第五十六話 俺とタツオと、異世界と。
ミサキが修行に入ってしまってから、
俺たちは〝夢幻の館〟で数日生活をすることになった。
修行中は部屋に入ってはならないと言われたので、
終わるまで俺たちは時間を潰さなければいけない。
館は意外と広く、一人一室が与えられた。
まるでホテルのような作りになっている。
さすが、ユラ=キサラギ。
事実上、セブンスロッドの主みたいな人だ。来客も多いのだろう。
俺は、手持ち無沙汰になったので、タツオの部屋に出かけた。
意外と二人きりで話をする機会が減ったように思う。
唯一の異世界転移組として、色々と話しておきたいこともある。
「よう。何してるんだ?」
部屋に入ると、タツオはベッドに寝ころびながら本を読んでいた。
「読書。これ、青の領の市場で売ってた」
こっちの世界に来た最初は驚いたが、
普通に本は読める。
式術学校での教科書も、なぜだか読めたし、理解できた。
書いてある文字は日本語とはほど遠い文字だというのに。
「それ、何の本だ?」
「タイトルは、〝式術の解明について〟式術の力を、
数学で解こうとしている面白い本」
「……お前好きそうだな。で、解けそうなのか?」
「こっちの数学知識が稚拙すぎて、何も解明できなそうだけど、とっかかりにはなるかも。数学で表現できたら、色々やれることが増えるね」
「例えば?」
「まったく新しい式術作ってみたり。例えば、新たな色とか。
意外なのが、風を操る式ってないんだよ。赤の火力で疑似的にはできるかもしれないけど。これも、例えば青の派生とかで作れるかもしれない」
「……やめとけよ。黒の式が出てきて、全部飲まれちまうぞ」
俺は、スクエアで聞いた、黒の式について触れた。
式力が暴走したとき、世界を止めると言われている黒の式。
「むしろ、黒の式も作れるかもよ?式力を潰すだけなら、式の動力源が解明できれば、そこを防げばいいだけだし」
「……世界の理を壊そうとするな。こっちの世界も壊れたら、俺たちはおしまいなんだぞ」
「うん。それなんだけど、ユイト、帰る気ある?」
「なんでだ?そろそろコンビニのアイス食べたいとか、美味いラーメン屋に行きたいとかは毎日思っているぞ」
「いや、帰りたくなくなってるのかなーって。前も悩んでたし。まあ、僕はユイトの判断に従うから。決めたら言ってよ」
「……タツオは帰りたくないのか?」
「うーん。半々かな。新しい数学知識は欲しいけど、どうせほとんど頭に入ってたから。どっちかというと、こっちで知識を生かしてやれることの方が多い気がする」
「……悲しむやつはいないのか?親とか、兄弟とか」
「どうだろうね。うちは父さんはアメリカ、母さんはイギリス、兄さんはエジプトに住んでるから。もともと自立心高い家族なんで、今僕がここにいることも気づいていないかも」
うん。中々激しい家庭環境だ。
思えば、出会ってから半年くらい経つが、タツオのことをほとんど知らないな。
そして、俺のことも、ほとんど伝えていない気がする。
まったくの異世界で、出身が同じというだけで、奇妙な信頼と、安心感を感じていた。
そしてその信頼は、戦いや旅を経て、どんどん強くなって言った気がする。
言葉なんて、いらないくらいに。
「数学にはまったのはいつからなんだ?」
俺は、ベッドに腰掛け、そのままタツオの横に寝転がった。
二人で同じ天井を見ている。
「覚えてないなあ。二歳くらいで掛け算やってた気がする」
「……なんでそんなこと覚えてるんだよ」
「あ。僕生まれてから今までのこと全部覚えてるんだ。
全部、記憶の中から引き出せる。
いわゆる完全記憶体質ってやつ?」
「……要するにまた新たなお前の特殊能力が出てきたってことだな」
こんなに時間が経ってから出てくるというのもいかがなものか。
知っていれば、もう少し生かし方もあっただろうに。
「ユイトは?なにしてたの。生徒会長としか知らないけど」
「何って……普通の高校生だよ。中学校はサッカー部で八番。
一応レギュラーだったけど、群馬県大会二回戦負け。
高校から始めたギターも、バンドを組むほどじゃない。
何をやっても中途半端な普通の高校生だ」
「いや、普通じゃないと思うよユイトは」
「どの辺がだよ。まっとうな高校生男子だろうが」
「普通の高校生はこんなに異世界に順応しないだろうし、ましてや世界の情勢に巻き込まれたりしない。十分ぶっ飛んでると思うよ」
「え?でもそれは流れ的に……」
「普通の高校生は、流れの途中で違和感に気が付くと思うよ。それで、離脱する。
ユイトはこの旅の道中、全部の流れに乗ってきたじゃん。
僕はついていくのに必死だよ。まあ、楽しいけどね」
そんな風に思っていたのか。
タツオは、いつでも飄々と自分のペースで生きていると思っていたが……
まさか、俺に合わせていたなんて。
「ま、無理やり転移に巻き込んだ責任があるからね。最後まで付き合うよ」
「最後までって、なんだよ」
「世界が終わるか、ユイトが死ぬまで」
「縁起でもないな……。ハッピーエンドはないのかよ」
「老衰はハッピーエンドじゃないの?」
「なるほど、そう言う意味か」
二人で寝転がって話していると、だんだん話の軸がなくなってくる。
「なあ、タツオ。久しぶりに聞くけど……元の世界に戻る方法って、あるのか?」
「なんで?」
「中途半端にあると期待しちゃうから、いっそ無理だと思った方が揺らがないかなって」
「ああ。じゃあ期待に沿えないけど、十年くらい時間くれれば——戻れるとは思ってるよ」
「え?お前、PCがないと無理って言ってなかったか?」
「まあ正確には高精度の演算が可能な機械だけど、多分オルディアの技術をうまく転用すれば、十年くらいでそこまでいける気がする。
SF漫画よりはペース遅いけど」
俺は、某科学高校生が主人公のSF漫画を思い浮かべた。
……そそるぜ、これは。
「転移の数式みたいのが、あるってことか?」
「空間のねじれを利用しつつ、意図的に跳ぶって感じだね。
元の世界ではタイムリープって呼ばれてたけど、あれの超時間版。
まあ、完全に元の世界に戻れるかはぶっちゃけ厳しそうだけど」
「……ん?じゃあ、別の世界に行く可能性もあるってこと?」
「うん。いくら精度を上げても、元の世界に限りなくよく似た世界に着くと思う。」
「……じゃあ、無理ってことじゃないかよ」
「確かに。その意味では、もう戻れないね」
それを聞いて、なんだか複雑な気持ちになる。
——今俺は、ほっとしなかったか?
それほどまでに、〝戻りたくない〟と思ってしまっているのか。
袖触れ合えば他生の縁というが、俺は袖どころかガッツリこの世界に関わりすぎてしまっている。
戻る戻らないも、その辺が片付いたら考えよう。
俺たちが寝っ転がっていると、扉をノックする音が聞こえる。
開けると、アルマがいた。
「ミサキとユラ、帰ってきた。ミサキはまだ寝てる」
寝てる?かなり大変な修行だったのだろうか。
いずれにしても、二日間は経っている。
——何か美味いものでも用意してやるか。
「よし。じゃあ食材探しに行こう」
俺は横で転がってるタツオに声をかけた。




