孵化
「来たわよ、うわ。近くで見ると凄い風ね!今からあれをどうにかするのね、手品って聞いたけどどうするの?」
キャビンは凄まじい風の音に負けじと、トラックの運転席から興奮しながら叫ぶ。
過ぎ去るのを待つしかないような嵐の日でさえもう少し遠くまで見通せる白い壁。
離れたところから見ると、球のようにも見えていたが、ここまで近づくと壁にしか見えない。
模様が動いているので始めて見る不思議な感じだった。
「そうだ!隊長の力が必要だ。さて、始めたいですが、サンポ殿は?」
「これが終わったら帰るから、食べ物のごみとか持ってくるって、山に捨てたらいけないから。先にやっててって」
「わかりました。始めます。隊長、降りてきてください」
そう言って、一箇所に全員を集める。
「拙者もここにいてよいのか?」
朱雀がバンニングに訊ねた。
「構いません。ただ、竜から攻撃が来たら防いでほしい」
「承った」
朱雀は白い壁を睨む。
「さて、隊長軽く説明します……」
バンニングは卵を孵化させれば壁が収まるだろうという仮説と、そのために卵を温めてみればというのを伝えた。
「何か仮説が難しそうだけど、やってみましょう。生まれたての竜なんてかわいいに違いないわ!絶対見たい。それで……私は魔力を通せばいいだけなのね」
「そうザマス。ですけど、加減に気をつけるザマス。さもないと、エイテルの腕が吹き飛ぶザマス」
クインテは真面目なトーンで注意する。
「はぁ!?なんでうちなん?キャビンとバンニングはんだけやろ?」
バンニングが首を横に振るとクインテが説明を始めた。
「魔力は隊長さん、エイテル、バンの順につなぐザマス。バンが作った道を私が横から調整するザマス、エイテルは隊長さんの魔力管理をやるザマス。一旦受け止められるものがいないとバンの不器用さじゃ対応できないザマス」
「一言余計だ」
バンニングはふんと鼻を鳴らしつつも否定はしなかった。
「まぁ、そうなるんか、キャビン、ホンマに頼むで」
渋々納得してエイテルは気分を切り替えた。
「任せて!それでどうやるの?」
キャビンの自信満々な様子に、少し緊張しながらエイテルは答える。
「手ぇ繋いでウチに送ってくれればええよ。多かったらウチの入口を固くするから弱めてぇな。手ぇ強く握る感覚やな、ダメそうなら声かけるわ」
「わかったわ」
「嫌な予感がするザマス、ちょっと練習するザマス。隊長さん。私の左手を握って、軽く魔力を送るザマス。火球くらいで」
キャビンはクインテに差し出された手を握って魔力を送る。
「え……うん、はい」
「なんざます?難しい事をやる前ザマス、はっきり説明なさい」
「それくらいだとむずむずしちゃって、長くは続けられないかも、数十秒?」
「むずむずというと、くしゃみしそうになる感じザマスか?」
「そんな感じ、その後に、勢いよく出たりする。こないだは猪焼いてたら炭になった……それでも我慢しておさえたけど」
「ウチ、炭になるん?」
エイテルが怯えた目でキャビンを見る
「魔力の塊を出すだけだから炭にはならないザマス。エイテルと私が魔力に耐えきれなくなって弾け飛ぶザマス」
淡々と言うクインテにさっきまでのウキウキした気分がしょんぼりになる。
「……気をつけます」
「ホンマに頼むでぇ」
「脅かしはしたザマス。ですけど、シルバードラゴンの卵まで通した魔力空間で『炎熱の世界』を投げ込むだけだから、実際につながったら数秒ザマス」
「それなら大丈夫だと思う」
「じゃあ練習ザマス」
「はい」
「弱く…」
「はい」
「弱く…」
「はぃ…ふふ」
「弱くした分戻す」
「はい」
「いいと言うまでキープ」
「はぃ」
キャビンは手のひらのゾワゾワ、くすぐられている感覚に耐えながら時間が来るまで耐える……。
「よし。大丈夫ザマス」
「ふぅ」
キャビンは胸をなで下ろした。
「すぐ本番をやるザマス」
「ウチ練習しなくてええんか?」
「何とかなるザマス」
「〜〜っ!」
クインテはエイテルの泣き言を無視しながら、右手を伸ばし、呪文を唱えた。
「繋ぐ。数多の導きの星。光の道。満ち満ちて円となせ。円を繋いで空つの柱となせ。時を超え、色を変えてもわが心とともに。世を穿ち、界を超え象れ。この願い掴ませたまえ」
クインテの手が伸びたように見えた。二メートルくらいだろうか。少し先の方で指が開いたり閉じたりしている。
しかし、キャビンがその手をよく見ると、右腕の前腕部分は見えなかった。
「何これ?どうなってるの?ホントに空間を飛び抜けてつながってるの?」
「そうザマス。私の魔力だけではこの距離が限界ザマス」
クインテは手を戻して手があった空間を覗いた。
キャビンからは向こうが見えないが、クインテが覗き込んでいる所は蜃気楼のように揺らめいて、歪んでいるように見えていた。
「……いけそうザマス。バン交代ザマス。さてと、隊長さん。さっきやったみたいに、エイテルに魔力を送るザマス」
バンニングが歪んだ空間に魔力を送る役になり、クインテは横に並んで空中にひとりでにレンズを浮かせそこから空間を眺めるように構えた。
「わかったわ」
キャビンは少しずつ、エイテルとクインテの顔を交互に見渡しながら魔力を送っていく。
エイテルは注射に怯えるように口をワナワナとさせながらも何も言わずにキャビンに哀願の眼差しを向けていた。
キャビンはちょっと怯みつつも、アイコンタクトで魔力を調整する。
クインテは空間の方に手をかざして、時折動かしながらぶつぶつ言ってはレンズを覗き込んでいた。方向を調整しているらしい。
魔力の勢いで少し左右にずれるのもそうだが、目的のシルバードラゴンの巣は標高が高いので、少しずつ高さも上げていく必要があるみたいだ。
歪んだ筒が伸びていくのはキャビンにも何となく見えた。
キャビンはクインテの注文に慣れながら、段々と感覚を掴んでいく。
バンニングは、空間に突っ込んでいた右手を一旦戻した。
「こっからは氷嵐の中に入る。今までと違って魔力抵抗が出てくるはずだ。強めに魔力を込めろ」
「わかったわ」
キャビンはバンニング班長の真面目な声に普段より大きな声で返事をする。
気合を入れないと!
「全員聞け! 空間が繋がったら合図してすぐに『炎熱の世界』を放り込む。シルバードラゴンの氷嵐の余波はしばらく来るだろうからすぐさまトラックに飛び乗れ。俺は助手席、隊長は運転席、他は荷台に駆け込め。朱雀殿!」
「何か!」
バンニングは少し離れた所で警戒している朱雀に大声をかける。
「数秒で構いませんが、氷嵐を相殺できないだろうか?」
朱雀はようやく頼られたと、にやりと笑う。
「数秒と言わず歩いてトラックまで行く猶予を稼ごう」
「助かります」
バンニングが声を張り上げて礼をいう。
「俺は?」
シシオンも何かしたそうに尋ねる。
「トラック荷台をすぐ開けてみんな入ったら閉じてくれ」
バンニングがふっと笑ってそんな事をいうと、
「あいよー」
とシシオンも気の抜けた応えを返した。
「隊長、やってくれ」
「了解班長!」
抵抗を感じながら少しずつ魔力を込める。
集中すると氷嵐の切り裂く風の音が余計に大きくなったような気がした。
「届いたザマスっ!」
クインテの観測したタイミングでバンニングが胸から『炎熱の世界』を外して掴んだまま、空間にそっと手を差し伸べた。
卵を愛おしむようにそっとその、横に置いた。
キャビンの目にも氷嵐の向こうが一瞬瞬いたような気がした。
やはりというべきか、氷嵐は収まらず、キャビンたちは一瞬冷たい突風を感じた。
「参る『朱雀』」
朱雀が大上段に刀を振り上げ、真下に一閃すると、今度は熱風がキャビンに飛んできた。
熱っ!と思いながら咄嗟に閉じた瞼が反射的に上がると、灼熱の大鳥が氷嵐に向かってゆっくりと羽ばたいていった。
「今のうちに!」
朱雀の声でハッとして、全員がトラックへ駆けていった。
キャビンはドアをバタンと閉めると、緊張も置いてきたように、フニャリとハンドルに横たわるのだった。
「すごい鳥ね。炎の魔法の一種?」
キャビンは緩んでもなお好奇心から尋ねた。
「宝刀『朱雀』に宿りし奥義だ」
「すげぇな。あれならシルバードラゴンも倒せそうだ」
「倒せばいいというわけではなかっただろう。それを言えばここにいる誰しも可能だろう」
「それに……加減もしてたし?」
シシオンが朱雀におちゃらけながら尋ねると無言で朱雀はうつむいた。
「とにかくだ、目的は達した。皆よくやってくれた……」
バンニングが話し始めると、荷台のドアがバタンと開き、すぐに閉じた。
「おー、さみーさみー。やり遂げたみてぇだな。ご苦労さん。ちっと待ってりゃ、氷嵐もやむはずだろ。休憩しようや、茶と菓子はどっかねぇのか?」
サンポが何の気なしに戻ってきて、慌ててエイテルが茶の用意を始めた。
「サンポさん!朱雀さんの火の鳥すごかったわよ」
「おー、俺も見てたぞ。あれが見えたんで戻ってきたんだ」
キャビンは荷台に向けて話しかけた。
「手伝ってくれたらよかったのに、あなたもすごいんでしょ?」
「かっ!バカ言うんじゃねぇよ、娘っ子。俺ぁ引退して散歩してただけだ。隠居に大立ち回りなんざ期待すんじゃねぇよ」
「それもそうか、ごめんね」
「年寄り扱いも気に食わねぇな」
キャビンはふくれっ面で無言の抗議をする。
「隊長さんも頑張ったんやから、意地悪せんといて。ほい、お茶請けに、チーズ焼いたやつやカリカリで塩加減が丁度いいんや」
エイテルが沸かしたお茶と一緒に薦める。
「そいつぁ酒のツマミと思って買ったんだけどなぁ、茶に合うかぁ?」
シシオンが軽口を挟む。
「こいつはミルクの甘さが茶の甘さと合って、かなり相性いいぜ。お前さんイケる口か、嘉成に戻ったら俺の秘蔵酒やら肴を出してやる」
「おうよ。そしたら俺もとっておきのワイン出してやるぜ」
楽しみだと豪快に笑い合う二人を呆れて眺めたあと、山頂に目をやると少しずつ氷嵐が薄れていき、青空が戻っていった。
「お、聴こえたか?」
サンポが何かに反応して声を顰めた。
「何だ?鳴き声?」
シシオンも笑いを止めて耳を澄ませる。
キャビンには聞こえ無い。気になって窓を開けると、風の音に混じって何か鳴き声が聴こえた。
「もしかして……」
「そうだ、シルバードラゴンの雛が孵った」
サンポはチーズ菓子を平らげると満足そうに応えた。
荷台では断熱しつつ、換気もできるので、お湯も沸かせます。




