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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第四章

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エピソード・オブ・ミサキ 紫の頂点

リーヴァの入った部屋には——既に先客がいた。

その姿を見つけると、ミサキは思わず叫んだ。


「アゲハ!——ハルカゼ、サブも……!」

部屋の隅で、目の焦点の定まらない三人が、座り込んでいる。

トランジアの三人。

ユイトから、彼らが捕まっていることは聞いていた。

だが、見る限り——かなり精神を干渉されている。


「あなたも、もうすぐこうなるわよ。

——それでも私と戦う?

諦めて、オルディアについた方が身のためよ」


リーヴァは、腕を組みながらそう言った。


「……バカ言うんじゃないべ。あんたぶっ倒して、こいつら皆助ける」


ミサキは言った。

皆——生きている。

であれば、リーヴァを倒せば。

元に戻せるはずだ。

また、皆で語り、騒ぎ合いたい。


それは——ユイトとの約束でもある。


「身の程知らずね。あなたは、せいぜい零式になったばかりでしょう?零式の中でも大きな差があるのよ。〝大いなる意志〟にも繋がったことないでしょう?」

リーヴァは、笑って言った。


「……なんの話か分からないけど、今の私は前とは格が違うべ。何しろ……恋が叶ったからな!」

ミサキは言い切った。

タツオとは……じっくり話してはいない。

でも、気持ちが通じた。

伝わっていた。

それだけで——どこまでも強くなれる気がする。


「子どもね。恋なんて……叶ってしまえば、価値が下がるのよ」


「まるで恋をしているかのように言うべな。

……相手は大方ノクスだべか?」

ミサキが鼻を鳴らすと、リーヴァは形相を変えた。


「お前のような小娘が、ノクス様を呼び捨てにするなぁぁ!!」


直後——濃度の濃い紫の霧が、部屋を覆い尽くす。


——いきなり来たべな。


ノエシス——精神干渉の術。

ミサキも、〝夢幻の館〟での試練を経て会得している。


ミサキは、式力を全開放する。


二つの紫が互いに干渉し合い——ミサキとリーヴァは精神世界に入った。


現世界とは異なる、異空間。

そこに、二人は立っていた。


——そしてそこに、ユラが座っていた。


「ユラ様!なんでここに!」

ミサキは叫んだ。


「……呼んだのはお前らじゃろう。

ミサキ、リーヴァ。わしの力を超える存在が、

直系じゃないお前たちだったというのも因果なもんじゃの」

ユラは、椅子に腰掛けながら話をした。


「ちっ……。何しに来たのよ。ババア。

あんたの時代は終わりよ」

リーヴァは毒付いた。


「どうやらそのようじゃ。お主らの方が、式力は上じゃな。

特にミサキ、お主、諦めない純度を昇華させたな。

——さて、どっちが勝つかの。わしはここで見届けさせてもらうわ」


ユラの言葉に、ミサキは指を突き立てる。

「任せるべ!こんなイカれ女、ぶっ潰してやるべ!」


「……誰がイカレ女よ。言葉使いの教育が必要なようね」


「かかってくるべ」

リーヴァの言葉に、ミサキも言い返す。

二人は睨み合う。


「……二人とも、まだまだ子どもじゃの。

勝負の仕方は——分かるかの」

ユラの問いに、ミサキは答える。


「大丈夫。はじめてだけど……意識が流れてくるべ。

〝夢幻〟の世界での勝負は——精神が強い方が勝つ」


「今はじめて〝大いなる意志〟に接続したような小娘に、私が負けるわけないわ。

世界を救うのは——ノクス様よ」


世界を——救う?

ミサキは一瞬、リーヴァの言葉に違和感を覚える。

だが、それを確かめる間もなく、別の世界へ意識が飛ばされる。


紫の——小さな少女が泣いている。

周りには、灰色の髪——無式の少年少女たちが、少女を囲んでいる。


「何でお前、髪が変なんだよ」


「髪色が違うやつは異端だから近づくなって、ママが言ってたわ」


「お前となんか遊ばねーよ、紫女」


子どもたちは残酷な言葉を投げつける。


場面が——切り替わる。


紫の少女は、母親に話をする。

「なんで、私は髪の色が皆と違うの?」

母親は——灰色の髪をしている。


母親は深くため息をつく。

「あんたのせいで、私も生きづらいわよ。

——本当に、産まなければよかった」


まだ小さい子どもに、刃のように鋭い言葉が浴びせられる。


少女は言葉を失った。

そして——感情を見失った。


少女は、身を隠すように生きるようになった。

学校には行かず、家の隅で勉強を続ける。


家は——貧しいのだろう。


狭い部屋、風が入り込み、雨漏りがする。


母親は——たまに帰っては、端金を置いていくだけだった。

少女はそれを節約し、生きるためだけに食べた。


気まぐれで母親が聞かせてくれた物語を思い出す。


いつか、王子様がやってきて自分を新たな世界に連れ出してくれる。

珍しく酔っていない母が、枕元で聞かせてくれた物語。

その話をした後、母親は泣いていた。


少女は——リーヴァは思った。


私は、この人に似ているんだ。

リーヴァが十二歳になった頃。


たまたま科学研究所の近くを通った。

母から頼まれた、酒を買いに行く途中だった。


雪が降る、冬だった。

まともな靴も買えなかったリーヴァは、

凍った地面に滑り、転んだ。

持っていた酒瓶だけを守ろうと必死に腕を抱える。


その背中を受け止めてくれたのは——

科学研究所の若き副長官、ノクス=ルミナスだった。


ノクスは、十八歳だった。


「紫の髪か。君は——式術者なんだね」

リーヴァの髪を見つめるその瞳は澄んでいて——どこか寂しそうな目をしていた。


その瞬間——リーヴァは確信した。


この人こそが——私の王子様だ。


ノクスは、雪で濡れてしまったリーヴァを研究所に招き入れた。

すると、中にいた初老の男が、暖かいお茶を出してくれた。


「科学長官の、コウイチ=ヤマセだ。

ノクスの——父親みたいなもんだ」

そう言って男は笑った。


産まれてから母親としか過ごしたことのないリーヴァにとって、それは初めて感じる父性だった。


それから——母から命ぜられる買い物の後、少しだけ研究所に立ち寄る日々が始まった。


あまりに遅くなると、母の怒りが飛んでくる。

最初の頃は、十分くらい。

月日が経つに連れ、それは少しずつ長くなった。


いつからか、買い物がなくても出入りをするようになった。


リーヴァは、研究に打ち込むノクスの姿を見るのが好きだった。

気がつけばリーヴァは十四歳に、ノクスは二十歳になっていた。


ある時、研究所にノクスが一人の時があった。

リーヴァは、心が躍った。


コウイチは嫌いではないが——邪魔だ。


コウイチがいる間は、ノクスは技術の話ばかりだ。

私と話をすることは、ほとんどない。


しかし、その好機になぜかノクスは元気がなかった。


「どうしたんですか?」

リーヴァは、ノクスを励ましたかった。


「師匠が……どうしてもこの先を教えてくれないんだ」


「この先?」


「……蒸気機関は実用化できた。だけど、科学にはまだまだ未来があるはずなんだ。——なのに、これ以上はいけない、と」


「……どうして?科学が発展すれば、皆便利になるのに?」

リーヴァは、ここ数年のアークネイヴァーの目覚ましい発展を見てきた。

その技術は、ここ、科学研究所で生まれたものだ。


「……科学の発展は、世界の破滅を導くらしい。

最近は、各国にそれを触れ回っている」


「そんなこと……〝大いなる意志〟には、記録がないわ。

世界を滅ぼしてきたのは——式術です」

リーヴァは、その力のことを——はじめて誰かに打ち明けた。


「なんだ、その〝大いなる意志〟とは……?」


「信じてもらえないかもしれないけど……私は世界の記憶に接続が出来るの。昔から——私はそこから色んなことを学んできました」


「……式術の力か?その世界の記憶が本当なら……

師匠はなぜそんなことを」


「分かりません。コウイチ様も無式者だから、世界の記憶を知るはずはないのですが」


その瞬間、ノクスの目に黒い闇が宿ったことを感じる。


「そうか……私に抜かれるのが怖いのか。

科学は世界を救う。そうに決まっている。

リーヴァ、君はこの国で式術者であるだけで虐げられたと言ったな」


リーヴァは小さく頷いた。


「私は——テオロッドで、式術者でないことを理由に虐げられた。理不尽な世界だと思わないか?

——私は科学の下、誰もが平等な世界を創りたい」


ノクスの話が、熱を帯びる。


「そのためには……師匠の考えは邪魔だ。

そう思わないか?」


リーヴァは、ノクスの考えが手にとるように分かった。

胸の奥が熱くなるのを感じた。

自分が、必要とされている。


そして、言った。


「コウイチ様を——消します。私に任せてください」


そこから、ノクスとリーヴァは運命を共にするパートナーとなった。



一瞬の出来事だった。


リーヴァの記憶が、ミサキの意識に流れ込む。


同じように——ミサキの記憶もリーヴァに伝わっているはずだ。


重く、辛い記憶。

ミサキは、胸の奥が苦しくなる。


リーヴァは、余裕の微笑みを浮かべている。


「……案の定、薄っぺらい人生ね。

恵まれた家庭で、恵まれて育ち、浅い生き方で場当たり的な恋をする。私が負けるわけないわ」

罵声が、ミサキに浴びせられる。


ミサキは、顔を上げる。


「……師匠を殺して、その立場を奪ったんだな。

あんたらは——間違ってるべ」


「ノクス様だけが、私の世界に色をくれたのよ。

ノクス様が間違えるわけがないわ。

この二十年——私は幸せだったわ。

時折精神世界で忠告してくる、そこの婆さんは邪魔だったけど」


リーヴァは、ユラの方を一瞥する。


「突然精神世界に接続できる子孫が現れたら——注意せなあかんじゃろう。お主は子どもの頃からそこにいたからの」

ユラが言った。

子どもの頃から——。

精神世界に入れるのは、零式以上。

つまり、リーヴァははるか昔から零式の壁を超えていたのだ。


つい最近零式になったばかりのミサキとは——年季が違いすぎる。


ミサキは、諦めそうになる自分を律する。


「……あんたは、私の二倍も生きてるのに、狭い世界しか知らないんだな。ノクスだけが正しいと勘違いしたまま大人になってしまった……悲しい少女だべ」

ミサキが言うと、リーヴァはまた形相を変える。


「また呼び捨てにしたな。

お前のような田舎娘に、何が分かる。

私にはこれしか生きる道はなかった。

頼れる大人も、友もいなかった。

選択肢は——なかった!」


「……全てを捨てて、国を出たら良かった。

ノクスがそうしたように。

そしたら、立派な式術者になっていたかもしれないべ。

ユラ様も、そうしろって言ったんじゃないべか?」


ミサキの言葉に、ユラは小さく笑った。


「……うるさい!〝大いなる意志〟は、式術が世界を滅ぼしてきた歴史を伝えた!

私は——式術に誇りなど持てたことがない!」


「そうかあ?その割にはあんた、式術だけでここまで来てないか?結局、ノクスに利用されただけじゃないべか?」

ミサキの顔色は少しずつ戻っている。


舌戦なら——ユイト仕込みだべ。


「違う!ノクス様と私は——運命の伴侶だ!」


「そう思いたいだけだべ?あんた、さっきから大いなる意志とかノクスとか言ってるけど、結局自分で何も決めてないべ。自分の人生を歩いてないやつに……私が負けるわけないべ」


「……っ!!」

リーヴァが、ミサキに気押される。


「あんた、さっき私の人生が薄っぺらいって言ったな?

本当にそう思ったか?

私は、全部自分で選んできた。

テオロッドに来たのも、タツオやユイトと仲間になったのも……タツオを好きになったのも。

あんたの人生は、長いだけだ。

その中に、リーヴァ、あんた自身はいないべ」


「……!うるさい!うるさいうるさい!!」

リーヴァは、頭を掻きむしる。


「世界を滅ぼすのも、救うのも、今生きている私たちの意志だ。歴史や記憶が決めることじゃない。

あんたたちはそれを言い訳に——科学を、殺戮を支配を。

正当化しているだけだ。

もう一度言う。

あんたらは……あんたは間違えている」


「うわぁぁああ!!」

激昂したリーヴァがミサキに殴りかかる。

——が。

精神世界の精神体に物理攻撃は当たらない。

攻撃は、体をすり抜ける。


「……図星なんだべな。

見せてやるべ。もう一つの世界を」


ミサキは、式術を発動する。

ユラが立ち上がる。


「なんじゃと……!夢幻の世界で式術……そんなことができるのか」


紫の霧が、立ち昇り、リーヴァを包む。

リーヴァは、幻惑の中に堕ちる。


別の世界線——リーヴァがテオロッドに来ていた世界を、

ミサキは創り出す。


「先生!早く精神世界を見てみたいべ!」

まるで小動物のような新入生を見て、リーヴァは微笑む。


「焦らないで。あなた、素質はあるんだから」

リーヴァはミサキを嗜めた。

「きちんとここで学べば、必ず零式にはなれるわよ」


ミサキは、口を膨らませ少し不満そうにしている。

向上心があるのは素晴らしいが、少し生き急いでいる。

私も、ここに来た頃はそうだった。

リーヴァは、アークネイヴァーを飛び出してテオロッドに来た頃を思い出す。


「リーヴァ。ちょっといいか?〝大いなる意志〟で、確認して欲しいことがあるんだが」

サイレスが職員室までやってくるとは珍しい。

サイレスは、私より少し年上の式術研究所所長。

王族だ。

私がここに流れ着いてから、何かと良くしてくれる、兄のような存在だ。


「またですか?結構疲れるんですよ、あれ」


「まあそういうな。後で、とっておきのお茶を用意してあるから」


サイレスはそう言って、両手を合わせた。

彼の作るお茶は、本当においしい。

リーヴァは小さくため息をつく。

「……それを言われると弱いんですよね。分かりましたよ」


二人は、式術学校を出ると、式術研究所に向かう。

途中、生徒たちとすれ違う。


「あっ、リーヴァ先生!デートですか?」

男子生徒が、にやにやしながら冷やかす。


「違うわよ!バカなこと言ってないで、訓練しなさい!

全く。あの年頃の男の子って、どうしてああなのかしら」

リーヴァは腰に手を当ててため息をついた。


「皆、リーヴァを慕ってるんだよ。どうなんだ?

浮いた話はないのか?」

サイレスは眼鏡を持ち上げる。


「あるわけないでしょ。サイレスさんこそ、どうなんですか?短命の呪いも、イエナが解いてくれたんでしょ?」


「まあ、な。お前から聞いた、〝大いなる意志〟の情報のおかげでな。これから、考える。そうだな。

リーヴァ。デートでも、してみるか?」


サイレスに言われて、リーヴァは顔が赤くなる。

「……っ!からかわないでください!」


サイレスを振り切って歩き出す。

でも——サイレスと二人でお茶をゆっくり飲む時間は、優しく、居心地がよい。

デート、がどんなものか分からないけれど……

リーヴァは思った。

行ってみても、いいかもしれない。


そうだ。

サイレスと一緒に、お茶を探しに行くのはどうだろう。

きっといい店を知っている。


リーヴァは歩きながら、少しだけ微笑んだ。



「……お前の勝ちじゃな、ミサキ」


リーヴァは恍惚の表情を浮かべながら、その場に座り込んでいる。

精神世界で、更に幻惑の〝夢幻〟の世界に。

もう——こちらの声は聞こえていない。


ミサキは——泣いていた。

もし違う出会い方だったら。


良き教師と生徒として、信頼関係を築けていたのかもしれない。


人生は、選択の連続だ。

一つの間違いが、後戻りできない大きな間違いに繋がることもある。

だが——何度でも、やり直せるはずだ。


「ユラ様。リーヴァは……どうなるべ?」


「……さてな。わしとて、二重の幻惑など見たことがない。

夢の中の、また夢じゃ。もしかすると、もう——」


「そうか。ユラ様……。戦いって、辛いべな」


ミサキは、リーヴァを見つめながら呟いた。


戦いが終わり——

やがて、幻惑が解ける。


リーヴァは、その場に倒れ込んでいた。

涎を垂らし——目の焦点は合っていない。


「……ここは。俺は……どうしてたんだ」

ハルカゼが目を覚まし、呟く。


「……」

サブは、頭を押さえながらあたりを見回す。


「え……。ミサキ!なんでここに」

アゲハがミサキを見つけ、声を上げる。


「……皆、無事か。よかったべ」

ミサキは安堵の声を上げる。


「え……?なんで泣いてるの?」

アゲハが言った。


ミサキの涙は——止まらなかった。


戦いを終わらせよう。

そして——平和な世界を作ろう。


止まらない涙と共に、ミサキの想いは溢れていた。


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