エピソード・オブ・オルディア リーヴァの報告
「グライスはどうした」
リーヴァが部屋に入ると、ノクスは低い声でそう言った。
「申し訳ございません。洗脳が解け、敵に捕縛されました。
現在、セブンスロッドに捕らわれています」
リーヴァは、極力毅然とした報告をした。
その方が、ノクスの怒りが上がる。
結果──より罵倒される。
これから待ち受ける罵倒への期待で、リーヴァは胸が高鳴った。
「そうか。分かった。剣技しか能のない男だ。
式術者の間では、その程度だろう」
ノクスの反応は、予想に反するものだった。
リーヴァは、肩透かしを食らう。
「……グライスが所有している、グラディオの手記の場所は、不明のままです。
再び洗脳し、吐かせたほうがよいでしょうか」
ふざけるな、当たり前だろう。自分で考えられないのか。
リーヴァはそんな言葉を期待した。しかし。
「放っておいていい。世に出たとしても、王を殺した狂人の妄言と言えばいい。
──それより。問題は、青の領で蒸気戦車が返り討ちにあったことだ」
ノクスは、立ち上がり、ガクの元へ近寄った。
そして、ポケットに両手を入れたまま、体を前に折る。
ガクの耳元に、直接話しかける。
「もう、実装段階って言っていなかったか?
せっかくフォージリアに作らせたのに、なんの役にも立っていないじゃないか」
「はい。申し訳ございません」
ガクは、姿勢を変えずそう言った。
「ただ、今回の青の領侵攻でかなり課題を発見できました。
このあたり対策すれば、次回は期待できる見込みです」
「ほう。侵攻すら実験だったというわけか」
ノクスは小さく笑った。
「その姿勢は嫌いじゃない」
次の瞬間。
ガクの頭が机に叩きつけられた。
「謝罪をするときは頭を下げるんだ?分かったか」
それを見て、リーヴァは全身が震えた。
恐怖ではない──嫉妬だ。
ガク。一介の研究者の分際で、ノクス様に罵倒どころか……
体罰を頂くなんて。
「所詮、剣術は式術には勝てん。それは分かっていた。
だが。その式術を科学で潰すことに意味がある。分かるか」
「……はい。科学は、世界を救います」
頭を机に打ち付けられたまま、ガクは言った。
「違うな。科学だけが、世界を救うのだ。
——お前も、私も。科学に救われた身だ。
次は必ず成功させろ」
ノクスはそういうと、自分の机に戻った。
椅子に座ると、リーヴァを一瞥して言った。
「リーヴァ、貴様の仕事はなんだ」
「はい。──フォージリアに行き、カール=クラウス司令官を洗脳して参ります」
不意に話を振られ──思わず正答を言ってしまった。
なじられる好機だったというのに。
ノクスは笑った。
「さすがだな。文脈判断ができる。生産指示はガクからさせる。
お前は秘密裏にカールを操ってこい。
カールがいなくても、フォージリアの生産能力は変わらん」
リーヴァは頷いた。
まずい。このままでは、何もないまま終わってしまう。
とっさに、愚鈍な質問を思いついた。
「ノクス様。トランジアの幹部たち──ハルカゼ=ドモンたちの洗脳はもう解いてもよろしいでしょうか。これ以上続けると……廃人になる可能性があります。
そうすると、トランジア側への説明が難しくなりますが」
すると、ノクスは立ち上がった。
荒い足音をたて、リーヴァの元へやってくる。
──やった。成功だ。
平手が、リーヴァの頬を叩いた。
リーヴァは、それを集中して受け止めた。
ああ。なんて幸せな瞬間なんだ。
「続行に決まっている。廃人になっても構わん。一度でも逆らったやつは……
徹底的に追い込め」
知っている。
ノクスであれば、そう言うだろう。
知っているからこそ、この罵倒がいただけるのだ。
笑みが溢れてしまいそうになるのを堪える。
早く、ここを出よう。
頬の痛みが消えないうちに。
リーヴァは、喜びをかみしめながらフォージリアへ向かった。




