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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第四章

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第六十三話 ローディン食堂と、ノクスの過去と。

翌日。俺はローディンの元へ向かっていた。

醤油、味噌、麹。

この旅で新たに手に入れた調味料を抱えて。


式術学校の食堂に到着すると、まだ昼時前だというのに行列が出来ていた。

俺が通っていた頃なら、考えられない事態だ。

行列をなすのは、学生でない、一般市民。

「多くの人に新しい味を知ってもらいたい」

というローディンの考えから、食堂を一般開放すると聞いていたが──。

ここまで評判を上げているなんて。

本日のおすすめメニューに

塩そばと書いてあったので、前回の俺の旅の成果が生かされているのだろう。

自分のことのように嬉しくなる。

昼時が落ち着けば、少し時間も出来るだろう。


時間つぶしに、式術研究所にでも顔を出すか。

サイレスは相変わらずお茶を飲んでいた。

見た目的にはコーヒーが似合いそうだが、

残念ながらこの世界でまだコーヒー豆は発見されていない。

戦いが落ち着いたら──真剣に探そう。


「やあ。書簡は全部読んだか?」

サイレスが手を挙げる。

れっきとした王族、それも国王の弟だが、

俺からするともう友人に近い。


「はい。各々、現況が書いてありました。

一人、直接来ちゃった人もいますけど」


「シャイン=カムイか。見たと違って、行動的な男のようだな。

一応ここで式力測定していったが──青の零式だったぞ」


青の零式。

やっぱり、あの氷の力は式位が高い証拠だったか。


しかしそこら中に零式が登場してきたな。

まるで零式のバーゲンセールだ。


ユラが言うには──零式の中にも上下はあるみたいだから、

もはやテオロッドが作った格付けに大した意味はないのかもしれない。


それより、〝いてはならない存在〟とされる零式が、俺の確認できているだけで複数人いる。


まず、タツオ。

赤の零式。全てを焼き尽くす業火を放つ、天然ねぼすけ野郎。

同じ赤の零式に──レインたちが会った、エルデネという女がいる。

あくまで状況証拠だが──オルディアの切り札的存在と見ていいだろう。


そして、紫の零式。

ユラから続く家系に、リーヴァ=ヴァレンタインと、ミサキという天才が二人いる。リーヴァはユラより上、と言っていた。

もはや計り知れないレベルだ。


そして、青の式のシャイン。

確認できているだけで、世界には五人の零式がいることになる。


……黒の式、発動しちゃうんじゃないか?


具体的な発動条件は──分からない。

式力が暴走をしたとき、と言われている。


イエナが言う通り俺たちがそうさせないように制御したとしても、

災害級の式者が五人並び立っているこの世界は既に危機的状況なんじゃないだろうか。


「──零式が増えすぎるのも、困り者ですね」

俺は呟いた。


「どうしてだ?自分が目立てないからか?」

サイレスは、少し口角を上げて言った。


「……そんな気さらさらないの知っているでしょう。

黒の式の件ですよ。──どう思います?」


「──ああ。同じことを考えていた。

発動条件は曖昧ではあるが──テオロッド建国以来、観測された零式は

セレフィア=テオロッドだけだ。

それが、一気に五人も揃ったというのは……不穏ではあるな」


「黒の式は──黒の式者によって発動されることが分かっています。

スクエアの伝承と、白と黒の子孫の存在がそれを示しています。

つまり、黒の式は自然災害などではなく、人の意志で発動します」


「……スクエアの祖、アルスとジーナのおとぎ話か。

ジーナはアルスと出会う前にその判断をしたのだろうか。

それとも、アルスとの子、灰の始祖ゼアルを成した後なのか──」


「発動後、何が起きるかもよく分からないですね。

式術が滅びるのか、それとも文明が滅びるのか。

いずれにしても、警戒はしておいた方がいいですね」


俺の呟きに、サイレスは頷いた。


「イエナは──どうだ?」

不意に聞かれ、俺は動揺する。

え、なに、急に恋愛の話?


「禁足地で──新たな力を手に入れた。だがあれば、零式とは違う気がする。

なんというか、また別の覚醒だ」


なんだ。そっちの話か。

俺は顔を引き締める。


「──はい。冗談っぽく言っていましたが──命の契約。

それは軽いものではないと思います。

アウレオの森が、イエナと一体化した。そういう性質のものです」


「精霊化に近いな。──ユイト。ちゃんと、見守っててくれ。

あの子は思い詰めると……突っ走るところがある」


俺は、頷く。

旅の中でもイエナの芯の強さ、裏返っての強情さは何度も見てきた。

民を世界を護るため。その大義名分なら、平気で命をかけてしまう危うさがある。


「──ある意味、サイレスさんに似てますけどね」


サイレスも、王族の短命の呪いを断つために青春を──人生を捧げた男だ。

大きく思い目的が叶ってしまった今。

生きる意味を見失ってはいないだろうか。

式術研究所を訪れたのは、少し心配だったのも理由だ。


「ユイト、オルディアからの返答次第だとは思うが──

この後はどう出るつもりだ?

もう戦いは避けられないように感じるが」


「十中八九、ノクスは断るでしょうね。

そうなったら、お互い顔の見えない同士で、戦争が始まる。

──罪もない民が、多く死ぬことになる。

そうならないようにできることは……話し合いだけです」


「それが通用する相手ならな」


「ノクスはテオロッド生まれ。つけ入る隙がもしあるのだとしたら──そこです。イエナに昔のノクスについて調べてもらっています」


「ああ──ルミナス家だな。ノクスの年齢は──レオニス王と同世代のはずだ。

だが、レオニス王は知らなかった。いつアークネイヴァーに移住したのか、なぜ移住したのか。そのあたりがヒントになるかもしれん」


俺が式術研究所を出ると、ばったりとイエナに出会った。


俺の驚きようを見て、イエナが少しむっとした顔をする。

「あ、サイレス叔父さんのところで、私の悪口でも言ってたんでしょ!」


まあ──当たっているといえば当たっている。


「違うよ。ノクスの調査について、話したんだ。

──何か分かった?」


「……ならいいけど。ノクスの件は──何人か当時を知る人たちに会ったんだけど……皆口をつぐんでしまって。何も教えてくれないの」


──何か、言えない事情があるのだろうか。

ここは……培ってきた交渉術の出番か?


「分かった。その人たちの名前と家を教えてくれ。後で、俺も行ってみるよ。

イエナは顔が知られすぎてるから、話しづらいこともあるだろうし」


俺はイエナから情報を得た後、ローディンの元へ向かった。

そろそろ厨房も落ち着いた頃だろう。


ローディンは、昼のラッシュを終え、一息ついているところだった。

いつの間にか、料理人が増えている。


「おおっ、ユイト!戻ってたのか」


「大盛況だな、料理長」


「お前のおかげでな。ただの学校の食堂が、今や貴族もやってくるレストランになっちまったよ」


「そろそろ店でも開けばいいんじゃないか?」


「おっ……察しがいいな。実は今場所を探している。

お前もアドバイザーとして参加してくれよ」


「ほう。利益の一割で手を打つぞ。

それより……いつもの土産だ」


俺がそう言って調味料を出すと、ローディンは色めきたった。


「おほっ。待ってたぜ。この黒いのは……なんだ?」


「醤油という。こっちの黄色いのは、味噌だ。

どちらも、この麹があれば作れる」


俺たちは、醤油と味噌を試食した。

ローディンはひとなめすると、目を輝かせた。


「な、なんだこれは。こっちはしょっぱい……こっちは甘い」


「そう。そして驚くな。この二つはどちらも大豆で出来ている」


「大豆って……豆か?豆がこんなことになるのか?」


俺はローディンに作り方を説明した。

これで、蕎麦のめんつゆも作れる。


米に醤油をかけて食べたいところだが、

ポルトオーリオから持って帰った米はまだ種まきもしていない。

収穫は早くても次の秋になりそうだ。


こっちの世界に来てから、まだ半年ちょっとしか経っていない。

俺の知っている異世界ものだともう少しサクサク進むのだが、

そんな簡単に元の世界の食生活は取り戻せないようだ。


俺はローディンと別れると、イエナから聞いた家を訪ねる。

イエナが調べた、ノクスと同世代で交流があった人物は何人かいた。

俺はまず、一番近い王宮から近くの貴族の住宅街にあった。


名前は……ザックス=カーマン。

現在、王宮で財務回りを務めているらしい。

年齢は──レオニス王と同じ、三十八歳。

王宮なら、当然イエナの顔も知っているだろう。

警戒するに違いない。


俺は、呼び鈴を鳴らす。


扉を開けて出てきたのは、人の好さそうな夫人と、小さい男の子だった。

「はい。どちら様でしょう」


「あ、式術研究所から来ました、ユイト=カタギリと申します。

旦那様──ザックス様はおいでですか?」


嘘は言っていない。

俺は、式術研究所から来た。

そこの者である、とは一言も言っていない。


「あら。またですか。今日は来客が多いわね」


「すいません、ちょっと確認したいことがありまして」


できるだけ丁寧に俺がそういうと、部屋の奥へ行き、

ザックスを呼んだ。怪しまれている様子はない。


居間と思しき部屋から、髭を生やした長身の男が出てくる。

ちょうど今日はテオロッドの休日だ。

家でくつろいでいたに違いない。


「見ない顔ですが……研究所がなんの御用で?」

ザックスは頭を掻きながら、俺にそう言った。

明らかに面倒くさそうだ。


「こちらではなんですので……出られますか?」


俺が小声で言うと、ザックスは少し焦った様子で、

上着を取りに戻ると、「ちょっと出てくる」とだけ言い残し、

俺と一緒に家を出た。


近くの公園に着きベンチに座る。

公園では休日らしく子どもたちが元気に遊んでいた。

平和だ。


「内密な話ということですか?一体……誰の指示ですか?」

ザックスは俺に言った。──なんか、少し汗をかいている。

──やましいことでもあるのか?


「私は……王の指示で動いています」


これも、嘘はついていない。

何しろ国の一大事である。

ノクスの過去を知ることは、国にとっても大切なことだ。


「レオニス王の……!?」


「はい。先ほど──イエナ=テオロッドが来たと思いますが、目的は同じです。

ノクス=ルミナスの過去を探ること」


「イエナ姫の……まさか王の指示とは」


「──イエナからは、あなたが口を噤んでいたと聞いています。

なにか、言いづらい事情があるのだろうと察します。

──相手は王族ですからね。

でも、教えていただきたい。国の一大事だ」


「……イエナ姫も同じことを言っていた。

だが……言えない。俺は今、立場も家族もある身だ。

過去をほじくり返して──家族迷惑をかけたくない」


うむ。固く閉ざしているようだ。

……よほど何かあるのか?


「話していただければ……あなたの隠し事は、王には黙っておきますよ」

俺は、カマをかけた。

ノクスの話をする前から、ザックスは焦っていた。

こういう時は大抵──やましいことがあるものだ。


「なっ、なんの話だ!?」

ザックスは、明らかに狼狽する。

これは──間違いないな。


「過去の話より──今の話がバレたほうが、立場上問題になるじゃないんですか?」


俺は更に演技を続ける。


「……!どこまで知っている!」

ザックスは思わず立ち上がった。


「……俺の仲間は、今ここから見えるだけで、十人くらいいます。

つまり、街の中のことは筒抜け、ということです。

あなたがうまく隠し通せていると思っていても

──全部バレていると思ったほうがいい」


我ながら、とんでもないハッタリである。

まるで諜報員みたいな発言である。

──ちょっと楽しんでしまっている。


すると、観念したように、ザックスは頭を下げた。


「頼む!過去のことは話すから──それだけは……黙っていてくれ!」


何を隠してほしいのか、さっぱり分からない。

もうちょっと突っ込んでみるか。


「……分かりました。その代わり、ノクスのことは話してください。

……なんで、こんなことしたんですか?」


「……金が必要だったんだ。長男の病気を治すために。

国庫から借りた分は、何年かかっても必ず返すつもりだった。

だが──今バレれば、仕事がなくなる。それだけは……避けなければ」


語るに落ちた。

見ると、ザックスは少し泣いている。


──家族の病気を治すために、横領をした、ってことか。

何だろう、やっていることは犯罪なんだが……。

この旅を経て、なんだか可愛いもんだと思えてくる。


ここにいるのは、家族と子どもを思うただの父親だ。

──目をつぶってもいいような気がする。

なんなら勘の鋭いレオニスのことだ。

存外気づいて見て見ぬふりをしているという可能性もある。


とにかく、俺は情報を引き出すカードを労せずに手にすることができた。

──次は、本題だ。


「では、話してもらえますか。ノクス=ルミナスのことを。

なぜ、言いたくないかも含めて」


俺はザックスにカードを突きつけた。

諦めたように、中年の男は話し始める。


「もう……三十年近く昔の話だ。子どもの、よくある子ども同士の話」

遠く昔を思い出すように、ザックスは空を見上げた。


「ノクスの家は──教会だった。俺たちの仲間の家も、多く通っていた。だけど、通っている大人は──皆少しおかしくなるんだ。

俺たちは子どもなりに気が付いていた。

そして、ノクスを避けるようになった。

やがて、それは──」


ザックスはためらう。

俺は、代わりに言った。


「いわゆる──いじめ、ですね」


ザックスは、小さく頷いた。

「子どもができた今となっては……後悔している。

もし自分の子どもがあんな仕打ちにあったらと思うと、怒りで狂いそうになる」


「……そんなにひどかったんですか」


「最初は、無視したりするくらいだったが……ノクスが無式者だったのも拍車をかけた。俺たちは──式術でノクスを驚かせたり、石を投げたりした。

ノクスの父親が洗脳の疑いで逮捕された後は更に悪化した。

ノクスは毎日生傷を負っていた」


──話をためらった理由は、それか。

ザックス自身もいじめに加担していた。

いや──あるいは。


俺はザックスの髪を見る。

仄かに赤い、茶色。


「ザックスさんも、いじめていたんですね。

──赤の式術を使って」


「……そうだ。俺の式なんて、八式くらいのものだから、大したことはない。

だが、それでも火傷するくらいの火は出せる。

俺は──それをノクスにぶつけていた」

言った後、両手で顔を覆う。

「学校帰りにノクスに会うたびに、毎日、毎日。

俺は──それが正しいことだと思っていたんだ。

頭のおかしい家の、頭のおかしい子どもを懲らしめる、って」


──後悔を、感じる。

そして聞けば聞くほど……おぞましい。


式力のない子どもが、式力のある子どもに迫害され、

そして傷つけられる。


「そのいじめに加担していたのは……何人くらいいるんですか?」


「俺たち、近所のやつらだ。当時俺は市民街に住んでいた。

全部で……十人くらいか」


十人。それだけの集団から疎外され、一人で苦痛を味わう。

それがどんなに辛いものか──想像もつかない。


俺は、ノクスが式術を、テオロッドを嫌う理由が──分かった気がした。


「分かりました。その人たちの家も……教えてもらえますか?」


「……どうしてもか?できれば……聞かないでやってほしい」


「なぜですか」


「あいつらも皆、後悔している。そして──家族を持って平和に暮らしている。

もしノクスがまだテオロッドにいるなら──全員、頭をつけて謝るだろう」


「……謝ったところで、ノクスの地獄の時間は消せないですけどね」

俺はチクリ、と言った。


「ああ。分かっている。今、ノクスがオルディアの議長となって──テオロッドに牙を向けていると聞いた。その原因は……きっと俺たちだ。

それが王族に知れたら、俺たちは全員申し訳が立たない。

──だから、イエナ姫にも言えなかった」


それが要因だとしても──レオニスや王族は、それだけで処罰をするとは思えない。

だが、それは俺が知る彼らであり、ザックスのような国民からは違う見え方がしているのかもしれない。


「分かりました。このことも──うまくぼかして伝えます。

もちろん、横領のことも言いません。

ただし、二つ約束してください」


「……なんだ」


「一つ、国庫から横領したお金は、何年かかっても必ず返してください。

そのお金は──国民のお金です」


「……もちろん、そのつもりだ。必ず返す。もう一つは?」


「……お子さんの病気が治って元気になったら、俺のところに一度連れてきてください。

こんな息子想いの父親からどんな子どもが育つのか見てみたいですから」


俺がそう言うと、ザックスは目頭を押さえた。


「分かった……ありがとう。ユイト=カタギリ。恩に着る」


俺は、ザックスと別れた。

そして、家に向かって歩き始めた。


市民街に行き、残った候補者の家を周ろうと思ったが──やめた。

同じような話を聞いても陰鬱な気持ちになるだけだし、

ザックスの気持ちも尊重したかった。


少なくともテオロッドや式術を目の敵にする理由は──

おぼろげながら理解できた。


そして、改めて思う。


ノクス=ルミナスと対話をしなければ。


俺が知った物語は、ノクスがテオロッドにいたときの話までだ。

ノクスはその後、オルディア──旧、アークネイヴァーに向かい、

科学者としての道を歩み始めたはずだ。

そこでどんなことが起きたのか。


科学を知り、科学で世界を握ろうとする男の真意を──

俺は知らなければならない気がした。


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