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プロローグ二話

高い位置に付けられた窓から入る日差しでまた朝が来たことを知った。

まだ息をしていることに落胆し起き上がって身支度を整えた。

最低限のことは自分でこなしたいためキョウが来る前に歯磨きや入浴などは自分で済ませていた。

(今日も桜は来るだろうか)

そう考えながらぼんやりしていると珍しくキョウと共に桜が離れに入ってきていた。

いつになく深刻な顔をしている妹になにかあったのかと不安になる。

「おねえさま。大事な話があります。」

「うん。どうしたの?」

「……おねえさま。この家から出ていってくれませんか?」

妹から放たれる実質追放発言に目を瞪る。

それは金銭を持たない朔来にとっては野垂れ死ぬことに直結しかねないのに。

「言い方が悪すぎるだろ。……あー、この家から逃げろってことだろ?」

「ご、ごめんなさい。そうです!おねえさま、この家に居てはだめです!

生活の保証はします、だからお願い。」

話が一向に見えてこない。

だが妹の様子からかなり深刻な事態が起きているのだろう。それだけは分かった。

「理由をききたいな。なぜこの家にいてはならないの?」

「……昨日お父様が誰かと話をしていたんです。電話か術なのかは分からないのですけど。おねえさまがもうすぐ人形になるって……順調に事は進んでるって!ここに居たらおねえさまはおねえさまじゃなくなる!」

桜が震えて涙を流し語った話はあまりにもおぞましかった。

人形にする?既に死んだ人の人形にするとはなんだ?

なにをするのか全く分からないのに恐ろしいということだけははっきり分かった。分かってしまった。

「それで、おれからもいいですか。ここ最近……いや数年前からあんたの調子がよくなかったのって純粋な病じゃなくて呪いなんじゃないかって……。」

「それはどうしてそう思うの?」

「だっておれが気休めにと思ってやった呪詛払いの術をした時、あんた血を吐かなかったから。」

確かに思い返せばキョウがいる間勉強をしている時血を吐く回数が極端に減って居たことがあった。

それに対し父が怒り狂いやめさせたことがあった。

──そういえばなぜ父は快調になる行為をわざわざ止めさせた?

朔来の体調がよくなると自身に不都合があるのだろうか。

そういえば毎朝のんでいる薬も父が用意させているものだ。今思い返せば薬をのんだ時のほうが意識が朦朧としていたような……?

「やっぱり、この家から逃げましょう。キョウさんのツテを使って夏宮家の運営する医院を手配します。」

「二人の負担にならない?」

「おねえさまが死んだ時の方がよっぽど精神に負担かかりますよ!絶対なんとかするので、待っててください。」

話を終え学園へ向かう桜。

残ったキョウは口を固く結び目線を下にやったままだった。

「大丈夫?」

「……おれ、あの当主が頭おかしいって分かってたのになにも、あんたに、できなかった。」

肩を震わせとうとう蹲るようにうつむいたキョウの頭を撫でた。

「そんなことないよ。あの人に下手に逆らうほうが酷い目にあってたかもしれない。キョウは毎日、私が血を吐いても嫌な顔しなかったじゃん。」

「そんなの、従者として当たり前だよ。」

「当たり前じゃないから感謝してるんだよ。それに、キョウのツテがあるから逃亡先も確保できるんだから。それと……申し訳ないと思っていたんだ、私のせいで学園に通えていないから。」

本来朔来とキョウの年からすると素質あるものは学園に通っている筈なのだ。

朔来と違い霊力ももっているキョウが学園に通わずこうして世話をしているのは受けられる教育を受けさせていないということで、それが申し訳なかった。

「まあ、学園に通えたならその方がいいんだろうけど……。いいんだよ、あいつに会うのは嫌だし。」

「そっか、ごめんね。」


そうして今日も勉学に励むかと書物を開いたところで扉をノックする音が聞こえた。

……誰だ?桜は周囲にバレないよう昼には来ないし、父は仕事があるため夜にしか来ない。

そして両者ともノックをしない。

キョウが警戒しいつでも術をぶつけられるよう待機しているのを止め、どうぞと応えた。

家に入るには招待されなければ結界に弾かれて無理だし、離れに来るということは朔来の存在を知っているからだろう。

「やあこんにちは。見舞いにくるのが久しぶりだから忘れてしまったかな。」

入ってきたのは真白の髪に青と翠のツートンの瞳をした青年。

「……朝華光一さま。」

「光一でいいのに。ああ、君は外に出ていてもらえる?」

「申し訳ありませんが主人に付き添うよう当主直々に命じられておりますのでご容赦ください。」

相手は朝華家の次期当主とはいえ、家格はこちらが上。その当主の命令となれば覆すのは難しい。

いつもと違い隙のない言葉使いでそう返すキョウに一瞬冷たい眼をしたのは気のせいではないだろう。

時折朔来の見舞いに来る家の外の人間で朔来の事情を知っている数少ない内の一人なのだが、どうにも苦手意識をもってしまっていた。

とはいえ、相手は朝華家次期当主。更に妹の婚約者である朝華千春の兄でもあるため二人はいずれ親族となる。

そのこともあってあしらうことはできなかった。

「光一さま。本日はどうしてこちらに?病が移ってしまうかもしれません。」

「いずれ弟の妻となる子の姉を心配してこうして来たんだよ。……だが、やはり悪化しているんだね。可哀想に。」

婚約者もいる身だというのに一人でわざわざ見舞いにくる光一に拭えない違和感を覚えていた。

やはり苦手だ。

父と同じ自分を通して誰かを見ている瞳をしている。

「それにしても茨さんも酷い人だな。こんなところに閉じ込めておくだなんて。君が白銀の髪も金の瞳もないからとこんな扱いをするなんてね。」

哀れむように眉を下げる光一に苦虫を噛み潰したような感覚が走った。

この人はいつもそうだ。朔来に優しくしているように見せていつも妹の桜と比べるようなことを匂わせ、朔来の劣等感を刺激する。

あの子を羨むように妬むように仕向けられているような気さえしていた。

……確かに朔来は何一つ家の役に立たない身ではあるがだからといって完璧を常に求められる素質持つものの重責を理解せずただ羨むほど無理解ではない。

優しげな顔をして人を内心見下すこの態度が苦手だ。

(はやくこの時間が過ぎないかな。)

「またくるよ。妹さんにもよろしくね。」

そう言い放ち立ち去る光一を見送る。

恐怖を顔に出さないので精一杯だった。

光一のほうが桜と接する機会は多いだろうにわざわざそういうのは妹がここに来ているのを知っているからなのか、それともただの社交辞令か。

父と過ごしているときよりも強いプレッシャーに心臓が潰されそうになる。

と同時により強い痛みに襲われ桶をとる。

「おえ、げほっごぽ」

止まらない吐血にキョウの顔から血の気が引いていくのをどこか遠くから眺めるような気持ちで見ていた。

「大丈夫!?……あいつがなにかしたの!?」

大丈夫だと返してあげたいのに口から出てくるのは言葉ではなく赤色だけ。

それと同時にぐらりと視界が揺れる。

「……ごめん。ご当主野郎に禁じられてるけど。術を掛けさせて。」

─命栄える夏の力をもってこの者の命青青と繁るべく祈りをここに捧げる─

言祝を唱え爽やかな風が流れる。

夏の一族の血を引くキョウは回復の術に適正がある。

夏の一族らしい命の栄を象徴するような術だ。

本人曰く得意でないらしいが。

風が流れ終わると体の重みが軽くなり、ようやく吐血が止まったので横になる。

このままだと貧血で倒れるかもしれなかったので助かった。

父には自分から事情を説明してなんとか機嫌をとろう、従者を守ってこそ主人なのだから。

「ありがとう。」

顔をくしゃりと歪めたままの従者の頭をそっと撫で安心させるように朔来は笑った。

 桜からは二週間後の父が会合でいなくなる日の朝方に逃げると連絡があった。

その日までなんとかやり過ごせばいい。

やっとキョウや妹へ恩を返すことが出来る。

ようやく抱けた希望を胸に朔来はそっとむねを撫で下ろした。




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