プロローグ三話
──二週間後──
時刻は午前4時。
今日、朔来はこの家から逃げる。
妹が結界を自身の霊力で上書きし、朔来を結界の外へ出られるように術を施した。
「さあ、今のうちに。」
この家は無駄に敷地が広いため、裏口へ向かうのにも一苦労する。
キョウに絶えず回復の術と呪詛払いをかけてもらいながら朔来達は門に向かい静かに足を進めていた。
しばらく……30分ほどだろうか、ようやく門が見えてきたのと同時に人影があることに気づいた。
「……どなたかいらっしゃいますね。門番の方でしょうか。」
「いや……門番といってもあんな内側の中途半端な所には配置されてないだろ。」
「どうしよう。とりあえず門の外へでなければならないのに……。」
全員で木の影に隠れながらどう見張りを片付けるか審議しあう。
ここには三人しかいない。
桜につけられている使用人は父と繋がっている可能性があるからだ。
「……私が気絶させます。その隙に門の外へ向かってください。」
「は!?お嬢様なのにそんなこと出来るのかよ。」
「護身術は嗜んでいます。あとは……霊気をぶつければ、おそらく昏倒するかと。」
「よし、それで行こう。桜の霊気だったらオーバーキルだから、キョウは霊気担当で桜のサポートをしてくれる?」
「了解。」
作戦のすり合わせを終えると同時に桜が木陰から飛び出し見張りの後ろに回り込み手刀を入れる。
木陰から見張りの距離はキョウの射程内のため隠れた状態でいつでも霊気をぶつけられるよう待機し、相手が気絶するのを待った。
(まずい。本当に一人だけなにもしてない。)
見張りの男が気絶したのを確認し桜が合図を出す。
それを確認し木陰から門へと向かった。
「よし!あとは門を開けるだけ……。──あれ?」
「どうしたの?」
門は一人で開けられるようなものではないが桜の霊力であれば身体の強化を行えば容易に開けられる筈だ。
だが、門は一向に開く様子がない。
「……術?何でそんなものがかかって、あれ?解けない……。お姉ちゃん!隠れて!恐らくばれて「何をしているんだ?こんな早朝に。」……え。」
焦った桜が叫ぶのと同時に現れたのはここにいないはずの父。
父と十数人の体格の良い護衛であろう人間が逃げ道を塞ぐように朔来達を取り囲んでいた。
先ほどまでは確かに誰もいなかった筈。それなのになぜこんな大勢が自分達に追い付いているのか全く分からない。
……転移の術は高位の術者でも難しい、あとはまさか幻術?
「なぜここにお父様が……?今日は会合でいらっしゃらないと言ってたのに、どうして?」
「おまえがじぶんで私に話したのだろう。今日この日、姉をこの家から出すと。……まさか自ら家から追い出す真似をするとはなあ。よほど出来損ないの姉が目障りだったか?」
……自分で話した?
桜が父と繋がっていたと、そういうことだろうか。
それでも今こうして真っ白い顔色で冷や汗すらかき父に怯える妹の姿が父のいう話とどうにも結び付かなかった。
「違う……そんなわけがないでしょう!?お姉ちゃんは私の大事な「何をどう言い繕うとお前は家の決まりを破り姉を追放しようとした。それが全てだろう。それで仕置きを受けるのは姉だというのにな。惨いことをするものだ。」……違うの、お姉ちゃん。信じて……。」
全身の震えを抑えるように手をきつく握りしめこちらを見る妹に歩みよりその手を握った。
指先が酷く冷えきっていて白い肌から更に真っ白になっている。
「大丈夫。桜を信じるよ。……お父さん、あなたが全て仕組んだことでしょう?私に飲ませていた薬も、真名に送られた呪詛を払うのを禁じたのもあなたがしたことだ。」
妹を守るように前に立ち朔来は父に静かに言った。
うまれて初めて父に逆らうように問い詰めたのはこの家に来てから、産まれてから積もっていた疑心がとうとう吹き上がったからであった。
「やはり、妹と接触をしてなにか吹き込まれでもしたか。でなければおまえが私にそのような態度をとるわけがない。……仕方がない引き離せ。」
そういって使用人数人がかりで引きずられていく妹。
顔を殴られ体を地面に叩きつけられ蹴られているキョウ。
「やめて……やめて、やめてよ!!」
朔来は必死に叫んだ。
出したことの無い大声を張り上げ、血が出るのさえ気にせずただ痛め付けられる二人に駆け寄ろうとして父に阻まれた。
石畳に転がされ父が馬乗りに自分に跨がる。
首に添えられた手に力が入っていくごとに意識が遠くへ追いやられていく。
「─!!──!、──!!」
父がなにかを言っているが何を言っているのか膜一枚挟んだかのようにうまく聞き取れず、ただ二人があげる悲鳴だけが耳にこびりついたまま。
どうして、こんな目にあっている?
どうして二人は痛め付けられている?
……どうして誰も助けはしないのか。
(誰も助けてくれないのなら。自分が二人を助けないといけないのに。)
意識も絶え絶えに伸ばしたその手を父に踏みにじられ朔来はふと思った。
(私に守るための力があれば)
強く思ったと同時に今までに無いほどの強い熱を自分の中に感じた。
抑えつけられていたものが解放されたような。
ようやく自分が自分になったような。
そんな感覚と同時に視界が真っ黒に染まって──
気づいた時にはそこに誰も生きていなかった。
自分に跨がっていた父はぐちゃぐちゃに捻れて原型を留めていた顔にはまっている瞳は光を灯していなかった。
辺りは一面瓦礫と肉片が広がっている。
腕だけのものや上下で半分に分かれている人もいる。
(これ、全部私がやったの……?)
桜とキョウを探す。
瓦礫の隙間をみても、回りを見渡しても二人の姿はなく、ただ瓦礫のそばに白い花だけが咲いていた。
肉片の中に二人のものも混ざっているのだろうか。
自分はまた人を殺してしまったのだ。
なにをしたのか、どうして二人も巻き込んでしまったのか分からない。
ただ分かるのは自分の大事な人達を自分で壊してしまったということ。
紛れもない、この手で。
(ただ、二人を守れたら良かっただけなのに。)
「ごめんなさい……ごめんなさい。ごめっ……。」
意識が深い水に沈むような感覚と共に猛烈な寒気を感じた。
そうして初めて自分の体のあちこちが抉れていることに気付く。
(これでいい。このまま死んだら許してもらえるかな。二人に謝れるかな。)
意識が深く黒くおちて目蓋が沈む。
もうなにも望まない。
産まれたことから間違いだったのに烏滸がましくも幸せでいることを望んだりしたからこうなったのだ。
自分という存在が世界からいなくなっていれば良い。
「──しっかり!──死ぬなんて─」
誰かの声が聞こえる。
よく聞こえないが酷く懐かしいような初めて聞いたような不思議な気持ちを覚えた。
でも、どうかこのままにしてほしい。
(もう、眠たいの、楽になりたいから、放っておいて。)
──どうかもう二度と目が覚めませんように──




