エピソード・オブ・オルディア 侵攻の前談
「申し訳ござません。シャイン=カムイは、マルカドールの闘技場を離れカムイに戻ったようです」
オルディア首都にある科学研究所。
椅子に座って頬杖をつくノクス=ルミナスに向かって、
リーヴァは言った。
「カムイはもうどうでもいい。盾突く気力などないだろう。
そんなことより、マルカドールはなぜシャインを解放した?」
ノクスは不機嫌そうに言った。
物事が自分の思い通りに進むことが前提のこの男にとって、
想定外の出来事はすべてストレスの要因となる。
「そのマルカドールですが……議長のガレオンより要望が入っています。
魔獣研究提携の打ち切りと、連邦からの脱退、および献金の停止についてです」
リーヴァが淡々と伝えると、ノクスは舌打ちをした。
「商人あがりが……至急、マルカドールへの渡航禁止を国民に通達しろ。
オルディアからの観光客がいなくなれば、そのうち泣きつくだろう」
「かしこまりました。続いてテオロッドの動きですが、報告してもよろしいですか?」
いらだちを隠さず、ノクスは言った。
「続けろ」
「テオロッドはオウシュウと同盟を結びました。カムイが仮にテオロッドについたとすれば、東側は完全にテオロッド側になります。今後の我々の動きはいかがいたしましょうか」
「リーヴァ、お前の考えは?」
ノクスは、じろり、とリーヴァを睨みつける。
「はい。早急に西側を固めるべきかと考えます。幸い、情報戦では我々が優位に立っています。今のうちにスクエア、セブンスロッドを篭絡し、東西の構図に持っていくべきです。そうすれば、中央を握る我々が覇権を握るのも、時間の問題でしょう」
「なあ、リーヴァ」
「はい」
ノクスは、そういうと、机を大きく叩いた。
「分かっているならなぜ聞いた!さっさと動け、無能が!」
「申し訳ございません、ノクス様」
リーヴァは頭を下げる。すると、その髪を掴まれ、
無理やり顔を上げられる。
「なんでお前みたいな無能を俺が使っているか分かるか?
言うことを聞くだけが奴隷の仕事と思うなよ?」
頬を張られる。その衝撃で、かけていた眼鏡が飛んでいく。
リーヴァは地面に倒れこんだ。
「ガク!あの兵器は使えるのか」
部屋にいた研究者に、ノクスは言った。
「はい。ノクス様。蒸気での作動も安定しました。
もう実用段階に入っています」
ガク、と呼ばれた男が答える。
「ほう。なかなかやるじゃないか。おい、グライス」
もう一人。部屋にいた、仮面の男を呼ぶ。
「お前が率いて——セブンスロッドへ行け。武力制圧でも構わん。
セブンスロッドを落としてこい。姉妹国が落ちれば、テオロッドも士気が下がるだろう」
「……かしこまりました」
仮面の男は、小さく低い声で答え部屋を出ていった。
「リーヴァ、いつまでそうしている。さっさと仕事をしろ。
──次は成果を出せ」
ノクスの激高がおさまる。
倒れたままだったリーヴァはゆっくりと立ち上がり、
眼鏡を拾うと部屋を出た。
扉を閉じると、リーヴァは頬を触った。
ノクス様が、私を叩いてくれた。
リーヴァの心は、高揚していた。
今日も、ノクス様に罵っていただいた。
そして、顔まで張ってもらった。
喜びのあまり、リーヴァは震えた。
ノクスのために命を捧げると決めてから、
グラディオの利用、アークネイヴァーの転覆まで、
ノクスのために動いてきた。
そして、今は外交のトップとしてノクスの右腕に収まっている。
リーヴァは、指示された通りスクエアを落とすことにした。
そのためには、スクエアの隣国であるトランジアを利用するのが良いだろう。
あのハルカゼという男や、アゲハという参謀は底が知れないが、
オルディアの科学力は信頼を得ている。
震災の爪痕が残る国には、その予防策を提示してやればいい。
捏造した地震予測の成果を伝えるだけで、簡単に信じた。
所詮、田舎の土木屋だ。
利用するにはちょうどいい。
リーヴァは、一瞬の素の表情を隠し、
研究所の前で待機していた部下に指示を出した。
屈強な男たちが十人ほど並んでいる。
「このままトランジアに行くわ。馬車の準備をしてちょうだい」
部下は敬礼をして、馬車の準備を始めた。
リーヴァはそれに乗り込むと、眼鏡を直した。
西を固めたら、次はロッド世界全土をオルディアのものにする。
そして、ノクス様を世界の覇者にした後は……
自身がその夫人となる。
リーヴァが描いた物語は、着々と進んでいた。
霊峰ライゼルに派遣したエルデネも、無事目的のものを持ち帰った。
これで、すべてが完成する。
実現まで、あと少しだ。




