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五話 逃走

逃げ出して走る。

心のなかはキョウを見つけられるという嬉しさとようやく逃げ出せたと言う気持ちでいっぱいだった。

ずっと怖くて仕方がなかった。

私を求めるあの人が何を考えているのか分からない。

『私』を見ようとするあの人から逃げたかった。

目が醒めてからようやくぼんやりとしなくなった頭で昔のことを思い出してしまった。

私は産まれてきてはいけなかったってことを。


生まれた頃から母の姉であった凜々華さんに似ているといわれた。

「顔だけは凛々華のそれによく似ているが霊力を持たぬなど役立たずだな。」

祖父にそう吐き捨てられて母の態度がぎこちない理由を知った。

似ていたからやがて母に拒絶された。

「触らないで……!お前は、姉さんの子よ!私は貴女の母なんかじゃない!」

そう涙を流し拒絶する母に頬を叩かれ、生きているだけで母の傷口に塩を塗っているようなものだったのだと悟った。

痛くてどうしたらいいのか分からなくて謝ったのを覚えている。

でも実家では確かに母である神月百合から生まれた記録が残っている。

使用人からも産んだのは神月百合で間違いないと言われた。

それでも凜々花さんに似ているこの顔は姉に劣等感を抱いていたらしい母にとって受け付けられなかったのだろう。

その代わり父には愛されていた。

……凛々華さんに似ているこの顔が好ましく写ったのだろう。

父は妻である百合でなくかつての婚約者であった凛々華さんを一番に愛していた。

……自分の不義理により婚約破棄になった後でも。

そしてある日神の巫女として仕えていたらしい凜々花さんを父が連れ帰ってきた。

その日から私は離れで凛々華さんと共に過ごすことになった。

父からは凜々花さんを『母』と呼ぶようにいわれまるで最初からこの三人で家族だったように振る舞うようになって、その代わり母とは会えなくなった。

桜は人の目を忍んで会いに来てくれていたけど今までのように共に過ごすことはできなくなって。

そんな風に過ごして数年たったある日、いつもはぼんやりと外を眺める凛々華さんが泣いていたことがあった。

「お願い……。私を、外に連れていって。あの娘に、陽鞠に会いたいの。」

その時初めて凛々華さんに娘がいることを知った。

昼の間は神が見ているからと連れ出すのを禁じられていたけどそれを破り外へ連れ出した。

娘に会えず父の執着に苦しむその人を見捨てることができなかった。

父はきっと無理矢理この人を連れてきたのだろうと子供ながらに理解していた。

……罪滅ぼしのつもりだったのだ。

そうして、神に連れていかれるのを肩の荷が下りたように眺めた後に酷く顔を歪めた父が私をぶち、首を締めた。

薄れる視界のなか必死にもがいたのを覚えている。

「お前は凛々華を繋ぎ止めるために作ったというのに何をしている?お前などその顔と凛々華の子でなければ何の価値も無いのに。」

もがく私を冷たい瞳で見下ろす父から放たれた言葉で凛々華さんを繋ぎ止める部品として大事にされていたにすぎないと分かった……いや見ないふりをしていた事実を直視した。

その時初めて死んでもいいやと思った。

母からは拒絶され父からは憎悪を向けられ生きるくらいなら死んだ方が楽になれる。

結局そのまま死ぬことはなくその後行われた凛々華さんの葬儀で空の棺桶に花を入れた。

父はそのまま体調を崩した。

私はそれから父の実家である暁見家の分家、暁山の家に引き取られた。

……そしてそこでも私は間違えてしまった。

その頃の私の目付きや雰囲気が父に似ていると言われ父のように振る舞うよう望まれた。

今度は言われるままに言いつけを守ろうとした結果人を一人死なせることになってしまった。

優しかったあの人を。

私はずっと自分の意思をもたないで流されるまま生きてきた。

その結果全てを間違えて、沢山の人を死なせてこうして生きている。

そんな穢れた私を知ろうとするあの人が怖い。

産まれてきてはいけなかった私を愛そうとするあの人が嫌い。

だからこうして逃げている。

運のいいことに白皇教会のある教会地区は比較的湾岸のすぐそばにあるため交通機関を使わなくてもたどり着けそうだった。

今手持ちのお金は無いので有難い、それに目覚めた後の体は血を吐く事はなく昔のように健康体そのものだったので走り続けてもどこも痛まない。

湾岸の波打ち際が見えてくる。

歩いて端の方まで探しても誰もいない。

……人の姿はどこにもなかった。


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