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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第四章

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第六十八話 ノクス=ルミナスと、黒の式と。

研究所の中は、思ったより広かった。

不気味な静かさが広がっている。

中央に、階段が上下に続いている。

階下からは——魔獣の呻き声が聞こえる。

恐らく、魔獣の研究所があるのだろう。


ノクスの場所は——多分上だ。

俺は、階段を駆け上がった。


薄暗い部屋の奥に、一人。

座っている男がいた。


男は、ゆっくりとこちらを向く。

灰色の髪、こけた頬。

あの時、アークネイヴァーで出会った男。


——ノクス・ルミナスだ。


「久しぶりだな。テオロッドの特使たちよ」


ノクスは、低い声でそう言った。


「……やっと会えたな。話し合いに応じると聞いていたが、随分手荒い歓迎だったな」


俺はノクスにゆっくりと近づきながらそう言った。


「……話すことなどないだろう?

テオロッドは、式術を。オルディアは、科学を。

それぞれ信じるものが違う国が、相容れるわけがない。

そちらも、戦うつもりで来たんじゃないのか?」


「いや——。俺は、話し合いに来た。ノクス=ルミナス。

お前が何をしたいのかを確かめに」


俺がそう言うと、ノクスは笑った。


「何を今更。オルディアの目的は、科学で世界を救うことだ。——式術が世界を滅ぼす前にな。

お前らも、知っているだろう?

式術の暴走が、これまで世界を何度も壊してきたことを」


「……黒の式か。だが、テオロッド建国以来、世界は平和に続いてきた。それを壊そうとしているのは——オルディアじゃないか」


ノクスは、ため息をつく。


「お前らは——科学の素晴らしさを知らないからそんなことが言える。蒸気機関の発明で、どれだけこの国が豊かになった?機械が、誰かの代わりに働く。産業の進歩は目覚ましい。

式術が、何を与えた?

——差別と、世界の危機だけだ。

であれば、私が式術のない世界を作ればいい。

世界を救うのを邪魔しているのは——お前ら式術至上主義者だ」


「違う…!俺たちは、式術だけを守りたいわけじゃない。

科学と式術が共存する世界だって、あってもいいんじゃないのか」


「……青臭い理想論だな。それが実現できないことは、テオロッドで痛いほど学んだよ。

無抵抗な人間に式術で火をぶつけるような奴らは……人間じゃない」


俺は、テオロッドで聞いたザックスの話を思い出す。

聞くに耐えない——いじめ。

ノクスが歪んでしまった、地獄の原風景。


「それでも……リーヴァやエルデネ。お前は式術者を使っているじゃないか。

——本当は、知っているんじゃないのか?

式術の価値を」


俺が言うと、ノクスの表情が変わる。

「分かってないなぁ……。あの二人も、理想を叶えるための駒にすぎないんだよ。かなり働いてはくれたがな。

もう、あいつらの仕事は終わりだ」


「……どういうことだ?」


「私は、式術を完全に理解した。

エルデネが霊峰ライゼルから持ってきた——黒の式のおかげでな。

式術とはつまり——数式の先にある。

言っている意味が分かるか?」


「……僕と全く同じ見解だね。

ユイト、もしかするとノクスは——」


タツオが言った直後、ノクスの背中から——

どす黒い空間が生み出された。


まるで——ブラックホールだ。


「おめでとう。君たちは被験者一号だ。

この空間は——私が作った黒の式だ。

これで——世界から式術は消える」


……!

ノクスは——黒の式を完成させていたのか。


俺は、とっさに白の式を発動する。


「ユイト、やばい。赤の式が——出ない」


黒の空間は、瞬く間に大きくなっていく。


「黒の式は、式力を無効化する。

式術者のお前らは——この空間にぶつかれば、すべての式力を奪われる。

そして、私は改良を加えた。

式力とともに、生命力も一緒に奪うようにな。

この空間は力を吸って肥大化する。

——やがて、世界中の式者はいなくなるだろう。

これこそ、本物の黒の式だ」

ノクスは、高笑いをした。


——黒の式を、さらに改変する。

それができるのは——やはりこの男は天才ということか。


「……タツオ、得意の数学で書き換えられたりしないか?」

俺は、タツオに聞いた。


「無理だね。発生源がどこにあるか特定できていない」


「……だよな」


俺は、そう言うと覚悟を決めた。

ブラックホールの真ん前に——立ちはだかる。


白の式であれば——黒の式を無効化できるかもしれない。


「ほう……。それは白の式か。だが、無駄だぞ。

所詮、はじまりの式。終わりの式である黒に——染まって終わるだけだ」


俺の体が、黒の空間に包まれていく。

——体から、力が奪われていく。


くそっ……ダメかっ……!


「ユイト!」


その横に——イエナが飛び込んでくる。


「イエナ!なんで来た!」


俺が叫ぶと、イエナは俺を睨んだ。


「……二回も約束破るつもり?許さないわよ。

それに——私の中には〝アウレオの森〟がある」


イエナを空間が包んだ瞬間——黒い空間は更に拡大する。

瞬く間に、部屋全体に広がっていく。


「ふはは!すごい生命力だ!さすが、テオロッドの王族。

全部いただくぞ!」


ノクスは、広がる空間を見まわし、声を上げた。


『皆、聞こえる?逃げて。できるだけ、遠くまで。

私がノクスを、黒の式を食い止める』


頭の中に——声が響く。

横にいる、イエナの声。


——エーテルリンク。


「イエナ……!どういうつもりだ!」

俺は叫ぶ。


「……黒の式がどれだけの力がわからないけど……

受け止められるのは私しかいない。

ユイトも、タツオも逃げて」


「何いってるんだ!行けるわけないだろ!」


タツオは、少しずつ、確実に衰弱していく。

その場に立っていられなくなる。

「……タツオ!」

生命力を——奪われている。


「……元々、この戦いはテオロッドの戦い。

ユイトも、タツオも、みんなも。巻き込まれただけ。

だから、決着は私がつけなきゃいけない。

ねぇ、ユイト。お願い。——逃げて」


「違う!この戦いは……俺が選んだ戦いだ!

イエナだけに背負わせるわけにはいかない!」


くそっ……!

俺は何も……できないのか。


イエナは——少しずつ息が荒くなっていく。

タツオは、そこに倒れ込む。


頭を使え。何か——何かないか。

俺は、黒い空間の中を押し進み、ノクスに近づいていく。

——黒の式に、体が押し返される。


「ノクス!!式を止めろ!

——殺戮の先に、平和なんて生まれない!

リーヴァも……死ぬんだぞ!」


俺は叫ぶ。


「式術者は人ではない。——つまり、これは殺戮でもなんでもない。リーヴァも喜んで死ぬだろう」


——ダメだ。話ができる相手じゃなかった。


完全に、俺の判断ミスだ。


そのせいで——世界が滅びてしまう。


俺は自らの失敗を受け入れ——諦めそうになっていた。

その時。


『ユイト!イエナの通信、どういうことだべ!』


——ミサキ。

無事、リーヴァに勝ったのか。

さすがだ。

でも、ごめん。


肝心なところで——俺はやらかしてしまったみたいだ。


『返事しろ!ユイト!諦めるつもりか!

イエナを、私のタツオを守れ!

それが、リーダーの仕事だべ!』


リーダー。

懐かしい。

くだらないことで、タツオとミサキが喧嘩したこともあったな。


そして——ミサキはいつでも諦めなかった。

何度それに救われたことか。


俺は、頭の中で返事する。


『状況は最悪だ。ノクスは黒の式を発動した。

じきに、そっちにも届いてしまうかもしれない。

今は——イエナがそれを一人で吸収している』


『やばいべな。——今、皆合流している。

全員、勝ったべ。あとはノクスだけだべ。

ユイトに——皆の力を送るべ!』


力を——送る?どういうことだ?


『〝大いなる意志〟……ユイトの世界では、アカシックレコードに、書いてあったべ!白の式者は……全ての力を〝借りられる〟って!私が媒介する!』


直後——俺の頭の中に、六色の色が目まぐるしく入り込んできた。


赤——エルデネ。

正体不明の女。いまだによく分からないが——

アレクシオたちの力になってくれたみたいだ。


青——シャイン。

最強の〝不殺〟の闘士。

カールを倒したのはやはり……アブソリュート・ゼロか。

名付け親として誇らしい。

——ていうか、なんでプロポーズしてんだよ。


黄——アレクシオ。

生意気なクソガキは、いつしか頼れる男になっていたな。

俺に弟がいたら——お前みたいなやつがよかったよ。


茶——ハルカゼ。

よかった。無事に帰って来れたんだな。

その豪快さと、生き方が大好きだ。

俺の——兄貴みたいだ。


紫——ミサキ。

いつでも俺を助けてくれる、頼れる相棒。

いつからか、本当の家族みたいな存在になったな。

最後も、諦めるところだった。

お前みたいに諦めない強さを——俺も持つよ。


緑——イエナ。

この異世界で旅を続けてこられたのも、

君がいてくれたからだ。

はじめは——淡い恋心だった。

でも、旅をする中で、君の強さと弱さ、両方を知ることができた。

君の横でカッコいい男でありたい。

そう思っていたら、こんなところまで来てしまった。


でも、最後に君が約束を破るのは、

——俺だって許さない。

最後まで、皆で戦い——平和を勝ち取る。

そうだろう?


ミサキの力で、俺は全員と意識が繋がるのが分かった。


ああ——ちゃんと言う前に、イエナには気持ちが全部ばれちゃったな。

まぁ、いいか。


今は——ノクスを倒すだけだ。


俺の頭の中で、複数の色が混ざり合う。

それらは色を変えながら、最後は黒になる。


体の中に、全ての色が揃ったことが分かった。


俺は、アルマの言葉を思い出し、試してみる。


今いる場所が、白。

行きたい場所が、黒。


俺の体は、瞬時にノクスの横に辿り着いた。


「……!なんだ、何をした!?」

ノクスが動揺する。


俺は、それには答えず、ノクスの目を見つめる。

紫の幻惑——ノエシス。


俺とノクスは、精神世界に入り込む。

ノクスは、急激な変化に動揺する。


「……なぜ式術が使える!?どういうことだ!」


俺は、ノクスに見せることにした。

俺が知る——科学の向かう先を。


戦争で使われた科学の力を、俺は見たわけではない。

しかし、知っている。

教科書で、テレビで、映画で。


俺がいた時代より未来のことは分からない。

ただ、行きすぎた科学が作り上げるものを、ノクスの精神に見せるべきだ。


俺は、ノクスと共にその世界を見つめた。


空を飛び、爆弾を投下する飛行機。

そして、街を一つ消し去ったキノコ雲。


戦禍に響く、阿鼻叫喚。

子どもの泣き声、そして、消えていく命の灯。


「……ノクス。お前は、そこに座って、理想を語っていただけだ。目の前で、人の死を見たか?

犠牲の先に作られた平和は——本当の平和か?」


「……なんだこれは。私は……何を見ている」


「俺のいた世界——科学の世界だ。

行きすぎた科学は、世界を滅ぼす。

これが、その証拠だ」


「こんなものは、幻だ。

——私は、ただ世界を救いたかっただけだ」


「幻じゃない。かつてこの国で本当にあった出来事だ。

そして——世界のため、未来のためという大義名分が、多くの人を殺してきた。

お前は——考えるのを放棄したんだ」


「なんだと……?」


「今を生きる人たち……式術者も、そうでない人も。

全ての人が平和に暮らせる世界を考えたことがあるか?

……ないだろうな。

俺は、それを作りたい。

そのための話をお前としたかった」


「……綺麗事だな。思想が違う限り——世界を一つになどできない」


「いいさ。一つにならなくても」


「なんだと?」


「——元々、テオロッドはそうしてきた。それぞれの国を尊重し、自治を助け、共に発展する。

そういう形だからこそ——ここまで続いた」


「……そこまで言うなら、お前がやってみるがいい。

どうせ、私には——時間がないんだろう?」


ノクスは——覚悟を決めているようだった。


「ああ。今から——お前を飲み込む。

黒の式を消すには、それしかないみたいだ。

アカシックレコードにアクセスして、それがわかった。

——だから、ノクス。さよならだ」


「ふん。最後は呆気ないもんだな。

——もう少し若い頃にお前とあっていたら……違う未来もあったかもしれないな」


ノクスは——憑き物が落ちたような顔をしていた。


もしかすると——誰かに止めてもらったのかもしれない。


俺は、全色の式を開放する。

黒い空間と、六色の色が混ざり合っていく。


ノクスは——何も言わずにその渦に飲み込まれていく。


俺は最後に——皆で作り上げた黒の式を開放した。


黒と黒がぶつかり合い——空間は消失した。


後ろで、ドサっという音がする。

——イエナが倒れ込んでいる。


俺は、瞬間移動でそこに向かう。


「イエナ!おい!イエナ!」


呼吸が浅い。——遅すぎたか?

〝アウレオの森〟の力を、相当奪われている。

俺は、イエナを抱き抱え、ヒーリングをかける。


すると、イエナはゆっくり目を開けた。


「大丈夫。聞こえてるよ。

……終わったね、ユイト」


「イエナ……!よかった!」


「聞こえすぎちゃったかもしれないけどね。

でも、よかった」


イエナの言葉の意味が分かるのに、数秒かかった。

気づいて——顔が赤くなる。


「あ……なんか、伝えるのが遅くなっちゃったけど」

俺は、膝にイエナを置いたまま、咳払いをした。


「好きです。イエナのことが。

最初に会った時から。でも——今の方がもっと」


俺がそういうと、イエナは少し微笑んで目を閉じた。

返事は——聞かなくても分かっていた。


さっき、意識が繋がった時に、全部分かった。


俺は、自分の顔をゆっくりイエナに近づける。


「おーい、僕のこと忘れてない?」

とぼけた声が聞こえる。


——タツオだ。


「あ、完全に忘れてた」

俺はつい本音が出る。


「……そこは嘘ついてよ。まあいいや。

せっかくなんだけど、そのシーンはまた後でにしてくれる?

片付けなきゃいけないこと、いっぱいあるでしょ」


「……何かお前、怒ってないか?」

俺はタツオに言った。


「そりゃそうでしょ。最後、僕の活躍する場面ゼロだよ。

普通、ここで僕の火力でピンチを救う、とかじゃないの?」


……確かにここまでのパターンではそうだった。

タツオに多くの覚悟と、重荷を背負わせてきた。


「……最後くらい、いいだろ?俺にも——背負わせてくれ」


俺がそう言うと、タツオは小さくため息をついた。

「ユイトだけは、きれいなままでいてほしかったのにな」


タツオの言葉で、俺は改めて自分のしたことの重さを実感する。


ノクスを消し去ったのは、紛れもなく俺の意志だ。


そして、自らそれを実行した。


いくら相手が敵だと言え——人を殺した事実に変わりはない。


「これで、俺とお前はもうこの世界から逃げられないな。

——さて、皆のところに戻ろう」


俺はそう言うと、イエナを抱き抱えた。

キャッ、と小さい悲鳴が上がり——タツオが冷やかしの笑いを入れた。





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