第四十七話 祭りの後と、別れの言葉と。
頭が痛い。これが、二日酔いというやつか。
俺は、ハルカゼに強要され、昨日ついに禁断のラインを越えてしまった。
元の世界なら停学か退学か。
生徒会長にあるまじき行為である。
もう考えても仕方ない。
こっちの世界では十五歳で成人らしいし、気にするのはやめよう。
しかし、あれはアルコールハラスメントというやつではないのか……?
痛む頭を抱えながら、起き上がる。
一瞬自分の居場所が分からなくなるが、こっちの世界では珍しい布団を見て思い出す。
ここはクアドリス峰山頂の寺院だ。
周りを見渡すと、タツオとハルカゼ、サブが雑魚寝している。
タツオの足がサブの顔にかかっている。サブは寝苦しそうだ。
──もはや、テオロッドもトランジアも関係ないな。
俺は水を飲もうと部屋を出ると、
ちょうど隣の部屋から出てきたイエナと出会った。
「あ、ユイト。大丈夫?昨日、かなり飲んでたけど……」
心配してくれている。ありがとう、天使よ。
「うん、ダメかもしれない」
「ヒーリングかけようか」
「お願いします」
イエナが緑の式術を発動する。
もったいない使い方だ。
エネルギー源となる木々は寺院の周りにたっぷり生えている。
あっという間に緑の波動が集まり、俺の体を中和していく。
「おお。さすが。あっという間に全快だ。ありがとう」
「この前お世話になったし、お互い様だね」
俺は、前回イエナの暴走シーンを思い出す。
昨日は飲酒を防げたが、もう少しハルカゼに押されたら危なかった気がする。
すると、イエナに続いてミサキが部屋から出てきた。
「あーん?なにいちゃいちゃしてるべ」
目がすわっている。
顔が赤い。
……こいつ、二日酔いではない。
まだ酔っている。
続いて、キャハハハという甲高い笑い声が聞こえる。
「おーい、ミサキぃ。まだいけるっしょー。
ん……朝じゃーん。うけるー!」
アゲハである。
……こいつら、今まで飲んでたのか?
化け物か。
すっかり仲良くなっている。
「……この人たち、全然寝ないの。おかげさまで、私もほとんど寝れてないよ」
イエナがぼやく。確かに、目の下にクマが見える。
話をしていると、ハルカゼとサブも起きてきた。
「おはようさん。すっかり朝やな。しかし、いいところやで。自然たっぷりやし、飯は美味いし」
そう。確かに昨日の宴で食べた飯は美味かった。
二千年間の鎖国の中で、
この国は美食国日本のプライドを守り続けていたようだ。
そして、念願の調味料も発見できた。
醤油と味噌である。
この国には日本の魂が残っていたのだ。
俺はゼラドに交渉し、船に積めそうな量の醤油と味噌、
それに麹をもらった。
大豆の栽培はテオロッドでもできる。
これは、食生活のレベルが飛躍的に上がる。
ローディンも舌を巻くに違いない。
ペンディング中のガルフ篭絡作戦も更に進化できる。
「ハルカゼたちは、いつまでここにいるんだ?」
俺は、ハルカゼに聞いた。
本来の目的であるオルディア連邦入りの打診が無理となれば、長居する必要もない。
「せやな。もう数日いたら帰るわ。リーヴァの姉ちゃんからどやされそうだけど、関係ないわ。サブの言ってた通り、トランジアはあくまでトランジアや。オルディアの属国になったつもりはあらへん」
ハルカゼは、さっぱりした様子で言った。
その態度が気持ちいい。
「そうか。俺たちは、今日帰ろうと思ってる」
「今日?また急やな。もうちょい遊んでいこうや」
「船長を待たせてるんだ。次はセブンスロッドに行かなきゃならない」
外交上のルートを敵に伝えるのはどうかと思うが、
もう、ハルカゼを敵と思えなくなっていた。
俺が言うと、ハルカゼは「おお」と頷いた。
「七領会議の国やな。あそこはめんどくさそうやな」
「行ったことあるのか?」
「ない。けど噂は聞くで」
酔っ払ったままのアゲハが横から口を挟む。
「議会国家って、決めるの遅いんだよねー。あーいうのイライラする」
「お前は決断早すぎやで。ホンマに考えとるんか?」
ハルカゼが軽く頭をこづいた。
「超高速回転してるから早いだけだし」
サブは黙って立っているが、俺の方を見て軽く頷いた。
タツオはまだ起きてこない。
安定の寝ぼすけ野郎である。
「まあ、でもおもろかったな」
ハルカゼはそう言って、両手を頭の後ろで組んだ。
「テオロッドも、悪い国やなさそうや」
「まだ疑っているのか?」
「そらそうやろ。オルディアの言い分では、連邦中がそう思っとるで」
ハルカゼは肩をすくめた。
「でもな」
少しだけ真面目な顔になる。
「国なんて、外から見ても分からんもんや。
結局は、そこで生きとる人間を見るしかない」
それから、にやっと笑った。
「ユイトらは、まあ、いいやつらや」
「ありがとう。ハルカゼたちも、いいやつらだ」
俺たちは、黙って握手をする。
「オルディアにはうまいこと言っとくわ。やけど、次は何を仕掛けるか分からへん。セブンスロッドにも、連邦入りを仕掛けているはずや。気をつけえや」
「オルディアには負けねえべ」
ミサキが腕を組んで言った。まだ目がすわっている。
「おお、その意気やな。まあ、次に会うときはどんな形か分からんけど、また一緒に飲もうや」
ハルカゼは笑う。
タツオはサブの方を見て言った。
「花火、作れそう?」
サブは少し考えてから答えた。
「ああ。やってみる」
「分かんなかったら手紙くれれば教えるよ」
二人はそれだけで会話を終えたが、
地味に国交が成立している。
アゲハは大きく伸びをする。
「はーあ。さて、私もテオロッドについていくかあ。
こっち女子いないしー」
「勘弁してくれや、アゲハさん」
ハルカゼが即座に反応する。
「そんなこと言わんといてや。俺らを路頭に迷わす気か」
「もうちょい欲しいな」
アゲハが言葉を催促する。
「アゲハ様がおらんと、トランジアは成り立ちまへん!」
軽口の応酬。俺たちはそれを見て笑った。
準備を終えると、俺たちは寺院を出た。
トランジアだけでなく、ゼラドも、見送りに来てくれた。
「アルマを頼む」
俺は、小さく頷いた。
アルマは小さく頭を下げ、俺たちに合流した。
初めてスクエアから出ることに、少し緊張している様子だった。
俺は、ハルカゼに向かって言った。
「またどこかで会うかもしれないな」
「せやな」
ハルカゼは頷いた。
「また祭りやろうや」
「戦いじゃなくてか?」
俺が冗談で言うと、ハルカゼは少しだけ考えてから答えた。
「祭りの方がおもろいやん」
その言葉に、俺は少し笑った。
「じゃあな、ユイト」
ハルカゼは片手を上げた。
「死ぬなよ」
「そっちもな」
俺たちはクアドリス峰の山道を歩きだした。
馬車がないのは辛いが、今回は道案内人のアルマがついている。
往路よりは早く船に戻れるだろう。
クアドリス峰の広場が、ゆっくりと遠ざかっていく。
振り返ると、ハルカゼたちはまだそこに立っていた。
三人並んで、小さく手を振っている。
ミサキがぽつりと言った。
「……なんだか寂しいべ」
「そうだな。でも、きっとまた会えるさ」
俺は答える。
保証はどこにもない。
それでも。
いつかきっとまた楽しい夜を過ごせる。
そんな気がした。
アルマは、迷わず山道を進んでいく。
仲間というよりは、先導役のようだ。
俺たちも大分旅慣れてきているとはいえ、
そのペースについていくのに必死だった。
俺たちは行きは一日半かかった往路を、一日で踏破した。
夜の港。一角に、見慣れた船が停泊している。
フォーリナー号。
急に、故郷に帰ってきたような安心感を感じる。
甲板の上で、釣り竿を持って座っている男がいた。
マレク。想定していた二週間以内には帰ってきているが、
大分一人で待たせてしまった。
「早かったな、お前ら。もうちょいゆっくりしてくれば良かったのに」
マレクである。
横にある樽には、魚が何匹も入っている。
寂しくしていないか心配していたが、海の男は一人の時間も慣れているようだ。釣りを堪能していた様子だ。
「今日はかなり釣れたんだ。ちょうどいい。焼き魚で夕食にしよう」
「おっ。いいね。じゃあ、ちょうどいいのがありまっせ、船長」
俺は、クアドリス峰でもらってきた醤油を出した。
「なんだそれは?」
「すべての料理がおいしくなる、神の調味料です」
「ほう……それは楽しみだ。で、なにやら人が増えているが」
あ。紹介するのを忘れてた。
「こちらは、アルマ。スクエアの灰忍衆です。
色々あって、俺たちと一緒に旅をすることになりました」
「なんか、説明が雑だな……。まあいい。
アルマとやら、年はいくつだ?」
「十八歳」
アルマは一言だけ答えた。
俺と同じか、一つ上だろう。
小柄のため、見た目はもう少し若く見えるが、
精神的には落ち着いていそうに感じる。
「ユイトとタツオと一緒だな。まあいい。子守の人数が一人くらい増えても変わらんさ」
「私、子どもじゃない」
アルマがつっかかる。
冗談に慣れていないのか、顔面受けしている。
「アルマ、これはマレクの冗談で……」
俺は、フォローをする。
「子ども扱い、腹が立つ」
アルマはまだ怒っている。
その様子を見て、マレクは笑った。
「嬢ちゃん、すまねえな。まあ、これから長い旅になる。仲良くしようや」
白い髭をなびかせながら、樽から出した魚を串に刺した。
出発は、明日の朝。
悠久の国スクエアを発ち、議会国家セブンスロッドへ。
海へ山へ、そしてまた海へ。
俺たちの旅路も大忙しだ。




