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第51話 湿度

 王立大学校の水車小屋では、冷却機が今日も低い音を立てていた。 水路から引いた水が水車を回す。その力が軸へ伝わり、クランクが上下運動へ変え、ピストンが空気を押し縮める。


 圧縮されて熱くなった空気は水で冷やされ、それでも圧力を保ったまま銅管を進み、最後に小さな穴から一気に膨張する。


 その先に置かれた保存箱の蓋を、ジルベール・ロランが開けた。


「……よし」


 中へ手を入れていたテオが頷く。


「今日も冷えてますね」


「冷えるところまでは、うまくいくようになったな」


 ジルベールは答えながら、冷却機の横へしゃがんだ。


 問題は、冷え続けることだった。最初の機械は三日で軸受が鳴った。次は五日で弁の当たりが悪くなった。その次は六日を越えたところで排水が詰まった。


 止める。分解する。原因を調べる。直す。また動かす。

 それを何度も繰り返していた。


 工学系男子隊が集まるきっかけを作ったのはエディだったが、今の彼の本業は魔素通信だった。通信線は王都の外へ伸び、中継点も増え、通信士の教育まで始まっている。そのため冷却機の現場へ来ない日も多い。


「今日はエディ来ないの?」


 木工担当の学生が尋ねる。


「通信棟」


 ジルベールが即答する。


「昨日も?」


「昨日も」


「忙しいんだな」


「エディは向こうが本業だからな」


 冷却機は、もうジルベールが主導する仕事になっていた。

 水車を担当する者。木枠や羽根を作る木工担当。大きな金具やクランクを扱う金属加工担当。そして時計師見習いのテオは、弁や軸受、細い噴射口といった精密な部分を担当している。皆が同じことをするのではない。それぞれが、自分の得意なところを持ち寄る。


「テオ、ここはこれくらいでいいか?」


 ジルベールが軸を押した。


 ほんの少し動く。


「このくらい?」


 テオも指先で確かめた。


「前よりいいと思います」


「前は、きっちり作りすぎたからな」


「はい」


 最初は、隙間がないほど精密なほうが良いと思っていた。ところが機械は温まる。金属は膨らむ。油は流れる。水も入る。紙の上できれいに収まっていても、現物には現物の都合がある。


「ぴったりだから良い、とは限らないのね」


 図面を覗き込んでいたヘレーネが言った。


「人間の靴みたい。足と同じ寸法で作ったら歩けないでしょう?」


 テオが笑う。


「それ、分かりやすいですね」


 ジルベールは少し悔しそうな顔をした。


「……俺も今度使おう」


 注油の仕組みも変えた。油を入れる穴だけではなく、余った油が逃げる道を作る。 軸受の当たりも少し見直す。排水も、詰まりにくいよう径を変えた。


 そうして冷却機は、とうとう二週間、止まらずに動いた。


◇◇


 十四日目の朝。


 誰も最初から歓声は上げなかった。


 まず音を聞く。

 軸受を触る。

 油を見る。

 排水を見る。

 弁の動きを確かめる。


 それからジルベールが大きく息を吐いた。


「二週間保ったな」


「二週間ですね」


 テオも笑った。


「じゃあ、整備も二週間ごとでいいの?」


 水車担当の学生が尋ねる。


「いや、一週間で」


 ジルベールは即答した。


「え?」


「二週間壊れなかった。でも念のため一週間で見る」


「半分?」


「壊れるまで使う試験じゃないんだぞ」


 軸受。 弁。ピストン。排水。油。水車。


 どれか一つが悪くなれば、冷却機は止まる。


「二週間耐えたから、二週間放っておいていい、じゃない。一週間なら、壊れる前に気づける」


 ヘレーネが頷いた。


「安全を取るのね」


「そうです」


 ようやく、人に見せられるところまで来た。


◇◇


 そこでエミリアは、王立治療院を訪れた。


 母のエリザベスは、書類から顔を上げるなり言った。


「ようやく来たのね」


「……知ってたんですか?」


「冷える箱を作ったと聞いたのは、ずいぶん前よ」


 目が少しだけ光っている。


 エミリアはその目を知っていた。


 治療に使えそうなものを見つけたときの目だ。


「薬品を暑さから守れるかもしれません」


「だから待っていたの」


 即答だった。

 ただし、エリザベスは治癒師である。

 使えそうなものと、患者に使ってよいものを混同しない。


「もちろん、いきなり薬品庫には入れませんよ」


「はい」


「空いている物置を一つ使いましょう」


 そこへ運び込まれたのは、古い包帯、紙束、空箱、使わなくなった薬瓶、木箱、革紐、金具。

 粉薬の代わりには小麦粉。乾燥薬草の代わりには古い干し草。


「これなら壊れても、患者は困らないわ」


 エリザベスはそう言った。


 試験初日。冷却機から伸ばした銅管が物置へ引き込まれた。保存箱でやっていたのと同じように、膨張した冷気をそのまま室内へ吹き出す。


 最初に声を上げたのはシルヴィアだった。


「冷たい!」


 両手を広げて冷気を受ける。


「本当に部屋が冷えてきます!」


 リザ様も嬉しそうに壁へ手を当てた。


「夏にこれは助かるわねえ」


 エリザベスも温度を確かめた。確かに下がっている。保存箱を大きくしただけ。理屈としては、そのはずだった。その日の午後までは、皆そう思っていた。


 翌朝。シルヴィアが物置の扉を開けた。


「……あれ?」


 冷たい。そこは間違いない。しかし、なんとなく空気が重い。


 棚の紙を持ち上げる。紙が、ふにゃりと曲がった。


「え?」


 包帯を触る。しっとりしている。木箱の表面も湿っている。

 薬瓶の古いラベルは端が浮き、小麦粉は固まり始めていた。

 床の隅には、小さな水溜まりまでできている。


 エリザベスは一通り確認すると、短く言った。


「うーん、これは駄目ね」


 エミリアの肩が落ちた。


「冷えてはいるんですけど……」


「冷えていても、これでは使えないわ」


 エリザベスは湿った紙を持ち上げた。


「薬の名前が読めなくなったら?」


「困ります」


「包帯が湿ったら?」


「困ります」


「粉薬が固まったら?」


「困ります」


「なので薬品庫には使えなさそうね」


「……はい」


 結論は、翌日に出た。部屋は冷やせる。

 だが、湿気の多い季節には中が濡れる。

 この段階では、誰にも「湿気そのものを減らす」という発想はなかった。


 だから考えられる使い道は、一気に狭くなった。


「濡れてもいい物だけ?」


 テオが言う。


「瓶とか」


「金属とか」


「木は長く置いたら駄目でしょうね」


「紙も駄目」


「布も駄目」


 沈黙。


 大きな水車を組んだ。圧縮機を作った。銅管を引いた。

 一部屋を冷やせるところまで来た。


 その結果が、

 濡れても困らない物だけ冷やせます、だった。


「……それなら、保存箱でよくない?」


 誰かが言った。誰も反論できなかった。


 冷やせるものが限られてしまう絶望だった。


 物置の中央でエミリアたちが考え込む横で、ヘレーネだけが雑巾を持っていた。


「考えるのはいいけど、これは拭かないと駄目よ」


 しゃがみ込み、床を拭く。絞る。また拭く。


「冷えるのはいいけど、びしょびしょになるのは困るわねえ」


 ぽた。

 ヘレーネの頭の横へ、水滴が落ちた。


「あ」


 見上げる。天井近くを通していた銅管だった。


 冷たい空気が通っている部分だけ、表面がびっしり濡れている。

 ヘレーネは雑巾を伸ばして拭いた。


「ここもか」


 ぽた。

 すぐにまた、水滴が浮かんだ。


「もう」


 ヘレーネがもう一度拭こうとしたところで、


「待って」


 ジルベールが止めた。


「なに?」


「今、拭いたよな」


「そうだけど」


「なのに、もう水が出てる」


「出てるわね」


 ジルベールは銅管へ近づいた。


 指で水滴を取る。銅管を見る。接ぎ目を見る。


「漏れているわけではない」


「漏れてたら大変ね」


「じゃあ、この水、どこから来た?」


 エミリアも見上げた。


「空気じゃない?」


「空気?」


「空気の中にも水はあるよ。見えないだけで」


 ジルベールの目が止まった。


「冷やしたから……出てきた?」


「たぶん」


 エミリアは少し考える。


「雲と似てるかも」


「雲?」


 シルヴィアが振り返る。


「物置に雲?」


「空の上では、空気が上に上がると広がって冷えるでしょう。冷えすぎると、水をそのまま持っていられなくなって、小さな水の粒になる。それが雲」


「じゃあ、これは?」


「冷たい銅管に触れた空気が冷えて、水を持っていられなくなった」


 ぽた。

 また一滴。


「小さい雨?」


「ものすごく小さい雨ですね」


 エミリアが答えた。


 その横で、ジルベールだけが別の顔になっていた。


「空気の中の水が……銅管に集まってる」


「そうなるわね」


 ヘレーネが雑巾を絞る。


「だから掃除が大変なのよ」


「……集まってる」


 ジルベールがもう一度言った。

 今度は、声が違った。


「これを、捨てればいいんじゃないか?」


「何を?」


「水です」


 銅管を指差す。


「部屋中で勝手に水になるから困る。でも、水になる場所を先にわざと作って、その水をどんどん捨てれば」


 エミリアが瞬きをする。


「そこに作って?」


「外へ捨てる」


 全員が黙った。


 ジルベールはもう止まらなかった。


「冷たい銅板を一か所に置く。部屋の空気をそこへ触れさせる。水になったら下へ落とす。受けを作る。管で外へ出す」


「そうしたら……」


 エミリアがゆっくり言う。


「空気の中の水が減る?」


「減るはずだ」


「湿気そのものを取れる?」


「たぶん」


 ジルベールはヘレーネを見る。


「銅板、ありますか」


「研究棟にあるわよ」


「行ってきます」


「今?」


「今です」


 覚醒した。


 王立大学校へ戻ったジルベールは、薄い銅板を一枚持ってきた。以前なら銅細工職人を呼んでいた。

 しかし今では、少し事情が違う。冷却機の試作を繰り返すうちに、ちょっとした銅板なら自分で切るようになった。


 曲げる。叩く。簡単な穴を開ける。銅管を少し曲げる。錫を流して簡単な接ぎを作る。


 もちろん本職の銅細工師ほどではない。大物や難しい加工は職人へ頼む。

 だが、小さな試作品を作るたびに数日待つ必要はなくなった。


「このくらいなら、俺がやる」


 ジルベールは銅板を切った。冷たい空気を裏へ当てる。表へ室内の空気を触れさせる。

 やがて、小さな水滴が並んだ。


「出た」


 テオが言う。


「出たな」


 昨日まであれほど嫌っていた水滴を、今日は全員が待っている。 水滴は大きくなり、下へ流れ、皿へ落ちた。


「これ、名前つけます?」


「水取り機一号」


 ジルベールが言った。


「水取り機なんですね」


「水を取るんだから、そうだろ」


 効果はあった。


 ただし遅い。


「面積が少ないわね」


 横からヘレーネが言った。


「もっと大きくする方が良いかな?」


「大きな板一枚より、薄い板を何枚も付けたらどうかしら?」


「何枚も?」


「空気に触れる面を増やすの」


 ジルベールは一瞬考え、すぐに銅板へ線を引いた。


「細く切って、立てる」


「そう」


 ヘレーネはそれだけ言った。主導しているのはジルベールだった。だが、迷ったところへヘレーネが一言入れると、形が一段進む。


 水取り機二号には、細い銅板が何枚も付いた。

 水は、一号よりずっと多く取れた。


「おお」


 テオが覗き込む。


「増えましたね」


「でも」


 ヘレーネが指を差した。フィンの間に、水が残っている。


「これ、流れる方向を考えないと行けないわね」


 ジルベールの顔が曇る。


「治療院で使うんでしょう?」


「はい」


「ずっと水が残る形は嫌じゃない?」


「嫌ですね」


「だったら、下へ流れやすくしましょう」


 ジルベールはすぐ図面へ線を引いた。


「少し傾ける」


「うん」


「下に受けを付ける」


「うん」


「そのまま排水管へ」


「それなら毎回皿を捨てなくて済むわね」


 ジルベールはさらに描く。そこでヘレーネが言った。


「板じゃなくて、箱にしたら?」


 手が止まった。


「箱?」


「冷たい空気を中に通して、外側だけ部屋の空気に触れさせるの」


 ジルベールが図面を見る。


「……できなくはない」


「できるの?」


「今なら、このくらいなら」


 二枚の薄い銅板を合わせる。

 縁を折る。

 簡単な補強を入れる。

 錫を流して接ぐ。

 平たい銅箱を作る。

 高圧の空気を運ぶ丈夫な管は箱の手前まで。

 そこから小さな穴を通して、箱の中へ空気を膨張させる。


 膨張した冷気が箱の内側を冷やす。

 その冷たさが銅を通して外へ伝わる。

 外側にはフィン。

 部屋の空気がそこへ触れ、水だけが表面へ出てくる。

 下には受け。

 集まった水は銅管で外へ。


「……これなら」


 ジルベールが図面を眺める。


「冷たい空気を直接、部屋へ吹かなくてもいい」


 それにはもう一つ利点があった。


 これまでのように冷気を部屋へ吹き込み続ければ、その分だけ室内の空気がどこかへ逃げる。


 扉の隙間。窓の隙間。壁の合わせ目。

冷やした空気まで外へ押し出してしまう。


 しかし銅箱の中と部屋の空気を分ければ、室内の空気を何度も冷たい表面へ当てられる。


 箱の中を通った冷気は、部屋の熱を十分に受け取ったところで外へ捨てればいい。


「冷たい空気は箱の中」


 ジルベールが図面に矢印を書く。


「部屋の空気は箱の外」


「混ぜないのね」


 ヘレーネが言う。


「はい」


 テオは、その平たい銅箱をじっと見ていた。

 箱の中では、細い穴から冷気が勢いよく噴き出す。


「この風、使えません?」


「風?」


「はい」


 テオは紙片を切ると、小さな羽根車を作った。

 棒へ通し、噴流へ近づける。くるくる回る。


「回ります」


「まあ、それは回るな」


「じゃあ、これを箱の中へ入れて」


 テオは軸を指で示す。


「軸を外まで出して、外側にも羽根を付けたら?」


 ジルベールが黙った。

 ヘレーネも見る。


「部屋の空気を動かせる?」


「はい、部屋の風をこの銅箱に当て続けられます。」


 冷気そのものを室内へ吹き込まなくても、その勢いで箱の中の羽根車を回す。

 軸の外側にも羽根を付ければ、室内の空気をフィンへ送れる。


「作れるか?」


 ジルベールが尋ねる。

 テオは銅箱の寸法を見る。


「このくらいなら」


 時計師見習いの仕事だった。

 小さな軸。

 軽い羽根。

 軸受。

 動きを妨げない程度の遊び。


「軸穴は、きつくしすぎるなよ」


 ジルベールが言った。


「冷気、少し漏れますよ?」


「そのくらいならいい。もともと部屋へ直接吹いてた空気だ」


「なるほど」


「それより、重くて回らないほうが困る」


 テオは頷いた。


「じゃあ、軽く回るくらいに遊びを残します」


 箱の外側の羽根には、木工担当も加わった。


「全部金属にすると重いぞ」


「じゃあ羽根は薄い木で?」


「そのほうが軽いかなあ」


 軸の固定には金属加工担当が口を出す。


「ここだけは鉄にしたほうが持つよ」


 水車担当は回転を見ながら言った。


「外の羽根の角度は余り立てすぎないほうがいいかもね。立てたほうが風を受けるけど、その分重くもなるから」


 一つの機械に、いろいろな手が入っていく。

 ジルベールが全部を作るわけではない。

 だが、全部をつないで一台にしていくのは、ジルベールだった。


 完成した水取り機三号は、ずいぶん妙な形になった。


 平たい銅箱。

 外側には何枚ものフィン。

 下には排水受け。

 そこから外へ伸びる銅管。

 中には小さな羽根車。

 その軸の先では、部屋の空気を動かす軽い羽根が回る。


 エミリアがしばらく眺めて言った。


「銅の……フライパンみたいですね」


「フライパン?」


「なんでもないです」


 試験は、もう一度王立治療院の物置で行われた。

 今度は冷気を直接室内へ吹き込まない。

 銅箱の中へ噴射する。

 冷たい銅箱の外側では、羽根がくるくる回り、室内の空気をフィンへ送り続ける。


 しばらくすると、

 ぽた。ぽた。水が受けへ落ち始めた。

 その水は排水管を通って外へ流れていく。


 シルヴィアが外の排水口へ走った。


「出てます!」


「どれくらい?」


「ずっと出てます!」


 リザ様が中の紙を触る。


「前より、さらっとしてるわね」


 翌朝。


 エリザベスは前回と同じように、紙、包帯、小麦粉、木箱を順番に確かめた。


 紙は曲がっていない。

 包帯も湿っていない。

 小麦粉もさらさらしている。

 床にも水溜まりはない。


「……これなら」


 エリザベスが言った。

 全員の顔が上がる。


「試験を続けてもいいわ」


 歓声が上がった。


「まだ薬品庫に入れていいとは言ってません」


 すぐに静かになった。


「一か月。まずはこの物置で」


「はい」


「それと」


 エリザベスは冷却機を見る。


「誰が面倒を見るの?」


 ジルベールが止まった。


「大学校の皆さんが、毎週来るの?」


 冷却機は二週間動いた。

 実際の運用では、一週間ごとに整備する予定である。


 油を差す。

 弁を見る。

 軸受を見る。

 ピストンを見る。

 排水を見る。

 水車を見る。

 銅箱を掃除する。

 記録を残す。


「……人が要りますね」


「機械は置いたら終わりというわけにはいかないわね」


「はい」


「壊れてから呼ぶんじゃなくて、壊れる前に見てくれたほうがありがたいわ」


 医療器具を扱う者らしい言葉だった。


◇◇


 大学校へ戻ると、その話はすぐ広がった。


「うちの領にも欲しい」


 ある跡取りが言った。


「夏の薬草庫に使える」


「食品庫にも」


「酒蔵は?」


「冷やしすぎないようにできれば使えるんじゃないか」


 一方、跡取りではない学生たちは別のことを考えていた。


「これ、誰が作るんだ?」


「大学校で一台ずつ作るのは無理だろ」


「銅板は既存の工房へ頼める」


「鉄の部品も作れる」


「でも組み立てる人がいる」


「整備する人も」


「一週間ごとだぞ」


「台数が増えたら、作る人が全員直しに行くことになりかねない」


 最初は、冷却機を作る者が、作っていない日に直しに行けばいい。

 だが、設置台数が増えれば、それでは足りなくなる。


 作る者。

 直す者。

 いずれ分かれることになる。


 話を聞いていたセリーヌ王女が、いつの間にか席についていた。


「では、作るところを用意すればよろしいのではなくて?」


 全員が振り返った。


「王女殿下、いつからそこに」


「少し前からですわ」


「少し前……」


 セリーヌは図面を眺めた。


「王立治療院で一か月運用できたら、欲しがるところは増えるでしょうね」


「たぶん」


「作る人も、直す人も必要になる」


「はい」


「なら、そのための場所を作ればよろしいでしょう」


 あまりに当然のように言う。

 誰かが恐る恐る尋ねた。


「商会、ですか?」


「そう呼んでもよろしいですわ」


「資金は……」


「相談に乗りますよ」


「王女殿下が?」


「道を用意するだけですわ、出資したい人はいるでしょう。勿論王家も」


 セリーヌは微笑んだ。


「歩くのは、あなたたちです」


 話が大きくなり始めていた。

 冷たい箱を作りたかっただけだった。

 箱を大きくして部屋にした。

 部屋を冷やしたら、びしょびしょになった。

 使えないと思った。


 その水を見て、集めて捨てることを思いついた。

 すると、冷却機は湿気まで取る機械になった。


 そして今度は、その機械を作る人と、直す人の話をしている。


 エミリアは図面を眺めた。


「……冷やしたかっただけなんだけどな」


 ヘレーネが笑う。


「研究なんて、そんなものじゃない?」


◇◇


 その日の午後。

 夏の日差しは強かった。

 王立治療院の廊下は暑い。


 エミリアは試験中の物置の扉を、そっと開けた。

 中だけ、ひんやりしている。

 外側の羽根が、くるくる回っていた。

 排水管からは、ときどき水が落ちる音がする。


 そして。

 木箱を椅子代わりにして、シルヴィアが眠っていた。

 胸には記録板を抱えたまま。

 その隣では、リザ様も壁にもたれて眠っている。

 膝には畳んだ布が載っていた。


 エミリアはしばらく二人を見て、静かに扉を閉めようとした。

 後ろからエリザベスが覗き込む。


「どう?」


「寝てます」


「そう」


 エリザベスも中を見る。

 冷えている。

 乾いている。

 そして、とても気持ちよさそうだった。


「薬品庫としては、まだ試験中ね」


「はい」


「でも」


 エリザベスは眠っている二人を見て、少しだけ笑った。


「休憩室としては、もう合格みたいね」


 夏の日の昼下がり。

 シルヴィアとリザ様は、冷却機のついた物置でぐっすり眠り込んでいた。


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