金龍
「じゃあシルバードラゴンはもう大人しいのかしら」
「そうだな。雛も産まれて疲れてるだろうからな、餌を持っていってやれば、『炎熱の世界』も持って帰れるくらい大人しいだろう。さっきまでのように全方位に攻撃をすることはないはずだ」
サンポは思案顔でそう答える。
「雛!見れるのね!じゃあ準備しなくちゃ。えっと、シルバードラゴンって何を食べるの?」
「生肉や生魚なら食えるはずだ。雛なら木の実もいいが、量は持ってないだろ?」
「まとめ買いしちゃったお土産用の乾燥デーツなら、結構量あるわ。乾燥してても平気?」
キャビンは隊員へのお土産に珍しくて美味しいからと相当な量を買い込んだ。行きに買うのもかさばると思ったが、割引につられてつい買ってしまった。今雛にあげたとしても、帰りにまた寄って買えばいいだろう。
「そういえばお前たちは砂漠を通って来たんだったな。雛にはそっちの方がいいかもしれん。これが全部そうか。少し水でふやかしてやるほうがいいかもな」
サンポは荷台の端にあるデーツの山を見て、思案する。
「これを三袋と……、生肉は一カゴもあればいいだろう。雛の分は持っていってやってもいいが、親の分は少しでいい。自分で取れる。氷嵐で疲れた分を休めるように、おやつ程度があれば良いだろう」
サンポに言われて、デーツを水で戻し、少しふやけたものと、生肉をかごに入れて用意した。
キャビンが届けに行くのに、バンニングとシシオンが付いていこうとしたら、サンポガかごを一人で持軽々とかごを持ち上げた。
「氷嵐の時は何にもしてねぇかんな。これくらいはやらしてくれ」
サンポの申し出に応じてキャビンとバンニングとシシオンは手ぶらながらも、慣れない冬山登りを慎重に進む。
氷嵐が収まって、今いる山が一番高いのだから、世界はほとんど空の青さに包まれていた。
キャビンは、温かい服を着ていても身を冷やしながら、動くことで少しでも温かくなろうとずしずしと山を登っていく。
氷嵐の影響で山肌に雪は張り付いておらず、岩や小石、砂の斜面だ。手をつくと氷と間違えるような石に触れ、冷たさに驚きつつも初めての感覚を面白がりながらもう少しで着く山頂を見つめる。
バンニングもシシオンも冒険者をしていたためか、慣れた様子でキャビンに注意を払いながら息も乱さず進んでいく。
やはりサンポが特殊なようで、2つの食べ物満載のかごを抱えているにも係わらず足どり軽く進んでいく。ヒョイヒョイと一人で進めそうだが、3人にペースを合わせてくれていた。
実際、山を駆け回れるというのだから本気を出せばもう着いているのだろう。
他は荷台で待機していた。
エイテルはキャビンの魔力制御を手伝ったのでヘロヘロだし、クインテも相当神経を使ったらしく、荷台で休むことにしたらしい。
朱雀は動けない二人の護衛を買って出て残ってくれた。
「戻るころにはみんな元気になってるかしら」
「どうかな。二人とも相当な負荷だった。一晩寝たら良くなるくらいだろうな」
「そっかー。こんな長い空間繋げるんだから神経使うわよね」
「……」
一緒に魔法を行使していたキャビンとバンニングの会話とは思えないシシオンは無言で苦笑する。
「そら、もうすぐだ」
サンポがそう言うとずっとこっちを見つめていたシルバードラゴンは少し羽を動かす。
特に威嚇するでもなく、こちらのようすを眺めていた。
山頂には少しだけ平らな所があった。
シルバードラゴンはそこに、木や葉で作られた鳥の巣のようなもので卵を置いて守っていたらしい。
まだ、巣の内側に隠れて見えないが、鳥の雛のようなぴーちくという鳴き声が聞こえてくる。
それに、『炎熱の世界』の範囲に入ったのか、先ほどまでのように、天空の山頂にいるとは思えないほど温かくて、寒さで縮み上がっていた体が少しづつ温まっていった。
「ほいよ。おまえさんも卵を守って疲れたろう。ちょっとは休め」
サンポはそう言って、シルバードラゴンの親に生肉を差し出した。
シルバードラゴンはしばらく警戒して顔を近づけたりにおいを嗅いだりしていたが、やがてちょっとずつ食べ始めた。
「雛に餌やってる暇もなかったろうから、雛の分も持ってきてやったぞ。木の実をふやかした奴だ。これなら雛も問題ないか味見してみてくれ」
サンポはデーツも少し手に乗せてシルバードラゴンの前に差し出した。
こちらもシルバードラゴンは警戒しながらもゆっくりとサンポの手元にあるデーツを食べる。
「グルルルル」
小声でうなった後、雛のほうに首を向ける。
キャビンが見る限り、雛にも与えてやってくれと促しているようだった。
「そうかい、お目にかなったかい。ここに置くからお前さんがあげてやってくれ」
サンポの見立ても同じだったらしい。
サンポがかご置くと、シルバードラゴンはデーツを掴んで雛のもとに持っていく。
雛の鳴き声が一層激しく「えさちょうだい」と言っているようだった。
巣の上の方から小さなピンクの嘴と目を閉じた黒い真ん丸の瞼が見えた。
「お前さんも雛に餌やってみるか?」
「いいの?大丈夫?」
「平気だろ。だめなら親が止めてくるから離れろ」
「わかったわ」
キャビンはドラゴンに餌やりするなんて初めてだったからおっかなびっくりしながら、デーツを一つまみして、シルバードラゴンの親に目をやりながらゆっくりと雛に近づく。
シルバードラゴンの親はこちらをちらちらと見ながらも生肉に気を取られていてるようで、食べてはキャビンを見てを繰り返しているようだった。
巣の中を覗き込むと、耳元で鳥の雛の鳴き声をかなり大きくした声で雛が何度も泣いた。
必死で口を開けて、餌を口に入れてもらうために何度も鳴いていた。
小さい雛の必死な様子が可愛くて堪らなくなる。
「今、あげるからね」
キャビンはそう優しく教えて、デーツを口に放り込んだ。
口に餌が入ってる間は、流石に雛も食べるのに集中していたけれど、すぐに飲み込んでまたすぐ最速の鳴き声を上げる。
「全然終わらないんだけど。鳥だったら鳴くのやめたら終わりなのに」
キャビンは、かわいい雛に餌やりを続けられるのが楽しい反面、終わりが来ないことに困ってもいた。
大人達が微笑ましくその餌やりを眺めていると、遠方から咆哮が聞こえてきた。
シルバードラゴンの親と似ているようで似ていないその低音の咆哮に雛はピィと大声を一度上げた後は口を閉じて身じろぎすらしなくなった。
キャビンも、その咆哮がする方向へ顔を向けると、傾き始めた陽を少しだけ覆うように、オレンジのような黄色のような色をしたドラゴンがこちらに向かってきていた。
サンポがそれを見て舌打ちをする。
「ちっ、金竜のやつだ。あいつがいたせいで氷嵐がずっと出てたってのに、またちょっかいかけに来たってのか」
バンニングが必死に頭を巡らせながらサンポに尋ねる。
「では、また氷嵐が……?今すぐ離れるべきですか?」
「いや、雛が生まれちまった以上、氷嵐なんか発動したら雛が寒さでおっちんじまう。金竜はなぁ。知ってるか知らねぇが火ぃ吹くんだ。それを喰らっても雛は耐えられん。そうなりゃ、シルバードラゴンは飛んで行って肉弾戦だかブレスの勝負だかってのが、ドラゴン同士の縄張り争いの相場だが……シルバードラゴンが飛んで行くってほどまだ元気になってはいねぇだろうな。……すぐ飛んでいかねぇのがその証拠だ」
「おい、サンポよ。それじゃ、氷嵐を止めちまった俺たちが、シルバードラゴンに加勢してやんのが筋じゃあねぇのかい」
シシオンは銃を金竜に向けて、いつでも撃てるように構えた。
「ふむ……食うか食われるか、自然界では偶然で立場が変わることもよくあることだ。俺たちが見てるかどうかという一点だけだ。金竜だって餌がなければ死ぬだけだ」
「そんな……せっかく雛が孵ったのに」
「ならよ、金竜を追い払うってのはどうよ。今回シルバードラゴンが負けちまうのは流石に納得がいかねぇ。金竜を殺しちまうってのも、肩入れしすぎてて良くねぇってんなら一旦仕切り直しの機会くらいこのシルバードラゴンに与えてやりてぇ」
シシオンは真剣にサンポに訴えかける。
「それならまぁ、この地の元守護者として長年見守ってきた俺としても納得できる範囲だな。元はといえば氷嵐で、この地に異常を起こしたのはこいつだし、最後まで助けてやる義理はないが、雛もいなくなるのはこれも健全ではないしな」
サンポは色々言い訳のように積み上げつつも嬉しそうな顔をしていた。
「おっしゃ決まりだ。遠距離戦!とくりゃ、俺の番だ。俺もさっきは見てただけだったし、今回は活躍してやるぜ」
シシオンは火が点ったように張り切って、指を鳴らし始めた。
※ドラゴンは頑強なので、初心者が餌をやっても大丈夫です。普通の動物は喉に詰まらせり、食べちゃダメなものがあったり、親が攻撃してきたりと危険な事もあるので、やめましょう。




