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プロローグ一話


この世界には五つの大陸がある。

四つの大陸に囲まれた中央の大陸に存在する陽月國には沢山の神々が存在しその神を祀る四季名家と呼ばれる四家がある。

春を司る朝華家。

夏を司る夏宮家。

秋を司る曉見家。

冬を司る雪理家。

──そしてこの四家より更に格が高く強い術師を排出する

夜と月を司る神月家。

そんなこの国で最も格式高い家に生まれた少女

─神月朔来は今日も離れで寝るだけの日々を送っていた─


 (……今日もあまり調子がよくない)

朔来とて寝て過ごす日々を甘受したいわけではない。

ただ、体を動かす度にからだの中心から熱が走るような激痛が襲うのだ。

ここ最近は血を吐くことも多い。

それゆえ、彼女は日々を床で過ごしていた。

とはいえ、彼女が離れで暮らしているのは彼女が病気だからだけではない。

彼女がこの家に必要な素質を一切もたずに生まれてきたからだ。

それなのに一度養子に出された自分をまた家に戻してくれた家族には感謝している。

恐らくもうすぐやってくるだろう。

ふと扉をみたと同時に重い扉を開ける音がした。

入ってきたのは白銀の髪に金の瞳をもった、清廉で可憐な少女。

実の妹、神月桜であった。

「ねえさま!今日のお加減はいかがですか?」

「今日は少し調子がいいよ。いつも見に来てくれてありがとう。」

病気が移ることを懸念してか父は離れに人払いの結界をかけている。

だが妹の方が術者としての力が高い。

彼女はなんなく結界を通り抜け時間を見つけてはこうして見舞いにきてくれていた。

だからこれ以上心配をかけたくなくて調子がいいと嘘をついた。

ただでさえ色々と重圧の重い立場なのだ。

自分のことでまであまり手を患わせたくない。

「それよりも、桜こそまたそんな白い顔して。課題、無理しているんじゃない?」

「いえ、それは。……求められていることですから。」

少し翳りを見せ微笑む桜に胸が痛くなる。

桜は二人しかいないとされている神月家直系の娘だ。更にこの家で求められる銀や金の色を髪と瞳どちらにも宿す─望月様─である。

もう一人の直系である姉たる朔来が彼女の負担を軽くしたいと願ってもそれは叶わない。

朔来は黒髪に紫の瞳という容姿に霊力を持たないという致命的な欠落があった。そういった者は月無し様と呼ばれていた。

朔来がどれほど努力したところで霊力は後天的には持つことはほぼない。

だからせめて霊具で戦う者もいる軍に入りたかったが三年ほど前から身体が少しずつ動かせなくなっていった。

まあ、要するに穀潰しの役立たずの姉である。

そんな朔来を姉として慕ってくれる妹を誇りに思う。

思うからこそ力になりたいのに身体がいうことを聞かない。

「前にもいったけど、一人で分からない問題があったら聞きに来ていいからね。勉強だけはせめてもと出来るようにしているから、頼ってくれていいんだよ。」

「ありがとうございます。いつも、そういってくれて。

また来ますね!そろそろ学園にいかなきゃ。」

「うん、またね。」

手を振り妹を見送る。

また今日も学園で神月家の才女としての振る舞いを求められるのだろう。

本当にいつもよく頑張っている。頑張りすぎているほどに。

「……あのー。そろそろ入ってもいいですかね。」

扉を少し開けこちらの様子を伺うのはただ一人朔来の専属として仕えているものだった。

明るい翠の美しい眼がいつもよりじとっとこちらを見ているのは気のせいではないだろう。

「ごめんごめん。全然入ってきていいのに。」

「姉妹仲良く過ごしてるのにおれがいたら水差してるみたいでいやなんですよ。」

それより、また無理なさってません?

キョウに言葉を返そうとした途端せりあがるような熱が口から漏れそうになり朔来は咄嗟に口をふさいだ。

ふさいだ指から垂れるのは血であった。

この程度の時間起きて話すだけで血を吐くようになっている。

本当はここ数ヶ月でみるみる悪化している体調を妹に悟らせまいと無茶を重ねる主人を見るたび青葉キョウはずっと気が気でなかった。

ガーゼをあて、垂れてくる血を拭う。

ここ三年ですっかり慣れたように手際のいい仕事であった。

「いつもごめんね。」

「いや、慣れてるんで。あとそう思うんだったら寝てください。」

そうぶっきらぼうにいい、吐血の後始末をするキョウの癖のある灰緑色の髪を床に伏せながら朔来は見つめた。

三、四年前に出会ったこの少年はただ命じられただけなのに丁寧に従順に朔来の世話をしてくれている。

それがとてもありがたいものであるのになんの見返りも用意できないのが嫌だった。

「さくらさん。はい、水と薬用意したんでのんじゃってください。」

「はーい。あと、この家ではさくらはあの子のことだよ。私を名前で呼んでは駄目だって。」

「でも朔来さんだって名前の読みはさくらでしょ。それにおれの主人はさくらさんなんで。ていうかおれそういうの嫌なの知ってるでしょう。」

ぐうの音もでない正論をくらいダメージを誤魔化すように苦味の強い薬を飲み干した。

この国には古い風習がある。もっとも古すぎてそれを行う者は少ないが。

それは双子が生まれたとき同じ読みの名かあるいは同じ漢字を使い別の読みをつけるというものがある。

術師の素質あるものを表に立たせたとき真名を使い呪詛が送られてくることがある。

そういったとき同じ名の者がいると呪詛の分散、あるいは呪詛の標的をもう片方に横流すことができる。

双子であれば魂の繋がりが強く、魂を判別できる神でもない限り的確に呪うのは難しいのだ。

この家の場合だと生まれてきたとき朔来が黒髪、桜が白銀であったので私が呪詛の受け流し先なのである。

まあ大抵は真名を保護する術が掛けられており、掛けた術者よりも力が無ければ呪詛が跳ね返ってくる。

朔来がこの家で生かされているのはあくまで念の為以外の何者でもなかった。

まあもっと昔だと双子は片方殺すこともあったそうだからそれよりはマシであろう……多分。

 キョウがそれを嫌がるのは朔来と同じく双子に生まれこの古い風習によって名を付けられたためである。

もっとも、本人が双子で生まれたことを憎悪しているのはもっと複雑な事情があるのだが。

右目に巻いている包帯も巻き直す。

この家に戻ってくる前に不慮の事故でつぶれてしまったのだ。

お陰で最初は視界が狭く平衡感覚がつかめないことも多かった。

一通り手当てをして貰ったので勉学に励むべく書物を開く。

寝ながら書物を読むことくらいしか出来ないがそれでも三回四回と繰り返し読めばその分自分の知識となる。

大体日が暮れるまでは朔来はそうして過ごしていた。

日が暮れればこの書物達はキョウに隠して貰わねばならない。

朔来は勉強することも本来禁じられているからだ。

なにもしなくていいと、そう父に命じられているのだが鵜呑みにするのも嫌であったのでこうしてこっそり家の書物をキョウにもってきてもらっていた。

 もうすぐ日が暮れる。父が来るだろう。

キョウにいつもの場所に書物を隠して貰うように頼みただ天井をみつめた。


キョウが扉を見て表情が強張る。

それと同時に扉が開き父が入ってくる。

キョウを一瞥した。視線だけでおまえは離れを出ろと言っているのだ。

こちらに心配するような目線を送りそれでも当主に逆らえない悔しさから顔を歪ませキョウは離れの外へと出ていった。

「今日の調子はどうだ。悪化しているようだが。」

「……はい。起き上がるのも何分億劫になる程で。

寝たままで申し訳ありません、お父さ「違う。」

朔来のいるベッドに腰掛け優しく目を細めた父親は一瞬にして冷たく出来損ないを見るような目をした。

「何度言えば分かる。私のことはなんと呼ぶのか教えただろう。」

「……申し訳ありません。茨さま。」

「そうだ。それでいい……やはりよく似てきたな。眉や色彩こそ違うがお前は凛々華によく似ている。」

朔来が夜を億劫に感じるのは父の毎夜のこの言動からであった。

もうあの人は亡くなっているというのに。いや亡くなったからこそこうして父は朔来に凛々華の面影を見る。

結局のところ朔来がこの家にいられるのは父が朔来を神月凛々華の代替品として手元に置いておきたいからに他ならない。

無遠慮に髪をすく手付きが嫌いだ。

娘をどこか女として見る眼が嫌いだ。

そして何よりこんな男でも父として求める自分が何より嫌いだった。

そうして毎夜、父が満足するまで凛々華の真似をする。

手を出されていないのは奇跡だろう。

(……そういえば幼少期凛々華さんが生きているころは凛々華さんを母と呼ぶように命じられていたような。)

そんなことを思いだし父からの目線から逃避するように目を閉じ完璧な微笑みを向けた。


夜が更け父が去りようやく一息ついた心地がする。

この時間は誰もいない自分だけの時間だった。

朔来を生んだ母が見舞いにくることはない。

そもそも父が朔来の存在が離れにいるのを周知させていないからだ。

それに朔来は母に拒絶されている。

お前を生んだのは私ではない、お前は姉の子なのだといわれたときとても傷ついたのを覚えている。

だからこの家の人間で朔来が生きていると知っても見舞うのはおそらく父と桜以外にいなかった。

本当はもう、こんな風に誰かに迷惑をかけ生きるくらいなら明日目が醒めなければいいと何度も思っている。

そうして明日が来ないことを祈りながら朔来は目を閉じた。


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