第六十六話 オルディアと、赤の零式と。
オルディアに到着したのは夜明け前。
黒い煙が立ち昇る、科学の国の入り口が見える。
この国へ来るのは、三度目。
まだアークネイヴァーという名前だった時。
ドラゴンの討伐クエスト報告に立ち寄ったのが最初。
二度目は──アレクシオの奪還、そして、エイル、グラディオとの戦いだ。
空はまだ黒とも青ともつかない色をしている。
俺はアレクシオを見る。
「どうした?安心しろ。もうお荷物にはならないぜ」
そういって笑うアレクシオは──少し背が伸びたように感じる。
もう、ミサキとそう変わらない。
さらわれ、監禁された記憶が、いいものであるわけがない。
しかし、もう乗り越えたように感じる。
俺は、少し安心する。
イエナが、目を閉じる。
場所は遠くとも、今はイエナの中にある〝アウレオの森〟との接続が始まる。
イエナを中心に、俺たち全員に緑の波動が繋がっていく。
「これで、全員にオートヒールがかかった。
少しの怪我なら問題ない。──けど、大怪我は直せないから、用心はしてね」
体が軽くなる。身体能力の向上と、自動回復。
これから何が起こるのか分からない。
素直に対話ができるとは──思っていない。
戦闘準備はしておいた方がいい。
「ユイト」
不意に、アルマに呼び止められる。
「エイルが死んだのは……ここか?」
「……ああ。もう少し中心部だが。いずれにしてもノクスの元に行くには近くを通るけど……行くか?」
「いや、いい」
アルマはそういうと目を閉じ、手を合わせた。
少しの沈黙と、時間。
「もう大丈夫。行こう」
アルマは一つの仕事を終えたように、そう言った。
スクエアの民ならではの──あるいは彼女ならではの一つの通過儀礼なのだろう。
「ユイト……予想通りだべ。生体反応、数十体。近づいているべ」
探知をしていたミサキが言った。
「この嫌な感じ……多分、こっちも探知されているべ。あの女だべな」
リーヴァ。俺たちのいわば奇襲を──予想していたということか。
目の前に、数十体の大型魔獣が怒号を上げながら近づいてくる。
その先頭を──赤い髪の女が歩いている。
──誰だ。
「あれー?思ったより人数多くない?」
甲高い、女の声。
「……エルデネ」
アレクシオがつぶやく。
──あれが、霊峰ライゼルに来たと言う赤の零式。
「いきなり、強敵のお出ましだな」
俺が呟くと同時に、皆戦闘陣形を取る。
「魔獣の相手は、剣士の仕事だな」
テリーズが呟く。
「よっしゃ!腕の見せ所だな」
カイが刀を抜く。
「……久しぶりだな。この感じ」
シャインの周囲が、冷気に包まれる。
「私が陽動する」
アルマは、魔獣たちの方へ瞬間移動する。
「じゃあ、俺たちは本命が相手か。って、おい」
俺が呟くと、すでにエルデネは特大の火球をこっちに向けて放とうとしている。まずい、先手を取られる。
「タツオ!」
俺が叫ぶと──タツオも同じ気持ちだったようだ。
すでに火球が宙に浮かんでいる。
火球の光で、まるで昼になったかのように明るくなる。
──巻き添え食らったらひとたまりもない。
俺はとっさにアースホールで穴をあけ、簡易シェルターを作る。
エルデネとの距離は数十メートル。
この火力がぶつかり合ったら──どうなってしまうんだ。
俺は、青の式でタツオの周囲に霧を作る。
「気休めだ。火力勝負──負けるなよ」
俺が言うと、タツオは頷く。
それを合図に──火球が放たれた。
「インフェルノ!」
二つの巨大な火の塊は真ん中でぶつかり合う。
それは互いのエネルギーを吸収しながら混ざり合い、
巨大な炎の竜巻へと姿を変える。
空へと昇る炎。
巻き添えになった魔獣たちが、燃える。
その向こうに──エルデネは笑っていた。
まだ燃え盛る炎の竜巻の横を、平然と近づいてくる。
「うわー。すごい。私と同じくらいの火力じゃん。
ねえ、君、名前は?」
「……タツオだ」
「へえ。私、君に興味が湧いちゃった。ねえ、私と結婚しない?」
……たった今とんでもない火力の殺し合いをした相手が、求婚している。
明らかに、空気がおかしくなった。
俺より先に、ミサキが穴から飛び出す。
「あんた、なにいってるべ!あんたは敵!オルディアだろ!」
怒っている理由は別だと思うが、言っていることは正しい。
「え?私は別にオルディアの人間じゃないよ。楽しそうだからノクスのところで働いてただけ。私くらいの式術者なんてあったことないもん。ねえ、二人で最強の子どもを作ろうよ」
タツオに近づき、腕を組む。
ミサキの髪が、逆立つ。
──まるで、ハルカゼみたいなノリだ。
しかし、疑わしすぎる。
魔獣たちは、まだ変わらず俺たちを襲ってくる。
先鋒チームがそれに応戦している。
「……あんたは一体何者なんだ。まず、あの魔獣たちを止めろ」
俺は言った。
「あの魔獣はリーヴァが精神制御しているから、私じゃ無理だよ。
結婚してくれるなら、燃やすのは協力するけど」
……一体どこまで本気なんだ?
「まず、エルデネ——あんたが何者か、そして何が目的かを言え」
「私は、この国の孤児。海に流れ着いたところを拾われた、どっかの異国の生まれ。この国では、式術者は厄介者扱いされるんだよ。知ってた?
ふらふら闇の仕事をしているところを、ノクスからスカウトされた。
でも、最近ちょっと飽きてたんだよね。テオロッドは、式術者いっぱいいるんでしょ?ね、結婚してよ」
──怪しい。怪しすぎる。
が、この状況で敵の情報を知るものがこちら側についてくれれば、これ以上ない戦力だ。
そして執拗な求婚──。
「……ということだが、タツオはどうなんだ」
俺は、タツオを見る。
「え。無理だよ。僕が好きなのはミサキだもん」
タツオは言った。
──は?
なんだ、こいつ。
ものすごいさらっと、ものすごいことを言ったぞ。
ミサキを見ると──顔が真っ赤になっている。
そして──言葉を失っている。
「お前、今なんて……」
耳を疑った俺は、聞き返す。
「だから、僕はミサキが好きなんだって。
だからこの人とは結婚できないよ」
「……お前、そんなこと言っていたっけ?」
「え?言ってなかったっけ?皆知っていると思ってた」
……この局面でスーパー天然を出してきやがった。
そして、堰を切ったようにゆでだこ状態のミサキが叫んだ。
「わ、私も言うべ……!
私も……タツオが好きだべー!」
辺り一面に、響く。
一体何が起きているんだ。
目の前では、魔獣と戦っている仲間がいるというのに。
そして、何故か、俺の横でイエナが泣いている。
レイン、フィル、ノエルは頷いている。
アレクシオは、目を輝かせている。
「すげー、恋ってこうやって始まるんだな」
……いや、まったく参考にならないと思うぞ。
そのミサキの叫びに対し、タツオは平然と返答した。
「え?知っているよ。何をいまさら」
やばい。本格的にやばい男だ、こいつは。
「……知っているならなんでそんな態度なんだべ!!」
ミサキはタツオの首を絞めた。
「あれだけ好意を向けられれば誰でも気づくでしょ……やめて、死んじゃう」
気づいていたのか。
全く読めない男だな……。
一連の流れを見ながら、エルデネはがっかりした様子だった。
「なーんだ。コブつきか。じゃあ、諦めるか。
でも、仲間にはしてよ。こっちの方が面白そうだし」
エルデネは、赤い髪の後ろで手を組みながら言った。
……果たして信用していいものか。
もしかして──ミサキなら何か分かったりするのか?
「ミサキ、お取込み中悪いが、この人の心の中覗けたりするか?」
俺は、タツオにチョークスリーパーをかけ続けるミサキを呼んだ。
タツオは失神しかけている。
「できると思うべ。ただ高位式者が相手だ。心を〝開いて〟もらわねえと」
「っていうことらしいが。覗いてもいいか?」
俺はエルデネに確認する。
「いいよー。嘘なんてついてないし。とりあえず、ぼーっとしてればいい?」
そういうと、エルデネは座り込み、目を閉じた。
目の前にミサキが座り、目を閉じる。
紫の霧が二人を包み──ミサキとエルデネが〝つながる〟。
魔獣討伐に参戦しようとしたが──概ね片付いているようだ。
改めてあの四人の火力が恐ろしい。
少し経つと、二人は目を開けた。
「ユイト。この女、本当に好奇心だけで動いているべ。
悪意が全くない。
そして──タツオへの恋心も一切消えているべ!」
余計なものまで覗いていたな。
「恐ろしく飽きっぽい、ってことか……?
まあ、いい。仲間になったら──オルディアのこと、教えてもらうぞ」
「やったー。もちろん。とりあえず、ノクスのところに行きたいんでしょ?
話し合うつもりなんてなくて、完全に迎撃態勢だから頑張ろうね」
……嫌なことをいう。
やはり、戦いは避けられないか。
皆が来てくれて、本当に良かった。
夜明け前。
オルディアの入り口で、一つの恋が成就し、
一人の女が仲間に加わった。




