第五十八話 旅の帰路と、アウレオの森と。
フォーリナー号は、旅の途中にも微調整が加えられていった。
「やっぱり、現場じゃないと分からないこともあるね」
船を設計したタツオはそう言った。
その話を、マレクは満足そうに頷いていた。
帆の位置、船の重心などの微調整を経て、
フォーリナー号は出発時より更に速くなっていた。
ククノチ島から、一旦スクエアに立ち寄り食料を補給。
イグナ島を経てナギラ岬に帰るというコースだ。
スクエア、セブンスロッドを経て、
まさか旅の仲間が二人も増えるとは想像もしてなかった。
アルマは──世界の情勢を見届けるという大義名分がある。
少なくとも世界が一つの答えを出すまでは、俺たちと旅を共にするつもりだろう。
カイは──ただの勢いと気まぐれでついてきているだけだ。
飽きれば帰るだろうし、面白ければずっといるだろう。
現在の所、剣の腕以外で尊敬すべきポイントが見当たらない。
一番年長者なのに、一番手がかかる。
「おい、ユイト!なんか今、失礼なこと考えていなかったか?」
俺がぼんやりとカイを見ていると、不意にカイがそう言った。
鋭い。野生の勘というやつか。
さすが剣の道に身を置く男。
第六感が冴えている。
そして、一切の船酔いもなさそうだ。
アルマですら最初はダメージを食らっていたのに。
このあたりのフィジカルはさすがだ。
「テオロッドに行くのは初めてだな。
強い奴はいるのか?」
カイが俺に聞いた。
「ひとり、とんでもない剣士がいるぞ。
テオロッド騎兵団長、テリーズ=ブルーム。
俺の知る限り、世界最強の剣士の一人だ」
「なに?俺よりもか!?」
カイは文句がありそうに言った。
「……剣技の種類が違うから分からないけどな。
少なくとも、アークネイヴァーの騎兵団長……
グラディオ=ネイヴァルドとは互角に渡り合っていたぞ」
「世界最強と言われた、あの騎兵団長とか!」
カイは、驚くと同時に、目を輝かせた。
「テオロッドに到着したら、ぜひ勝負してもらおう」
「うん……まあ、いいんじゃないか」
テリーズは確か二十五歳。
二十七歳のカイより年下だ。
が、まったくそう見えない。
というかカイの精神年齢は恐らく十四歳くらいで止まっている。
強いやつと戦いたい、とか、喧嘩すれば仲良くなるとか、
発想が少年誌そのものだ。
まあ、そんなノリに救われる部分もあるのだが。
テオロッドに帰ったら、きっとやることが山積みだ。
旅の報告はもちろんだが、
マルカドールのガレオンとの書簡やり取りもしなくちゃいけないし、
やり残した……ガルフ篭絡作戦もある。
果たして、そんな余裕が今あるのかはさておきだが。
リーヴァが言っていた──トランジアの状況も気になる。
ハルカゼたちは、オルディアに拘束されているのだろうか。
状況を把握し──助けに行きたい。
どうあれ、この戦いも最終局面が近づいてきている。
俺は、どこまでも続く水平線を見つめた。
元の世界では、日本という国は平和だった。
ただ、その日本もほんの数百年前まで戦国時代だった。
武将たちが領土を争い、主権を争った。
もしかしたら、長い歴史の中で、俺たちのいた時代は奇跡的な時代だったのかもしれない。
為政者のほんの少しの気まぐれで、世界はすぐに戦火が生まれる。
そしてそれは二元論で片づけられるものでもない。
テオロッドにも正義があるように、
──オルディアにはオルディアの正義がある。
ただ、その主張の仕方が違うだけだ。
俺はこの戦いの決着について考えていた。
ただ式術と科学の争いで、武力決着でいいのだろうか。
それらを融合し、新たな価値観を作り、共生していくことはできないのだろうか。
そのためには。
ノクス=ルミナスと対話しなければいけない。
俺たちはあまりにも敵を知らなすぎる。
科学の天才であり、科学を信奉する──テオロッド出身の男。
その過去にあり、なぜ世界を一つにしようとしているのか。
なぜ式術の世界を否定しようとしているのか──。
考えを知る先に、答えがあるのかもしれない。
ナギサ岬に到着したのは、スクエアを出発し三日後だった。
到着すると、海の男たちから歓声が上がった。
「おい、フォーリナー号が帰って来たぞ!」
マレク、とか、親方と叫ぶ声が船を包む。
船長マレク。
白髭の親方のおかげで、俺たちの船旅は無事終えることができた。
感謝しなければならない。
「マレクさん。本当にありがとうございます。
おかげで……無事仕事を終えることができた」
俺は言った。
「なあに。こっちこそ、楽しかったぜ。
クラーケンにも驚いたが、なにしろシーサーペントを倒せたんだ。
もう年だから長い旅はこりごりだが……またいつでも遊びに来い」
俺とマレクが握手していると、男たちが集まってくる。
「クラーケンだって!?」
「シーサーペント!?よく無事だったな」
興奮しながら、矢継ぎ早に聞いてくる。
それを見て、マレクは肩をすくめた。
「せっかくだから、今日は泊っていけ。こいつらに一緒に旅の話をしてやろう」
俺は頷いた。
「マレク、船の改修箇所、まとめておくね」
タツオが言った。まだまだ改修の余地があるのか。
「おう。タツオ。お前はここに残って設計士になってもいいぞ」
「ダメだよ。ユイトの人生を見届けなきゃいけないんだから。
でも、フォーリナー号は残しておいてね。設計は全部真似していいから」
「ははっ。また振られたな。
もちろん残しておいてやるさ。お前らの大事な船だ。
またいつでも旅ができるように整備しておいてやる」
その晩、俺たちはナギラの男たちが用意してくれた宴を行った。
シーサーペントとの戦いをタツオが語るのを、マレクは嬉しそうに見つめていた。
まるで、本当の孫みたいに。
翌朝、俺たちが旅立つとき。
マレクはほんの少し、寂しそうな表情をして言った。
「お前ら。必ず、やり遂げろよ」
「やり遂げるって……何を?」
タツオが聞いた。
「なんでもいい。お前らのやるべきことを、だ。
──お前らはまだ若い。
もし勝てないと思ったら、必ず逃げろ。
何度だって立て直せる。
そして、何年かに一度でいいから、元気な顔を見せてくれ」
そう言うと、最後に大きく笑った。
この世界に──まだカメラはない。
でも、その表情は、俺の心に確実に焼き付いた。
馬車に乗り組み、テオロッドへ向かう。
往路と同じく、トネアの街を経由する。
明日には……テオロッドに到着する。
アレクシオは、テリーズは戻ってきているだろうか。
そして、この不毛な争いに終止符を打つために、
俺は何ができるのだろうか。
馬車を走らせながら、俺はそんなことを考えていた。
ノクス=ルミナスに会う。
こけた頬、どことなく疲れた表情の科学者の顔を思い出す。
俺は、その時に気が付いた。
テオロッドでも、できることがあるじゃないか。
イエナは──ノクスがテオロッド出身と言っていた。
ノクスのルーツを探る。
もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれない。
俺は、ほんの少し手綱を緩め、馬車のスピードを上げた。
テオロッド領内から、少し離れた大きな森に到着した。
イエナの希望で寄り道をする。
「──ここは、通称〝アウレオの森〟と呼ばれる、手つかずの樹海。
王家では——禁足地とされている場所」
イエナは真剣な表情で言った。
「なぜ禁足地に?」
俺は聞いた。
「王家の伝承。近づくと、命が縮むと言われている。
森の果ては……霊峰ライゼルにも繋がっている」
広大な樹海。
ククノチの森でヤクモに言われたように、
イエナはここで森との一体化を試みる。
「……危険はないのか?」
「危険だとしても、この先の戦いのために、やる。
——ミサキだって、試練を乗り越えたんだもの」
イエナはそう言って、ミサキを見た。
「精神世界は……時間の感覚が違うべ。体感時間と一致しない」
ミサキが答える。
「何が起きるのか……やってみないと分からないね。
もし私が戻らなかったら、置いていって」
イエナが俺たちに向かって言った。
「……起きるまで、待つよ」
俺が言うと、イエナは笑った。
「ありがとう。でも、世界は待ってくれない。
……そうね、一日。
——明日までに戻らなかったら、先に戻って。
私は後から戻る」
イエナは、覚悟を決めたように言った。
大きな木にもたれるように座り、
──目を閉じた。
緑の波動がイエナを包む。
そして、それの波動が森へつながっていく。
神秘的な光だ。
俺たちは、そこで待った。
何時間かかるか──分からない。
野営の準備をし、焚き火を焚いた。
イエナは、まだ戻る気配がない。
交代で、睡眠をとる。
俺は──眠れそうになかった。
イエナから、ずっと緑の波動が伸びている。
式力は──常時使っている状態だ。
イエナの呼吸に合わせるように、森が揺れる。
俺はただ、黙ってそれを見ていた。
美しい光景だ。
だが、もしも——ククノチの森のヤクモように、イエナが森そのものになってしまったら。
それを考えると、恐ろしかった。
気が付くと、朝日が射していた。
俺は、ほんの少し、意識が飛んでいたようだ。
ハッと目を覚ます。
イエナは、まだ──目を覚ましていない。
そしてその日も目を覚ますことはなかった。
「なんで起きないんだべ!どうしたらいいか、ユラ様に聞くべ!」
ミサキは、慌てて精神世界との接続を始めた。
もうすっかり慣れたものだ。
しばらくすると、ミサキが目を開く。
「ダメだべ。ユラ様に探してもらったけど、イエナは精神世界に見つからないって。
恐らく、閉じられた世界にいるだろう、って」
ミサキは言った。
「……それはどうやったら連れ戻せるんだ?」
俺は聞いた。
「無理やり起こしたり、この場から離れたら危ないって。
……魂と身体が離れてしまうかもしれないって。
本人が目を覚ますまで──待つしかないって言ってたべ」
待つ。しかし、イエナが言っていた通り……いつまでもここで野宿するわけにはいかない。
俺は、判断に迷った。
イエナを一人、ここに置いておくわけにはいかない。
あまりにも無防備すぎる。
今のところは魔獣の影はないが、襲われればひとたまりもない。
俺が思索していると、タツオが言った。
「ユイトとミサキは、先に帰っててよ。二人がいれば、報告には事足りる。
僕たちはここでイエナを守っておくよ」
──合理的な判断だ。
むしろ、俺が一番しそうな判断を、タツオがしてくれるとは。
少し、冷静さを失っているのかもしれない。
「分かった。俺たちは先に戻る。食料と馬車は置いていく。
何かあったら、ミサキからエーテルリンクで繋ぐ。
多分、今のミサキなら……できるはずだ」
俺がそういうと、ミサキは少し驚いて頷いた。
「多分、できる式術は増えていると思う。
きっと、シオンの使っていた術もできるはずだべ」
シオンの術。──酸素を操る術、動きを遅くする術。
心強い。
今までデバフが中心だったミサキが、
より攻撃的なポジションをできるようになった。
俺とミサキは、タツオ、アルマ、カイにイエナを任せ、
テオロッドへ向かった。
ここからなら、徒歩でも半日あれば着くだろう。
前にタツオが言っていたが……
一瞬で知っている街へ飛べる式術があれば。
異世界の旅路は、ゲームほど便利ではない。




