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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第三章

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エピソード・オブ・ミサキ 紫の零点

「さて、ミサキ。お主の覚悟を見せてもらおうかの」


〝夢幻の館〟。

ミサキは、ユラ=キサラギと向かい合って座っていた。


「一体、何をするんだべ……ひいひいお祖母ちゃん」


「長ったらしいのう。ユラでいい」


「んじゃあ、ユラ様。数日かかるって言ってたけど、どこかにいくんだべか?」


「いや。ここから出ない。だが、数日くらいはかかるだろう」


どういうことだろう。

まさかここで二人で座って数日間話をするわけでもないだろう。


「始める前に、水分を良くとっておけ」

ユラはそう言うと、ミサキに水を渡した。

「ここが〝夢幻の館〟と呼ばれているのは聞いたか?」


ユラの問いかけに、ミサキは頷く。


「これから、お前の意識とわしの意識を〝つなぐ〟。

そこでお前が見るのは、夢幻の世界じゃ」


「夢幻の世界?」


「精神世界じゃ。そこで流れる時間は、現実の時間と異なる。

精神世界での一瞬は、こっちの世界での数日になることもある。

逆に、精神世界での数年が、こっちの世界で一瞬だったりする。

──お主も、そういう夢を見たことがあるじゃろう?」


眠りについたと思ったら、あっという間に朝だった。

逆に悪夢にうなされて、何時間も苦しんだと思って起きたら、

まだ数分しか経っていなかった。

そういった経験は、ミサキにもあった。


ミサキは、頷く。


「これから入る世界をどれくらいで抜け出せるかは、お主次第だ。

一日かもしれないし、一週間かもしれん。

わしは初めて〝つながった〟時、目が覚めると一週間が経っていた。

数日と言ったのは、それくらい精神的に負荷がかかると想定しているからじゃ」


「……抜け出す?」


「精神世界で一つの決断を下せれば、こっちの世界に戻ってこられる。

──決断が下せないまま、精神世界をさまようものもいる」


「もしさまよったら……どうなるんだべ?」


「……廃人じゃ。そのまま目を覚まさなかったものも、たくさん見てきた。

心の弱いものは、やるべきではない。

それでも、やるか?」


ユラは、再びミサキの目を見つめる。

廃人。重すぎる言葉。

しかし、ここで変わらなければ──成長はない。


「……やる」


ミサキは、少し間をおいて、答えた。

逡巡は、ない。

ここに来たときから、決めていた。

どんな試練があろうが、向き合おうと。


それくらい、ショックだった。

自分より、はるかに多様な式を扱う男──シオン。

そして、精神干渉をできるという女──リーヴァ。


紫の二式になり、教えるものがいないと言われた時。

私は浮かれていなかったか?

何者かになったと、勘違いしていなかったか?


数々の戦いを経て、戦闘では幻惑を。

索敵では、探知を。

自分なりに、チームへ貢献してきたつもりだ。


だが──強大な敵の前で、何もできなかったのも事実だ。


グラディオ。

シオン。

肝心な時に、私の式は何の役にも立たなかった。


──このまま、立ち止まっているわけにはいかない。


「お主は、なぜそこまで式力を上げたい。

今のままでも十分、テオロッドでは最高峰じゃろうて。

オウシュウに帰れば、食うには困らんじゃろう

──命をかけてまで無理をする必要はなかろう」


「それじゃ、ダメなんだべ。

平和な世界で……幸せに暮らすには、オルディアの脅威を止めないと。

そのためには……力が必要だべ」


「それは……お主の仕事か?テオロッドの仕事じゃないのかい?」


ユラは、更に揺さぶりをかけてくる。

しかし、ミサキの目は揺るがない。

首を振った。


「これはもう、私の仕事だ」


「……覚悟ができているようだね。じゃあ、はじめるよ。

目を閉じて」



ミサキは、ユラの声に従い、目を閉じる。

直後──ミサキは別の世界にいた。


ここが精神世界。

しかし──そうは思えないほど、現実的だ。


色がある。

いつもの夢のように、曖昧な色ではない。


先ほどまでいた館の部屋とは、まったく異なる空間。

広い部屋。紫の霧に、包まれている。


ミサキは、椅子に、縛られていた。

身動きが、取れない。

──どういうことだ。

ユラの姿を探すが、どこにも見当たらない。


気が付くと、目の前に見覚えのある——忌々しい顔が現れた。


シオン=キサラギ。

長髪の紫の領主。


……なるほど。精神世界であれば、死者も蘇る、ってわけか。


「なんでお前が……出てくるんだべ」


ミサキが言うと、シオンが答える。


「それは、お前の意識の問題だろう。

私に対して、何か強い執念があるんじゃないのか?」

シオンは淡々と答える。


──うろたえるな。

シオンはあの時、死んでいる。

今私が見ているのは、ただの幻だ。


シオンは手をかざした。

するとシオンの横に、椅子が四つ現れる。

ミサキと向かい合う形だ。


座っていたのは、ユイト、タツオ、イエナ、アルマ。

全員──縛られている。


「さて。これからお前に選んでもらうのは、命の選択だ。

この中で一人だけ、命を救うことを選べ。

他の三人は死ぬ」


「……そんなの、選べるわけないべ!」


「そうか?しかし、そういう場面が来るかもしれない。

その時お前は何を選ぶか。考えてみるがいい。

おっと、例外を忘れていた。

お前が死ぬことを選べば、全員の命は助けてやる。

その代わりお前はこの精神世界で永遠にさまようことになるがな」


シオンは言った。

幻のくせに、ルールを提示してきた。

そして、やたら現実的だ。


「どうせ幻だべ。ここで死んでも、現実世界の仲間たちに影響はないべ」


ミサキは言った。

そう思えば、気が楽になる。


「いや──どうかな。精神世界はつながっているからな。

ここでの死は、あるいは精神の死につながるかもしれない。

やってみないと分からない」


どこまでが幻で──どこまでが現実だ。


空間の雰囲気や、シオンの話口も相まって、

ミサキはその境界線がぼやけるのを感じていた。


「さあ。選ぶがいい。それとももう決まっているか?

直接話して決めてもいいぞ」


四人が、こちらを見ている。

皆、助けてくれ、と叫んでいる。


嘘だ。幻だ。

本物のこいつらは、そんなやつらじゃない。

仲間の命を捨ててまで助かりたいなんてやつは、一人もいない。


「ちなみに、この世界で出てくる人は、私も含めてすべてお前が創り出している。

多かれ少なかれ、お前は〝そう見ている〟ということだ」


──そんな馬鹿な。

私は仲間をそんな風に見た記憶がない。

それとも、深層心理でそう捉えていたというのか。


「ミサキ、お願い。私を選んで」

最初に話しかけてきたのは、イエナだった。


「これまで、色んな場所で一緒に過ごしたじゃない。

アルマなんて、最近入ったばかり。それに、男は裏切る。

信頼できるのは、女同士の友情、そうでしょう?

選ぶなら私に決まってるよね?」


──ニセモノだ。

イエナはそんなこというはずがない。

しかし──。

私はイエナに、そう思ってほしいのだろうか?


「イエナ……選べないべ」


すると、イエナは顔色を変え、激昂をした。

見たことのない表情。


「なんで選ばないのよ!この田舎者!

大体、頭いいくせにバカぶっているのが気に食わないのよ!

さっさと選びなさいよ!この性悪!」


最悪だ。

イエナがそんなことを思っているはずはない。

でも──思っているかもしれないと、私が思っている。

これは、私自身が作った幻なのだから。

ミサキは唇をかんだ。


私の性格の悪さが、前面に出てるべな……


次に話しかけてきたのは、アルマだった。


「私を選べ。他のやつらより、役に立つ。

ミサキの探知と私の機動力があれば、どんな敵も倒せる」


「アルマ。選べないべ」


今度はアルマが形相を変える。

「ふざけるな。殺すぞ。私がいなければ、全員死んでいた。

だったら、私が今殺しても、同じ。選ばないなら、お前が死ね」


まだ旅をして短い。

しかし、アルマがいいやつであることは分かっている。

純粋無垢。

そして、その戦闘力の高さも知っている。

こんなことを言うはずもない。

だが……言うかもしれないと、ほかならぬ私が思っている。


「おい、ミサキ。俺たちは盟友だろう?いいづらいことも相談しあってきたじゃないか。他のやつらは、自分のことしか考えていない。俺はお前のことを考えている」


ユイトが言った。

ユイトは……本物に近かった。

しかし、選べない。選べるわけない。


「ユイト……無理だべ」


ユイトは、叫び始める。

「いい加減にしろよ、お前!誰のおかげでここまで旅ができたと思っている!

俺が色々我慢して、気をつかってやっているからだろうが!

何も考えずに適当に生きてきたお前とは違うんだ!」


心が、痛い。

幻と──ニセモノと分かっていても、辛い。

それくらい、ユイトに対しての信頼があることにミサキは気が付いた。


「さて、やっぱり選ぶのは僕だね。だって、ミサキが好きなのは僕なんだから」


タツオが言い始める。

違う。タツオが、言うわけもない。

しかし──私の本心は、気づいてほしいと願っているということだ。


「ずっと僕のことを見ているもんね。分かっていたよ?

さあ。さっさと僕を選んで、二人で仲良く暮らそうよ。

世界の平和とか、どうでもいいじゃん」


「……どうでもいいわけないべ!」

ミサキは叫んだ。


「自分たちだけよければいいなんて、間違っているべ。

平和な世界で、幸せに暮らすには……戦うしかないべ」


「え?まさか僕を選ばないってこと?」


「……選ばないべ」


「はは、じゃあ、死ぬってことか。

いいじゃん。どうせミサキなんて火力になってないし、

せいぜい敵を探すくらいしか能がないんだから。

アルマも入ってきたし、ミサキが抜ければちょうど男女バランスもいいしね。

……早く死ねよ」


タツオが、笑いながら言った。

……これは、タツオに言ってほしくない言葉。

でも、言われてしまうかもしれない言葉。


ミサキは気が付いた。


自分を傷つけるのは、他人ではない。

──卑屈な、自分自身の心だ。


精神的苦痛を受けながら、ミサキはそれでも耐えた。

唇からは、血が出ている。


握りしめたこぶしに、爪が食い込む。


「さて。全員話をしたな。お前は誰を選ぶ?

それとも、自らの死を選ぶか?」

シオンが、手を広げて言った。

紫の長髪が、鮮やかに揺れる。


「……選ばないべ」

ミサキは、低い声で言った。


「ん?選べない?ということは自死を選ぶか」


「違う。〝選ばない〟だ」


ミサキは、自らを拘束する縄を力で引きちぎった。


「な……なんだそれは。そんな選択肢はない」


「ないなら、作ればいいべ。

私は、全員助けて、私も生きる」


ミサキの、髪が逆立っていく。

髪の色は鮮やかな紫に変化していく。

そして、目が、紫色に輝く。


「この精神世界をぶっ壊す。そしたら全員助かるべ」


ミサキは、全身から式力を発した。

紫の光が、空間に広がる。


空間にひびが入り……大きな音を立てて、割れた。






ミサキは気が付くと、ベッドに横たわっていた。


目を開けると、ユラの顔が目に入った。

幻なのか──自分によく似た、若かりし頃のユラの顔が一瞬見えた。


「ユラ……様。どうなったべ。あれから……どれくらい経ったべ」


「出てくるのに二日。出てきてから一日寝てたから、計三日だね。

あんたが起きたら美味い物食わせてやるっていって、皆食材を探しにいったよ。

いい仲間をもったね。ミサキ」


ユラが言った。

ミサキは、まだ呆けていた。


「うまく……行ったべか」


「ああ。やり方はめちゃくちゃだがの。

普通、夢幻の世界でのルールは破れない。

世界ごと破壊するなんて、お前と、わしくらいじゃろう」


「え?……ユラ様も?」


ミサキが聞くと、ユラは頷いた。


「お前くらいの年のころじゃな。今から百年以上前じゃ。

わしにも、恋する相手がおった。懐かしいのう」


そうだったのか。

この老婆にもそんな時代があったのか。


「その相手とは……どうなったんだべ?」


「もちろん、結婚したよ。相手はふわふわと交わしてきたけど、逃がさなかったよ。

つまり、あんたのひいひい祖父ちゃんさ」


なるほど。この執着心はもしかしたらユラ譲りなのかもしれない。

ミサキは思った。


「あんたの純度は、恋じゃなかったみたいだね。

あんた、底なしの負けず嫌いで、諦め嫌いだ。

私と一緒だよ。諦めない純度が、一級品だ。

私も、まだ世界の探求を諦めていない。

子どもに老衰で先立たれ、枯れ木のような体になって、

人外とか妖怪とか人に言われても、な」


ユラは、そういって笑った。

歯はほとんどない。

しかし、その笑顔はとても輝いていた。

また一瞬。若かりし頃の姿が見えた気がする。


「ユラ様は……ひいひい祖母ちゃんは、ちゃんと人だべ。

あったかい人。私に似てるべ」


ミサキがそういうと、あんたが私に似てるんだよ、とユラはミサキを小突いた。


ミサキが体を起こし、〝夢幻の館〟の居間にいくと、

仲間が全員集まっていた。


「ミサキ!大丈夫?」

イエナの声。いつものように優しく、ミサキを包む。


「キノコ採ってきたから、スープ作ったぞ」

ユイトが厨房から声をかける。


「私、たくさん獲った」

アルマが続いた。


「おはよう。いっぱい寝たね」

タツオがいう。

あんたに言われたくないべ。


「さあ!皆起きたら出発だな?!そうなんだな?」

──カイが騒いだ。

ごめん。あんた、幻でも出てきてなかったわ。


仲間の様子を見ていると、なぜだかミサキは涙が出てきた。

……一度も仲間の前で泣いたことがないのに。


涙を止めようとすると、余計溢れてくる。

不思議だ。


イエナが近づいてきて、抱きしめてくる。

「どうしたの!?ミサキ、大丈夫だから」

背中を叩く。


「……うえーん。ミサキぃぃ。怖かったべよぉ……」

ミサキは、もう周りをはばからず泣いた。

もういいべ。こいつらなら、全部さらけ出しても。


人は、安心すると涙が出る、ということをミサキは知った。


タツオは不思議そうな顔をしていたが、

なにかを察したように読んでいた本に目を戻した。

ユイトは、こちらを見ないようにしながら、

スープできたぞー、と言ってテーブルにスープを並べた。


温かい。

家族のような。家族以上のような、仲間たち。


皆で平和な世界をつかみとり、幸せに暮らす。

それまでは──絶対に諦めない。


ミサキは、止まらない涙にそう誓った。


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