エピソード・オブ・ミサキ 紫の零点
「さて、ミサキ。お主の覚悟を見せてもらおうかの」
〝夢幻の館〟。
ミサキは、ユラ=キサラギと向かい合って座っていた。
「一体、何をするんだべ……ひいひいお祖母ちゃん」
「長ったらしいのう。ユラでいい」
「んじゃあ、ユラ様。数日かかるって言ってたけど、どこかにいくんだべか?」
「いや。ここから出ない。だが、数日くらいはかかるだろう」
どういうことだろう。
まさかここで二人で座って数日間話をするわけでもないだろう。
「始める前に、水分を良くとっておけ」
ユラはそう言うと、ミサキに水を渡した。
「ここが〝夢幻の館〟と呼ばれているのは聞いたか?」
ユラの問いかけに、ミサキは頷く。
「これから、お前の意識とわしの意識を〝つなぐ〟。
そこでお前が見るのは、夢幻の世界じゃ」
「夢幻の世界?」
「精神世界じゃ。そこで流れる時間は、現実の時間と異なる。
精神世界での一瞬は、こっちの世界での数日になることもある。
逆に、精神世界での数年が、こっちの世界で一瞬だったりする。
──お主も、そういう夢を見たことがあるじゃろう?」
眠りについたと思ったら、あっという間に朝だった。
逆に悪夢にうなされて、何時間も苦しんだと思って起きたら、
まだ数分しか経っていなかった。
そういった経験は、ミサキにもあった。
ミサキは、頷く。
「これから入る世界をどれくらいで抜け出せるかは、お主次第だ。
一日かもしれないし、一週間かもしれん。
わしは初めて〝つながった〟時、目が覚めると一週間が経っていた。
数日と言ったのは、それくらい精神的に負荷がかかると想定しているからじゃ」
「……抜け出す?」
「精神世界で一つの決断を下せれば、こっちの世界に戻ってこられる。
──決断が下せないまま、精神世界をさまようものもいる」
「もしさまよったら……どうなるんだべ?」
「……廃人じゃ。そのまま目を覚まさなかったものも、たくさん見てきた。
心の弱いものは、やるべきではない。
それでも、やるか?」
ユラは、再びミサキの目を見つめる。
廃人。重すぎる言葉。
しかし、ここで変わらなければ──成長はない。
「……やる」
ミサキは、少し間をおいて、答えた。
逡巡は、ない。
ここに来たときから、決めていた。
どんな試練があろうが、向き合おうと。
それくらい、ショックだった。
自分より、はるかに多様な式を扱う男──シオン。
そして、精神干渉をできるという女──リーヴァ。
紫の二式になり、教えるものがいないと言われた時。
私は浮かれていなかったか?
何者かになったと、勘違いしていなかったか?
数々の戦いを経て、戦闘では幻惑を。
索敵では、探知を。
自分なりに、チームへ貢献してきたつもりだ。
だが──強大な敵の前で、何もできなかったのも事実だ。
グラディオ。
シオン。
肝心な時に、私の式は何の役にも立たなかった。
──このまま、立ち止まっているわけにはいかない。
「お主は、なぜそこまで式力を上げたい。
今のままでも十分、テオロッドでは最高峰じゃろうて。
オウシュウに帰れば、食うには困らんじゃろう
──命をかけてまで無理をする必要はなかろう」
「それじゃ、ダメなんだべ。
平和な世界で……幸せに暮らすには、オルディアの脅威を止めないと。
そのためには……力が必要だべ」
「それは……お主の仕事か?テオロッドの仕事じゃないのかい?」
ユラは、更に揺さぶりをかけてくる。
しかし、ミサキの目は揺るがない。
首を振った。
「これはもう、私の仕事だ」
「……覚悟ができているようだね。じゃあ、はじめるよ。
目を閉じて」
ミサキは、ユラの声に従い、目を閉じる。
直後──ミサキは別の世界にいた。
ここが精神世界。
しかし──そうは思えないほど、現実的だ。
色がある。
いつもの夢のように、曖昧な色ではない。
先ほどまでいた館の部屋とは、まったく異なる空間。
広い部屋。紫の霧に、包まれている。
ミサキは、椅子に、縛られていた。
身動きが、取れない。
──どういうことだ。
ユラの姿を探すが、どこにも見当たらない。
気が付くと、目の前に見覚えのある——忌々しい顔が現れた。
シオン=キサラギ。
長髪の紫の領主。
……なるほど。精神世界であれば、死者も蘇る、ってわけか。
「なんでお前が……出てくるんだべ」
ミサキが言うと、シオンが答える。
「それは、お前の意識の問題だろう。
私に対して、何か強い執念があるんじゃないのか?」
シオンは淡々と答える。
──うろたえるな。
シオンはあの時、死んでいる。
今私が見ているのは、ただの幻だ。
シオンは手をかざした。
するとシオンの横に、椅子が四つ現れる。
ミサキと向かい合う形だ。
座っていたのは、ユイト、タツオ、イエナ、アルマ。
全員──縛られている。
「さて。これからお前に選んでもらうのは、命の選択だ。
この中で一人だけ、命を救うことを選べ。
他の三人は死ぬ」
「……そんなの、選べるわけないべ!」
「そうか?しかし、そういう場面が来るかもしれない。
その時お前は何を選ぶか。考えてみるがいい。
おっと、例外を忘れていた。
お前が死ぬことを選べば、全員の命は助けてやる。
その代わりお前はこの精神世界で永遠にさまようことになるがな」
シオンは言った。
幻のくせに、ルールを提示してきた。
そして、やたら現実的だ。
「どうせ幻だべ。ここで死んでも、現実世界の仲間たちに影響はないべ」
ミサキは言った。
そう思えば、気が楽になる。
「いや──どうかな。精神世界はつながっているからな。
ここでの死は、あるいは精神の死につながるかもしれない。
やってみないと分からない」
どこまでが幻で──どこまでが現実だ。
空間の雰囲気や、シオンの話口も相まって、
ミサキはその境界線がぼやけるのを感じていた。
「さあ。選ぶがいい。それとももう決まっているか?
直接話して決めてもいいぞ」
四人が、こちらを見ている。
皆、助けてくれ、と叫んでいる。
嘘だ。幻だ。
本物のこいつらは、そんなやつらじゃない。
仲間の命を捨ててまで助かりたいなんてやつは、一人もいない。
「ちなみに、この世界で出てくる人は、私も含めてすべてお前が創り出している。
多かれ少なかれ、お前は〝そう見ている〟ということだ」
──そんな馬鹿な。
私は仲間をそんな風に見た記憶がない。
それとも、深層心理でそう捉えていたというのか。
「ミサキ、お願い。私を選んで」
最初に話しかけてきたのは、イエナだった。
「これまで、色んな場所で一緒に過ごしたじゃない。
アルマなんて、最近入ったばかり。それに、男は裏切る。
信頼できるのは、女同士の友情、そうでしょう?
選ぶなら私に決まってるよね?」
──ニセモノだ。
イエナはそんなこというはずがない。
しかし──。
私はイエナに、そう思ってほしいのだろうか?
「イエナ……選べないべ」
すると、イエナは顔色を変え、激昂をした。
見たことのない表情。
「なんで選ばないのよ!この田舎者!
大体、頭いいくせにバカぶっているのが気に食わないのよ!
さっさと選びなさいよ!この性悪!」
最悪だ。
イエナがそんなことを思っているはずはない。
でも──思っているかもしれないと、私が思っている。
これは、私自身が作った幻なのだから。
ミサキは唇をかんだ。
私の性格の悪さが、前面に出てるべな……
次に話しかけてきたのは、アルマだった。
「私を選べ。他のやつらより、役に立つ。
ミサキの探知と私の機動力があれば、どんな敵も倒せる」
「アルマ。選べないべ」
今度はアルマが形相を変える。
「ふざけるな。殺すぞ。私がいなければ、全員死んでいた。
だったら、私が今殺しても、同じ。選ばないなら、お前が死ね」
まだ旅をして短い。
しかし、アルマがいいやつであることは分かっている。
純粋無垢。
そして、その戦闘力の高さも知っている。
こんなことを言うはずもない。
だが……言うかもしれないと、ほかならぬ私が思っている。
「おい、ミサキ。俺たちは盟友だろう?いいづらいことも相談しあってきたじゃないか。他のやつらは、自分のことしか考えていない。俺はお前のことを考えている」
ユイトが言った。
ユイトは……本物に近かった。
しかし、選べない。選べるわけない。
「ユイト……無理だべ」
ユイトは、叫び始める。
「いい加減にしろよ、お前!誰のおかげでここまで旅ができたと思っている!
俺が色々我慢して、気をつかってやっているからだろうが!
何も考えずに適当に生きてきたお前とは違うんだ!」
心が、痛い。
幻と──ニセモノと分かっていても、辛い。
それくらい、ユイトに対しての信頼があることにミサキは気が付いた。
「さて、やっぱり選ぶのは僕だね。だって、ミサキが好きなのは僕なんだから」
タツオが言い始める。
違う。タツオが、言うわけもない。
しかし──私の本心は、気づいてほしいと願っているということだ。
「ずっと僕のことを見ているもんね。分かっていたよ?
さあ。さっさと僕を選んで、二人で仲良く暮らそうよ。
世界の平和とか、どうでもいいじゃん」
「……どうでもいいわけないべ!」
ミサキは叫んだ。
「自分たちだけよければいいなんて、間違っているべ。
平和な世界で、幸せに暮らすには……戦うしかないべ」
「え?まさか僕を選ばないってこと?」
「……選ばないべ」
「はは、じゃあ、死ぬってことか。
いいじゃん。どうせミサキなんて火力になってないし、
せいぜい敵を探すくらいしか能がないんだから。
アルマも入ってきたし、ミサキが抜ければちょうど男女バランスもいいしね。
……早く死ねよ」
タツオが、笑いながら言った。
……これは、タツオに言ってほしくない言葉。
でも、言われてしまうかもしれない言葉。
ミサキは気が付いた。
自分を傷つけるのは、他人ではない。
──卑屈な、自分自身の心だ。
精神的苦痛を受けながら、ミサキはそれでも耐えた。
唇からは、血が出ている。
握りしめたこぶしに、爪が食い込む。
「さて。全員話をしたな。お前は誰を選ぶ?
それとも、自らの死を選ぶか?」
シオンが、手を広げて言った。
紫の長髪が、鮮やかに揺れる。
「……選ばないべ」
ミサキは、低い声で言った。
「ん?選べない?ということは自死を選ぶか」
「違う。〝選ばない〟だ」
ミサキは、自らを拘束する縄を力で引きちぎった。
「な……なんだそれは。そんな選択肢はない」
「ないなら、作ればいいべ。
私は、全員助けて、私も生きる」
ミサキの、髪が逆立っていく。
髪の色は鮮やかな紫に変化していく。
そして、目が、紫色に輝く。
「この精神世界をぶっ壊す。そしたら全員助かるべ」
ミサキは、全身から式力を発した。
紫の光が、空間に広がる。
空間にひびが入り……大きな音を立てて、割れた。
ミサキは気が付くと、ベッドに横たわっていた。
目を開けると、ユラの顔が目に入った。
幻なのか──自分によく似た、若かりし頃のユラの顔が一瞬見えた。
「ユラ……様。どうなったべ。あれから……どれくらい経ったべ」
「出てくるのに二日。出てきてから一日寝てたから、計三日だね。
あんたが起きたら美味い物食わせてやるっていって、皆食材を探しにいったよ。
いい仲間をもったね。ミサキ」
ユラが言った。
ミサキは、まだ呆けていた。
「うまく……行ったべか」
「ああ。やり方はめちゃくちゃだがの。
普通、夢幻の世界でのルールは破れない。
世界ごと破壊するなんて、お前と、わしくらいじゃろう」
「え?……ユラ様も?」
ミサキが聞くと、ユラは頷いた。
「お前くらいの年のころじゃな。今から百年以上前じゃ。
わしにも、恋する相手がおった。懐かしいのう」
そうだったのか。
この老婆にもそんな時代があったのか。
「その相手とは……どうなったんだべ?」
「もちろん、結婚したよ。相手はふわふわと交わしてきたけど、逃がさなかったよ。
つまり、あんたのひいひい祖父ちゃんさ」
なるほど。この執着心はもしかしたらユラ譲りなのかもしれない。
ミサキは思った。
「あんたの純度は、恋じゃなかったみたいだね。
あんた、底なしの負けず嫌いで、諦め嫌いだ。
私と一緒だよ。諦めない純度が、一級品だ。
私も、まだ世界の探求を諦めていない。
子どもに老衰で先立たれ、枯れ木のような体になって、
人外とか妖怪とか人に言われても、な」
ユラは、そういって笑った。
歯はほとんどない。
しかし、その笑顔はとても輝いていた。
また一瞬。若かりし頃の姿が見えた気がする。
「ユラ様は……ひいひい祖母ちゃんは、ちゃんと人だべ。
あったかい人。私に似てるべ」
ミサキがそういうと、あんたが私に似てるんだよ、とユラはミサキを小突いた。
ミサキが体を起こし、〝夢幻の館〟の居間にいくと、
仲間が全員集まっていた。
「ミサキ!大丈夫?」
イエナの声。いつものように優しく、ミサキを包む。
「キノコ採ってきたから、スープ作ったぞ」
ユイトが厨房から声をかける。
「私、たくさん獲った」
アルマが続いた。
「おはよう。いっぱい寝たね」
タツオがいう。
あんたに言われたくないべ。
「さあ!皆起きたら出発だな?!そうなんだな?」
──カイが騒いだ。
ごめん。あんた、幻でも出てきてなかったわ。
仲間の様子を見ていると、なぜだかミサキは涙が出てきた。
……一度も仲間の前で泣いたことがないのに。
涙を止めようとすると、余計溢れてくる。
不思議だ。
イエナが近づいてきて、抱きしめてくる。
「どうしたの!?ミサキ、大丈夫だから」
背中を叩く。
「……うえーん。ミサキぃぃ。怖かったべよぉ……」
ミサキは、もう周りをはばからず泣いた。
もういいべ。こいつらなら、全部さらけ出しても。
人は、安心すると涙が出る、ということをミサキは知った。
タツオは不思議そうな顔をしていたが、
なにかを察したように読んでいた本に目を戻した。
ユイトは、こちらを見ないようにしながら、
スープできたぞー、と言ってテーブルにスープを並べた。
温かい。
家族のような。家族以上のような、仲間たち。
皆で平和な世界をつかみとり、幸せに暮らす。
それまでは──絶対に諦めない。
ミサキは、止まらない涙にそう誓った。




