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一話 はじめまして

沈んだ意識が引き上げられるような感覚を覚えた。


ふと目を開くと広がるのは無機質な部屋だった。

辺りを見回しても白、白、白。それ以外の色はなく、頭をかきむしりたくなるほどの違和感を覚えた。

病院のような造りでもなく、冷たい雰囲気があり一体何の施設なのか見当もつかない。

「(…気持ち悪い…。)」

直前までの記憶に間違いがないのならば自分はこのような場所にいるはずがない。そも、自分はあそこでしぬつもりでいたのに。

逃げよう。身体は動かしにくいが、なぜかほとんど傷がなおっているし、拘束もなにもされていないようだった。それがまたかえって気色悪さを強めているのだが。

「眼、覚めたの?」

「ー!?」

だれだ?全く気配を感じなかった!この空間がなんであるのかわからない以上、逃げる意思を気づかれては不味い。

「身体痛くない?吐き気とかは?」

そう問いながらベッドに腰かける男。

この空間に溶け込むような白銀の髪と、紅い瞳がこの空間のなかで唯一ある色で、その虹彩は見たことのない光を帯びていた。

整いすぎている顔やその独特の色素が人でないような印象を持たせる。というか、絶対人ではない。

こちらに伸ばされる指先ですら均整がとれていてまるで神のつくった最高傑作の美術品が動いていると言われても納得ができるくらいであった。

『─凜々花─』

手を伸ばすその仕草に父の姿が重なり思わず指先から距離をとるように後ずさると男は顔を歪め笑った。まるで耐え難い痛みに耐えるように。

「何もしないよ。今はまだ。」

まだってなんだ。いつかは何かする気でいるのだろうか。

「ごめんね。怖がらせたいわけではなかったんだ。」

目の前で手をヒラヒラさせながらニコニコと笑う男。

正直いってかなり胡散臭く取り繕っているつもりでも眉をひそめてしまった。

「えーと、こういうときって自己紹介をするんだっけ?俺は、うーん…と、確か皇森羅?だったかな」

自分の名前を忘れたかのような挙動、こいつ絶対偽名だろう。

「…どう見てもこの国の出身であるようには見えませんが、その姓…名族が名乗るようなものですが、帝に名を戴いたのですか?」

「どうだったかな、とりあえずふつーに名乗ってるだけ」

偽名であってもそう易々と名乗ることを許されるような名ではないのだが…。

素性に探りを入れるのは危険かもしれない、こちらもある程度は名乗りつつ様子を見るか。

「朔、です。身体は…痛くはありません。貴方がなにかしたのですか。」

真名を全て名乗るのは危険なため、一部のみ名乗る。

そもそも私の実家では私の名前は一部ですら名乗ることを許されてはいなかったが。

「うーん。朔?朔かー。いい名前だね!」

少し不可解そうに首を傾げる男。

「とりあえず、君は神月家で倒れてたから俺が保護した訳なんだけど……倒れるまでのことは覚えてる?」

倒れるまでのこと……。

確か、妹と一緒に家を逃げ出そうとして……。

そしてそれが父に見つかってその後全身が痛くなって……。

あれ?何か忘れているような─

思い出そうと考えを巡らせると割れるような頭の痛みが襲った。

「確か、家から逃げようとして……、頭、痛い……。」

「うーん。無理しない方がいいかもね、神性暴走を起こすと前後の記憶が曖昧になることが多いし。」

……神性暴走?それは神力、神性を持たないと起こさないはず。自分にそんな力はなかったはずなのに。

「私は神性を持っていません。何か勘違いをされていませんか。」

「勘違い?するわけない。俺が『君』の神気を間違うはずがないから。君は確かに神性暴走を起こしたんだよ。」

でも神性というのは生まれつきもっているか、後天的に神の眷属になりもつかのどちらかでしかない。

私はあの家にずっといたし、あの家では神性をもちようがないのに。

困惑から目の前の白い男を見ると少し考え事をしているような素振りをして口を開いた。

「通常神性ってのはよっぽどのことがない限り暴走しない。君は神性封印がされた状態だったのかもね。」

にしても、わざわざ神性封印するだなんて君の家は何をしたかったんだろうねえとのんびり語る男に驚愕する。

神性封印は国が任務として行う筈でいくら神月家といっても勝手に行って良いものではない。

それを私に行ったとして何が目的なのだろう。

……目の前にいるこの男がなにか知っているかも知れない。

「ま。そこら辺は後で考えよう。それよりも君の目が覚めてよかった!半年近く眠っていたからさ。」

半年近く眠っていたということは今は冬なのだろうか。

今いる位置からは窓の外が見えないので季節感がわからなかった。

部屋の中は快適な温度に保たれているみたいだし。

「よし!起きたならまず着替えを用意させないとね。

少し待ってて……あ、そうだ朔ちゃん。」

「はい。なんでしょう。」

「……敬語はなしね。あと──いつかで良いからちゃんと本名を教えてねー。」

じゃ、行ってきまーす。といいながら部屋を出ていく男。

なぜ真名かどうか判別がつくのだろう。

人間でなく相当高位の神でこちらの魂の輪郭を捉えられると考えた方がいいのだろうか。

不完全な名乗りを見抜かれたことに少し恐怖を覚えた。

それにしても自分の名前なんて知ったところで何になるのだろう。どうせ、妹の身代わりとしての名前でしかないのに。

それに何があったのか思い出せないのも歯がゆくて仕方がない、必ず思い出さなくてはいけないのに思い出そうとすると頭が酷く痛んだ。

「おまたせー。はい、着替え。俺は一時的に部屋から出てるから、終わったら呼んでね。」

シンプルな白シャツと黒いパンツを起き男はすぐ部屋から出ていった。

久しぶりに洋服を着るな。そういえば半年近く眠っていたのに全く体がベタついていない。既に湯浴みをすませたかのような感覚だった。

下着なども服の中に入っていたためそれらも変える。なんでサイズがあっているのかは考えないでおこう。

着替え終わって少し息をつくと、自分の前髪が視界に映ることに今さら気づいた。

あれ?右目が見えるようになってる、実家に連れていかれた頃はいつの間にか右目が潰れてたから毎日包帯をしていたのに。

欠損した身体の部位を回復させるなんてそれこそ神でもない限り無理だ。

目覚めてから訳のわからないことばかりだが、とりあえず言われた通り部屋の外の男に声をかけた。

「終わりました。」

「はーい。うん、急ぎで用意させたから簡素なものだけどサイズがあっているみたいでよかったよかった。」

じゃあ、ここを出たところに洗面台があるから顔洗ったりしておいでよといわれ促されるまま部屋を出る。

部屋を出た先廊下や天井、壁に至るまで白色しかなくて一種の宗教施設のように感じた。

やたら大きい洗面台(化粧台といってもいい)の鏡に写る自分はやはり潰れていた目が潰れる前と同じ状態で眼窩にはまっている。

用意されているもので歯を磨き顔を洗って、無言で後ろに佇む男に声をかけた。

「あの、目が見えるようになっているのですが。あなたが治したんですか?それとも高位の治癒の術を依頼したのですか。」

「俺が治したよ。どう?ちゃんと見えるようになってる?

俺さー、治すのかなり苦手だから不安だわ。」

見えるようにはなっている、それどころか以前よりもなにか遠くまで見えるようになっているような──?

「ま、それ含めて色々話そ。ソファを置いてある部屋があるから茶を淹れるよ。ついてきて……あれ、どしたの。」

そういわれて背を向けて歩き出そうとしていた男の服を掴んでいることに気づいた。

初対面の相手にしていいことではないのに何をやっているのだろう。

「すみません。その、どこをみても白いので迷うかも知れないと思って咄嗟に...…放します、すみません。」

慌てて言い繕って手を離す。本当に何をしているんだ私は。

男の顔を見上げると少し驚いたような嬉しそうな顔をしてそして口を開いた。

「それなら手を繋いだほうがより迷わなくてすむよ。俺がいるからね、はい、どうぞ。」

差し出された手を少し迷って結局とった、とってしまった。

嫌がられなかった、あるいはそういった素振りを隠すのが上手いのだろうか。

今日会ったばかりのひとの手を握るなんて今までの自分なら絶対にしないのに。

そんな自分への強烈な嫌悪感と、同時に繋いだ手の安堵が矛盾した状態で心に生まれた。

それでもなぜだか繋がれた手を離すことができなかった。


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