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第37話 砦の狙撃_二次戦役3/6

 砦の上は、思っていたよりもずっと狭かった。


 見張りのために作られた石の回廊は、人が数人並ぶのがせいぜいで、重い兵器を据えたりは出来ない。城壁の切れ目からは砦前の戦場が見下ろせるが、そこへ出るまでの石段も、鎧を着たまま上るには楽ではなかった。


 エミリアは、途中で一度だけ息を止めて立ち止まった。


 胸当てが肩へ食い込み、腰の防具が脚の動きを鈍らせる。普段なら何でもない段差が、今はひとつひとつ少し重い。立っていることはできるし、歩くこともできる。けれど、歩くのがやっとだった。自分が前線を駆け回る側の人間ではないことを、鎧の重さがあらためて教えてくる。


 それでも上がるしかない。


 魔砲の砲座にいる限りなら、まだ後方の重火器班でいられた。だが狙撃魔法杖は、見通しの良い場所へ出なければ意味がない。砦の上なら、流れ矢くらいは飛んでくるだろう。敵がこちらの位置を見つければ、散発的にでも矢を向けてくるかもしれない。だから鎧は要る。そして鎧を着れば、なおさらエミリアは前へ出る人間ではなくなる。


 その代わり、ここからは見える。


 城壁の切れ目へ辿り着いた時、列指揮官たちはすでに射界を確かめ始めていた。


 三名の射手に一名の列指揮官。

 それが四列。


 魔砲の時と同じ十六名編成だが、今度は四列の力を一門へ集めるのではない。四列がそれぞれ別に狙い、別に撃つ。


「第一列、ここで」

「第二列は少し右へ」

「第三列、そのまま角度をずらせ」

「第四列、角の方を使え。前に出すぎるな」


 声は短い。慌てている者はいない。だが、空気は明らかにさっきまでの砲座とは違っていた。


 魔砲は、撃つ前に全員でひとつの判断をした。

 狙撃魔法杖は、撃つたびに各列がそれぞれ判断しなければならない。


 砦前では、敵の小隊がまだ波のように攻撃しては退却し、退却してはまた突撃する。まとまれば魔砲に焼かれるから大きい集団にはならない。散ったままでは大きな被害を与えられないから、ときおりタイミングを合わせて、多くの小隊が連携して攻撃する。そのときは多くの敵が突撃するが、そこはもう味方との激戦領域であり、味方を巻き込むため魔砲を使うことは出来ない。


 その少し後ろを、走って位置を変える兵がいる。

 止まって腕を振る兵がいる。

 崩れた小隊をまとめ直している者もいる。


 魔砲では狙いにくいが、狙撃なら届くかもしれない。


 エミリアは城壁へ手を置き、視線を戦場へ這わせた。


「まずは手前で」


 列指揮官たちがこちらを見る。


「遠くは無理をしないでください。敵味方の衝突線の少し後ろくらいまで。走っている人でも、誘導している人でも。まずは当たる距離で」


 それ以上は言わなかった。


 どう撃てば一番伸びるのか。どれだけ出せばいいのか。

 大雑把なことは分かっていても、まだエミリアにもまだ未知数だ。


 分からないことを、分かったようには言えなかった。


「第一列、用意」


 三人の射手が杖を構える。細い杖身の先端が、城壁の切れ目から戦場へ向いた。


「撃て」


 細い光が走る。


 一射目は、衝突線の少し後ろを走っていた兵の腹へ入った。

 二射目は手前の土を抉った。

 三射目は盾を掠め、そのまま散った。


「一人」


 第一列の列指揮官が言う。


 悪くはない。だが、十分とも言えない。


「第二列、撃て」

「第三列、続け」

「第四列、待つな、見えている相手でいい」


 続けて細い光が走る。やはり当たるものもあれば、手前へ落ちるものもある。魔砲のように一発の派手さはない。だが、砲よりずっと軽く、ずっと早く、次の一射を考えられる兵器だった。


 数射のあと、第一列中央の射手が、杖先を見ながら首を傾げた。


「……変ですね」


 列指揮官が聞き返す。


「何がだ」


「強く出したほうが届きそうなのに、そうすると途中で散る感じがします」


 エミリアは思わずそちらを見た。


 射手は困ったような顔で続ける。


「力を入れそこなった一本目の方が、むしろ素直に飛びました」


 第二列右端の射手も、すぐに頷いた。


「私もそんな感じがします。強く撃ったほうが、細く伸びずに近くで拡散している気がします」


 エミリアは胸の奥で、理屈が形になるのを感じた。


 狙撃魔法杖は、強ければ強いほどよいわけではない。

 芯を前へ押し出しすぎると、周囲の流れが追いつかず、途中で形が崩れる。


「……強く撃てばいい、ではないんだ」


 口の中でそう言うと、第三列の列指揮官が聞き取った。


「調整がいる、と」


「はい。たぶん、出しすぎると広がります。攻撃の強さと、直線にまとまって飛ぶ強さが、同じではありません」


 戦場の上で、研究室の話をしている余裕はない。けれど、言葉が短くなっても、本質は伝わる。


 第三列の列指揮官はすぐに命じた。


「強く撃ちすぎない方がいいらしい。良い力加減を探ってみてくれ。無理に遠くへ伸ばそうとするな」


 兵器の使い方の要領が、撃ちながら兵に磨かれていく。


◇◇


 その頃、砦の下ではクラリスがすでに敵の新戦法に対して答えを出していた。


 敵の小隊戦法は、攻撃しては下がり、下がっては再編成して。また戻ることで続く。ならば、戻る前に崩して戻さなければよい。


 クラリスは馬の首筋を軽く叩いた。


「……私の番ね」


 副官格がすぐに顔を上げる。


「はい」


「前を押し切る必要はないわ。下がる小隊を返させない。立て直す前に崩す」


「承知しました」


 角笛が短く鳴り、騎馬魔法士隊は前へ出た。


 クラリスは迷わない。正面へ当たって下がる小隊を見つけ、そこへ真っ直ぐ入る。火が横へ走り、三十人の前列が崩れる。崩れたところへさらに踏み込み、生き残った者を敗走させる。逃げれば三十人に戻れない。戻れなければ次の波に加われない。


 その繰り返しが、目に見えて効いた。


 さっきまで一定の間隔で打ち寄せていた小さい波が、ところどころ無くなる。第二軍本軍の前列に、ほんのわずかだが呼吸の余裕が生まれる。右で受けているアドリアン少将の隊列も、わずかづつ敵が来ない時間が増えていく。。


 だが、クラリスの戦場が楽になったわけではなかった。


 クラリスが一隊を崩すたび、敵はまた別の三十人を横から出してくる。まとまりすぎれば魔砲に焼かれる。だから三十人。けれど三十人ずつなら、どこへでも差し込める。敵はその使い方が巧みになってきている。


 砦の上から見ていたエミリアは、その嫌らしさを少しずつ掴み始めていた。


 クラリスが通ったあと、空いたように見える場所へ、別の小隊がすぐに流れ込む。

 そのさらに後ろでは、走って何かを伝えている兵がいる。

 止まって手を振っている兵もいる。


 敵はまだ、ただ押しているだけではない。


◇◇


 砦の上では、狙撃魔法杖隊もまた、少しずつ戦場の言葉を覚えていった。


 さらに何発か撃ったあと、第一列左端の射手がまた言った。


「結構遠くまで撃てるようにはなりましたが、だいぶ先を見越さないと当たりませんね」


「どれくらいだ」


 と列指揮官が聞く。


 射手は戦場を見ながら答えた。


「敵の伝令が横向きに走る速度だと、前は杖先で指一本ぶん先でよかったのが、今は二本ぶんくらいです」


 その言い方に、砦の上の空気が少しだけ変わった。


 指一本、二本。


 数式ではない。けれど、戦場で共有するには十分に実用的な言葉である。


「近い相手と、遠い相手で違うということか」


「はい。遠い方は、そのまま狙うと少し後ろへ当たります」


「では遠い伝令は指二本。近い相手は一本を目安にしてくれ。だが無理に真似するな、自分で感覚を見つけろ」


 列指揮官の判断は早い。


 もう誰も、この兵器を「試作品だから」で片付けてはいなかった。分からないなら分からないなりに、当たる側の感覚を言葉へ変え、言葉をまた運用へ戻している。


「第三列、走る相手は指二本」

「第四列、止まってる相手ならそのままでいい」

「遠くを欲張るな。外しても次がある」


 射手たちの返事も短くなる。撃つことそのものより、どう見れば当たるかへ頭が移っていた。


 細い光がまた走る。


 今度は、止まって手を振っていた兵の脇腹へ入る。

 次は、後ろへ下がって小隊をまとめ直していた兵の肩を抜く。

 その次は外れたが、外れ方がさっきより近い。


「いい」

「いまの感じだ」

「欲張るな、そのまま続けろ」


 当たる。

 また当たる。

 そうなると、兵たちの顔つきが変わる。


 自分たちが何を撃てているのかが分かり始めると、恐怖は全部消えなくても、手の迷いが少し減る。


◇◇


 少し離れたところで、第三列の列指揮官が三人の射手を見回した。


 額の汗。肩の上下。杖先のわずかな震え。


 その変化を見て、短く命じる。


「第三列、五分休め」


 三人とも驚いた顔をする。


「まだ撃てますが」


「撃てるのと、当たるのは違う。息が上がっている。休め」


 射手たちは少し不満そうだったが、水を渡され、壁際へ下がった。鎧の上からでも分かるほど、腕が強張っている。


 そして五分後、戻った時には、明らかに杖先のぶれが減っていた。


 エミリアは、その変化まで見ていた。


 列指揮官たちもまた、戦場で兵器の運用を学んでいる。誰に何を撃たせるかだけではない。いつ休ませるか、いつ戻すか、どこまで撃たせないか。その判断基準も、いまここで作られていた。


 魔砲は撃つまでが大変だった。

 狙撃魔法杖は、戦場で兵器になっていく。


 その違いが、今日ははっきり見えた。


◇◇


 下では、クラリスの働きがさらに効き始めていた。


 下がって立て直すはずだった敵小隊を、クラリスが潰す。

 戻るはずの三十人が戻らない。

 戻らないから、次の出撃が進まない。


 クラリスの馬は止まらない。敵小隊の包囲を知らないわけではない。知っていて、その包囲が形になる前に相手を薙ぎ払うことを選んでいる。そこが普通ではなかった。


 副官格と部下たちも、その危うさを知っているから必死に左右を支える。クラリスが前へ切り込めば、すぐに横を埋める。離脱すれば、その後ろを受ける。誰も彼女を止められない代わりに、誰も彼女を一人にはしない。


 砦の上のエミリアには、その形が痛いほどよく見えた。


「……すごい」


 思わず漏れる。


 だが、同時に嫌なものも見え始めていた。


 クラリスが崩した小隊の外側へ、また別の三十人が寄る。

 正面で受ける隊。

 少し横へずれる隊。

 さらに後ろで走る伝令。


 まだ、はっきりした包囲ではない。だが、ただ押し返されているだけの動きにも見えなかった。


 第三列の列指揮官が、エミリアの視線に気づく。


「何かありますか」


 エミリアは少しだけ迷ってから答えた。


「……まだ分かりません。でも、単純な動きじゃない気がします」


 列指揮官も城壁の切れ目から下を見る。


「クラリス隊の方ですか」


「はい。クラリスに狩られて終わり、ではなくて……その先を見ている人がいます」


 言葉にしながら、自分でもまだ輪郭の曖昧さが分かった。


 何を見ているのか。

 どこを繋ごうとしているのか。

 そこまでは、まだ言い切れない。


 けれど、嫌な予感だけは、はっきりとあった。


◇◇


 狙撃魔法杖隊は、その後も撃ち続けた。


 走る伝令には指二本。

 近い相手は指一本。

 強く出しすぎず、散らさず、当たる出力で。

 疲れた列は休ませる。


 少し前には誰も持っていなかった運用ノウハウが、もう半刻も経たぬうちに、この砦の上には積み上がり始めていた。


 エミリアは城壁の向こうを見たまま、細く息を吐いた。


 魔砲が効かなくなったのではない。

 敵が魔砲の効き方を学んだのだ。

 ならば、こちらもまた、その次を学ぶしかない。


 その意味では、今日の狙撃は確かに前へ進んでいる。


 けれど下では、クラリスがまだ走っている。


 走るたびに敵を崩し、崩すたびに別の三十人が寄る。

 その繰り返しの先に何があるのか。


 エミリアは、そこから目を離せなかった。


 砦の上の狙撃は、ようやく兵器として立ち上がった。

 そして戦場のほうは、その一歩先で、また別の形へ変わろうとしていた。

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