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テオロッド戦記—異世界転移した俺、式術世界で国家戦争に巻き込まれる—  作者: ヨダカカツキ
第三章

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第五十五話 紫の領と、夢幻の館と。

「というわけで、紫の領で落ち合う形でお願いします。

多分一週間くらいで着くと思いますが……」

イエナはマレクに向かって行った。


「あいよ。ゆっくり楽しんでこい。

俺は先に行って、また向こうで釣りでもしてるからよ」


マレクの一人留守番も慣れたものだ。

俺だったら寂しくなってしまうが、海の男は孤独にも強いのだろうか。


ナギが用意した旅行コースは、紫の領までだった。

緑の領は、どうせなら首都ではなく離島のククノチの森に行った方が良いとのことだった。

自然溢れる神秘の島。

地図で見ると、元の世界の屋久島あたりだ。

船でしか行けない。


俺たちはナギと共に紫の領へ向かい、そこで別れることになった。

ナギは、シオンやツバサに代わる領主候補を探しに行かなければいけない。

紫の領から、黄の領という旅程だ。


大型の荷馬車が二台と、馬車を引く従者が用意されていた。


「すぐに代わりの候補が見つかればいいけど……。

中々難航しそうだな。特に紫の領は」

ナギが言った。


「そもそも、領主ってどうやって決めてるんだ?」

俺は聞いた。

例の件以来、なんとなくタメ口になっている。

まぁ、仲良くなった証ということで。


「基本的には各領内で決定している。決め方は領によってバラバラだ。

世襲のところもあれば、選挙のところもある。

青の領は選挙だから、俺みたいな市民でもなれたんだ」

ナギが答える。


「実力がすべてだな!」

カイが言った。


「……なんでカイがついてきてるんだよ。無の領に帰らなくていいのか?」

俺は脳筋男に向かっていった。


「領主の決定をナギだけに任せるわけにはいかんだろう!

俺は人を見る目があるからな!」

カイは大きな声で答えた。


「……カイはなんで領主になれたんだ?」

俺はナギに聞いた。


「……無の領は、その時一番強い剣士を領主にするんだ。

だから、こういう間違いが時々起きる」

ナギはため息をつきながら言った。


「紫の領は、何で選んでるんだべ。あのシオンって男……選んじゃいけないやつだべ」

ミサキが言った。


「紫の領は、世襲だ。キサラギ家から基本的に選ばれている。

あそこは特殊な領でね。領主よりも権力のある……妖怪みたいな人がいる」

ナギは、少し憂鬱そうに言った。


「妖怪……?シオンより強いってことだべか?」


「うーん……。なんていうか、まぁ、シオンの血族だよ。

ユラ=キサラギという、老女だ。

ただ、もう人間と言っていいのか分からない。

なにしろ百歳……いや、もっとだろうな。誰も正確には知らない。

……できれば会いたくないんだけど」


「なんで?」

タツオが聞いた。


「領主になった時挨拶に来たんだけど、なんて言うか……

全部見透かされる気がするんだよ。

でも、筋通さないとなぁ……」

ナギはため息をついた。


馬車は進んでいく。

セブンスロッドの街道は、素晴らしく整備されていた。

七領会議で各領の往来が多いからだろうか。

定期的に馬宿があり、距離を示す標識もある。

今まで荒れた山道ばかり通ってきた俺たちからすると、快適な旅だった。


「ところで、君たちはなんで紫の領に行きたいんだ?

ただの旅行ってわけじゃないだろう?」

ナギが言った。


「私が知らない紫の式があることが許せないべ!

というか、なんでテオロッドにない式がこっちにあるんだべ。

テオロッドは式術の聖地って話だったべ」

ミサキが言った。


「確かに。紫の高位者なんて、テオロッドではほとんどいません。

ミサキが、一番高いくらいです。

——セブンスロッドは、高位者が多いのですか?」

イエナが続けた。


「うーん。俺は無式者だから、式のことは分からないな。

その辺のことも、会えば分かると思うよ。

さっき話した、人外の老女……ユラ=キサラギに。

緑の領も、同じ理由かい?」


「はい。緑の式にも更に奥があるなら、知っておきたいので」


「そういう意味では、やはりククノチの森で正解だ。

あそこはセブンスロッドの中でも聖地とされてるからね。

ヘリオス=テオロッドが余生を過ごした地としても知られている」


やはり、屋久島の神秘性は時代を超えても続いているようだ。

……元の世界で行ったことはないけど。


街道を進んでいくと、特有の匂いがした。

腐った卵のような、あの匂い……。

硫黄だ。


「ナギ、この辺り、もしかして温泉があるのか?」

俺は聞いた。


「温泉?」


「ああ。地面から湧き出る熱湯だ」


まさか……この国も温泉を野放しにしているのか?


「ああ。それなら、この辺りはそこら中に沸いているよ。

匂いを嫌って、人はあまり住んでないけどね」


やはり。


「大分県民が温泉に入らないなんて温泉への冒涜だぞ!

いますぐその地へ向かってくれ!」

俺は叫んだ。


「オオイタケンミン……?なんのことだ?そこに行けばいいのか?」


あ。しまった。元の世界の地名が出てしまった。


「そうだ!旅の疲れも、心の疲れも、全部吹っ飛ぶぞ!」


俺は大声で誤魔化した。

せっかくのセブンスロッド(九州)旅行。温泉に入らない選択肢はない。

ということで、急遽温泉回に突入。


馬車が谷を抜けた瞬間、空気が変わった。

白い。

視界のあちこちに、白い煙が立ち上っている。


霧ではない。

地面から、湯気が噴き出しているのだ。


「この辺りは全部こんな感じだよ。……ここでなにするんだ?」


土の裂け目から、岩の隙間から、

あらゆる場所から蒸気が立ち昇っている。


まるで、大地そのものが呼吸しているようだった。


一歩踏み込んだ瞬間、鼻を刺す匂いが来た。


「うっ……!」


ミサキが顔をしかめる。


「これは強烈だべな」


硫黄の匂い。ブレイヴェンでも温泉に入ったが、ここまでの匂いはなかった。

慣れない者には、ただ不快なだけだろう。


「……くさい。人いない理由、分かる」


アルマが静かに言った。

周囲に建物はない。


いや、正確には——

あった形跡はある。


崩れた木組み。黒く変色した石。

だが、どれも途中で放棄されたように朽ちていた。


空気は重く、匂いは濃く、

地面は熱を帯びている。


足元で、音がする。


ゴボ……ゴボ……


湯だ。


地面の割れ目から、濁った湯が泡を立てている。


触れずとも分かる。

うん、入れる温度じゃないな。


「ふははは!地獄みたいだな!」

カイが豪快に笑っている。


さらに進むと、色が変わる。

白い湯気の向こうに、赤黒い水面が見えた。


まるで血のような色をした湯が、

静かに、しかし確かに煮え立っている。


別の場所では、青く澄んだ湯が湧いている。

だがそれもまた、近づけば肌を焼く熱を孕んでいた。


同じ場所なのに、

まるで違う世界が重なっているようだった。


カイは恐る恐る歩いていたが、俺の見解は全く異なっていた。

ここは、完全に温泉パラダイスだ。


「少し待っててくれ。イエナ、ミサキ。

青の式で温度調節協力してくれ。

タツオは建築協力を。ここを簡易温泉場に作り替える」


それから、数時間ほど。

俺たちはその温泉地を入浴可能な状態に作り替えた。

土の式術で仕切りを作り、簡易脱衣所を完成させる。

完全にDIYスキルが上がっている。

皆の力もあるが、ハルカゼたちとの対決もかなり参考になった気がする。


赤い湯、青い湯、そして白い湯。

瞬く間に地獄のような場所は、温泉施設に変わった。


「よし、こんなもんだろう。これでとりあえず入れる」

俺は作業を終えると、ナギとカイを脱衣所に連れて行った。

男性陣は、赤の湯。女性陣は隣の青の湯。


「裸でこのお湯に浸かるのか?」

ナギは全裸で恐る恐る湯に足を入れる。


「温度はちょうど良くしてある。少し熱く感じるかもしれないが、すぐに慣れる。ゆっくり体を沈め、最後は肩までだ。

カイ——いきなり全部入るな。心臓に悪いぞ」


説明している横から、カイは肩まで浸かっている。


「うん!熱い!でも全身が解放される気がするな!」


やがて、ナギも肩まで浸かる。

「ん……。ほう、これは……いいな」


「ブレイヴェンやテオロッドでは、この施設の開発をしている。

この国も、これをやったらいい。シンベエあたりに仕切らせればいいんじゃないか?観光も商売に繋がるだろう」


「確かに……人が寄りつかない禁足地になってた場所に、こんな使い道があるなんてな」

ナギは言った。


俺たちは束の間の休息を楽しんだ。

横から、女性陣のキャピキャピした声が聞こえる。

無意識に聞き耳を立ててしまうが、何を話しているかは聞こえない。

まぁ、アルマも馴染んだようで安心だ。

最初は少し心配していたが。


「ちょうどここから見えるな。

——あの山の頂上が、ユラ=キサラギの館だ。

通称、〝夢幻の館〟。気が重いなぁ」

ナギが言った。


「俺はあの婆さん、別に苦手じゃないぞ!俺の実力を認めてるみたいだしな!」

カイが湯から顔を出して言った。

潜るなよ、子どもじゃないんだから。


「お前の言ってるのは、〝式力があったら世界一の式者になる〟

って言葉だろ……?

遠回しにバカにされてんだぞ、きっと」ナギが呆れたように言った。


「なに?だとしたらあの婆さん……許せん!」

カイは今度は立ち上がった。

大事な場所を隠そうともしない。


全く、賑やかなやつだ……。


「二人は二十年の付き合いって言ってたけど、今何歳なんだ?」

俺は聞いた。そういえば、この二人の年齢さえも知らない。


「ああ。二十七歳だ。もう一人、毎日一緒にいたやつがいたんだが、十年くらい前にセブンスロッドを出て行ってしまった。それ以来、二人でこの国をよくするために頑張ってきたんだ」

ナギが答えた。


「腐れ縁、ってやつか。まぁしかし、それはナギも大変だっただろうな……」

俺は心中を察した。


ナギは、タツオに湯をかけてはしゃいでるカイを一瞥すると、

黙って頷いた。


簡易温泉場を出ると、アルマが見たことがないほどテンションが上がっていた。


「ユイト、温泉、すごい。毎日入りたい」


……こんな表情あったのかと思うくらいキラキラしている。


「それはよかった。テオロッドに着けば毎日入れるぞ」


「最高。早く行きたい」


俺は湯上がりのイエナを見る。

ほてって赤くなった頬が、白い肌に浮かんでいる。

うーん。たまらん。

すると、イエナと目が合った。

なんとなく、目をそらしてしまう。


すると、その横のミサキがにやり、と笑ったのが目に入った。

なんか悪巧みしているのか……?

近く、作戦会議が開かれそうだ。


俺たちは再び馬車に乗り、〝夢幻の館〟と呼ばれる場所へ向かった。

ここも、人の往来が多いのだろう。

山道はきっちり整備されていた。


「……ここだ」


木々に囲まれた、古びた館。

いわゆる洋館といった外観。

風は吹いているのに、葉の音がしない。

外の空間と、断絶されているかのような静かさだ。


ナギは、大きく深呼吸する。

覚悟したように、扉に手をかける。


軋みもなく扉が開く。

ナギを先頭に、中に入った。


中は、薄暗い。


だが、不思議と視界ははっきりしている。


「……誰も、いないべ?」


ミサキが言う。

その時だった。


「シオンの件か?」


——声。

奥からでも、横からでもない。

“最初からそこにあった”みたいに、耳に入ってきた。

何も伝えていないのに、全てを理解しているかのような言葉だ。


いつの間にか、部屋の椅子に老婆が座っていた。

白髪は腰まで伸び、肌は皺だらけ。

だが、目だけが異様に澄んでいる。


年齢という概念が、通用していない。


「お久しぶりです。ユラ=キサラギ様」


ナギが、頭を下げながら言った。

「わしは反対したじゃろう。シオンは濁りすぎておった」

ユラは、面倒くさそうに目を細める。


「……仰る通りですね。さすがの先見の明でございます。

しかし、キサラギ家の総意でしたので」

ナギが答える。


「次はもう、他の家から出せ。キサラギ家は濁りすぎた」


「え……?いや、しかしユラ様以降、紫の領主はキサラギ家が務めております。

急に変えるとなると、内紛の可能性が……」


ナギがそういうと、ユラは笑った。

「勘違いしておるな。わしは領主を辞めた記憶がない。

色々と業務が多かったので領主代行を立てたがな。

つまり、紫の領主は今はまだ、わしじゃ」


「……なんと。それは認識が間違っておりました。

それでは——紫の領主代行の件は、ユラ様にお任せします」


「そうじゃな。当面、お主がやれ。式力がない人間の方がいい。

かつ、お主くらい適度に濁っているやつがいい。

濁りがないと、悪意は見抜けんからの」


「……前回もそう言われましたね。ありがたいお話ですが、新たに私は調停機関の担当になったため、領主はできません。

一旦紫の議決権は預かりますが——早々に領内で人選をお願いします」


ナギがそういうと、ユラはナギの目をじっと見た。

「ほう。調停機関か。なるほど、議会の形を変えるのか。

——いい試みじゃな。思いついたのは——そこの坊やか。

分かった。キサラギ家以外で探しておくわい」


なんだ?この婆さん——話していないのに、理解したぞ。


「その〝濁り〟とは……なんでしょう?」

イエナが聞いた。

「横からすいません。テオロッド王族の、イエナ=テオロッドと申します」


イエナが名乗ると、値踏みするように全身を見回した。

そして、ユラは言った。


「お主は——偽善者じゃな。いい子ちゃんを演じて、人に嫌われんようにしとる。本心を隠して生きているお主のようなやつを、濁っているというんじゃ」


——いきなりとんでもないことを言う。

このババア。俺の天使になんてことを。

場合によっちゃ許さんぞ。


「ちょっと、そんな言い方はないんじゃないですか?」

俺がカッとなって言うと、イエナがそれを手で制した。

俺に向かって小さく〝大丈夫〟と言って、続けた。


「……そんなことはありません。本心と向き合って生きてます」


「いや。悩んでおるな。言い方を変えれば、成長しておる。

今まで自分が信じていたものに対して、疑いの目を持っておる。

その葛藤は人間としては成長という。

じゃが、式術者としては、濁りにもなる」


くそう。なんだこの人。

失礼なことばっかり言ってくるな。

俺は喉元まで出てくる罵倒を飲み込んだ。


「……どういうことでしょう?」

イエナは、冷静に聞いた。


「純度こそが式力の根源じゃろう」


沈黙が流れる。イエナが知らないのであれば、

俺たちが知る由もない。

ユラは、ため息をついて続けた。


「そんなこもテオロッドでは教えておらんのか。

純度が上がれば、式位の上限は上がる。

濁りが増えれば、式位は上限は下がる。

それが理じゃて」


——そんなことは初めて聞いた。

どういうことだろう。


すると、ユラはカイを見つけて言った。

「お、純度といえばおるではないか。久しぶりじゃな。

相変わらず世界一の純度じゃな」


「それは、俺をバカにしているのか?それとも、褒めているのか?」

カイは不満そうに言った。


「もちろん、褒めておる。政治には向いとらんが、お主は王の器じゃ。

そこにいるナギ=ミナトとは逆じゃな。ナギは政治には向いとるが、器が小さい」


「ほう!わかっているな!ならいい!」

カイは満足そうに頷いた。


「……言われてるぞ」

俺は、小声でナギに言った。


「……前も言われたよ。だから嫌だったんだ。

的を得ていると思うから、余計に嫌だ」

ナギは、うなだれながら言った。


「セブンスロッドは、なんで式術の種類が多いんだべ?

高位者も多い気がするべ!」

今度はミサキが聞いた。


ユラはミサキを見ると、少し驚いた顔をした。

「お主……紫じゃな。母の名は……?」


「チサキだべ。それがどうしたべ?」


「ほう。すると……チトセの孫か」


「なんでウチのばあちゃんの名前を!?」


「チトセはわしの孫じゃ。つまり……お主はわしの玄孫になるな。

チトセがオウシュウに嫁いでからは会っとらんがの。

元気にしとるか?」


その言葉に、時が止まった。

この人……ミサキの親族?


「え……。ってことは、私のひいひいばあちゃん……ってことだべか?」


「そうなるな。まぁ、先祖みたいなもんじゃのう。

なにしろ、今年で百二十五歳じゃ。普通生きておらん」


百二十五歳!?

人間じゃないな……本当に。


「おっ、お主はスクエアか?まだ山の長は、ゼラドの小僧か?」

アルマを見つけてユラが言った。


ゼラドも七十すぎくらいな印象だが……小僧呼ばわり。

まさに人外の老婆である。


「あの、話は戻りますが、こっちにきてから高位の式術者によく会います。

さっきの純度、が関係あるんでしょうか」

俺は聞いた。


「ん?なんじゃ。テオロッドは本当に何も教えておらんようじゃの。

純度を下げ、式力を意図的に下げているのは……

——テオロッドの国策ではないか」


意図的に下げている……?

どういうことだ。


「高すぎる式力は、式の暴走を招く。すると、式の世界は消えてしまう。

無式者との婚姻を推奨し、国家として式力を落としてきたのがテオロッドじゃろう。セブンスロッドも基本路線は一緒じゃが、テオロッドの方が上手くやった。その違いじゃろう」


「え……?じゃあ式術学校は?式位を上げるための学校じゃ……?」


「あんなもん、建前じゃ。本質は高位式者を把握して、制御するための機関じゃ。テオロッドは世界中の高位者を記録しているじゃろう。

式の暴走を防ぐためじゃ」


「式の暴走……黒の式者の出現を防ぐため、か……」

俺は呟いた。


「なんじゃ。黒まで知っとるんかい。

そうじゃ。それを制御し続けたから、テオロッドは三百年も続いとる。

お主らで言うところの零式なんぞ、昔はゴロゴロいたわい」


この人の言う昔、がどれくらいかは分からないが、

なんとなくこれまであった違和感がすっきりしたような気がする。

同時に、ある疑問が湧いた。


「テオロッドが捕捉できていない高位者も、いるんでしょうか」

俺は聞いた。

あくまで正規のルート……例えばミサキのように特待生としてテオロッドに来るなどがあれば捕捉ができる。

しかし、国交のない国で生まれた高位者は捕捉できないのではないだろうか。


「セブンスロッドはわしがまとめて報告しとるが、それ以外の国にもおるじゃろうな」


俺はリーヴァ、そしてレインたちが会ったエルデネという女を頭に浮かべる。

他にも高位者がいる可能性があるのか。


「ところで、ミサキ。お主そのままじゃ式位はあがらんぞ」

ユラは急に言った。


「なんでだべ!?順調に上がってるべよ!」


「一式までは上がるだろうよ。しかし、零式以上になるには純度が足りん」


純度。

またこの言葉だ。


「純度ってなに?」

タツオが聞いた。


すると、ユラはタツオを見て笑った。

「お主は——純度そのものじゃな。

まさに、カイが式力を持ったようなやつじゃのう。

——お主、元の世界で相当何かに打ち込んでおったろう?

その事以外考えないくらいに」


元の世界。しれっとNGワードを放り込んでくる。


「ん?ああ。数学か。それが関係あるの?」

タツオはNGワードを華麗にスルーし、話を続ける。

さすが鈍感王。


「式力はつまり純度。狂気に満ちた純粋性こそが、式力の壁を越える。

その壁を超えた人物を零式——危険人物とした。

それが式位のはじまりじゃ。

テオロッドからすると、一式を越える式者は〝いてはならない〟存在じゃった。いつからかその伝承は途切れたようじゃがの」

そう言ってイエナをちらっと見た。


「どうやったら零式になれるべ!?」

ミサキは食い下がる。


「捨てるしかないじゃろうな。お主の邪魔をする——色恋の邪念を。

その覚悟があるなら教えてやるぞい」

ユラはそう言うとにやり、と笑った。


——この婆さん、一切空気読まないな。

そりゃそうか。この人も、きっと狂気の側だ。


ミサキはそう言われ、ぐっと唇を噛み、考えた。

しかし、すぐに答えた。


「いやだべ。捨てない。

——捨てないが、零式にもなるべ」

強い目をしている。

その目は、きっちりとユラを見据えている。


しばらく見つめ合った後、ユラは再び笑みを浮かべた。

「狂気の愛か。それも一つじゃの。いいじゃろう。

——後で修行してやる。

その前に。お主」


そう言って俺を見据えた。


「なんでこの世界に白がおるんじゃ?」


うん、やっぱり気づいてるよね。


しかし、説明するには人が多すぎる。

俺は、ナギに頼んで人払いをしてもらった。

一度、この婆さんとは二人で話をしたほうがいい。


「すいません。ちょっと二人で話したくて」

俺が説明しようとすると、ユラがそれを遮った。


「説明は要らん。——読む」


ユラはそういうと、俺の目を見た。

え?そんなこともできるの……?

時間にして、数十秒。

ユラは、全てを理解したような顔で話し始めた。


「ふーむ。異世界からやってくることは時折あるがの。

お主たちのように式力を備えて転移してきたのは、前例がないのう」


「……え?他にも転移者を知っているんですか?」


「直接ではない。接続した時に情報が〝入ってくる〟だけじゃ」


「接続……?」


「お主らの世界で言えば、〝アカシックレコード〟というやつじゃな。

わしは五十を過ぎてから、一年のうちほとんどをそこで過ごしておる。

精神世界にいる間は歳をとらん。じゃからまだ生きておる」


この婆さん、とんでもないことをさらっと言っている。

いわゆる巫女とか、ユタとか類なのか?

いや、それよりも神に限りなく近い。

ナギが人外と言い切った理由が分かってきた。


「精神世界……リーヴァというオルディアの女も、そんな力があると聞きました」


「リーヴァはわしのひ孫じゃ。しかも、飛び抜けて純度が高い。

いずれわしを越えるかもしれん。あるいは——もう」


……また、とんでもない情報が出てきた。


「……ユラさんって、一体どれくらい子孫がいるんですか?」


「子が八人。孫が三十人。ひ孫が百四十二人。玄孫は数えるのを諦めた」


……血統図を書くのも大変だ。


「シオンやリーヴァは、なんの純度が高いんですか?」


「シオンは不純の極みで、裏返って高純度になった。

やつは、支配欲の塊じゃ。だからわしは権力を与えるのを止めた。

しかし、今のキサラギ家は阿保ばかりでの。式力優先で選びよった」


「式力……でいえばリーヴァなのでは?」


「リーヴァは、アークネイヴァーに嫁いだ孫の娘じゃ。今はキサラギの名ではない」


確かに。本人はリーヴァ=ヴァレンタインと名乗っていた。


「俺が白になった理由……分かりますかね?」


「さてな。わしが聞いたことのある転移者は、皆無式じゃ。

何か分かったら伝えてやる。

お主らの言うところの、エーテルリンクでな」


「……!そんなことまで分かるんですか。

ユラさんって、式位でいうと、どれくらいなんですか……?」

俺は恐る恐る聞いた。


「テオロッドの基準でいけば、全色零式になるんじゃろうな。

紫が突出しているが……感覚で言えば、紫は零式から五段階くらい上じゃ」


完全に化け物だ。

世界を一人で征服できるお婆ちゃんが発見されてしまった。


「それと、ユイト、じゃな。

自覚してると思うが、お主は不純じゃ。

それゆえに人の気持ちが分かる。

——人間としてはそれでよい。

高位者は、ある意味——人としては壊れておる。

あのタツオという男や、カイを見守ってやってくれ。

あいつらは、正しい純度じゃ。

しかし、一つ間違えると、壊れる危険性がある」


タツオのことは、最初から気になっていた点だ。

でも、少しずつ分かってきた気がする。

あいつは大丈夫だ。


カイは……俺じゃなくてナギに言うべきなんじゃないか?


「——はい。分かっています。

それと、イエナの件なんですが……」

俺が言いかけると、手で制した。


「あれはすまんかった。ちょっと意図的に意地悪を言っただけじゃ。

しかし、あの子はお主が思っているより強いぞ。

今はまだ揺らいでいるが——覚悟を決めれば、零の壁を越える」


「……それは、ここで修行をすれば、ということですか?」


俺が聞くと、ユラは首を振った。


「わしでは無理じゃ。ククノチの森はいくのだろう?

そこで、探すが良い。

わしにできるのはミサキの修行だけじゃ。

数日、預からせてくれ。きっと、零の壁は越えられる」


俺は、話を終えると皆と合流した。


「ユイト、お疲れ。よく長居できたね、あんなところ」

ナギが言った。

なんだか疲れ切っている。


「まぁ……色々話ができてよかったよ。

ナギは、このまま黄の領に向かうのか?」


「ああ。本当に君たちには世話になった。

俺は、セブンスロッドの立て直しを頑張るよ。

——君たちはオルディアを止めてくれ」


俺は、ナギと改めて握手をした。

ナギは、馬車に乗った。

色々あったが、寂しくなるな。

俺たちは、皆で手を振った。

ナギも、ずっとこちらに手を振っている。

やはり人望があるという話通り、本当にいいやつなんだろうな。


「ナギー!セブンスロッドを頼んだぞー!」

俺の横で、カイが手を振っている。

やはりカイでも、親友との別れは寂しいのだろう。

目から涙をぼろぼろ流している。

こいつも、可愛いところがあるんだな……。


……いや。待て。


ナギが馬車を降りてこっちに向かってくる。


「なんでカイがそっちに残ってるんだよ!

俺と一緒に領主探しに行くんだろ!?」


カイは、腕を組んで答える。

「気が変わった!ユイトたちと一緒にオルディアをやっつけてくる!」


いや、聞いてないし、同意してない。


ナギはため息をついた。

「バカ言うな。無の領の領主はどうするんだよ!」


「ナギ、うまくやっといてくれ!紫も不在だ!一つも二つも変わらん!」

なぜか、カイの後ろにどーん、という効果音が見えた気がする。

バカだ。

バカすぎて、すごい。

さすが純度百%。

バカの純度が高すぎる。


「いや、迷惑だろ……。なあ、ユイト、こんなやつ、要らないだろ?」

ナギがこちらに助けを求めようとする。

俺が頷こうとした瞬間、カイに肩を噛まれる。


「お前らのチームには剣士がいない!

だからこそ、俺の力が必要だ!

年上がいたほうが安心だろう!な!ユイト!」


こんな年上、やだ……。

同じ年上の剣士だったら、圧倒的にテリーズがいい。

俺は遠くライゼル峰でアレクシオのお守りをしているテリーズに想いを馳せた。


しかし、断ろうものならまたひと暴れしそうである。

俺は、しぶしぶカイの同行を受け入れた。


ユラが言っていた〝カイを頼む〟というのは、このことだったのか……。

俺は、先の旅路を憂いた。


こうしてチームフォーリナーに、純度の高いバカ、もとい最強剣士が加わってしまった。







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