第五十話 役割分担と、内通者探しと。
「見てもらったの通りだ。……あんな感じだ。まとまる気配がない」
会議が終わり、領主たちが応接の間を去ると、
ナギは俺たちに向かって言った。
「結局、決議は持ち越しになった。各領持ち帰り検討し、三日後にもう一度会議を行う予定だ。
領主には、しばらくこの城に滞在してもらう」
「いやあ……なかなかでしたね。特にあの無の領主のカイって人、ものすごい暴論だったような」
俺が言うと、ナギはため息をついた。
「すまない。あの男、カイは……私の幼馴染だ。同じ村で育ったんだが……二十年前と何も変わっていない」
「え?そうなんですか?……なんか、ナギさんと全然性格違う気がしますが」
そんな話をしていると、外からドカドカと足音が聞こえてくる。
扉が大きな音を立てて開いた。
「おい!ナギ!なんで俺の意見を通さないんだよ!」
噂をすればなんとやら。カイだ。
「通すために動いてるのが分からないのか。バカ」
「確かに俺はバカだが、そんなこと言わなくてもいいだろ!」
「……もういい。お前はそのまま突っ走れ。
問題は、会議の内容がオルディア側に漏れている件だ。
恐らく、内通者がいる。
カイ、心当たりないか?その辺の嗅覚するどいだろ」
「そうだな。ガンジ、シオンは反対派だからな!賛成派のツバサ、シゲル、シンベエが怪しい!」
「……誰でも分かりそうな読みだな。いいか?現時点での賛成、反対は参考情報だ。
次の会議でどっちに入れるかはまだ分からない。
いうなれば、ガンジ、シオンも容疑者だ。もちろん、お前も」
「だったらナギも怪しいだろ!ただの青の領主のくせに、領主の代表みたいな顔して回しやがって!シオンあたりムカついてるぞ」
「……じゃあ、お前がやってくれよ。とにかく、怪しい動きを見つけたら教えてくれ」
「おう!ところで、こいつら、ただの書記じゃないだろ?何者だ?」
カイは俺たちの方を見て言った。
「なんでそう思う」
「ビシバシ強いやつの空気がしたぜ!おい、勝負しようぜ!」
そう言うと俺の方に近づいてきた。
ナギはカイの首を掴むと、言った。
「やめろ。その方たちは、テオロッドからの特使だ。状況を理解してもらうために、会議に参加してもらった。そのよく当たる勘を、内通者探しに使ってくれ」
カイは俺に興味津々なようだったが、ナギに諌められ部屋を出ていった。
嵐のような男だ。
「随分、雑な人ですね……」
俺は呟いた。
「ああ見えて、一流の剣士なんだ。
あいつがいなかったら、俺は二回死んでいる」
ほう。命の恩人、ということか。
見かけによらないものだ。
剣士、といえばテリーズを思い出す。
ポニーテールの騎兵団長は、アレクシオと一緒に元気にしているだろうか。
それに、今日青の領に現れた、仮面の剣士。
微かに感じた既視感。
一体何者なのだろうか。
「君たちにも、内通者探しに協力してほしいんだが……頼めるかい?」
「もちろん。今後のセブンスロッドの方向性に関わりますからね」
「ありがとう。それぞれの領主の部屋割りを渡しておくよ」
そういうとナギは城の見取り図を渡した。
城に滞在する領主たちの中から内通者を探す。
ミサキの探知と、アルマの灰の式が役に立ちそうだ。
俺たちは、ナギに滞在用の部屋を二部屋借りると、作戦会議に向かった。
「思っていたよりバラバラだったな」
俺は、イエナに言った。
「うん。正直、議会制の意味を疑うくらいに。
まともなのはナギさんと、シオンって人くらいな気がする」
「同意だ。よく各領が成り立っているよ。さて、内通者探しだが……
役割分担を考えた」
俺が二人を見ると、ミサキは腕を回している。
「任せとけ!私が探知役だべ」
「ご名答。まずは動きの怪しいやつを特定しよう。
通信役は、イエナだな。中継役として各持ち場へ通信してくれ。
俺とタツオは部屋を周って、探りを入れてくる」
俺は説明をする。
すると、アルマは自分を指さしながら言った。
「私は」
「アルマは、この作戦の肝だ。対象が特定出来次第、捕縛をしてもらう」
「分かった。灰忍衆の時、たくさんやったから大丈夫」
……確かに。俺も捕縛されかけたしな。
そのあたりは安心だろう。
「内通者がいれば、会議が終わった今日中に何かしら動くだろう。
頼むぞ、ミサキ」
夜のヘリオス城は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
灯りは最低限に落とされ、長い廊下の先は闇に溶けている。
ユイトとタツオは、その静寂の中を並んで歩いていた。
「……まずは、どこから行く?」
小声で問いかけると、タツオは気のない様子で肩をすくめた。
「順番でいいんじゃない?」
「風情がないな。普通、誰が怪しい、とかそういう会話だろ、ここは」
「ミステリーはあまり読まないからね。僕は反対派がむしろ怪しいと思うよ。
赤のガンジか、紫のシオン」
「なんで内通者なのに反対するんだ?」
「カモフラージュでしょ。最後の決議で裏切れば、全部覆る。
三対四っていうこの状況をあえて作り出しているんだよ」
なんやかんや言って、推理を楽しんでいる。
「まずは、ここからか」
俺たちは最も近い扉の前で足を止めた。
最初に訪れたのは、茶の領主シンベエ=ナガミネの部屋だった。
ノックをすると、間を置かずに扉が開く。
「ほっほ、なんですか。昼間の書記の方ですか」
柔らかな笑みを浮かべた男。
室内には酒の匂いと、積み上げられた書類の山。
「少し、書類で補足をしたくて。お話をよろしいですか?」
ユイトが切り出すと、シンベエは鷹揚に頷いた。
「構いませんぞ」
部屋に通され、向かい合う。
「オルディア連邦加入について、どうお考えですか?」
問いに対し、シンベエは一拍も置かずに答えた。
「簡単な話です。儲かるか、儲からんか。それだけです」
迷いのない声音だった。
思想がマルカドールのガレオンに似ている。
「連邦入りは儲かる、と」
「ええ。技術は金を生みますからな」
そこで、ほんのわずかに声色が変わる。
「ただ……戦争は商売の邪魔ですな。平和が一番」
その一言が、妙に現実味を帯びていた。
「つまり、平和を維持し、金を儲けるためには連邦入りが一番よいと?」
「いかにも。何か異論ありますかえ?」
シンベエは扇子を開いた。
ある意味、主張はシンプルだ。
信念はない。国家より金、というタイプだ。
判断はしやすい。
部屋を出ると、タツオと話す。
「どう思う?」
「金を積まれれば裏切ります、って言ってるみたいなもんだったね」
「そうだな。マルカドールを思い出すよ……」
俺は、胡散臭いたガレオン=ルクレールの丸顔を思い出した。
シンベエ、△と言ったところか。
次に訪れたのは、緑の領主シゲル=サツマの部屋だった。
ノックをし、昼間の書記だと伝えると、「入れ」
と声が聞こえた。扉を開けると、男は椅子に座り、酒を飲んでいる。
「会議の内容に問題でもあったか?」
低く、重い声。
「いえ。少し補足をしたくて。できればお話を」
「……いいだろう」
室内は簡素だった。無駄な装飾は一切ない。
「オルディアについて、どう見てますか」
ユイトの問いに、シゲルは短く答えた。
「我々では、勝てん。正面から戦えば、必ず負ける」
その言葉には、確信があった。
「なぜ、そう思うのですか?」
「俺は、アークネイヴァーに行ったことがある。
見たこともない機械が、そこら中にあった。
生活の基準が、我々とははるかに違った。
まるで未来の世界だ。あんな国に勝てるわけがない」
「だから、連邦入りを?」
「それも一つの選択だ。国への想いはある。
だが、無駄な戦いで民を殺すことはしたくない」
現実主義者だ。
それだけに、揺るぎがないように感じる。
「意外とまともな人だったね」
タツオが言った。
「そうだな。論拠がしっかりしている。苦渋の決断、って感じだったな」
三人目。赤の領主、ガンジ=レッカ。
カイと一緒に、反対を主張していた男だ。
「なぜ、連邦入りに反対するのですか?」
「そりゃあ、カイと一緒だよ。単純に言えば、気に食わねえ。科学が偉い、オルディアが偉い、っていう姿勢がな。
屈服するくらいなら、全面的に戦った方がいい。
他の領主はびびってやがるんだ。
俺たち赤の式者にかかれば、余裕だってのによ」
その話を聞きながら、俺はタツオをちらっと見る。
昼間同様、俺たちはフードを被っていた。
——もしガンジがタツオの髪色を見たら、腰を抜かすだろう。
ガンジの頭よりはるかに鮮やかな赤が、赤の零式を示しているんだから。
「ああいう人って、割と最初に死ぬキャラだよね」
タツオがため息をついた。
「そうだな。長くは持たなそうだな。
——しかも多分、赤の四式くらいだろ?
正直、あれじゃオルディアには勝てない」
感情優先型タイプ。
反対することが格好いい、的なパターンだろう。
四人目は、黄の領主。ツバサ=ヒナタの部屋。
扉を叩くと、すぐに柔らかな声が返ってきた。
「どうぞ」
部屋の中は明るく、整えられている。
「夜分失礼します」
「いえ」
穏やかなやり取りの後、ユイトは本題に入った。
「連邦入りに賛成する理由はなんでしょうか」
「発展、です」
即答だった。目に、強い意志を感じる。
「科学は人を豊かにします」
理想を信じている声だった。
「科学が支配する可能性は?」
「それは、使う側の問題です。式術も一緒です」
曇りのない答え。
だが、その純粋さが、逆に危うくも感じられる。
俺たちは礼を言って部屋を出る。
「うーん。科学信奉者か?若干、ノクスの色を感じたが」
俺はタツオに言った。
「そう?理想論をかざしてるだけじゃないかな。
多分、何も考えていないよ」
タツオが思い切り毒づく。
なんだ?タツオの苦手なタイプなのか?
いつになく語気が荒い。
最後に訪れたは、紫の領主シオン=キサラギの部屋だった。
扉を叩くと、扉越しに用件を聞かれた。
書記用の追加情報と伝えると、返事が返ってきた。
「……分かった。入れ」
短い一言。
室内は異様なほど整っていた。
無駄が一切ない。
「こんな時間まで大変だな」
「すいません。少し話を」
シオンはしばらく俺たちを見つめ、静かに言った。
「……君たち、書記ではないな」
「どうしてそう思うんですか?」
「空気が違う」
鋭い観察眼だった。
俺は軽く肩をすくめ、質問には答えず、本題に入る。
「オルディアについて、どう思いますか」
「合理的な国だな」
迷いのない答え。
「だが、支配欲が強すぎる」
会議と同じ意見だった。
「連邦に入れば、いずれ主権は失われるだろう」
「では、反対で?」
「現時点ではな——状況が変われば、話は別だ」
その一言に、わずかな引っかかりが残る。
「変わる可能性がある?」
「状況次第だ。適切な判断をするのが領主の仕事だ」
声に揺らぎはない。
部屋を出た後、二人は再び静かな廊下を歩いた。
「さて、これで全員か。一応、カイのところも行くか?」
俺は言った。
「いや、あの様子じゃ内通者だったらナギにすぐバレるでしょ。ユイトは誰が怪しいと思うの?」
「うーん……全員あり得る」
「そうだね。金、恐怖、理想、合理。全部動機になる」
どれも裏切りの理由になり得る。
俺は小さく息を吐いた。
「……絞れないな」
「ただ」
タツオが、わずかに視線を横に流す。
「一人だけ、姿勢が不明瞭だね」
「……シオンか」
「うん。回答も綺麗すぎる」
「一番まともに見えるけどな」
その時。
頭の中に声が響く。
エーテルリンク。通信だ。
『ユイト、動きがあったべ』
ミサキの声だ。
『紫の領主が、動いたべ。部屋を出た』
ユイトは顔を上げた。
「……当たりか」
隣で、タツオが小さく呟く。
「いこう」
二人は同時に足を速めた。
静寂だった夜が、音を立てて崩れ始めていた。




