エピソード・オブ・アウトランド 第二話
「しかし、便利になったな」
俺は、蒸気機関車の中で弁当を食べながら呟いた。
「まだまだだよ。電気の実用化、電車の実用化まで五年で持っていきたい」
タツオが科学長官になって最初に取り組んだのは、既存技術の拡大利用だった。
まずは、すでに存在していた蒸気機関を使った蒸気機関車による交通インフラの整備。
国家の枠にとらわれないプロジェクトとして、この八年でロッド大陸内に線路が敷かれた。
さすがにカムイ国までは難しかったが、北はミサキの出身であるオウシュウ、
南はトランジアまで繋がっている。
スクエアやセブンスロッドはトランジアから船で行くしかないが、それでも劇的な改善だ。
「夕方には旧フォージリア領内に着くと思う。そこからは、馬車で向かおう」
グライスが言った。
仮に紛争となっているのであれば騎兵団全体の出動が必要になるだろうが──今回は状況視察だ。
今回は最少人数の三人旅になった。
赤の零式に、闘技場Sランカーが二名。
最悪戦いになったとしても──何とかなるだろう。
──その事態にならないことを祈るが。
窓から見る景色は、のどかな田園風景が広がっている。
急な出張になったが──なんだか少し心が安らぐ。
いつの間にか、俺は眠っていた。
列車に揺られて眠るなんて──元の世界以来だ。
旅の効率化に、睡眠は最適だ。
体感時間の大幅な短縮につながる。
駅に着くと、俺たちは伸びをした。
アルカディアと比べると発展はしていないが、さすがは元王都。
駅の周りはかなり賑わっている。
ここから目的地までは、馬車の旅だ。
駅の中を歩いて行くと、ひときわ目立つ男が立札を持って立っていた。
立札には、〝アルカディア御一行様〟と書かれている。
「おーい!こっちやで!久しぶりやなあユイト!」
ハルカゼだ。
相変わらず、騒がしい男だ。
直接会ったのは、一年前くらいか。
ハルカゼがトランジアで祭りをやると言ったので、そこに遊びに行って以来だ。
「相変わらずだな。元気だったか?」
俺はハルカゼに近づくと、握手をした。
「おう。驚くことに、俺もついに父親になるらしいで」
「……え?相手は、まさか」
「想像通りや。俺もまさかアゲハとくっつくとは思わんかったで。来月、生まれる予定や」
俺の周りで、ベビーラッシュが起きているようだ。
しかし、まさかハルカゼとアゲハとは……。
どちらかと言えば、俺とミサキみたいな関係かと思っていたが。
「サブは?元気?」
タツオが聞いた。
「おう。あいつはもはやトランジア一番の花火職人や。祭事にはあいつの作った花火はかかせないわ」
それを聞くと、タツオは頷いた。
「さすがタツオ一門。師匠がいいと弟子も育つ」
タツオとサブは、オルディアとの戦いが終わった後も連絡を続けていたようだ。
サブは時折アルカディアにやってきて、タツオと花火づくりについて議論していた。
──トランジアも、時代は進んでいるんだな。
俺はしみじみ思った。
「さて、目的地──アウトランドまでの馬車は手配済みだ。ハルカゼさん。よろしくお願いします。アルカディア騎兵団長、グライス=ネイヴァルドです。」
グライスがハルカゼに手を差し出す。
「あんたがグライスか。色々準備おおきに。どんな段取りで進めるんや?」
「まず、目的地周辺の視察および把握──その後は、親玉と対話したいところです。
ユイト、馬車の運転頼める?」
グライスはあっさり言った。
「え?俺やるの?」
「できれば、従者を使いたくない。どこから僕たちの行動が漏れるか分からないからね。
ユイトは馬車の操縦上手って聞いているよ」
そう言ってグライスはにこりと笑った。
いや、やりますよ。やれと言われれば……。
しかし、仮にも国家元首なのに……やることは全然変わっていない。
俺はタツオの方を見る。こいつも操縦できるのを俺は知っている。
どこかで交代してやる。
馬車が進むと、旧フォージリアの状況が良く分かった。
元工業国家の名残で、あちこちに大きな建物──工場の跡地らしきものが見える。
恐らく、蒸気戦車の製造はここで行われていたんだろう。
「今はまったく稼働していないみたいだね」
タツオは呟いた。
俺たちはオルディア崩壊後、まずは中心部の立て直しに奔走していた。
結果、ここフォージリア領は最低限の整備と治安維持に留まり──領地発展は後回しになっていた感は否めない。
結果として、犯罪者が集まる、いわばスラムのような地域になってしまった点は、俺の力不足のせいだろう。
現状を眼前にすると、責任意識にさいなまれる。
俺は、出会った頃のアルヴァルド──元ブレイヴェンの国王の気持ちが少しわかった気がした。
国家運営とは非常に難しく、優先度をつけて対応していく中で、どうしても澱が生まれてしまう。
アルヴァルドはすっかり晴耕雨読の隠居生活をしていると聞いている。
正直、少し羨ましい。
俺もさっさと後任を作って、そうなりたいものだが──まだ何の責任も果たしていない。
式術と科学の融合した平和な世界。
少なくともその礎くらいは作らないと。
──まずはこのアウトランド問題の解決だ。
一時間ほど走っただろうか。
馬車はかつてフォージリアの首都だった街に到着した。
都市の残骸が立ち並ぶが──手入れのされていない、街並み。
ここに、一万人近い人々が暮らしているということか。
「ここから先が、アウトランドと言われている。駅周辺の人々は一切近づかない場所だ」
グライスが言った。
俺は、馬車を降りた。
結局、タツオは街を見ながらぶつぶつ言っていたので、俺が一人で操縦しきった。
──バイト代くらい欲しいものである。
「ここを仕切っているのは、元フォージリアの人間か?」
俺はグライスに聞いた。
「いや──そうではないらしい。別の国から来た男だ。
非常に人望が厚いと聞いている。この国の住民は元罪人や、社会に馴染めない人間たちばかりだ。扱いは難しいはずだが──」
グライスは答える。
そういった、〝難しい人間〟たちから人心を集め、一つの集団をまとめあげた男を一人知っている。
──ラグナ=ローランド。
ブレイヴェンの、反体制組織レムナントのリーダー。
強い信念と、奴隷から成りあがった精神力を持ち、国を変えたいという想いを持った革命家。
──結局、革命ではなく、そのままラグナが王に収まるという展開で着地したが。
ラグナは、確実に〝王の器〟だった。
そのラグナのような人間が、このアウトランドにもいるということか。
俺は、少し気を引き締めた。
「その親玉の居場所は知っとるんか?」
ハルカゼが聞いた。
「まったく分かりません。聞き込み調査するしかないですね」
グライスは肩をすくめた。
「経験上、ここに住んどるような荒っぽい奴らは義理人情に厚いで。
──簡単には口を割らん」
ハルカゼは言った。
確かに。ラグナが作ったレムナントも、仲間を裏切るようなことは絶対にしなかった。
ハルカゼの顔を見ていると、何か算段があるように感じた。
この男も、自らの力でトップまで昇りつめた男だ。
「──何か策があるのか?」
俺は聞いた。
「郷に入らば、郷に従えってやつや。──今から俺たちは流れ着いた犯罪者集団や」
そういって、ハルカゼは地面の土を服や顔にこすりつけた。
「お前らも、汚せや。──グライスは、その鎧捨ててけ」
「え?これを脱いだら下着なんですが……」
「それくらいでちょうどええわ。途中で身ぐるみはがされたことにしたらええ。
──馬車もここでさよならやな。馬車でやってくる犯罪者なんておらんからな。
馬は野生に返せばええやろ」
──ハルカゼがどんどん仕切っていく。
決断、即行動。
相変わらずのリーダーシップ。
ハルカゼは最後に服を適当に破ると、街の中へ進んでいった。
その姿は、犯罪者のようだ。
俺たちもハルカゼにならって擬態すると、後に続いた。
街を歩きながら、俺はブレイヴェンの貧民街を思い出した。
人々の、無気力なうつろな目。
この街でも、同じことが起きているのだろうか。
──しかし。その懸念は、目の前の光景に打ち消された。
街は騒がしかった。
街の中央には店が立ち並び、野菜や果物、肉などを売っている。
まるで──市場だ。
喧騒の中を、人々は笑ったり話したりしながら行き交っている。
市場の片隅で喧嘩が始まったようだが、ギャラリーが囲んで盛り上がっている。
俺の想像とは大きく違った光景だ。
「なんか、アメ横みたいだね」
タツオが小さく呟いた。
あまりに久しぶりに聞いた元の世界の名称に少し追い付かなかったが、
そう。アメ横。そんな感じだ。
「なんや、楽しそうな雰囲気やなあ。嫌いじゃないで」
ハルカゼは目を輝かせた。
「……マルカドールの市場とそう変わりませんね。売っているものや建物の状態は違いますが」
グライスも頷く。
すると、大柄な女性の店主がハルカゼに声をかけた。
「兄ちゃん!いい男だね。新鮮な野菜買っていきなよ」
「いや、買いたいんやけど、手持ちがないんや。おばちゃん、なんか働き口あらへん?」
「あら、あんた、トランジアから流れてきたのかい。仕事探してるってわけね。
じゃあ、あの建物行ってみな」
そう言うと、その店主は通りの奥に見える高い建物を指さした。
「あそこがこの街のギルドだ。金稼いだら、買いに戻っておいでよ」
そういうと、ハルカゼに向かってウインクする。
「おおきに。ほな、行ってみようや」
そう言うと、ハルカゼは歩き出した。
建物に入ると、懐かしい雰囲気を感じた。
辺り一面のクエストボード。
そこに群がる仕事を探す人々。
これまで旅してきた国と大きく変わらない。
いやむしろ──このアウトランドは、すでに国として成立しているようにさえ思える。
「おっ。ちょうどええのがあった。整地や。俺の腕の見せ所やな」
ハルカゼはクエストを取ると、受付に持って行った。
少し心配したが──このアウトランドはクエストランクなどはないようだ。
独自の運用をしているからだろうか。
ハルカゼは偽名で簡易的な登録をし、クエストを受注してきた。
「ここで派手に活躍すれば、勝手に親玉が出てくるやろ」
ハルカゼは笑ってそういった。
なるほど、そういう作戦か。
スクエアの時はアゲハが参謀として活躍していた印象だが──ハルカゼはハルカゼでやはり頭の切れる男だ。
でなければ、裸一貫で一国の宰相になることなどできないだろう。
そういえば、ハルカゼの過去のことはあまり聞いていないな。
今度時間があるときにでも聞いてみよう。
俺はハルカゼの頼もしい背中を見ながらそう思った。




