第五十三話 仮面の男と、白衣の女と。
激しい衝突音と共に目が覚めた。
「……なんだ?」
辺りを見渡す。
気が付くと、夜になっていた。
嫌な予感がする。
俺は起き上がり、部屋を出た。
隣の部屋から、ミサキが出てくる。
「ユイト、起きたか。あの音……」
「ああ。探知できるか」
俺がそういうと、ミサキは探知を始める。
そして、直後、目を見開いた。
「……最悪だべ。大量の生体反応がある。
城が取り囲まれている」
生体反応。魔獣か、人か。
「皆を起こそう」
俺とミサキは部屋に戻り、全員を起こした。
揃ってミサキの誘導に従って城を進んだ。
「まさか……オルディア?」
イエナが言った。
「恐らく。──こんなに早く、しかもこんな時間にくるなんてな」
俺は答える。
「仮面の男か」
アルマが呟く。
青の領を襲い、シオンと通じていたあの男。
俺は、シオンの強さを思い出す。
──楽な戦いではなさそうだ。
道中、走ってきたカイとナギと合流する。
カイは本当に残っていたらしい。
「カイさん、本当に残ってたんですね」
俺は半分呆れながら言った。
「当たり前だ!そして予想通り……来たってことだろ!」
カイはどこか嬉しそうに言った。
城を出ると、すぐに敵の全容が分かった。
十代以上の蒸気戦車。
数十体はいるであろう魔獣。
青の領を侵攻した時より、はるかに規模が大きい。
仮面の男の言葉を思い出す。
『問題ない。魔獣はいくらでも補充ができる。今回の目的は脅しに過ぎない』
──今回は、本番ということか。
しかし、いくらなんでも情報が早すぎる。
まさか──内通者が他にも?
城門が、砲撃により崩されている。
先ほどの大きな音はこれか。
俺たちは、それぞれの役割を認識している。
指示なんていらないだろう。
「ナギさんは、城の中で避難していてください。
カイさんは、護衛を……っておい!」
俺が言うと、カイは地面を蹴って走り出した。
振り向きざまに吐き捨てる。
「そんなつまらんことできるか!俺は、大将首を獲ってくる」
じゃじゃ馬だ。
仕方ない、ナギの護衛は……
「ミサキ、頼めるか?幻惑を駆使して——敵から遠ざけてくれ」
「分かったべ。その代わり、紫の領の件、約束だべ」
……緊急時に交換条件。
さすがというべきか、したたかというべきか。
俺はそれをしぶしぶ了承した。
「行こう。アルマは先陣を。俺とタツオは——イエナを囲んでいこう」
陣形を決め、俺たちは進んだ。
アルマは先陣を切り、ヘイトコントロールをする。
俺とタツオは、両翼として魔獣たちを撃破していく。
「レゾナンスシェイク!」
「インフェルノ!」
「トニトルス!」
俺は魔獣の属性を見ながら式術を使い分ける。
しかし、基本は各個撃破だ。
対して、タツオは一撃で数匹を燃やし尽くす。
改めて恐ろしい火力。
イエナは、隙を見ながら戦車に水を放ち、無力化していく。
俺たちは敵陣を突っ走る。
そして。
あの仮面の男にたどり着いた。
すでに、カイが対峙していた。
「お前、強いだろ!俺には分かるぞ!」
叫んでいる。
仮面の男は、それには答えず剣を抜いた。
「カイ……私の獲物を」
アルマが小さく言った。
しかし、戦士の矜持なのか、割って入ろうとはしない。
このあたりの思考はよく分からない。
「俺の示現流は一撃必殺。二の太刀要らずだ」
カイは、手の内を思いっきり言った後、左足を前に出す。
向かい合う二人。
緊張感が走る。
直後。
激しい金属音があたりに響いた。
交錯した二人が、入れ替わる。
しばらく、動かない。
「……やるじゃねえか」
カイは、そう呟くとその場に倒れた。
腹から、血が噴き出る。
「カイさん!」
俺たちは走っていく。
仮面の男は、振り向いた。
そして、その仮面にひびが入る。
カイの剣が——捉えていたのか。
ピシッ。
音を立て、仮面が割れる。
そして、その下の素顔が明らかになった。
俺は、その顔に見覚えがあった。
太刀筋の既視感。
その理由が、一瞬で飲み込めた。
──〝不退〟のヴァルド。
「ヴァルド……さん?」
俺は思わず言った。
仮面の男は、何も言わず近づいてくる。
イエナは、カイにヒーリングをかける。
「久しぶりだね。〝奇術師〟ユイト。
ヴァルド、か。その名前も、懐かしいよ。」
その柔らかい話し方。
脳裏に、闘技場の日々が蘇る。
グライスと名乗った男は、ゆっくりと歩いてくる。
「……偽名、だったのか?」
「ああ。本名はグライス。
——グライス=ネイヴァルドだ。
君たちが殺した、グラディオ=ネイヴァルドの息子だ」
──グラディオ。
アークネイヴァーで戦った、あの執政官。
そして──アークネイヴァー騎兵団長。
最後の戦いが、フラッシュバックする。
式術を無効にする身体能力。
そして、最後の瞬間。
燃え盛る業火の中、グラディオが呟いた言葉。
『グライス……』
点が、線になる。
「ヴァルド……いや、グライス。いつからオルディア側だったんだ」
俺は、その旧友と対峙し、聞いた。
あの闘技場での振る舞いに——悪意は微塵も感じられなかった。
まさか、あの時から──?
「つい最近さ。君とシャインがいなくなってからすぐ、僕はSランクになった。
君が提案した対人戦は、僕にとっては退屈だったよ。
誰も相手にならない。目的を達成した僕は、闘技場を出た。
そこで、多くの事実を知った」
グライスは、俺の前で足を止めた。
「父が殺されたこと。祖国が、なくなっていたこと。
そのすべてが——テオロッドによるものだということ。
まさか、君が関わっていたとはね。
青の領で君に会ったときは、驚いたよ」
アルマと交戦した際に見せた、一瞬の隙。
あれは──俺と出会ったからだったのか。
「待て。今の話は間違っている。アークネイヴァーを転覆させたのは……
グラディオとノクスだ」
俺は、グライスに言った。
「なに?どういうことだ。ノクスから聞いた話とは違うな」
やはり。
グライスも──きっとノクスに操られているだけだ。
「俺たちは、確かにグラディオと戦った。
誘拐されたテオロッドの王子を取り返すために。
その時、確かにグラディオは言っていた。
〝カルゼル王は自分が斬った。今の王は、自分だ〟と」
俺がそう言うと、グライスは笑った。
「ははっ。そうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
ユイト。僕はね。父に認めさせるために闘士になったんだよ」
──初めて聞く、動機。
グライスは続けた。
「父は、騎兵団に入りたいと言った僕に言った。
お前の力では無理だ。市民として生きろ、とね。
情けなかったよ。
代々騎士として仕えてきたネイヴァルド家の男が、市民だなんて。
——僕は、家を飛び出した。
闘技場でSランクになり、父に僕の強さを証明するために。
名前を変えた。父に見つかりたくなかったからね。
ただ、家の誇りは残した。
ネイヴァルドのヴァルド。それが僕の闘士名になった。
時間はかかった。体中に傷を作り、死線を超えた。
だけど僕がSランクになった時──父はもう死んでいたんだ」
そこまで話すと、グライスは剣を抜いた。
「その虚しさが、分かるかい?
さあ、やろうよ。〝奇術師〟ユイト。
あの時は共闘だったね。今度は……敵として」
……本気だ。
説得ができる状態ではない。
俺は、覚悟を決めた。
「アールウォール!」
目の前に土の壁が盛り上がり、俺とグライスを隔てる。
そのまま後ろに距離を取る。
しかし、グライスはその壁を剣で斬り崩し突っ込んでくる。
──父親そっくりだ。
「トニトルス!」
雷を放つ。電流は頭上にかざした剣を通り、グライスの体を抜ける。
──痙攣しろ。
グライスは、まるで何もなかったように剣を振り下ろす。
ギリギリのところで俺はそれを避ける。
化け物じみた耐性。
——そんなところまで似ているなんて。
「アースホール!」
土の式術で落とし穴を作る。
──読まれている。
即座に場所を変え、落とし穴を避けるグライス。
再び剣が襲ってくる。
「くっ……!」
剣が、腹をかすめる。
血が噴き出てくる。
まずいな……剣技では勝負にならない。
「グライス!話を聞け!」
俺は叫ぶが、グライスが動きを止めない。
くそっ!ダメか。
俺に剣が振り下ろされる瞬間、間に影が入った。
ギィィイン!
金属のぶつかる音。
アルマだ。
「ユイト、退け。私の敵だ」
俺は、腹に緑の式をかけながら、後ずさる。
「邪魔だね。闘技場Sランカーの対決なんて、プラチナチケットだぞ」
グライスは、剣を構え直す。
「何言ってるか、分からない」
アルマは直後、白と黒の影を創り出した。
——分身の術。
エイルも使っていた、あの技。
二つの影が、グライスに襲いかかる。
その影に対し、グライスは剣で斬りつける。
——無駄だ。その影に物理攻撃は……。
効いた。
剣に斬られた影が、消失する。
「……バカな」
アルマが動揺する。
切り掛かるグライスを、ギリギリのところで避ける。
強い。明らかに闘技場の時より速く、そして、剣が洗練されている。
まるで——グラディオのようだ。
アルマは、少しずつ押されている。
あの瞬間移動を捉えられるのか。
アルマが窪みに足を取られた一瞬。
グライスの乱撃がアルマを弾き飛ばした。
「攻撃が軽いよ。それじゃあ、グラスハウンドさえ殺せない」
グライスは笑った。
「そうだな。君はBランクってところか。さぁ、次は誰だ?
Sランカーが相手になってやるぞ」
おかしなことを言い始めた。
目の焦点が合っていない。
狂っている——もしくは——操られている?
「僕が相手だ」
アルマとの間に、タツオが入る。
「ほう。赤の式者か。いいね。ランクづけしてやる」
俺は、一つの可能性を考える。
グライスを操るものがいるとすれば……
この近くにいるはずだ。
くそっ、ミサキがいれば探知ができるのに。
そこで、俺は思い出す。
エーテルリンク。イエナの紫の式の進化。
イエナに駆け寄る。
「イエナ!探知はできるか!?」
「やってみる。何を探すの?」
「もしかしたら、グライスは操られているかもしれない。
もう一人の敵がいるかどうかだ」
「分かった!」
イエナは目を閉じ、式を発動する。
「……いた。あそこの林の中に、一人いる。
——!!物凄い式力……!」
俺は、アルマに近寄り、ヒーリングをかける。
それを伝えると、アルマは林に向かって跳んだ。
タツオはフレアショットを多発して応酬しているが、
グライスの剣撃を食らっている。
長くは持たない。
「イエナ!幻惑を!ミラージュヴェールだ!」
イエナが放った幻惑で、グライスは包まれる。
「どこだぁぁ!ユイトぉぉお!出てこぉおい!」
叫びながら、剣を振り回している。
——明らかに様子がおかしい。
今のうちだ。
「イエナ、カイにヒーリングをかけて、連れてきてくれ!
俺は先に林に向かう!」
イエナは頷く。
俺はアルマの後を追った。
林の中には——テーブルとベンチがあった。
戦場に似つかわしくない空間。
そこに座り、優雅にお茶を飲んでいる女がいた。
アルマは一定の距離を保ち、その女を見ている。
切れ長の目。長身。眼鏡。
科学者のような、白衣を着ている。
後ろで束ねたオールバックの髪は——目が覚めるように鮮やかな紫。
女はチラリとこちらを見る。
「あら。バレちゃったのね。せっかくここでゆっくり観戦しようと思ったのに」
女は、カップを置いた。
「ユイト。近づくな。あの女、危険」
——アルマが、震えている。
初めて見る。
この女——何者だ。
「はじめまして。私はリーヴァ=ヴァレンタイン。
オルディアの科学副長官よ」
女は名乗った。
リーヴァ。
——ハルカゼが言っていた名前。
女が近づくと、アルマは後ずさる。
「ユイト、白を発動しろ」
震える声で、小さく言った。
リーヴァは、微笑みながら、しっかりと俺の目を見据えた。
そして、呟いた。
「ノエシス」
凝縮された紫色の思念が、俺の中に入ってくる。
——!!なんだ、これは——。
瞬間、白の式術がそれを消し去る。
もし、白がなければ——どうなっていた?
「あら?変ね。これが効かないなんて。そっちのお嬢さんはどうかしら」
リーヴァは視線をアルマに移す。
アルマは、俺の背後に回った。
「すまん、逃げる。ユイトも逃げろ」
アルマは、その場から瞬間移動で退避した。
「残念。スクエアの民なんて珍しいから、覗いてみたかったのに」
リーヴァは小さくため息をついた。
「……オルディアの手先だな。何者だ」
俺は言った。
「さっき名乗ったじゃない。あなたも名乗ったほうがいいわよ。
テオロッドのユイトさん」
「!!——なぜ俺を知っている」
リーヴァは、笑った。
「ここに来る途中で、ハルカゼに聞いたわ。
——さぞかしあなたを気に入ったみたいね。
ユイトがいるうちは、テオロッドは裏切れん、ですって。
久々に腹が立って、やりすぎちゃった」
「ハルカゼに……何をした!」
「ちょっと精神を壊してあげただけよ。アゲハとサブも一緒にね。
今頃、三人仲良く夢の世界にいるんじゃないかしら?」
精神を——壊す?
まさか、さっきの式術が。
「グライスを操っているのも……お前か?」
「察しがいいわねえ。さすがハルカゼのお気に入り。
でも、私の力は最初の少しだけよ。
後はあの仮面で正義感を制御しているだけ」
「……連邦は崩壊寸前だぞ。世界はオルディアの思い通りにはならない」
俺がそう言うと、リーヴァは顔色を変えた。
「おい、クソガキ。お前のようなものが、ノクス様の理想を否定するんじゃない。ここで殺すぞ?」
ノクス様——ノクスの信奉者か。
それなのに……またも式術者。
俺はその表情に少したじろぐ。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「やってみろよ。俺には、式術は効かない」
「……へぇ。強気だねぇ。確かにノエシスも効かなかったし……
お仲間も向かっているようね。敬意を表して、ここは退いてあげようかしら」
リーヴァは、そういうと歩き出した。
「待て……!逃げられると思ってるのか?」
「追ってくればよいじゃない。お望みなら、あなたの仲間全部廃人にしてあげるわよ?——ハルカゼのようにね」
……くっ!
アルマが怯えるほどの、式力。
そして、ノエシスという式。
恐らく——精神干渉の類だろう。
防げるのは、俺だけだ。
俺は黙ってリーヴァが去るのを見ていることしかできなかった。
リーヴァは、後ろ向きに手を挙げた。
「賢明な判断ね。また、テオロッドかオルディアで会いましょう」
今は——勝てない。
準備が必要だ。
俺は唇を噛んだ。




