第五十九話 帰還と、襲来と。
テオロッドの城門を見ると、帰ってきたという安心感が湧く。
だが——今はそれに浸っている時間はない。
俺たちは到着するなり、王宮に駆け込んだ。
急遽、レオニス王を通じてサイレス、ガルフに招集をかける。
全員、会議室に集まる。
「よく無事に戻った。しかし、イエナとタツオがいないようだが……何があった」
レオニスが言った。
「安心してください。全員、無事です。今は——まだ。
まず、旅の報告をさせてください」
「分かった。話してくれ」
王に促され、俺は旅で得た情報をできる限り簡潔に伝えた。
スクエアでのゼラド。
トランジアとの三番勝負。
セブンスロッドの騒動。
ユラとの出会い。
そして——式術の真実。
かいつまんで、ただ要点は逃さず伝えたつもりだ。
「テオロッドは意図的に式位を下げている——この件は、王族は知っていたんですか?」
俺は、単刀直入に聞いた。
「いや……初耳だ。そんな歴史があったとはな。
そして——話を聞く限り、この国は式術王国ではなく、むしろ逆の存在だったのだな」
レオニスは答えた。
「アウレオ=テオロッドは、式術が過度に発展すると、黒の式が発動することを恐れた。
結果、そのような国づくりを行ったのでしょう。
結果——テオロッドは三百年続く国となった。
これが、この国の真実です」
俺は、できるだけ落ち着いて言った。
この話は——サイレスにとって残酷だ。
サイレスは、白の式の秘密が短命の呪いを解く鍵になると信じ、式術の研究をしていた。
それがすべて意味のないものと、証明されたことになる。
サイレスは話を聞くと、自嘲気味に笑った。
「——白の式はある意味きっかけにすぎない、ということだな。
だとすれば、この短命の呪いも解く術はないということか」
「……いえ。あるいは黒の式なら——呪いを解けるかもしれません。
すべての式を消し去ると言う、黒の式なら」
「しかしそれは——現在の文明の破滅と同義なのだろう?
どんな破壊が起きるのか、どんな犠牲があるのか。
想像もつかない。
王族の問題に、世界を付き合わせるわけにはいかない」
サイレスは強い眼差しでそう言った。
自分たちの命より、守るべきものがある。
そう言っているようにも聞こえた。
「イエナと、タツオは何をしている」
ガルフが言った。
遠征から戻っていたガルフは、一人娘の身を案じる一人の父親になっていた。
「今は、〝アウレオの森〟にいます。
森と対話し——緑の式のその先を見つけるために。
タツオと旅の途中で仲間になったアルマ、カイも一緒です。
彼らがいれば、安全です。
報告が終わり次第、俺たちも戻る予定です」
俺がそういうと、ガルフは安心したような表情を見せた。
「そうか。ならいい。お前を信頼してイエナを任せたんだからな。
——何かあったら、分かってるな」
ガルフは俺に向かって言った。
……信頼と脅迫を同時にもらった気がする。
喜ぶべきか、怯えるべきか。
「テリーズさんとアレクシオ……それと、ブルーオーダーは、まだ戻らないんですか?」
俺は聞いた。もし戻ってきているなら、この場にいるはずだ。
「ああ。君たちが先に帰ってくるとはな。霊峰ライゼルで苦戦しているのか。
そろそろ様子を見に行くべきかもしれんな」
レオニスが言った。
ここにも、子を想う親がひとり。
ましてやアレクシオはまだ十一歳だ。
成長を期待する気持ちと、不安な気持ち。
両方を抱えながら送り出したのだろう。
イエナの修行が終わったら——俺たちが行ってもいいかもしれない。
そう考えていると、会議室の扉が大きな音を立てて開いた。
兵士が一人立っている。
「なんだ。会議中だぞ」
レオニスが言うと、兵士は答えた。
「レオニス様——敵襲です!城門が……破壊されました!」
なんだって——?
「いくぞ、お前ら。レオニスはここにいろ。サイレス、護衛を頼む」
ガルフが、騎兵団長の顔に戻り、迅速な指示を出す。
俺とミサキは、ガルフについて走った。
このタイミングで敵襲——しかも、王都に直接。
オルディアだとしたら……性急すぎる。
対話を考えていた最中で、最悪だ。
王宮を出て、城下を見下ろす。
そこには——青の領で見た蒸気戦車が、数百台並んでいた。
砲弾が、街に撃ち込まれている。
テオロッドを象徴する城門は、バラバラに破壊されていた。
三百年テオロッドを守ってきた門が——跡形もなく。
戦車の数が——多すぎる。
そして、今ここにはタツオもいない。
俺たちだけで迎撃するしかないのか?
「なんだ——あれは。鉄の塊が——動いている」
ガルフは、呆然としていた。
無理もない。これまで戦ってきたのは生物。
魔獣や人だ。
機械相手の戦いなど、経験もないだろう。
「ガルフさん!あの機械に、剣は効きません。
式術者を集めてください!」
「……分かった。剣士は何をさせればいい」
「民の避難を!……ミサキ、いくぞ!」
俺はそう言って走り出した。
青の領で、戦い方は分かっている。
砲弾を、青の式術——水で濡らしてしまえばいい。
俺は、戦車の群れを観察する。
——しかし、砲筒が見当たらない。
青の領で見たものと……型が違う。
一体、どうやって撃っているんだ。
すると、一台の戦車がこちら側を向いた。
一瞬、光が見える。
「ミサキッ!!避けろっ!」
俺は咄嗟にミサキを抱いて、地面に転がる。
ドンッ!!
音を立てて、弾は俺たちの数メートル先に着弾した。
「あいつら——改良してるべ。
戦車の中から弾を撃ってる」
ミサキが言った。
「対策済みってわけか……まずいな。数も多いし、有効打がない。
ミサキ、何かないか」
「幻惑も、空間操作も、機械が邪魔で効果が薄くなるべ……!
相性最悪だべ。魔獣なら一網打尽できるのに」
話をしていると、再び戦車がこちらを向く。
それも、数台が同時に。
——完全に捕捉された。
俺は、ミサキと共に建物の裏に隠れる。
レンガの建物の裏側で、激しい着弾音が鳴った。
やばいな。攻め手がない。
すると、戦車の群れの中から、声が聞こえる。
「テオロッド諸君。降参せよ。
私は、カール=クラウス。オルディア連邦、フォージリアの総統だ。
降参し連邦入りすれば——民の命は助けよう」
俺たちは、建物の影を移動しながら、その声に近づく。
ベレー帽を被った、口髭の男が、戦車から顔を出し叫んでいる。
「フォージリア……オルディア連邦か。
話が通じる相手でもなさそうだな」
俺はミサキに言った。
「あの男……ノエシスをかけられているべ」
ミサキは、遠目に男を見ながら言った。
ノエシス——リーヴァが使った式術だ。
「ノエシス——式術か?」
俺が聞くと、ミサキが頷く。
「精神干渉の式術だべ。人の心に入り込み、人を操る。
——紫の零式しか使えない技だべ」
紫の零式……まさか。
俺が頭に思い浮かべると、話をするカールの横に、女が現れた。
——リーヴァ=ヴァレンタイン。
白衣をきっちりと着こなしながら、カールに何か話している。
そして、こちらを指差した。
カールは頷く。
すると、戦車が再び数台。
こちらに顔を向けた。
「ミサキ!まずい——探知された!」
俺たちは、再び建物の影を移動する。
別の建物についた直後。
一斉砲撃が発射される。
ドンッ!ドン!
——さっきまで隠れていた建物が一瞬で崩れ落ちる。
「くそっ……。場所までバレたら、逃げ場がない」
「今、空間干渉で探知を断絶したべ。
しばらくは、見つからないはず」
「……それにしたって、時間の問題だな」
「もう少し近づけば、ノエシスの上書きはできるかもしれないべ。
でも、あの数の戦車に撃たれたら——
一瞬で消炭だべ」
ミサキの言うとおりだ。
迂闊に顔を見せれば、すぐに狙われる。
隙を見つけるしかない。
すると。再び戦車がこちらを向いた。
「おい、ミサキ……バレないんじゃなかったのか」
「バレてるはずないべ。あれは——」
ミサキが言い終わる前に、俺たちは走り出す。
「手当たり次第だべ!」
ドンッ!ドンッ!
ドドン!
広い範囲が、撃たれる。
そして——響き渡る悲鳴。叫び声。
街の民に、着弾している。
俺たちは、咄嗟にアースホールで穴を掘り、そこに入った。
いわば簡易シェルター。
しかし、強固なシェルターではない。
砲弾が直撃すればひとたまりもない。
「ギリギリだべな……」
ミサキが呟く。
そう。このままでは何も変わらない。
「ミサキ、タツオたちに、エーテルリンクできるか?」
「——もう伝えたべ。こっちに向かってるはずだべ。
どこら辺にいるか、探知してみるべ」
さすが。仕事が早い。
しかし、到着を指を加えて待っているわけにもいかない。
ここで逃げ回っている間に、街の人々の被害が増えるだけだ。
俺は、テオロッドの人々の笑顔を思い出す。
この国の人間でもない俺たちに、いつでも優しくしてくれた。
これ以上、被害を出すわけにはいかない。
「ユイト!……が、……ってるべ!」
探知をしていたミサキが言ったが、
爆音で聞き取りづらかった。
——なるほど。
であれば。
僅かな可能性に、賭けてみよう。
俺は覚悟を決めた。
ゆっくりと、立ち上がり、外に顔を出す。
事前に白の式を発動し、リーヴァの術をガードする。
「ユイト!」
ミサキが、穴に隠れたまま俺を引っ張る。
が、手遅れだ。完全に捕捉された。
「大丈夫。なんとかやってみる」
一か八かだ。
「カール総統!
——そして、リーヴァ=ヴァレンタイン!
話がしたい!
砲撃を止め、戦車を降りてくれないか!」
撃たれたら、お終いだ。
だが、もはや手はない。
セブンスロッドで会ったリーヴァのあの雰囲気。
狂気を孕んでいたが——恐らく本質はリアリストだ。
交渉の結果、より自分たちに有利になる可能性があるなら——
話は聞くはずだ。
——少し時が止まった。
直後。
カールとリーヴァが、連れ立って戦車から降りた。
こちらに向かってくる。
「白のユイトさん。久しぶりね。
私たち、縁があるのかしら?」
リーヴァが、眼鏡を持ち上げながら近づいてくる。
——釣れた。
ここからが、勝負だ。
「そうかもしれないな。で、オルディア連邦がいきなり直接攻撃なんて、
ノクス長官は焦っているのか?」
俺はあえてノクスの名前を出す。
それが、リーヴァの精神を迷わすポイントだ。
「ノクス様なわけないじゃない。私の判断よ。
で、話って何かしら?
降参して、オルディア傘下に入って話?」
——予想に反して、リーヴァは冷静に答える。
「……残念ながら、それを決めるのは俺じゃなくてレオニスだ。
その判断をするために、色々と聞きたいことがあってね」
「お前に話すことなどない!我がオルディア連邦に従えないムシケラどもが!」
カールが、そう叫んだ。
直後。
リーヴァはカールの肩を掴み、目を見つめる。
カールは白目を剥いてその場に倒れた。
「ごめんなさいね。ちょっと洗脳しすぎちゃったみたい。
うるさいから黙らせておくわ」
リーヴァが言った。
ポツリ。空から、雨が降り始めた。
「大した式術だな。——ハルカゼたちは無事なのか?」
「あら。お友達の心配?余裕があるわね。
安心して、命は無事よ。中身の方は——分からないけど。
さて、聞きたいことは何?」
雨が、強さを増してくる。
気がつけば、空は黒い雲に覆われている。
「なぜ、オルディアはテオロッドを狙う?
科学の発展に、式術は邪魔にならないはずだ」
「簡単よ。式術が発展すれば——黒の式が発動する。
式術がある限り、常に文明は滅びの危機にあるのよ。
科学が発展しても、滅びはないのよ。
であれば、式術国家の存在は——世界の害悪でしょう?」
リーヴァは、淡々と言った。
「——テオロッドは、そうならないようにやってきた。
それに——科学の発展だって、世界を滅ぼす」
空に稲光が光った。
遠くに、雷が落ちた音がする。
雨は、さらに強さを増す。
「——あなたはコウイチみたいなことを言うわね。
そんなおとぎ話より、歴史から学んだ方がいいわよ。
スクエアに行ったんでしょう?」
「コウイチ?誰だ、それは……」
「ノクス様の先代——ノクス様の師匠よ。
最後には、科学が世界を滅ぼすと触れ回っていたそうよ。
自ら科学を発展させたのにね」
——先代の科学長官。
シャインの話を思い出す。
「おとぎ話じゃない。それも——歴史だ。
俺たちは、知っている」
俺は、少しずつリーヴァとの距離を縮める。
俺の動きにリーヴァを注目させるように。
「それで?テオロッドはどうするつもりなの?
文明の発展を止め、式術者だけが生きやすい世界を続けるつもり?
そんなの——滅べばいいじゃない」
「……お前は、紫の零式だろう。なぜ式術を嫌う?」
俺の問いに、リーヴァは少し表情を曇らせた。
「……まるで式術者が偉いかのような言い方ね。
私が育ったアークネイヴァーではね——式術者は嫌われ者よ」
リーヴァは、少し語気を強める。
「髪の色が違うだけで、疎まれ、虐げられ、敬遠される。
この私の力を認めてくださったのは——ノクス様だけよ。
あの方が目指すのは——科学が世界を支配し、式術者を奴隷にした、超生産的な社会よ」
——ノクスの理想。
やっと核心に近い話になってきた。
だが。
「リーヴァ。すまない。是非続きを聞きたいところなんだが。
続きは——オルディアでいいか?」
俺が言うと、リーヴァは顔を引き攣らせた。
「はぁ?何を言っているのかしら。
この包囲網の中で、交渉するつもり?
選択権なんてあるわけないじゃない」
明らかに苛立っている。
「そうなんだよ。だから困ってたんだけどさ。
ちょっと当てが見つかって。
——おい、もういいぞ」
俺が合図をすると、穴の中から少年が顔を出した。
金髪の、生意気そうな顔。
何にも変わってない。
だけど、表情から——覚悟を感じた。
「待たせすぎだぜ」
少年が空を見上げた。
「いくぞ」
黒雲の奥で、雷が奔る。
——次の瞬間、空が割れた。
「トニトルス・ゼロ!!」
少年が叫ぶと、無数の雷光が走った。
戦車の群れを、撃ち抜く。
リーヴァは、戦車隊を振り返る。
戦車は、煙を上げ、機能を停止している。
中にいる人間も——恐らく動けないだろう。
続いて穴から顔を出したのは——
テリーズ。
「ユイト、そいつを斬ればいいのか?」
レインが、雨で濡れた髪をかきあげる。
「ユイト=カタギリ。久しぶりだね」
「さて、俺も雷ぶっ放しにいくか」
ノエルが言った。
「怪我人はいませんか?」
フィルが続く。
「さて、形勢逆転だ。リーヴァ。
お引き取り願おう。それとも雷を味わっていくか?」
「……どうやらまた多勢に無勢ね。
いいわ。オルディアで待ってるわ。
とはいえ、カールは連れて帰らせてもらうわ。
まだ使い道があるの」
「……敵前逃亡は許されるのか?」
「むしろ、許されないくらいがちょうどいいわ。
この戦車隊は、好きに処理して。
——また、ガクが怒られるのかしら。ずるいわ」
そういうと、リーヴァは倒れているカールに目を合わせた。
カールが起き上がる。
リーヴァはまた、悠々と歩き出す。
「逃すか!」
テリーズが剣を抜き向かっていく。
リーヴァは振り向くと、テリーズに目を合わせる。
斬りかかるその瞬間——何かを察したテリーズは動きを止めた。
しかし、紫の濃霧がテリーズを包み、その場に倒れた。
「テリーズさん!!」
俺は駆け寄る。
「……相当な剣士ね。グラディオと同格ね」
「何をした」
「少し精神を読んで、昔の傷を思い出させてあげただけよ。
人間、皆心に弱い部分はあるのよ。
——もういいかしら?」
リーヴァは言った。
あくまで、余裕がある。
この精神干渉の術がある限り、負けることがない。
そう確信しているのだろう。
「——待つべ!」
ミサキが、リーヴァの前に立った。
「私は、ミサキ=オイカワ。
あんたを——倒す女だ。覚えとくべ」
——ただの宣戦布告。
ミサキらしくない行動だ。
だが、それはミサキが新たな境地に辿り着いた証でもある。
リーヴァは、ミサキを見ると少し目を細めた。
「あら。あなた、私の親戚じゃない?
シオンより——上ね。
いいわ。オルディアに来たら遊んであげる。
ただ、零式くらいで勝てると思わないでね。
多分私の式位は——ユラより高いわよ」
リーヴァは、大雨の中颯爽と去っていった。




