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テオロッド戦記 —異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第四章

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エピソード・オブ・サイレス サイレスの恋

結婚式と披露宴は盛大に終わった。

宴会料理はローディンの仕切りだったため、

かなりレベルの高いものになった。

俺たちからすると大分慣れてきてはいるが、

オウシュウからやってきた王族やミサキの親族はその美味さに感涙していた。

そうだろう。俺が旅で揃えた食材を、

ローディンと連携して量産化したものばかりだ。

米、そば、醤油、味噌。

この五年間で、飛躍的に料理の質も幅も上がっている。

もはやテオロッドは世界一の美食国家になっているはずだ。

──もちろん、旧オルディア、現アルカディアにも食材は輸入している。

かつて敵対していたとは言え、交通整備をした結果、

馬車であれば半日で往復できる距離だ。

タツオが今準備している鉄道が完成すれば、

更にその距離は縮まるだろう。


披露宴はテオロッド、オウシュウをはじめ、各国からの来客で大盛り上がりだった。

最後はミサキが飲みすぎて若干目が座っていたのが気になっていたが、

遅れてやってきたアゲハが飲みに付き合うとのことだったので、

大丈夫だろう。

いや、むしろダメかもしれないな。


俺は、アラタをイエナに任せ、サイレスと共に温泉に向かった。

かつて共に作ったこの温泉は、テオロッド国民の憩いの場として爆発的な人気を博していた。

今は、二号館を作る準備をしているようだ。

順調に発展していることが嬉しい。


俺とサイレスは、久しぶりに二人でサウナに入った。


「で、相談とはなんですか?」


披露宴の始まる前──サイレスの言っていた言葉。

気になって仕方ない。

何しろ出会ってから今まで──サイレスの浮いた話など、聞いたことがない。


「うむ。君は、今や子どもまでいる人生の先輩だ。そして、温泉友達でもある。だからこそ、君にしか言えないのだが。うむ。本来誰かに相談すべき話ではないのかもしれない」


……早く言えよ。

サイレスは、まごまごしている!


「……好きな人でもできたんですか?」


俺は我慢しきれず、単刀直入に聞いた。

サイレスは、湯気をじっと見つめながら、頷いた。


「恐らく、そうだ。だが、何から始めていいのか、まったく分からん」


「……相手は?まさか、リーヴァですか?」


「……いや、リーヴァとは適切な距離を保っている。

相変わらず、オルディアでの出来事は──悪い夢だと思っている」


あの戦いの後──ミサキは、幻惑に閉じ込められたリーヴァの復活を試みた。

しかし、戻ってきたのは、存在しない記憶──テオロッドに来て、式術学校の講師として働いていたリーヴァだった。

オルディアのことは、夢の出来事として捉えている。


現実と夢の逆転。


多くの人を殺した贖罪として、本来であれば──簡単に許すべきではないのかもしれない。


しかし、俺はあえてサイレスの監視の元、式術学校で働かせることを望んだ。

夢の世界で、リーヴァの師であり兄代わりはサイレスだった。

面識のなかったサイレスに、親しげに話す様子に最初は驚いたサイレスだったが、ミサキから聞いた情報を元に口裏を合わせてくれた。


「私とて、そのあたりはわきまえているさ。

リーヴァは引き続き注視するが、対象外だ。

相手は──市民なんだ」


「ほう。別にいいじゃないですか。俺だって異世界から来た身で王族と結婚しているし。今や、家柄とかどうでもいいでしょう」


「……そうだな。だが、さすがに私ももうすぐ四十歳だ。

そう簡単にはいかない」


……どうも話がかみ合わない。

よし、文脈判断でカマをかけてみよう。


「もしかして、相手はめちゃくちゃ若い、十代とかですか?」


俺が言うと、サイレスは驚いた顔をしてこちらを見た。


「……なぜ分かる。そう。相手は──十八歳。娘のような年齢だ」



なるほど。

お悩みの原因は──年齢差か。

確かサイレスは今年で三十九歳。

その年齢差──二十一歳。


元の世界ではちょいちょい聞く年齢差だが──こっちの世界では、

ご法度に近いのだろう。


「そもそも、これが恋と呼べるものなのか、それさえ私には分からない。

ただ、彼女を守り続けるという意思は強い。

この感情に──名前をどうつければいいのか」

サイレスは深くうなだれる。


「……恋愛なんてそんなもんじゃないですかね。ちなみに、サイレスさん。

──これまで恋愛経験は?」


「もちろんない。若い頃は、式術の研究にすべてを費やした。呪いを解くためにな。結果──その研究は無駄になったが」


言ってしまえば──サイレスの初恋か。

力になってやりたいが、俺も恋愛経験は豊富ではない。


「あの、サイレスさん。一人だけ──協力を頼みたいやつがいるんですが」


「……イエナは駄目だぞ」


親族としてのメンツとかあるのだろうか。

面倒くさいなあ。


「違います。俺の、人生相談相手です」




翌日。

王宮内の迎賓館にある部屋に行くと、ミサキは目が座っていた。

「あ?何の用だべ。タツオなら昨日からずっと寝てるべ。ったく新婚初夜なのに、ポンコツすぎるべ」


──乾き物を食べながら、酒をあおっている。

いかん、完全に酔っ払いだ。


──やめておくか?

しかし、テオロッドへの滞在期間もそんなに長いわけじゃない。

早いうちに手を打ってあげたい。


「ミサキに頼みたいことがあるんだけど、いいか」


「あ?仕事ならしないべよ。せっかくのバカンスだべ。

要件を言ってみるべ」


「……ある人の恋愛を成功させたい」


俺がそう言うと、ミサキはグラスの飲み物を一気飲みした。


「さあ、連れて行くべ。恋に迷える者の場所へ」


相変わらず、恋愛事には敏感だ。

何かしらのスイッチが入ったようだ。



式術研究所に着くころには、ミサキは酔いが覚めてきたようだ。

──なんやかんや酒が強い。


さすが、オウシュウの血筋。


「ユイト、ここに来たってことは、まさか」

ミサキは、唾をごくりと飲み込む。


「……そうだ。そのまさかだ」


「ぎゃああああ!!あの堅物サイレスが恋してるだべか!!!!

とんでもない事件だべえええ!!」


狂喜乱舞する。

すると、そこにサイレスが現れる。

眼鏡を上げる。


「……堅物で悪かったな。ユイト、相談相手は──このじゃじゃ馬か?」


「はい。じゃじゃ馬ですが──恋愛面は頼れるやつです」

俺は答える。


「誰がじゃじゃ馬だべ!……いいから早く聞かせるべ!」




「まず──約束してほしい。この話は君たち二人にだけ話す。口外は絶対にしないでほしい」


「分かってるべ!口は堅いべ」

ミサキは目を輝かせている。

推薦したものの──疑わしい。


「……俺は大丈夫ですが、もしミサキの口が滑ったらどうなります?」

俺は聞いた。


サイレスは指を組みながら、じっと上目遣いに言った。

「……そうだな。私の全式術を使って、ギリギリまで追い込むだろうな。

命までは取らないと思うが」


目が本気だ。

絶対に言うのをやめておこう。


「私が彼女と出会ったのは、五年前。

まだ、〝王族の呪い〟から解放される前のことだ」


──〝王族の呪い〟。


テオロッド王家の、短命の歴史。

それは呪いとされ、サイレスはそれを解くために研究をしていたわけだが──。


その呪いは建国の祖、アウレオ=テオロッドが自らかけた、

いわば責任意識の呪いだった。


イエナとアウレオの森の対話の中でその呪いは解けたが、

それまで、王族は四十歳前後で寿命を迎えていた。


もし呪いが解けていなければ、サイレスも寿命間近、

と言った年齢になっている。


「私は、レオニス王とアレクシオの呪いが解ければ、それで良かった。

つまり、自分の人生は──すべてそのために捧げていた。

恋をするなど、よもや伴侶を持つなど──思い描いたことさえない」


サイレスは、重い口を開き話し始める。

俺とミサキは黙ってそれを聞く。

ミサキは──目を輝かせている。


「相手は?どんな子だべ?何歳だ?」


「黙って聞け」

俺はミサキの口を手で閉じる。

タツオ、新婦相手にすまん。


「……式術研究所の庭で、花を育てているのを知っているか」

サイレスが、眼鏡を上げながら言った。


花?

何度もここには通っているが──花なんて見たことはない。


「知るわけないだろうな。花の名前は──ラストリア。

一年に一度、数分だけ花を咲かせ、散ってしまう花だ。

その数分以外は蕾のままだ。

──私は、その花に王族の運命を重ねていた。」


五年前。

サイレスはまだ、呪いを解く術を見つけられずにいた。

三十数年の人生をかけて尚見つからない答えに──焦りを感じていたのかもしれない。


「花が咲く時期は、バラバラだ。私も、一度しか見たことがない。

その時横にいたのが──ルナだ」


ミサキが、横で小声で〝名前が出たべ!〟と耳打ちする。

……まだ酒臭い。


まったく、なんて新婦だ。


「そのルナさんは──独身なんだべか?」

ミサキが聞いた。

サイレスは、俺の方をちらっと見た後、言った。


「ああ。当然だ。ルナは──その時十三歳だったからな」


「どええええええ。まさかの……幼女趣味!?」

ミサキが、汚らしいものを見るようにサイレスを見ている。


「か、勘違いするな!その時は、の話だ!

今は、十八歳。れっきとした成人だ」


「ああ。よかったべ。てっきりサイレスが犯罪に走るのかと……。

いや、っていっても二十歳以上離れているべ!

相手からしたら、お父さんだべ」


「……そうだな。当然、恋愛対象ではないだろうな」

サイレスは、俯瞰してそう言った。

心なしか、目に諦観が走ったように感じる。


俺は、ミサキに耳打ちする。

「……おい、断定するな。もう少し可能性を探ろう」


ミサキは少し面倒くさそうにしたが、頷いた。


「まあ、相手のことを知らないと判断できないべ。

仕事は?何をしている子だべ」


「市場で、花屋の下働きをしていた。

……私が出会った時も、王宮へ花を届ける途中だった」


「どこで会ったんだべ」


「そこだ」

サイレスは、研究所の窓の外──庭にあるテーブルとロッキングチェアを指した。

「私は、いつ咲くとも分からないラストリアの蕾を眺めながら、お茶を飲んでいた。──思索にふける時は、いつもそうしている」


「きもいべ」

ミサキがぼそっと言った。

……人選を失敗したかもしれない。

サイレスの自信を破壊しに来たのか、この女は。


「そ、そのラストリアを一緒に見たんですよね?!」

必死にフォローする俺。なんていいやつなんだ、俺は。


「唐突に、話しかけられた。お世辞にも身なりはきれいとは言い難かったが──無垢な少女が、花を胸いっぱいに抱えていた。

〝何を見ているんですか?〟

彼女の第一声はそれだった」

サイレスは──当時を思い返すように言った。


「私は、ラストリアについて教えた。

花屋の彼女も──知らなかった。目を輝かせながら、彼女は花を見てみたい、と言った。

王宮の花を届け終えると、ここへ戻り──私の向かいの椅子に座った。

私はその突然の来客に、お茶を出した。

早く帰った方がいい、親が心配するぞと言いながら。

彼女は答えた。親はいない。戻ったら、叔父に仕事をしろと怒られるだけだと。

幼い彼女にも、事情があるのだろう。

私は、彼女の束の間の休憩に付き合うことにした。

それから、二人でいつ咲くとも分からない花を見ていた。

ちょうど、その日──その瞬間に、花が咲いた」


その光景を脳裏に浮かべるように、サイレスは目を細めた。


「私はその花の美しさに、年甲斐もなく泣いた。

ルナも、泣いていた。

本当に美しいものを前にすると、人は言葉より先に涙が出るんだということを知った。彼女に、ラストリアの花言葉を聞かれたが——私は知らなかった。彼女は調べておきますね、と言った」


サイレスは語り始める。

ミサキが「きも…」と言いかけたところで俺は再び口を塞いだ。


「その後……ルナさんとはどうなったんですか?」

俺は話を円滑に回すために尽力した。


「それから彼女は、たまに配達の行き帰りにここに寄るようになった。

私たちはたわいもない会話をして、お茶を飲んだ。

──もし自分に娘がいたら、こんな感じなのだろうかと想像しながら、

いつからか私はルナが来るのが楽しみになっていた」


俺たちの知らないところで、ロマンスの種は芽吹いていたのか。

しかし、今のところ恋愛の要素は感じられない。


「……今のところ、少女との微笑ましいひと時だけなんですが、

何か、きっかけとかあったんですかね?」

俺は聞いた。


「きっかけ……そうだな。あの日、オルディアが侵攻してきた、あの日かもしれない」

サイレスの話を聞いて、俺はミサキと目を合わせた。

リーヴァがフォージリアの軍隊を引き連れてやってきた、あの日。

俺とミサキは最初二人で応戦し、大苦戦していたが──アレクシオの帰還によって、なんとか撃退することができた。


そうだ。あの日は──市街に相当の被害が出ていたはずだ。


「君たちにはレオニスの護衛を依頼されていたが──すまない。

私は、君たちが出た後すぐ、街にルナの無事を確認しに向かった」


「……無事、だったんですよね?」

俺が言うと、サイレスは複雑な表情をした。


「もちろん、ルナは無事だった。

軽いやけどを負っていたくらいだ。

──だが、花屋は全壊していた。

それに、彼女の面倒を見ていた親族も──死んでいた。

ルナは十三歳で、天涯孤独の身になった」


──やはり、戦争の爪痕は身近なところにも残っていたのか。

サイレスが回復式術を使う間もないほど、即死だったのだろう。


「ルナは、呆然としながら花屋の前に立ち尽くしていた。

私は彼女を抱え、戦車の合間を避けて王宮へ連れ帰った。

それから彼女は──心を失った」


話が、重い方向へ流れていく。

とてもロマンスの気配が感じられない。


「やがて、彼女のやけどは回復したが、目の前で多くの死を見てしまった彼女の心は、戻らなかった。──話しかけても、返事がない。

目は、うつろなままだ。

あれから、もう五年。彼女の心は──閉ざしたままだ」

サイレスは、そこまでを一息に話した。


「え……?ということは、今も?」

俺が聞くと、サイレスは頷いた。


「もしよかったら、直接会ってくれないか」

サイレスは、そう言うと立ち上がった。


俺とミサキも、合わせて立ち上がる。

ミサキが、肘で俺を小突く。

「ユイト……なんか思っていたのと違うべよ」


「同感だ。……とりあえず付いていこう」


サイレスは式術研究所を出ると、王宮に向かった。

見慣れた門をくぐり、迎賓館の近くにある建物に入っていく。

侍女に挨拶をすると、サイレスは部屋に入っていった。


「ルナ。入るぞ」


軽くノックをし扉を開けると、ベッドに一人の少女が座っていた。

窓から、風がカーテンを揺らしている。

少女──と言ってももう大人の女性だ。

ルナは、灰色の長い髪をしている。

──無式者だろう。


こちらに気づき、顔を見上げるが、その顔に生気が感じられない。


「ルナ。この人たちは──私のともだちだ。ユイトに、ミサキ。

聞こえるか?」

サイレスは、まるで少女に話しかけるように言った。


「とも…だち…」


目はどこを見ているとも分からない。

ただ、確かに答えた。


意思疎通は、わずかながらできるようだ。


「そうだ!ともだちだ!……私のことは分かるか?」


「……」


話は、そこで終わった。

──どうやら、意思疎通ができたように見えたのは、たまたまだったのだろう。

サイレスの喜びと、その後の落胆を見れば読み取れる。


「……とまあ、こんな状況が五年続いている。だが、私はこの子の人生を支えていかなければいけないと考えている。

──この感情をなんと呼べばいいのだろうな」


同情。


責任感。


父性。


ヒロイズム。


色んな名前を付けて、恋愛を否定することは簡単に感じる。

──だが。


五年間、返事のない少女の面倒を見て、

たった一つの反応に一喜一憂する。


それは、恋と呼ぶ方が近いようにも感じる。


「サイレス。多分この子──精神世界に閉じこもっているべ」

ミサキが言った。


精神世界への出入りを可能にしたミサキは、状態を見てそう判断したようだ。


「恐らくそうだろうな。だが──それは彼女の意志かもしれない。

無理やり目覚めさせるのは──違う気がする」


多くの情報を持つリーヴァを目覚めさせたのは、

ミサキの式術だった。


しかし──戻った時、リーヴァの〝空想〟と〝現実〟は逆転していた。

結果、オルディアの情報を得ることは叶わなかった。

今のリーヴァにとってそれは忘れたい悪夢になっていたからだ。


同じように、ミサキの式術を使えばルナの心を覗き、

こちらの世界に引き戻すこともあるいは可能なのかもしれない。


だが──もし彼女が閉じこもることを望んでいるのだとすれば。


「呼び戻すことはしない。ただ、彼女の心を読むだけなら、

問題はないべ。──見てもいいべか?」

ミサキはサイレスに聞いた。


「……私が決めることではない。君ならルナに聞けるんじゃないか?」

サイレスが言うと、ミサキは頷いた。


ミサキは、ベッドのルナに近づくと、ゆっくりと目を合わせた。


「ルナさん。大事なところは覗かないと約束するべ。

ほんの少し──今、どこにいるかだけ、見せてほしいべ」


そしてそのまま──ミサキとルナの周りを紫の霧が包んだ。


俺とサイレスは、黙ってそれを見守る。

時間にして、数分。


ミサキは、〝こちら〟の世界に帰ってきた。


「びっくりした。見たこともない花だべ」


戻ってきたミサキは、開口一番そう言った。





「その花は──恐らく、〝ラストリア〟だな」


ミサキから伝えられた特徴を聞いて、サイレスが答えた。


「あれが、〝ラストリア〟だべか。ルナは、その花が一面に咲いた花畑の真ん中で、椅子に座ってお茶を飲んでいたべ。まるで──誰かを待っているかのように」

ミサキが言った。


精神世界での出来事だ。

それが何を意味するかは、こちらで想像するしかない。


「──それがサイレスさんを待っているというのは、こちらに都合よく考えすぎかな」

俺が言った。


「いずれにしても、一面のラストリアなど──起こりえない。

咲く時期も時間も、バラバラの花だ。それも一瞬だけだ。

……一体、ルナは何を待っているのだろうか」

サイレスは呟いた。


「なあ、彼女は歩くことはできるんだべ?」

ミサキが言った。


「……手を引いてやればな。どこへいくつもりだ?」


「そりゃ、〝ラストリア〟のある場所だべ」

ミサキが答えた。



ミサキがルナの手を引いて、俺たちは式術研究所に戻った。


──かつて、サイレスがルナとともにその花を見た場所。

ロッキングチェアに、ルナを座らせる。


その様子を見て、サイレスはため息をつく。

「……どうするつもりだ?いつ咲くとも分からない花を、ここで永遠に待ち続けるのか?」


サイレスの言葉を聞いて、ミサキは指を横に振った。


「それでも式術研究所の所長だべか?

──式術を組み合わせれば、なんでもできるはずだべ?」

ミサキはそう言うと、エーテルリンクを始めた。

何故か、俺たちも繋げている。

グループチャット開始かよ。


『あ、イエナだべか?今から式術研究所に来てほしいべ。

うん。ああ、アラタも連れてきていいべ。ちょっと力を貸してほしいべ』


一方的に話した後、〝通信〟は終わった。

サイレスは、ミサキを睨みつけている。


「なんだべ。別にイエナには詳細を言わなきゃいいだけの話だべ。

相変わらず頭固いべな」

ミサキは言い放つ。


ほどなくして、アラタを抱っこしたイエナがやってきた。

俺を見て、なんだか不機嫌そうにしている。


「なに自分だけ遊んでるのよ。ずるいわよ」

イエナはそう言うと、アラタを俺に渡した。


──母になってからというもの、俺に対する当たりがきつい気がする。

しかし、頭が上がらない。


「で、ミサキ。なに?なんか楽しそうなことやるの?」

腕まくりをしながら目を輝かせている。


一緒に冒険をしていた時にもあまり見せたことのない顔だ。

育児ストレスが溜まっているのだろうか……。


俺は腕の中で泣き叫ぶアラタをあやしながら、

もう少し家のことをやらなければと思った。


「この花と、会話したいべ。イエナの緑の力なら、

植物と〝つながる〟こともできるべ?

その〝つながった〟状態で、私がイエナの中にいる花にお願いしてみるべ」


……おお。すさまじい応用式術。

思いつきもしなかった。

相変わらず機転がきくなぁと感心する。

かくして、女性陣の連携式術が発動する。


イエナの緑の式術が発動し、ラストリアとイエナが緑の波動で繋がっていく。

今度は、ミサキの紫の霧が、ミサキとイエナを繋ぐ。

さすが、世界を救った二人だ。

これを研究していけば、式術の可能性は更に広がるんじゃないかと期待を持たせる。


——いや、程々にしておこう。

何がきっかけで本家の黒の式術が発動するか、まだ分かっていない。引き続きタツオが数式——ノクスの残したものを分析しているが、まだ明確な答えは出ていない。


程なくすると、イエナとミサキが笑顔でハイタッチをした。

そして——それまで蕾だったラストリアの花が、一瞬にして満開になった。


白い、その蕾からは想像もつかない大きな花。

元の世界でも見たことがないような大輪が、そこに咲いていた。


「わぁ……きれい……」

イエナが、それに見惚れて呟く。

アラタも泣き止んで見入っている。

赤子も黙る美しさ、というところか。


ルナが立ち上がったのは、そのすぐ後だった。

「ラストリア……ここは……サイレス……さん?」


——意識を取り戻した?


「ルナ!分かるのか……!?」

サイレスがルナの肩を掴む。


「痛い……です……」


「あ、ああ!すまない」

サイレスは慌てて手を離す。


「私は……あれ……大人になってる……?」

ルナは自分の体を見ながら、不思議そうな顔をしている。


五年間。

夢の世界で生きていた彼女は、自分の体の成長が理解できないようだった。


「君は……五年間、夢の世界にいたんだ。

おかえり、ルナ」

サイレスは感情を隠すこともなく泣いている。

——しかし、それを茶化すものは誰もいなかった。



「何で泣いているんですか……?

私、ずっとサイレスさんを待っていたんです。

分かったんですよ、ラストリアの花言葉」

ルナは、まだ事態を飲み込めないまま言った。


「え……?私を待っていた……?」


「はい。信じられないくらいいっぱい咲いたラストリアの花畑の真ん中で、ずぅーっと。

叔父さんが、調べてきてくれたの。

それを教えてくれたすぐ後に……砲撃で撃たれてしまったけれど」


ルナは、俯いた。

彼女は——叔父の死を認識していたのか。

精神世界に閉じ籠ったのは、それが原因じゃなかったのか?


「私は、その花言葉をサイレスさんに伝えなきゃ、と決心して、その場を逃げようとしたの。だけど……身体が動かなくなって。そしたら、あのお花畑にいた」


彼女が精神世界に逃げ込んでまで守ろうとしたのは……サイレスとの約束だったのか。


「……そうか。教えてくれるか?ラストリアの、花言葉を」

サイレスはゆっくりと頷き、言った。


「〝共に今を生きる〟。素敵な花言葉でしょ?

一瞬しか咲かないのは終わりじゃなくて——今を大切にして、未来を描くってことなんだって。王族の人たちは短命だって叔父さんは言ってたけど……サイレスさんには、たくさん生きて、色んなこと教えてほしかったから。どうしても、伝えたかったんだ」


辿々しい、まだ子供のような話し方。

だが、それゆえに真っ直ぐに伝わる想い。


それを聞いて、サイレスは泣き崩れた。


俺は、イエナとミサキに目配せした。

二人も察したようだ。


これ以上は、俺たちは邪魔だ。

あとは二人で、五年間の空白を埋めればいい。


空気を読んだのか、アラタも指をしゃぶって黙っている。


俺たちは、そっとその場を離れた。


恋と呼ぶべきかは分からないが、二人の間にあるものは、確かな親愛だ。



「つまり、また僕は仲間はずれにされたわけだ」

タツオは、不満そうに呟いた。


「いや、寝ているお前が悪いだろ。ミサキも荒れてたぞ」

俺は反論する。


「なんか最近荒れてるんだよね。めちゃくちゃ食べるし。

と思えば、吐き気がするとか言って寝込んだりするし」


……ん?その症状は。


「……おい、お前。ミサキに酒を飲ませない方がいいんじゃないか?」

俺は、あえて言葉を選ぶ。

気づけ、鈍感男。


「え?なんで?飲んだ方がストレス解消になるんじゃないの?」

タツオは不思議そうな顔をする。

俺はため息をつく。


「……とりあえず、アルカディアに行く前に一緒に病院に行ってこい。

それですべて分かる」


俺はそう言うとタツオの部屋を出た。

ミサキは、自覚症状ないんだろうか。

全く、二人して天然な夫婦だ。


その翌日。


ミサキの妊娠が発覚し、周囲は大騒ぎとなった。


サイレスとルナは——少しずつ、仲を深めているようだ。

焦らなくていい。

何しろ相手の精神は十三歳で止まったままだ。


サイレスも、五年も待った。

これから、ゆっくり愛を育めばいい。


俺は、仕事を終え家に着くと、

玄関に出迎えに来てくれたアラタを抱き上げた。

イエナは、料理でもしているのだろうか。

いい匂いがする。


「お前も素敵な相手が見つかるといいな」


アラタは話を聞きながら、きゃっきゃっと喜んでいる。

——何もわかるわけないか。


「私みたいな相手、ってこと?」


イエナ。——聞こえてたのか。

部屋から、顔を覗かせている。


俺の表情を見て、悪戯っぽく笑う。


その笑顔を見て、改めて俺は幸せだと気づく。


この世界に来て——そしてこの世界に残って、本当に良かった。


あとはこの平和な物語を続けていけばいい。


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