第四十九話 青の領と、七領会議。
セブンスロッドへ向かう海路。
船の中で俺たちはアルマの式を見ていた。
アルマは、甲板の一番端から、一瞬で反対側にあるこちらまで移動した。
灰の式術、瞬間移動である。
「それ、どうやったら防げるんだ?」
原理は説明してもらったが、防ぐ方法が分からない。
「エイルをどうやって倒した?」
「……穴に落として、火を放った」
「それは変。エイルなら瞬間移動で脱出できるはず」
どういうことだ。
つまり、エイルはわざと穴に落ちた、ということか?
「もしかすると、エイルは……それを望んだのかもしれない」
「どういうことだ?」
「普通の式術は、まず当たらない。この術で、避けられる。
灰の式は、式力は使わない。無から有に移すだけ。
負ける要素がない。それでも穴に落ちたのなら。
──自ら死を望んだのかもしれない」
「……そうか」
「だとしたら、なおさら良かった。
エイルは自分の死を自分で選んだ。
選べる人は少ない。幸せなことだ」
俺は、エイルの顔を思い出す。
アルマとそっくりな顔。だけど、その顔には精気が感じられなかった。
まるで死んだような目で、機械的に俺を刺した。
あの最後の断末魔──あれは、彼女が人間らしくいられた、その証明だったのだろうか?
死んだ者の気持ちは分からない。
どうあれ、俺たちはその死を背負って生きていかなければいけない。
エイルも、グラディオも。そして、数々の兵士たちも。
セブンロッドでは、争いがないことを祈っていた。
しかし、世界の情勢はそれを許してくれないようだ。
セブンスロッド内、青の領、と呼ばれる領地の港が見えた時。
港からいくつもの煙が上がっていた。
工場の煙……ではない。
「あれは……始まっているな」
マレクが双眼鏡をのぞき込んで言った。
俺たちは、その言葉で状況を察知する。
「マレクさん、近づくと危険だ。別の海岸につけよう」
俺が言うと、マレクは煙から離れた方向へ舵を切った。
海岸に船が着く。
「みんな、急ごう。オルディア軍が来ているかもしれない」
俺がそう言って駆けだすと、一瞬でアルマは数十メートル遠くへ移動した。
それを連発する。あっという間に、数百メートル向こうにいってしまった。
……それはチートすぎないか?
俺たちは必死にそれについていく。
煙の出元に辿り着くと、そこはまさに戦場だった。
逃げ惑う人々。あちこちから悲鳴。
そして。
ブラッドガルムが数体、そして鉄に覆われた戦車。
魔獣の容赦ない攻撃と、戦車による砲撃で、街は襲われていた。
——ついに、科学兵器のおでましか。
動力源は……蒸気か?
青の式者たちが応戦しているが、ダメージは与えられていない。
相性が悪すぎる。
少し先に赤ん坊を抱えた母親を見えた。
そこに、ブラッドガルムが大きな口を開けて襲いかかる。
──まずい!
「トニトルス!」
俺はすかさず雷を撃つ。
ブラッドガルムは痙攣する。
それに向かって、タツオが火球を放つ。
燃え上がる魔獣。
焼ける肉の匂い。
俺は、その親子の元へ駆けつけ、建物の中へ避難させる。
しかし、建物の中も安全ではない。
早く対処しなければ。
「ドリームヴェール!」
ミサキが幻惑を放ち、魔獣たちを眠りに落としていく。
さすが紫の二式。
俺の眠り術とは段違いだ。
「フレアバースト!」
それを一体ずつ、タツオが燃やしていく。
火力を抑えつつ、的確に処理している。
式力の制御力が格段に上がっているようだ。
アルマは瞬間移動を繰り返し、戦車たちを撹乱している。
戦車たちは操縦を誤り、同士討ちが発生している。
俺とイエナは、その隙に青の式で戦車の砲台に水を撃ち込む。
これで、弾は使い物にならないはずだ。
いい連携だ。
この調子なら、敵の撤退も近いのはないだろうか。
すると、一人の男が近づいてくる。
「加勢、感謝する!私はナギ=ミナト。青の領主だ。
君たちは?」
灰色の髪を、後ろで結んでいる。
青の領主なのに、無式なのだろうか。
歳は、二十代後半に見える。
「説明は後で。今の状況は?」
「いきなり敵軍が襲ってきた。恐らく、オルディアの報復だ」
カムイ事変の時と同じだ。
突然の攻撃。
——世論なんて気にしないってことか。
「戦闘の状況は?」
「おかげで、街への侵略部隊は大分撃退できた。残るは、敵本陣だ」
ナギと名乗った男が答えた。
「敵の陣地、発見したべ!アルマ、行けるべか?」
ミサキは探知に切り替え、敵の本陣を特定したようだ。
アルマは頷くと、ミサキの指示した方向へ素早く移動する。
俺たちはそれを追いかける。
本陣は、港にあった。
港に乗り付け、そのまま魔獣を放ったのだろう。
アルマに遅れて俺たちが辿り着くと、アルマと仮面の男が対峙していた。
周りには男たちが倒れている。
アルマが取り巻きを倒したのだろう。
「お前が指揮官か?」
アルマが男に向かって言った。
問いには答えず、仮面の男は背中の大剣を抜いた。
アルマは、小刀を構える。
少しの間、動きが止まる。
にらみ合いの膠着状態。
緊張が走る。
うかつに近づけない。
──直後、男はためらいもなく大剣を振り回した。
アルマは瞬間移動でそれを避けつつ、
流れるように一太刀。
仮面の男の腹を斬りつける。
男の脇腹から、血が流れ出る。
しかし、男は怯むことなく大剣を振り続ける。
まるで痛みなどないかのように。
アルマはそれをかわしながら、斬りつけていく。
俺はその戦いの様子に、既視感を感じていた。
「アルマ!」
俺が叫んだ瞬間、仮面の男がこちらを見る。
仮面越しに目が合ったような感覚がする。
男の動きが止まった。
その瞬間、アルマは男の後ろに回り込み、
首元にナイフを突きつけた。
「仮面を取れ。お前は何者だ。オルディアか?」
アルマの拘束の隙に、俺たちも周りを取り囲む。
男は、何も言わず剣を地面に落とし、両手を上げた。
降伏の合図。
「ナイフをどけろ。このままじゃ仮面も取れない」
低い、くぐもった声。
仮面のせいでうまく聞こえない。
アルマは、拘束を外した。
仮面の男は、両手を上げたまま後ずさりする。
少し距離を取り、仮面を外すような素振りを見せる。
俺たちは、固唾を呑んでそれを見守る。
その瞬間。
男は振り返り、走り出した。
その先にあるのは──海だ。
「まずい!アルマ、追え!」
俺が指示を出すと同時にアルマが瞬間移動を発動するが、
仮面の男はためらいなく海へ飛び込んだ。
「くそっ……!アルマ、水の中は追えないのか?」
俺は聞いた。
「……無理だ。水の中では灰の式は使えない。
すまない。私のミスだ」
「……いや。油断していた。まさかあっさり逃げるなんて。
しかし……何者なんだ。オルディアの新たな刺客か」
俺たちは、アルマが倒した取り巻きを縛り上げた。
こいつらから情報を聞き出すしかない。
俺は青の式術で冷水を出し、男たちに浴びせた。
水をかけられた衝撃で、せきこみながら目を覚ます。
「お前ら、オルディアか?」
アルマは、男の一人の顎を持ち上げ、言った。
……慣れているな。
男の目を見たアルマは、瞬間、叫んだ。
「くそっ!」
男の口を開ける。
「どうした!?」
俺はアルマに近寄る。
「何か、飲んだ。毒か?起きろ」
アルマは男の頬を張る。しかし、反応がない。
──瞳孔が開いている。
「……駄目。死んだ。即効性の毒だ」
アルマが呟いた。
俺はあたりの男たちを見回った。
同じように、息をしていなかった。
……手がかりが失われてしまったか。
「徹底して教育されている……あるいは、洗脳かもしれない」
イエナが言った。
「洗脳?」
俺は聞いた。
「前も言ったと思うけど……ノクス=ルミナスはテオロッドの出身なの。
ルミナス家は、神職についていたんだけど、洗脳による支配が発覚し、没落した家系。
もしかすると、その方法をノクスは継承しているのかもしれない」
元の世界でいう、カルト教団みたいなものか。
だとすると、ノクスがグラディオを操っていた可能性も見えてくる。
国家転覆と乗っ取り。
そして、狂信者の育成。
オルディアが向かう道は、まさに独裁国家そのものだ。
俺たちの元へ、ナギ=ミナトがやってきた。
「君たち、緑の式は使えるか?怪我人の手当てを手伝ってほしい」
俺たちは、ナギと一緒に街の惨状へ対応した。
怪我人の治療、魔獣の死体処理。
瓦礫だらけの街は、まさに戦争の恐ろしさを物語っていた。
一通りの処理が終わると、俺たちは城に招待された。
どことなく、テオロッドの王宮に雰囲気が似ている。
「ここは、ヘリオス=テオロッドが建てた城と言われているんだ」
ナギが言った。
なるほど。兄弟がそれぞれ作ったのであれば、似ているわけだ。
城の中の雰囲気も、まるでテオロッドに帰ってきたような安心感があった。
応接の間に入ると、まずナギは頭を下げた。
「君たちがいなかったら、街は壊滅していたと思う。
本当にありがとう。あれだけの式者だ。君たちは、テオロッドからの特使だろう?」
「はい。レオニス=テオロッド王姪、イエナ=テオロッドです」
イエナが名乗った。
「なんと。王族直々にとは。ありがたい話だ」
「オルディアの侵攻はいつからですか?」
俺は、ナギに尋ねた。
「今回が初めてだ。前回の七領会議でオルディア連邦が否認になったことを伝えたのが、先月。ここまでの距離を考えると、書簡を受け取ってすぐに派兵を決定したんだろう。まさか、いきなり侵攻してくるとは」
「私たちの目的は、改めて、テオロッドとセブンスロッドの友好関係構築です。
このロッド大陸で、ロッドの名を冠するきょうだいとして。
セブンスロッドは、オルディア連邦に否定的ということですね?」
イエナが確認する。
「現状ではそうだ」
ナギは答える。
「……現状?」
「ああ。七領会議は、その名の通り七人の領主が一つずつ議決権を持ち、
多数決で決定する。
前回の会議では連邦加入案は賛成三対反対四で否認だったが。
あと一人が覆れば……連邦入りが決定してしまう」
ナギは疲れた顔をした。
「……ナギさんはどちらですか?」
俺は尋ねた。
「もちろん、否認さ。このヘリオス城の歴史を守るものとして、オルディアに屈するわけにはいかない。セブンスロッドも、テオロッドほどではないが、式術王国だ」
「失礼ですが、ナギさんは、無式のように見えますが」
ナギの髪の色は灰色。
染めているのでなければ、式力がない証だ。
「ああ。私は無の領の出身だ。青の領の政治腐敗を指摘したのがきっかけで気が付いたこの役割をやっているが、元はなんの力もない市民さ」
話を聞くと、なんとなくラグナを思い出す。
ブレイヴェンを想い、奴隷まで落ちてから国王になった男。
「セブンスロッドは一枚岩でないってことだべか?」
察知力の女王、ミサキが聞いた。
「残念ながら、そうだ。せっかく来てもらったのに、お役に立てるかどうか。
まずは国がばらばらになっている現状をなんとかしなくちゃいけない」
「どういう構図なんですか?」
「各領の姿勢が出ている。連邦加入賛成派は、黄、緑、茶の領。
反対派は、無、赤、紫、そしてこの私。青の領だ」
「そのままなら、加入は実現しないのでは?」
「厄介なのは、賛成派はどちらかといえば保守派で、オルディアに脅威を感じている面々なんだ。科学の力で攻め込まれては勝ち目がない。迎合すべきだと。
──青の領のこの惨状を見たら、余計意見はそちらに流れる」
オルディアは、そこまで分かったうえで侵攻を仕掛けたのだろうか?
だとしたら、情報が洩れていることになる。
「次の会議はいつなんですか?」
「もともと、臨時の会議を予定していた。次は三日後、このヘリオス城で行われる」
タイミングがいいのか、悪いのか。
いずれにしても、この七領会議でセブンスロッドの行く末が決まってしまう。
「……可能であれば、私たちも会議に参加できないでしょうか?」
イエナが言った。
「……何とかしてみよう。頼みたいこともあるしな」
「なんですか?」
「裏切り者の特定だ」
七領会議の間。円形の卓。
その周りに、七つの席。
領主たちは、それぞれが決められた席に座っている。
俺たちは素性を明かさず、青の領の書記役として、少し離れた場所に座っていた。
全員は多すぎるということで、俺とイエナがその役割になった。髪の色でバレないように、フードを被る。
ナギ=ミナトが静かに口を開く。
「それでは、臨時の七領会議を始める。
議題は一つ。オルディア連邦への参加について」
沈黙。それぞれが、探り合っている様子だ。
その空気を、いきなりぶち壊した男がいた。
「話し合う必要なんてねえよ!オルディアの下にはつかない!」
円卓にある名札には、無の領主、カイ=ムラサメとある。
机を叩き、豪快に言った。
「剣は科学より強し!そういうことだ!」
……いわゆる脳筋系の領主だろうか。
ナギは一瞬だけこめかみを押さえたが、何も言わない。
すると隣の男が腕を組んで頷いた。
「俺もカイと同意見だ」
赤の領主、ガンジ=レッカ。
「科学だか何だか知らねえが、武力で国を従わせる連中の下につく理由はねえ」
ガンジはニヤリと笑った。頬の刀傷がゆがむ。
「来るなら、俺たちの火で叩き潰す。それだけだ」
こちらは完全に武闘派である。
すると、静かな声が割って入った。
「……感情論で物事を決めないでいただきたい」
紫の領主、シオン=キサラギ。
細い目で二人を見た。
「理由もない判断など、領主のすることではない」
カイがむっとする。
「理由ならある!」
「ほう。言ってみるがいい」
シオンは冷笑を浮かべながら言った。
カイは胸を張って、一言だけ言った。
「気に入らない!」
……ダメだ。こいつ。
しかしガンジは大笑いしている。
「ははは!分かりやすくていいじゃねえか!」
シオンはため息をついた。
「議会は遊びではないんだぞ」
そして静かに続けた。
「だが、私も属国化には反対だ」
部屋が少しざわつく。
シオンは指を組んだ。
「オルディアは合理的だが、支配欲が強すぎる。
連邦に入れば、じきに国家の主権は失われるだろう」
理性的な意見だった。
このシオンという男は、まともそうだ。
別の声が上がる。
「しかし、それは推測でしょう?」
黄の領主、ツバサ=ヒナタ。
穏やかな印象の男だ。
「オルディアは科学国家です。協力すれば発展も期待できます」
「発展?」
ガンジが鼻で笑った。
「奴らの言う発展は、支配だろうよ」
そこに低い声が重なる。
「……我らは長くこの国の歴史を守ってきた。
だが、世界はめまぐるしく変わっている」
緑の領主、シゲル=サツマ。
腕を組み、動かない。年齢は五十代くらいだろうか。
重厚な雰囲気をまとっている。
「オルディアは強い。正面から戦えば、七領力を合わせたとて、無傷では済まぬ」
降伏寄りの思考だ。
すると扇子をぱたぱたさせながら、茶の領主が口を開いた。
「わしは賛成ですな」
シンベエ=ナガミネ。
商人らしい笑顔。太った、四十代くらいの男。
「科学は儲かります」
扇子を閉じる。
「しかも連邦に入れば、交易は広がる。国は豊かになりますぞ」
「金の問題じゃねえだろ!」
カイが再び机を叩いた。
うるさいな、こいつ。
「国が滅びたら金も何もねえだろう」
ガンジがシンベエを睨みつけ言った。
シンベエは肩をすくめた。
「逆ですな。金がなければ国は滅びますぞ」
静かな一言だった。場が一瞬止まる。
……うん。想像以上だ。
七人全員バラバラだ。
そして、ようやくナギが口を開く。
「……どうあれ、意見は出揃ったようだ」
全員を見る。
「まだ決断する段階ではない。情報が足りないと感じる」
ナギは淡々と言った。
「オルディアの真意。軍事力。外交方針。すべて調べた上で判断すべきだと思う」
あくまで中立のように立ち回る。
この曲者たちの中において、場を回せる力。
ナギ=ミナトはなかなかのやり手だ。
会議室の空気は、ある意味戦場だった。
この七人の意志がまとまるなんてこと、あるんだろうか。
そして俺は、心の中でつぶやいた。
登場人物が多すぎる。
覚えられるわけがない。
領主七人。名前も性格も、濃すぎる。




