第六十話 戦禍と、世界の行方と。
「これから、皆も戻ってくるって。
イエナも目が覚めたみたいだべ」
ミサキが、タツオとのエーテルリンクを終えると言った。
「そうか。それまで、できることをやろう。
まずは──怪我人の治療だ」
俺たちは、アレクシオが雷で撃ちぬいた戦車の残骸を横目に、
怪我人を探し、治療していった。
中でもフィルの緑の式は、飛躍的に進化しているように見えた。
イエナほど、とはいかないが、三式くらいに到達しているのではないだろうか。
戦車の中は──あえて見ないようにした。
当然、運転しているものがいる。
それが──あの雷によって撃ちぬかれたとしたら。
……想像がつく。
数にして、数十台。
多くの戦車は、リーヴァとカールの徹底に合わせて逃走していた。
もしアレクシオたちが帰ってこなかったら。
この蒸気戦車の群れに、王都は焼けつくされていたかもしれない。
合流したガルフも、怪我人を集めてくる。
俺は、瓦礫となった家の場所に簡易治療所を生成した。
土の式を使えば、それくらいはすぐだ。
治療を行っていると、遠くに馬車が見えた。
カイが大きい声で叫んだ。
「おーい!戻ったぞー!」
……いや、お前は初めて来たんじゃないのか?
馬車の操舵はタツオだ。
到着するなり、神妙な顔で言った。
「酷いね……これは」
「ああ。科学の悪用のお手本のような形だ。
……予告なし、それに……民の犠牲をいとわない」
大量無差別砲撃の爪痕は──想像を絶する。
四肢を損失したもの、半身をうしなったもの。
そして──そのまま絶命したもの。
いくら緑の式術でも、失った部位や命までは戻せない。
それは、恐らく森との契約をおえたイエナでさえも、同じことだ。
俺とミサキは、護れなかった悔しさを。
他の仲間は恐らく──間に合わなかった無念を抱えながら、
治療を続けた。
「もう、あらかた怪我人は大丈夫だ。
残った戦車の処理はこちらでしておく。
お前らは、王宮へ戻れ。レオニスに報告を頼む」
ガルフが、俺に言った。
街は、砲弾の影響で多くの建物が瓦礫になっている。
俺はそれを見ながら唇を噛んだ。
これが、ノクスの望んだ未来なのか。だとすれば。
──これ以上、オルディアを放っておくわけにはいかない。
対話をしなければ。
しかし、オルディアの出方は分からない。
それが叶わないのなら、あるいは──。
覚悟を決めなければいけない。
俺たちは、王宮へ戻った。
王宮まで砲弾は届いていなかったようだが、
王宮内は騒然としていた。
敵が、眼前まで攻め込んできた。
それも、大量の科学兵器を備えて。
その事実だけで、動揺するには十分だ。
俺たちは会議室へ向かった。
レオニスとサイレスは、すでに座っていた。
「──全員無事でよかった。今回は……かなり危なかった。
危機管理の体制も見直さなくてはなるまい」
レオニスが言った。
実の息子──アレクシオが帰還をした。
本当であればまずはそれを喜びたいところだろうが、
そうもいかない。
アレクシオもそれを分かっているのか──少し寂しそうな顔をしているものの、口をつぐんでいる。
「はい。ギリギリ──アレクシオたちが帰ってきてくれたから、なんとかなりました。そうでなければ──全滅の可能性もありました。
それほどまでに、敵は強力です」
俺は答えた。
蒸気戦車に加え、人を操る〝ノアシス〟という超級式術。
幸運が重なって、乗り越えられただけだ。
「……戦況は、サイレスの探知を通じて聞いていた。
いざとなれば我々も前線に向かうつもりだったが。
──アレクシオ。よくやった」
レオニスは、簡単に、一言だけ息子を褒めたたえた。
アレクシオは、以前のように喜んで笑ったりしない。
彼も──何かを乗り越えてきたのだろう。
顔つきが違う。
「まずは、今後のオルディアとの向き合い方について意見を述べ合おう。
私は──もはや後戻りできないところまで来ていると感じている」
レオニスは、少し俯きながら言った。
〝後戻りできないところ〟。
それはつまり、全面戦争を意味することだろう。
他の面々も、何も答えない。
城下の惨状を目の当たりにし、それぞれが同じことを感じている。
「……対話を申し込んでみませんか」
静寂を裂くように、俺はゆっくりと言った。
最初で、そして最後の機会。
それをせずに、国と国が殺し合いをするなど
──あってはならないと思う。
「……ユイト。マルカドールはトランジアはうまくいったかもしれないが……
相手はオルディアそのものだぞ。応じるわけがない」
レオニスに変わって、王弟──サイレスが言った。
「それでも」
俺はその話を遮るように強く言った。
「それでも、話はするべきです。
仮にこちらからオルディアに攻め込んだとしたら──それはオルディアと同じになってしまう」
無抵抗な──民の被害。
それを式術を中心にしたテオロッドの俺たちが行えば。
ただの殺戮行為になる。
そしてそれは──黒の式を世界に呼び込むことに繋がるかもしれない。
「……分かった。打診はしてみよう。敵との接触は……あったのか?」
レオニスが俺に向かって言った。
「セブンスロッドで会った、リーヴァという女に会いました。
……どうやら、フォージリアのカール司令官は、リーヴァに洗脳されているようです」
「……このまま待っているわけにはいかなそうだな」
レオニスは、頬杖をついた。
「あの女は、私が倒す」
ミサキが言った。
「話し合いをするんじゃなかったのか?」
レオニスはため息をついた。
「それとこれは、話が別だべ。話し合いもするが、あの女は私が倒す。
倒さなければ、いけないべ」
ミサキにしては珍しく──感情論だけの話だった。
「いずれにしてもオルディアの返答待ちだな。
……それで、そちらの二人が、スクエアと、セブンスロッドの?」
「アルマ=リード」
「カイ=ムラサメだ!よろしくな!レオニス王」
アルマとカイが自己紹介をする。
「タツオと一緒に、イエナに付き添ってくれたのだな。
それに、旅の道中においても、テオロッドに力を貸してくれてありがとう。
感謝する。──そしてイエナ」
レオニスは一礼し、謝意を示すと、イエナに向き直った。
「……禁足地へ、〝アウレオの森〟へ行ったそうだな」
「はい。この国の──世界のために必要と感じたので」
イエナは、まっすぐにレオニスに向き合って答えた。
「勝手な真似を!生命力を奪われると言われている場所だぞ!」
ガルフが、声を荒げる。
「その件なら。もう大丈夫だから。
レオニス王。この世界の本当の歴史を──お伝えします」
イエナはそれを遮り、言った。
そして、淡々と話し始めた。
テオロッドという名の、白の式者。
そしてその男に拾われ、育てられたアウレオの物語。
育ての親の名を姓に、そして国名にし、アウレオはこの国を作った。
そして、森との契約。
王家の〝短命の呪い〟。
──それは、ほかならぬアウレオが結んだ契約だったこと。
その贖罪の歴史を、イエナが断ち切ってきたこと。
「──もう、王族の呪いは解放されました」
最後に、イエナは言った。
「そうか。だが……我らが祖、アウレオ、そしてその育ての親は……あえて式力を押さえることで黒の式の誕生を制御してきたんだろう?
それを勝手に、断ち切ってしまってよいのだろうか」
レオニスは言った。
「……スクエアの伝承によれば──黒の式の誕生は、式力の暴走です。
我々が誤った使い方をすれば、生まれてしまうでしょう。
反対に──正しく使えば、それは起こらない。
王族の役割は、自己犠牲ではない。
あえて言いますが──それはただのヒロイズムです。
式術を正しく導き、世界の平和を維持することこそが、
我々の使命だと思います。
──違いますか?レオニス王」
イエナの言葉には、強さと──覚悟があった。
王はその口調に少し驚き目を見開いたが、
少し間をおいて──笑った。
「……どちらが王だか分からんな。次期国王はイエナに頼もうか」
レオニスは冗談めかしてそう言った。
「いえ。それはアレクシオの役割です。」
イエナは、押し黙っていたアレクシオを見て言った。
「アレクシオ──あなたは、見てきたのでしょう。
霊峰ライゼルの図書館──第三層を」
アレクシオは小さく頷いた。
「……見てきた。これまでの世界の循環が記されていた。
白の式者が生まれ、式力の世界ができ──黒の式で、それが滅びる。
短いものは数十年。長いもので、百数十年。
今の世界は、これまでの歴史で一番長い」
アレクシオの話は、セブンスロッドでユラから聞いた話と相違ない。
「……それと、俺には分からなかったけど、三層には、変な記号みたいなものがいっぱい書かれた、黒い石碑もあった」
アレクシオは続けた。
「黒い石碑……?」
俺は聞いた。
「そう。こんな感じの文字がいっぱい書かれていた」
アレクシオは、会議室にあった紙に、ペンで〝記号〟を書き記した。
一同がそれをのぞき込む。
アレクシオが書いたそれを見て、俺はタツオと目を見合わせた。
「……これは」
俺の呟きに対して、
「うん。──数式だね」
タツオが答えた。
俺にはその記号が意味するものは分からなかった。
アレクシオの記憶が、確かなものかも分からない。
しかし、タツオはそこから何かを読み取ったようだ。
「……一度、霊峰ライゼルにいかなきゃいけないかもね。
階段はのぼりたくないけど」
タツオは言った。
「……その石碑はどうあれ。世界の理は──大分解明されたようだな」
サイレスが言った。
「──私の長年の願いも、かわいい姪が解決してくれたようだ」
そして、イエナに向かって──微笑んだ。
「代償は……ないのか?」
ガルフが、娘に向かって聞いた。
イエナは少しためらったが、答える。
「もし〝アウレオの森〟が死ねば──私も死ぬ。それだけよ」
「それだけって、お前……」
ガルフは何かを言いかける。
だが、それを遮るようにイエナは続けた。
「あれだけ広大な樹海を滅びるわけないでしょ?
これからは〝禁足地〟じゃなくて、〝聖地〟にして、
皆であの森を護っていくのよ。──私だと思ってね」
そう言っておどけた。
ガルフは笑った。
「……しばらく見ないうちに、強くなったもんだな。
──セレフィアに似てきたな」
「そうよ。いつまでも子どもだと思わないで」
そのやり取りに、少し場の雰囲気は和んだ。
だが──命の契約。
俺は、その重さに少しだけ
──胸がざわめいた。
「オルディアとの会談依頼は、私と王で進めておく。
──それまでの間、準備が必要だな」
サイレスが、仕切り直す。
「はい。俺たちは──ノクスの人物像を洗ってみようと思います。
テオロッド出身、と聞いたので」
俺は答えた。
「そうか。──だが、まずは旅の疲れを癒すといい。
例の温泉の工事もほぼ完成している。確認がてら、休んでこい」
そうだった──すっかり忘れていた。
旅に発つ前、俺が残してきた〝ガルフ篭絡大作戦〟。
シリアスな展開が続いていたから、頭から抜けていた。
というか、そんな雰囲気でもなくなってきている。
オルディアとの決着がついてから──それでも遅くはない。
まあ、一旦ローディンには挨拶に行こう。
お土産は、大量にある。
ノクスの調査は、そのあとにしよう。
俺がそんなことを考えていると、サイレスが言った。
「それと。お前宛に書簡が届いている。
後で確認しておけ。差出人はマルカドール議長、ガレオン。
ブレイヴェン国王、ラグナ。
カムイ国王──シャイン。ずいぶん人気者だな」
懐かしい名前が並ぶ。
最近の出来事なのに、ずいぶん昔のようだ。
しかし──カムイ〝国王〟?
シャインは王子だったはずだ。
そのあたりも手紙に書いてあるのだろうか。
後でまとめて読もう。
会議室を出ると、
アレクシオが大きな伸びをした。
「大人ってめんどくさいなー!長いし、真面目な話ばっかりだし」
その仕草に、何故か少しだけ安心する。
「少しはましになったと思ったが、まだまだ子どもだなお前は」
テリーズが、アレクシオの頭をくしゃくしゃにする。
まるで、本当の親子みたいだ。
それを見て、ブルーオーダーの面々が笑っている。
知らないところで、彼らの絆は深まったようだ。
俺たちが旅をしていた間、寝食を共にしているから、
当然だろう。
「おかえり。アレクシオ。で、零式にはなれたんだよな?」
俺は聞いた。
「当たり前だろ!天才アレクシオ様だぞ!」
アレクシオは胸を叩く。
「泣きながら帰りたいって騒いでたのはどこの王子様だっけ?」
おかっぱ頭のノエルが、にやにやしながら言った。
「っ…!ノエル!それは言わないって約束だろ!」
アレクシオが顔を真っ赤にしてノエルを追いかける。
こちらは、まるで兄弟のようだ。
そのやり取りをしている間に、テリーズが俺に答えた。
「──時間はかかったが、あいつは試練をやり遂げた。
変わっていないように見えるが──もう立派な男だ」
俺は、黙って頷く。
テリーズの言葉は、最大級の賛辞のように聞こえた。
「──で、そっちの面々も随分成長したようだな」
テリーズが、今度は俺に聞いた。
「はい。ミサキは、紫の式を飛躍させましたし、
俺も一応、色々とできるようになりました。
イエナも──契約で、緑が進化したんだよな?」
俺は言いながら、また少し胸がざわめいた。
「うん。──私の中には、〝アウレオの森〟がある。
つまり、いつでも、緑の式が使えるようになったということ。
誰かが傷ついても、すぐに直せる」
イエナが答えた。
……それはすごい。
俺は〝アウレオの森〟の広大な木々を思い出す。
派生系でオートヒールを使えば……
自動回復がほぼ無制限、ということになるのでは。
イエナの出力の問題もあるかもしれないが。
「タツオは──何も変わっていないように見えるが」
テリーズが言った。
……そういえば、タツオは最初から火力全開だから気にしたことはなかったが。
確かに、この旅でさしたる成長がないように感じる。
「失礼な。僕だって成長したよ」
タツオがむっとして答える。
「ほう──例えば?」
テリーズは疑いの目を向ける。
「えーと、船の設計ができるようになった。あと、花火を作れるようになった」
「……お前は職人を目指しているのか?」
テリーズが呆れた顔をする。
「……で、そっちの二人は、信用していいのか?」
アルマとカイを一瞥する。
「俺はカイだ!よろしくな!あんた、剣士だろ!
今度手合わせしよう!」
カイは相変わらず暑苦しい。
「……剣の形状も流派も違うように見受けるが。他流試合ということなら、
受けてたとう」
テリーズが、剣士の顔になる。
……まったくタイプの違う二人だが、なんか気が合いそうだな。
「私はアルマ。よろしく」
……アルマはアルマで相変わらず愛想がない。
というか、コミュニケーション能力が乏しい。
灰忍衆は、感情の起伏を制御されてきているだろうから仕方ないのだろうが。
たまに笑うと、可愛いのにもったいない気がする。
……いや、変な意味じゃなくて。
しかし、霊峰ライゼルからの帰還組を合わせると──
俺たちも大分大所帯になった。
俺、タツオ、イエナ、ミサキ、アルマ、カイで六人。
テリーズ、アレクシオ、レイン、ノエル、フィルで五人。
十一人もいる。
これだけいれば──オルディアもノクスも尻尾を巻いてくれるんじゃなかろうか。
そんな無敵感すら感じる。
──が。
俺はリーヴァの得体のしれない恐怖を思い出す。
あのトランジアの面々でさえ、簡単に支配されてしまった。
その裏に控える、ノクス。
実態のつかめない科学者の真意はどこにあるのか。
その糸口をつかむためにも、テオロッドで──ノクスの生まれた場所で、
情報を集めよう。




