


「未発送はこの三通です。二番騎手は軍司令部へ出ています。王宮便は一番が戻り次第」


「分かりました。こちらの赤印は?」


「復唱確認待ちです。まだ出さないでください」


「了解です」


 それだけでも、仕事はかなり安定した。


「エディさん、この文書は?」


「西部第三砦。十時十二分受信です」


「復唱確認は?」


「済んでます」


「では、ここに印を」


「はい」


 ルーティアが記録すると、横にいた補助の仕訳官が文書を行き先ごとの箱へ入れる。王宮、軍司令部、軍務庁。騎手が戻れば発送担当が箱から文書を取り出し、束を確認して渡す。


 誰がその席に座っていても、帳簿と箱を見れば続きを引き継げる。


「……便利ですね」


 エディが感心すると、ルーティアは呆れた顔をした。


「本来、こうするものです」


 ところが、今度は別の問題が起きた。


 地方側が、この仕組みに気づいたのである。


 王宮へ文書を送れば、王宮で受け取られ、そこから担当部署を探して回される。だが、王立大学校にいる文書仕訳官へ送れば、必ず適切な部署へ振り分けてくれる。


 だったら、最初からそこへ送ったほうが確実ではないか。


 最初は魔素通信で送られてきた文書だけだった。そのうち、通常の使者まで文書を持ってくるようになった。


「こちら、東部伯爵領からです」


「なぜ大学校へ?」


「こちらへ持ってくれば、確実に担当部署へ回していただけると聞きまして」


 その日の当番だったルーティアは、嫌な予感がした。


 その予感は当たった。


 数か月後には、通信室の横に文書棚が並んでいた。発送待ち、受領済み、王宮、軍司令部、軍務庁、地方返信待ち、確認中、優先。


 受付役が新しく届いた文書に番号を振り、記録役が帳簿へ書き、仕訳役が行き先ごとの箱へ入れる。騎手が戻れば発送担当が束を確認して渡す。王宮から交代で来る数人だけでは足りなくなり、専任の文書係や補助員まで付けられた。


 そこへ一般文書まで届く。


 ある日、大学校の教授が廊下に積まれた箱を見て尋ねた。


「これは?」


「北部方面の報告です」


「こっちは?」


「王宮への申請書です」


「……私の実験器具の箱は?」


「その後ろです」


 教授はしばらく黙った。


「ここは王立大学校だよね?」


「はい」


「研究するところだよね?」


「はい」


「なんで王国中の文書が廊下に積んであるの?」


 誰も答えられなかった。


 ついに王立大学校の横に、新しい建物が用意された。


 最初は通信文書管理所、次に中央通信文書所。何度か名前が変わった末に、誰かが面倒になって言った。


「もう情報局でいいのでは?」


 誰も反対しなかった。


 こうして、情報局ができた。


 情報局には王宮から移った文書仕訳官だけでなく、受付、記録、文書保管、発送、騎手との連絡を担当する職員も置かれた。勤務は交代制で、朝番が帰れば昼番が帳簿を受け取り、夜間には少人数の当直が残る。


 ルーティアも、その中の文書仕訳官の一人にすぎない。


 ただ、複数の騎手と複数の宛先を同時に見ながら、どの文書をどの騎手へ載せ、どの道を通らせれば一番早いかを考える仕事になると、彼女が一番うまかった。


「王宮行きが四通、軍司令部行きが六通、軍務庁が二通ですね」


 ルーティアが紙を揃える。隣では別の仕訳官が新着文書に受付番号を書き、その奥では記録係が発送簿を埋めている。


 一番騎手が言った。


「私は王宮方面へ出ます」


「では、この四通をお願いします」


 二番騎手が手を上げる。


「軍司令部方面へ」


「軍務庁は途中ですね。では、この八通をまとめて持っていってください」


 三番騎手は待機。


 ルーティアは王都の地図へ目を落とした。


「今日は中央通りが混んでいます。王宮へは南側を回ったほうが早いですね」


「分かりました」


 文書を行き先ごとに分け、騎手の現在位置を確かめ、どの道を通すか決める。情報局では、その一連の仕事をいつしかルーティングと呼ぶようになっていた。


 もちろん、ルーティングをするのはルーティアだけではない。通常の王宮便や軍司令部便なら、他の文書仕訳官でも問題なく処理できる。ルーティアが休みの日には別の仕訳官が地図と帳簿を見て判断し、夜番なら夜番の担当者が同じ仕事を引き継いだ。


 ただ、文書が重なり、騎手の一人が戻っておらず、街道の一部が工事中で、さらに優先文書まで混ざるとなると、いつの間にか皆がルーティアの机を見るようになっていた。


「ルーティアさん、軍司令部行き追加です」


 エディが紙を持ってくる。


「こちらへ。二番は?」


「まだ戻ってません」


「なら三番を軍務庁経由で回しましょう。王宮便は一番にまとめます」


「毎回よく覚えてますね」


「仕事ですから」


 ルーティアは当然のことのように答えた。


 だが、毎回地図を広げ、同じ宛先について同じ経路を考えることは無駄でもある。


 ある日、ルーティアは部屋の中央にある大きなテーブルを指した。


「軍司令部なら、ほぼ第二ルートです。王宮なら第一、王立治療院は第三、軍務庁は第二の途中。毎回同じことを考える必要はありません。私がいないときでも同じようにルーティングできるよう、どこへ行くならどのルートを使うのか、そこのテーブルの表に書いておいてください」


「分かりました」


 助手が紙を広げ、墨を用意する。


「王宮――第一ルート」


「はい」


「軍司令部――第二ルート」


「はい」


「軍務庁――第二ルート途中」


「はい」


「王立治療院――第三ルート」


 そこへ来たノエミが、表を覗き込んだ。


「ルーティングのためのテーブルですね」


「そうですね」


 エディも横から覗く。


「ルーティングテーブル?」


 周囲にいた仕訳官たちまで表を見た。


 しばらく沈黙したあと、ルーティアが小さく息を吐いた。


「……そのままですね」


 以後、その表はルーティングテーブルと呼ばれるようになった。


 ルーティアが休みの日でも、当番の仕訳官はそれを見ながら文書を振り分ける。工事や式典で道が塞がれば、その日の変更を書き込み、騎手が戻っていなければ代替ルートを選ぶ。


 ときどき夜番が翌朝の引き継ぎに紙を挟んでいた。


 ――昨夜、三番騎手未帰着のため、軍司令部便を王宮経由で送付。


 それを見たルーティアが、


「これなら第三ルートから東へ回したほうが早かったですね」


 と赤字を入れる。


 そうやって、個人の勘だったルート選定は、少しずつ情報局全体の仕事になっていった。


 敵国が静かなとき、情報局も比較的静かだった。もちろん文書は流れているが、その流れ方は穏やかで、受付係が番号を振り、記録係が帳簿へ書き、文書仕訳官がルートを決め、発送担当が騎手へ渡すという仕事が淡々と続く。


 ところが、国境で敵兵の動きが見え始めると、魔素通信線は正直だった。通信量が増え、針が動き、紙が増え、騎手が走る。


 その日も、昼を少し過ぎたころだった。

 魔素通信室でエディが針を追っていると、冒頭に見慣れた定型符号が入った。


「優先」


 その一言で、ノエミも顔を上げた。通常の文書列へ並べず、先に処理する必要がある。


 針がさらに動く。


「北部第六砦……敵騎兵を確認……数、およそ百……南東へ移動……街道沿い――」


 エディが紙へ書き落としていく横で、ノエミも同じ符号を追った。


「そこ、南東で合ってる?」


「はい」


 最後まで受信すると、エディはすぐ送信器へ手を伸ばした。


「復唱します」


 受け取った内容を送り返し、向こうから確認が返る。


「一致」


 エディは紙を掴んで立ち上がった。


「行ってきます!」


「隣なんだから、転ばないでよ」


「優先です!」


 そう言って廊下へ飛び出し、十数秒後には情報局の扉を開けていた。


「優先です!」


 その一言で、情報局の空気が変わった。


 受付係が通常文書を脇へ寄せ、記録係が新しい行を開き、騎手担当が壁の札へ目を走らせる。


 その時間のルート選定を担当していたのは、ルーティアだった。


「発信地」


「北部第六砦」


「受信時刻」


「十三時四十二分」


「復唱確認」


「済んでます」


 記録係が横で素早く書き込む。


「二番騎手、軍務庁方面へ出ています。三番は王宮から帰着まで十五分ほど。一番は先ほど戻りました」


 騎手担当の報告を聞き、ルーティアは本文を一度読んだ。


「軍司令部へ直行。一番を出してください」


「一番、軍司令部直行!」


 発送担当が声を飛ばし、騎手が文書を受け取って外へ走る。数秒後には、蹄の音が石畳の向こうへ消えていった。


 誰か一人が全部をやったわけではない。


 エディが受信し、ノエミが確認し、情報局の受付係が受け、記録係が残し、騎手担当が人と馬の状態を確認し、ルーティアがルーティングを決め、最後は騎手が王都の中を走る。


 国境から飛んできたトンツーは、そうやって軍司令部へ向かっていった。


「速くなりましたね」


 ルーティアが通常文書を手元へ戻しながら言った。


「昔なら、国境から王宮まで何日だったんでしょう」


「考えたくないですね」


 エディが笑う。


「でも、これなら必要なところへすぐ届く」


「通信が大学校へ届くだけでは駄目ですからね。必要な部署まで届いて、初めて意味があります」


「そうですね」


 エディはルーティアの机の横に置かれた表へ目をやった。


「それに、今はルーティングテーブルもありますし」


「通常便なら、私がいなくても同じように回せるようになりましたから」


 実際、ルーティアが休みの日でも情報局は動く。別の仕訳官がルーティングテーブルを見て文書を振り分け、道路工事や式典で道が塞がれば、その日の変更を書き足す。


 個人の勘だったルート選定は、いつの間にか仕組みになっていた。


 ただ、エディが昼番に入るころには、ルーティアと顔を合わせることが多かった。


 当時はまだ、王立大学校と情報局の間に厳密な境界はない。通信文を受信するたび、エディは紙を持ってそのまま情報局へ入ってきた。


「今日、多いですね」


 ルーティアが言う。


「西側が少し怪しいんですよ」


「昨日も遅くまで?」


「ええ。ノエミさんに帰れって怒られました」


「あら」


 ルーティアが笑った。


「ちゃんと帰ったほうがいいですよ」


「ルーティアさんまで言うんですか」


 近くで帳簿を書いていた別の仕訳官も笑う。


「情報局としても、通信士に倒れられると困りますからね」


「味方がいないなあ」


 エディも笑った。


 少し離れたところに、ノエミがいた。

 見ている。

 ノエミは数学系である。感情と仕事は分ける。合理性は大切だ。


 情報局と大学校が隣接している以上、エディが直接文書を持っていくのが最も速い。それは分かっている。ルーティア以外にも職員はいるし、交代勤務なのだから、別にエディが彼女に会いに行っているわけでもない。


 分かっている。

 分かっているのだ。

 だから、最初は何も言わなかった。


 ただ、情報局で扱う文書は徐々に重くなっていた。国境警備、軍の配置、王宮からの指示、地方官からの報告、軍需品の数量。どれも、誰でも自由に見てよいものではない。


 ある日、ノエミは情報局の入口で立ち止まった。

 学生が通る。教授が通る。使用人が通る。

 その横を、エディが紙を持って情報局へ入っていく。


「ルーティアさん、今日の最後です」


「ありがとうございます、エディさん」


「今日はこれで帰れそうです」


「よかったですね」


「昨日はノエミさんに――」


 そこまで聞いたところで、ノエミの中で何かが決まった。


 翌朝、エディが通信室へ入ると、ノエミが机の上に一枚の図を広げていた。


「エディ」


「はい?」


「今日から、情報局の中へ入らないでください」


 エディが目を瞬いた。


「なんでです?」


「情報管理上、大学校の人間が情報局へ自由に出入りするのはよくありません」


「でも僕、通信文を持っていってるだけですよ」


「だから、受け渡し場所を作ります」


「今まで問題なかったですよ?」


「問題が起きてから作るの?」


 エディが黙った。その言い方をされると弱い。


 ノエミは広げていた図を指した。


「大学校と情報局の間、ここに門を作ります。大学校側の人は門を越えない。情報局側の人も、必要がなければ大学校側へ入らない。文書は受け渡し台で渡します」


「不便じゃないですか?」


「大学校側でトンツーから文書に変換して、発信元、受信時刻、復唱確認を付ける。その紙だけを情報局側へ渡します」


「僕が直接持っていったほうが早いですよ」


「数歩しか違いません」


「説明するときは?」


「必要事項を紙に書いてください」


「でも――」


「書いてください」


「はい」


 数日後、本当に門ができた。


 王立大学校と情報局の間に低い壁が作られ、その中央に職員が一人ずつ立てる程度の門が設けられた。横には文書の受け渡し台も置かれている。


 情報局側でも、文書仕訳官や記録係、管理職が集まり、新しい運用を検討した。


「人の出入りをいちいち記録しなくて済みますね」


「学生が間違って入ることもなくなります」


「夜番でも受け渡し方法が同じになりますし」


 反対意見はほとんど出なかった。


 考えてみれば、情報局は機密を扱う場所であり、大学校は研究と教育の場である。今まで自由に行き来できていたほうがおかしい。


 ノエミの提案は、情報管理として非常に正しかった。

 正式運用として、あっさり採用された。


 初日。


 エディは受信した文書を持って、いつものように情報局へ向かった。そして、新しくできた門の前で止まった。


「あ」


 受け渡し台の向こうには、その日の仕訳担当が二人いた。その一人がルーティアだった。


「こちらへどうぞ」


「なんか変な感じですね」


「そうですね」


 エディが紙を差し出す。ルーティアが受け取り、隣の記録係へ回した。


「発信地、北部第二砦」


「受信、十時二十八分」


「復唱確認済み」


「はい」


 記録係が印を付ける。


 エディは新しく作られた門を眺めた。情報局側は目の前だ。ほんの数歩しか離れていない。それでも、もう中へは入れない。


「ここが、魔素通信線から情報局へ情報が入ってくる門なんですね」


「そうなるね」


 ノエミが横から答える。


 エディは門と、その向こうの情報局を交互に見た。


「ゲート……」


 少し考える。


「通信が通る道だから、ゲートウェイ?」


 ノエミも門を見て、軽く頷いた。


「分かりやすいね。それでいいんじゃない?」


「ゲートウェイですか」


 ルーティアが一瞬、ノエミを見る。その横にいた仕訳官もノエミを見た。


 ノエミは気にした様子もなく、一枚の紙を取り出した。


「それから、もう一つ」


 門の横へ歩いていく。


「ここから先は、許可された文書だけ通します。許可されていない文書は通してはいけません」


 ノエミは門の横に、新しい規則表を貼った。


 ルーティアはその規則表を見て、それからノエミを見た。


「……承知しました」


 その口元が、わずかに震えている。


 隣の仕訳官は、何も言わずに帳簿へ視線を落とした。


 エディは門のこちら側から、新しい規則表を眺めた。次に受け渡し台を見て、さらにその向こうにいるルーティアを見る。


 数日前までなら、紙を持ったままそのまま中へ入り、必要なら机の横まで行って説明できた。


 今は、門がある。

 人は通らない。

 文書だけを渡す。


 しかも、許可された文書だけだ。


 エディはしばらく考えたあと、ぽつりと言った。


「前より不便になったなあ、壁ができたみたいだ」


 門の向こうで、ルーティアがとうとう吹き出しそうな顔になった。


 隣の仕訳官は、顔を伏せたまま肩を震わせている。


 ノエミだけが、とても穏やかな顔をしていた。

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