第四十八話 スクエア出発と、イエナご立腹と。
天気は、雲一つない青空。
そして、いい風が吹いていた。
スクエアを出発したフォーリナー号は、航路を順調に進んでいく。
「この調子なら、二日かからずに着きそうだな」
マレクは煙草を吸いながら言った。
「風も続きそうだね。マレク、代わるよ」
タツオが舵を取る。帆の調整もお手の物だ。
マレクは、安心した様子でタツオにそれを任せている。
「おいタツオ。お前旅が終わったら漁師にならねえか?」
マレクがタツオを勧誘する。冗談っぽく言っているが、
半分本気だろう。
「え、それはないかな。船は楽しいけど、魚獲るの好きじゃないし」
にべもなく断る。
……社交辞令とかないのかこの男は。
マレクはそれを聞いて笑っているので、問題はないのだろうが。
そして、甲板では、海の洗礼を受けているものが一人。
「無理。吐く。でも、吐きたくない」
アルマである。ショートカットのツートンカラーがしなだれ、
座り込んで口を押えている。
「アルマ!頑張るべ!その気持ち分かるべ!」
船酔いの先輩、ミサキが声をかけながらヒーリングを施している。
あれ、イエナはどこに行ったんだ。
ヒーリングなら、イエナの式が一番効くんだが。
俺は船を探していると、船室の中にイエナがいるのを見つけた。
「イエナ。ちょっと、アルマの船酔い治してくれないか?」
俺はイエナに声をかけた。
しかし、聞こえているはずなのに返事がない。
「あれ?おーい、イエナさん」
「聞こえてる!」
イエナはなぜか語気が荒めに返事をした。
ご機嫌ななめな様子である。
「……なんか、機嫌悪い?」
俺が聞くと、イエナはぷんぷんしながら出てきた。
そのまま、アルマがいる甲板に向かう。
……あれ、俺なんかやらかしたか?
記憶にない。
俺は仕方なくそれについていく。
イエナはミサキに「代わる」と言ってヒーリングをかけ始めた。
ミサキが手持ち無沙汰になってこっちにやってくる。
俺は小声でミサキに話しかけた。
「……なあ。なんかイエナの機嫌が悪いんだけど。何でだろう」
俺が言うと、ミサキはイエナの様子を見ながら言った。
「ははあ。なるほど。ユイト、アルマの治療してくれって依頼したべ?」
ミサキも小声で返す。
「え?したよ。仲間が苦しんでいるなら、助けるだろ?」
「その前に、何か話したべか?何をしてたの?とか、体調の心配とか」
「いや、してない」
「……それだべ。本当に、タツオといいユイトといい、女心が分かってないべな」
「え、どういうこと?」
「嫉妬だべ。イエナはまず自分のことを気にしてほしかったんだべ。それなのにいきなりアルマの話したから、拗ねているんだべ」
……嫉妬?
ということは、イエナは俺のことを?
いやいや、いかんいかん。
勘違いして暴走してはいけない。
この恋は、確実にものにしなければいけない。
そのために外堀を固める作戦まで考えたんだ。
一旦落ち着こう。
それでもイエナが嫉妬していたのだとすると、少し嬉しい。
しかし、俺はやらかしてしまっていることになる。
「俺は、どうすればいいんだ?」
「しばらくは無理だべ」
「ええっ、そうなの?」
「女ってのは、特別扱いしてもらわないといけない生き物だべ。
タイミングを見て、イエナがいかに特別かを伝えていくしかないべ」
どうやら結構やってしまったようである。
ミサキと話をしている間、イエナがちらっとこちらを見たような気がするが、気のせいだろうか。
仕方ない、長期戦でいくしかない。
海にいると、一日の流れが良くわかる。
遮るものがなく照りつける太陽は次第に落ち、
あたりは暗くなっていた。
俺たちは船室で話をしていた。
「船に慣れたべか?」
ミサキは、アルマに声をかける。
アルマはさすがというべきか、半日もすると船酔いはおさまっていた。
「もう、平気。でも、海より山の方が好き」
アルマは答えた。
「山の民、だもんな。ところで、灰忍衆っていうのは、どんな組織なんだ?」
俺が聞いた。
「十歳になった子どもの中で、身体能力が高いものが選抜される。
その中で一番灰の式が使えるものが、灰忍衆の首領になる。
山の長も、昔は灰忍衆の首領だった」
「ゼラドさんか。アルマも、首領なのか?」
俺が聞くと、アルマは頷いた。
「私の前は、エイル。エイルが追放されて、私が首領になった」
エイル。
アルマの姉であり──俺たちが殺した女。
アークネイヴァーの戦いの中で仕方なかったとは言え、
あの断末魔の悲鳴は忘れることはできない。
苦い思いが胸をよぎる。口の中が、乾く。
「俺たちが……。ごめん」
俺はそれだけ言った。
「殺したのは僕だよ。ユイトは穴に落としただけでしょ」
タツオが話をさえぎるように、そう言った。
それを聞くとアルマは驚く様子もなく、タツオを見て聞いた。
「エイルは、どうやって死んだ?」
「フレアバースト。僕の赤の式術で、燃え死んだ」
言いづらいことを、淡々と話す。
これがタツオのいいところでもあり──残酷さでもあるのかもしれない。
「そうか。一瞬だったか?」
アルマが聞くと、タツオは頷く。
すると、アルマは少し微笑んだ。
「エイルを止められなかったの、私のせい。
ずっと昔から、エイルはおかしかった。
動物は殺す。物は盗む。何が良くて悪いかが、分かっていなかった」
アルマは話を始めた。
「多分、親を殺したのも、エイル。
私が生きていたのは、たまたまだと思う。
私たちは長に拾われ、育てられた。
エイルは、灰忍衆になる前から、怪物だった」
凄惨な過去だ。
親を殺しかもしれない、自分を殺すかもしれない姉と共に生き、
その身を案じ続けていたということか。
「エイルが追い出されたとき、寂しさと安心が同時に来た。
自分でも、よく分からなかった。
死んだと聞いた時も、同じ。
まだ、気持ちが分からない。
でも、お前たちに対して恨みはない。感謝している」
アルマはゆっくりと、何かを確かめるように話した。
不器用ながら、伝わってくる。
すると、横でイエナが泣いていた。
そのまま、部屋を出ていった。
なにか、感じ入ることがあったのだろうか。
空気が重くなる。
それを立て直すのは、我らがムードメーカー、ミサキ先生だ。
「とにかく!アルマはチームフォーリナーの仲間になったんだべ!
堅苦しいのはなし!明日から皆で盛り上がっていくべ」
そう言って、手を叩く。
「そうだな。早ければ明日にはセブンスロッドに着く。
アルマの力が必要になることもあるだろうし、頼むぞ!」
俺はそれだけ言い残し、部屋を出たイエナを追った。
昼の件もあるし、様子が気になる。
甲板でイエナは風に当たっていた。
「イエナ、大丈夫か?」
俺は、そっと声をかけた。
イエナは、涙を拭いて振り向く。
「大丈夫。気にしないで」
「……どうしたんだ?なんか変だぞ」
「うん……。アルマの話を聞いて、自分がいかにちっぽけな人間なんだろう、って思っちゃった。彼女が生きてきた辛い時間を考えたら、私はなんて恵まれているんだろうって」
それを言うなら、俺の方だ。
何も苦労せず、ただ生きてきただけだ。
「イエナは……十五歳から特使として働いているんだろ?十分頑張っているよ。
俺が十五歳の頃なんて、球を蹴っていただけだよ」
元の世界。俺はサッカー部でボールを蹴る毎日を過ごしていた。
国のことや世界のことなんて、何も考えていなかった。
同い年の時、イエナは各国を回りテオロッドの理念を伝える仕事をしていた。
その特使の仕事の成果が、この旅路で感じる人々の温かさに繋がっているのだろう。
「球を蹴る……?なにそれ。そういう仕事?」
「いや、遊びだよ。つまり、国を想い、国のために働いているイエナは偉い、ってことさ」
俺はイエナの横に立った。
ふと、イエナと目が合う。
まずい。ドキドキしてきた。
イエナは目を拭うと、言った。
「恥ずかしいところ見られちゃった。みんなの所、戻ろう」
そう言って小走りに船室へ向かう。
あれ……?
いいムードだと思ったのは俺だけだったのか?
俺は少し肩を落としながら船室へ戻った。
明日にはセブンスロッド。
今度は、何事もないといいが、そういうわけにも行かないんだろうな……。




