エピソード・オブ・アウトランド 第三話
「おりゃ!これで一丁上がりや!」
ハルカゼの茶の式術──土の式術は衰えていないようだった。
ギルドから指定された荒地は、あっという間に整地されていく。
全体を仕切っていた監督の男は唖然とした。
「こりゃすげえ。式術ってのは便利なもんだな……」
屈強な肉体に相応しい口髭を触りながら、呟いている。
「ハルカゼ……トランジアでもやってるだろ」
その手さばきの良さを見て、俺は聞いた。
「もちろん。国づくりは土木からや。若手の茶の式者も少しずつ出てきたから、バシバシ鍛えとるで」
ハルカゼは自慢げに答えた。
国家代表兼、土木工事責任者。
なかなか珍しい兼務だが──ハルカゼの場合、現場の方が好きなんだろう。
大方、政治実務はアゲハが担っているんだろうな。
整地が終わると、監督に声をかけられる。
「なあ。あんたら、うちのボスに会っていかないか?頼みたい仕事が山ほどある。
報酬も弾むぜ」
その言葉を聞いて、ハルカゼは俺の方を見る。
──作戦成功や。
ハルカゼの顔がそう言っていた。
俺たちは、監督に連れられて街の中心部に向かった。
さぞかし立派な建物にでもいるのだろうと思っていたが──。
そこは古びた石造りの建物の地下だった。
「うちのボスは変わり者でね。地下が好きなんだ」
監督が言った。
タツオは、その建物を見て『なんだか懐かしい感じがするな』と言っている。
フォージリア領に来たのは初めてのはずだが。
地下に案内されると、そこには男が座っていた。
長髪で、髭も髪のように長い。
元の世界で見た──救世主のような風貌。
しかし、身体は大きく、がっちりしている。
その男を見るなり、タツオが呟いた。
「あ、お前は」
男は、吸っていた煙草を吹き出し、こちらを見た。
「おお。赤の式者の坊主。久しぶりだな」
え?タツオの知り合いか?
俺はタツオの方を見る。
「マルカドールからこんなところに来ていたのか。
──オーレン=ダバス」
タツオが言った。
「よく覚えているな。俺はお前の名前も知らないが──恐ろしい火の球は覚えているぜ。
一体こんなところで何の用だ」
オーレン──とタツオに呼ばれた男が言った。
「まさか、お前がこのアウトランドのボスか?」
タツオが聞いた。
「いかにも。なんだ、また正義を気取った話か?」
「……懲りずに色々やってるねえ。感心するよ」
タツオはため息をついた。
「おい、一体どういう知り合いだよ」
俺はタツオに聞いた。
「……マルカドールで、闇の奴隷貿易をやっていた元締めだよ。ミサキを拉致監禁したやつ。あの時は上手く逃げられたけど、こんなところで会うとはね」
タツオは肩をすくめる。
「それはこっちの台詞だ。せっかく俺が作った国に、一体何をしに来た。
国の使いか?土木に強い式術者が来たと聞いて招いてみたら──火の式術者じゃねえか」
オーレンは煙草をもみ消した。
「土木は俺や。ハルカゼ=ドモン。
茶の式術者兼、一応──トランジアの代表やらしてもろうとる」
ハルカゼが、大胆にも素性を明かした。
オーレンの目が、少し泳ぐ。
──仕方ない。俺も続くか。
「ユイト=カタギリ。アルカディアの代表だ。──このアウトランドの現状把握のために、ここへ来た」
「……アルカディア、トランジアの代表様がわざわざこんなところに来るとはな。予想もしてなかったぜ。どうだ、アウトランドは?居心地いいだろう?」
オーレンは新しい煙草に火をつける。
「アウトランドは勝手に独立宣言をしようとしていると聞いている。
──国の中に国を作るなど、治安と秩序の乱れになる。許すわけにはいかない」
グライスが割って入ってくる。
──なんやかんや正義感強いんだよな、この人。
「あ?なんだお前は。俺は代表の奴らと話がしたい。
なぜアウトランドが生まれたか教えてやるよ。──そこに座れ」
オーレンは、目の前のソファを煙草で指した。
俺たちは、そこに座る。
「じゃあ、聞かせてくれ。なぜアウトランドはできたんだ」
俺はオーレンに聞いた。
「……そりゃ、お前らの国の運営じゃ生きていけないやつらがいるからだよ。
犯罪者や、差別で虐げられたやつ。親に捨てられた子ども。そいつらが集まって楽しく生きていく場所が──ここアウトランドだ」
「……犯罪者の更生施設も、孤児院も増やしている。アルカディアでだって──生きていけるはずだ」
俺がそういうと、オーレンは笑った。
「相変わらず、為政者ってのは表面しか見えてねえな。人にはそれぞれ生きやすい場所ってのがあるんだよ。昔──テオロッドが式術者の国で、オルディアが科学者の国だったように。アウトランドは、〝何も持たないやつ〟の国だ」
オーレンは──真っすぐ俺を見据えて言った。
「だからといって、犯罪に手を染めていい理由にはならない」
再びグライスが言った。
オーレンはグライスを一瞥すると答えた。
「なんだ?兄ちゃんは憲兵か?犯罪なんて──もうほとんど手をつけてねえよ。
そもそも殺傷沙汰は禁止していたが……最近じゃあ盗みも禁止だ。
見つければ、アウトランドのブタ箱にぶち込んでる」
──そうだったのか。では、グライスが聞いた情報は──なんだったのか。
「アルカディア西部では、盗賊団の被害が増えている。お前たちの仕業じゃないのか」
グライスが反論する。
「……そいつらは、最近出てきたトランジアから流れてきた盗賊団だ。俺たちも被害にあっている。少なくとも、アウトランドの仲間じゃねえ」
俺たちは、ハルカゼの方を見た。
「ほんまかいな。まあ、トランジアには荒っぽい奴らも多いけど……基本皆いいやつらやで」
「トランジアの犯罪者扱いはどうなっているんだ?」
「まあ、基本数か月監視して、問題なければ出所やな。世界的にも刑期は軽いで、うちの国は」
何故か自慢げに話す。
……それが問題なんじゃないか?
俺たちはハルカゼをじっと睨んだ。
「なんや、そんな目で見るなや。盗賊団の件は、トランジアで責任持って対処するわ!アウトランドは──冤罪ってことやな。堪忍やで」
「──オーレンさん。申し訳ない。それでは、アウトランドは犯罪に手をつけていないと?」
グライスがオーレンに詫びた。
「……少なくとも、今はな。集まったばかりの頃は喧嘩や盗みなんてしょっちゅうだった。脛に傷あるやつらばかりだからな。だが、人が集まるにつれて、少しずつ整備していった。今は他国に迷惑はかけていないはずだ」
──他国。オーレンは明確にそう言った。
国際上は、ここはアルカディア国内。
しかし、まったく管理が届いていなかったのも、残念ながら事実だ。
「俺たちはここで身を寄せ合って楽しく生きているだけだ。何か問題があるか?」
オーレンの言葉に、返す言葉はなかった。
すると、タツオがぶつぶつ話し始めた。
「あのさあオーレン。今アウトランドって一万人くらいいるんでしょ?」
タツオの言葉にオーレンは頷く。
「一応、住民管理はしているからな。今年の初めで、一万人を超えたはずだ」
「労働力、余ってない?元犯罪者たちなら──体力有り余っているでしょ」
タツオが言った。
「……実はそれが悩みの種だ。手に職あるやつや、話が上手な奴は商売をやっているが──雇用が足りていない。中には盗賊団に移籍したやつもいる」
──せっかく国としてまとまっても、人々は食い扶持を稼がなければ生きていけない。
その稼ぎどころがないとなると──犯罪に走るということか。
「よし。決めた。ユイト──アウトランドの独立を承認しよう」
は?一体何を言い出すんだこの男は。
そんな重要な決定を──この場でできるわけないだろう。
当のオーレンも、驚いた顔をしている。
「……なんだ?いいのか?やけにあっさりだな」
「──ただし、条件付き。アルカディアの科学長官──僕だね。その管理下の元、技術国家として独立してもらいます」
「どういうことだ」
オーレンは理解できない顔をしている。
「ここに来る途中、過去のフォージリアの遺物──工場がたくさんあった。
あそこを再生すれば、現在進めている技術開発の大きな発展に繋がりそうだ。
余っている労働力は、そこで働いてもらう。立ち上げには僕やアルカディアの技術者が参加して、技術指導をする」
タツオが──政治の提案をしている。
その状況もさることながら、両方の利益を優先した提案の鋭さに──俺は驚いた。
「それは……悪くない話だな。お前、名前はなんていうんだ」
「タツオ=ヤマセ。タツオでいいよ。オーレンには、引き続きアウトランドの治安および国家維持に専念してもらう。雇用が生まれ、国も潤う。アルカディアは、技術発展拠点ができる。どう?いい提案でしょ」
タツオは俺の方を見た。
「まあ、いい提案に聞こえるけど……国が割れると言うのはどうなんだろうか」
「そもそも、国なんて人が集まってできる意志でしょ。
それが、アルカディアとアウトランドで少し集まる人が違うだけ。無理やり一つにまとめる必要ないでしょ」
タツオはあっさり言った。
確かに──そうだ。
俺たちは、世界を科学で一つにしようとしたノクスと対立した。
そして、それぞれの国が自立し、尊重し合う世界を目指した。
であれば──アウトランドの存在は、俺たちの理想と同じ方向のように思える。
俺は少し考えたあと、頷いた。
「……正式には、国会承認後になると思うが。その方向で進めようか」
俺の言葉に、オーレンは立ち上がった。
「アルカディアのボスは、話の分かるやつだったんだな。驚いたぜ。
今日は──泊っていけ。宿を用意する」
その夜。俺たちはアウトランド初の〝国賓〟として、丁重なおもてなしを受けることになった。
タツオとオーレンは、酒を飲みながら話をしている。
「あの後、奴隷たちはどうなったんだ」
「全員解放したよ。ほとんどブレイヴェンに帰ったけど……マルカドールで働いてる人もいるみたい」
「そうか。幸せに暮らしているといいがな」
そう言ってオーレンは笑った。
奴隷貿易をしていたと聞いたが──根はいい人間なんだろう。
でなければ一万人の民をまとめることなどできはしない。
「オーレンはあの後どうしてたのさ。二階から飛び降りた後」
「とりあえず貨物船に乗ってポルトオーリオに行って、その後はあてのない旅さ。
用心棒をしたりしながらな。オルディアの崩壊後、国がガタついていると聞いたフォージリア領に来たのが八年前だ」
八年前。オルディア──ノクスとの戦いが終わってすぐだ。
戦後の混乱の中で、オーレンは居場所をなくした民をまとめ、一つの国を作り上げた。
過去の国を引継ぎ運営している俺たちより──それは凄いことなのかもしれない。
宴には、アウトランドの人々が集まって騒いでいる。
ハルカゼは、さすがの明るさを最大限に発揮し、打ち解けている。
こうして一緒に騒いでいると、彼らに後ろ暗い過去があるなんて想像もつかない。
ただ──アルカディアという枠組みに合わなかっただけだ。
それは、無理やり当てはめるものでもない。
自分に合う場所で、自分らしく生きていく。
簡単そうで難しいそれを、ここの人たちはやっているだけだ。
──俺は今、自分らしく生きているかな。
少なくとも、元の世界よりは、自分のいる意味や生きる意味を感じてはいる。
だが、仕事に追われ、家族との時間が取れない日々の中で──昔みたいに笑うことが減ったように感じる。
それに比べて、タツオは相変わらず何も考えていないようで──しっかりと決断ができる大人になっていると感じる。
いかんいかん。
こうやって考えすぎるのも俺の悪い癖だな。
俺は、グラスに入った酒をぐいっと飲んだ。
今日は酔っ払って大いに楽しもう。
アルカディアに帰ったら、休みをとって家族と旅行にでかけるぞ。
国家元首だって、たまにははじけたいし、休みたいのだ。
──それくらいいいだろ?




