第四十六話 祝祭と、宴と。
祝祭の当日。
クアドリス峰の広場には、大量の人が集まっていた。
一体どこからやってきたのかと思うくらい。
多くの人。
そして、皆白と黒のツートンカラーの髪をしている。
灰の一族、勢ぞろいということか。
俺たちは、それぞれの陣地に別れていた。
中央の舞台を挟んで、向かい合っている。
こちらから、向かいが見える。
ドン、ドンと音が鳴る。
ハルカゼが、太鼓を叩いている。
「トランジア流の祭りは、見せたるで!」
大きな音に注目が集まり、人の流れができあがる。
その先には、屋台が立っている。
アゲハとサブが、手際よく調理している。
「トランジア名物、トラ焼きだよー。
先着百人、半額にしちゃぅよ!」
甲高い声で客引きをしている。
なるほど。名物で心を掴もうということか。
しかし、トラ焼き。
食材探しの旅を続ける身としては、
非常に興味がある。
……あとで買いに行こう。
対する俺たちテオロッド陣営。
俺たちは三つの出し物を用意していた。
方針は、参加型コンテンツ。
一つ目。
ミサキの幻惑をふんだんに生かした、
お化け屋敷。広場近くの洞窟を改装した。
正直、内装やギミックは学園祭レベルだが、
幻惑の効果でかなり雰囲気は出ている。
最初は警戒されたのか客の並びはいまいちだったが、
評判を聞きつけたのか少しずつ行列ができ始めた。
タツオは中でお化け役をやらせている。
作戦会議で役に立たなかった罰だ。
二つ目。
イエナの緑を使った、幻想的な森のイリュージョン。
森の木々を光る蝶や光る苔で彩り、
雰囲気のある空間を作り出した。
途中には俺が土の式で作った休憩所も用意し、
散歩コースとして仕上げてある。
三つ目。
俺の作品による、土の馬レース。
サイレスのゴーレムような大きいものは作れないが、
ポニーサイズのものを作った。
それに、子どもたちが乗り、競い合う。
大人たちは自分の子供が乗った馬を応援する。
子どもがいない親は、どの馬が勝つか予想する。
まあ、要するに競馬である。
一部、ガレオンの言葉を参考にした。
「人の本質は戦いと賭け事だ。それを理解すれば、金は儲かる」
普段は粛々と暮らしているはずのお父さんたちが、
目の色変えて自分の子どものポニーを応援している。
奥様方からは若干冷めた目で見ている気がするが、
勝った子どもの家族は大盛り上がりしていた。
俺たちは、モノを売るのではなく、体験を売ることに徹底した。
祭りを楽しんでもらい、式術が危険なものではないと認識してもらう。それこそがテオロッドの目指す姿だと示す。
明らかに客の流れがこっちに来ているとみると、
ハルカゼは次の策に出た。
太鼓の音が一層大きくなる。
太鼓を叩いているのはアゲハだ。
「みんなぁ!神輿を担ぐでえ!アルス様とジーナ様、
それにゼアル様を乗っけてるで!」
ハルカゼとサブが神輿を担いでやってくる。
若い男たちがそれに集まり、一気に祭りが盛り上がる。
気が付くと、ミサキもその輪に加わり、
神輿を担いでいる。
おい、お化け屋敷はどうした。
しかし血が騒ぐ。
「すいません、一旦レースは休憩します」
俺はそう言うと神輿に向かった。
ハルカゼの後ろに陣取り、俺も担ぐ。
「どうしたユイト!勝負はええんか?」
ハルカゼは振り向き言った。
「楽しそうなものは見逃せない」
「ははっ!ええな!おもろいのが一番や!」
俺たちは、トランジアもテオロッドもスクエアも関係なく
掛け声を出しながら神輿を担いだ。
ひとしきり担ぐと、全身がくたくたになっていた。
俺とハルカゼは、神輿から離れ、その場に座り込む。
神輿はスクエアの民が代わる代わる担いでいる。
ミサキは気が付くとその先頭にいた。
いつの間にかタツオもイエナも担がされている。
おい、持ち場はどうした。
「……神輿のアルス像やらはどうやって作ったんだ?」
俺は息を切らしながら聞いた。
「サブが、民の家を周って聞いてきた。
この国は、みんな自分ちに先祖の像を飾ってるんやて。
ああ見えて、サブは聞き上手なんやで」
ああ見えても何も、話しているのを見たことがない。
しかし、民の家を周るという発想はなかった。
さすが、人心掌握に自信を持っているだけはある。
「あー、しかし祭りはええなあ。お前らの出し物もおもろそうやしな。そうや。トラ焼き食べへんか?」
そういうと、ハルカゼは屋台からトラ焼きを取ってきた。
俺はありがたくそれをいただく。
見た目は完全に、たこ焼きである。
丸い。外はカリカリに焼いてある。
一口食べる。中はふわっとしている。
完璧だ。そして、独特のコリっとした瞬間。
うん、タコだ。
これは、たこ焼きだ。
「びっくりするやろ?中に入っているのは、タコや。
あまり東の方では食べへんやろ。美味いんやで」
あ、大丈夫です。よく知っています。
とは言えないので、普通に美味しい、と答えた。
何がすごいって、米の文化や風呂の文化が消え去ったこの世界で、
たこ焼きの文化だけはきちんと受け継がれていることだ。
関西魂、恐るべし。
俺とハルカゼが食べていると、アゲハが近づいてくる。
「ねえ、あのレースいつはじめんの?
私も出たぃんだケド」
え?出たいの?賭けたいんじゃなくて?
俺は持ち場に戻り、レースの再開を告知した。
再び人が集まってくる。
アゲハが土のポニーに乗ろうとしていると、
聞きなれた方言が聞こえた。
「ちょっと待つべ。その女が出るなら、私も出るべ」
ミサキである。
アゲハに対し、謎の対抗心を燃やしているようだ。
「えー、出るの?どうせ負けるのにー」
いい感じにアゲハが煽っている。
「吠え面かくなよ、派手女が」
ミサキ、ものすごい口が悪い。
そして、ミサキ、アゲハ、四人の子どもたちの六頭立てのレースが始まった。
「おもろいやん。もうこの勝負、あの二人の対決で買った方が勝ちでええんちゃう?」
ハルカゼが顔をのぞかせる。
え、そんなノリでいいの?
「じゃあ、そうするか」
俺も、ハルカゼに毒されたようである。
正直、勝負なんてどうでもよくなってきた。
この祭りを楽しんだもの勝ちな気がしてきた。
レースは、一斉にスタートした。
一周百メートル程度の簡易トラック。
馬の能力差はつけていない。
純粋にうまく乗りこなせたものが勝つ。
好スタートから抜け出したアゲハとミサキが、先頭を奪い合う。
「そこをどくべぇぇ!」
「邪魔すんなし」
二人の女たちがプライドをかけて争っている。
熾烈なデッドヒートだ。
なかなか差がつかない。
二人は始終舌戦を繰り広げている。
スクエアの民もその様子を楽しんでいる。
気が付けば子供たちを十メートル以上引き離している。
最後の直線。
二頭の土ポニーが、首の上げ下げをしながら並んでいる。
どっちだ。どっちが勝つ。
俺は気が付くと観客としてその勝負に見入っていた。
「いけー!ミサキ!」
「アゲハー!追えー!」
俺とハルカゼも、並んで声を張り上げる。
ゴールラインを割ったのは、ほぼ同時だった。
観衆が湧き上がる。
ポニーを降りてやってきた二人は、それぞれ自分が勝ったと主張している。
完全に、競馬なら写真判定である。
しかし、そんなものはない。
「うん、同着ってことでいいんじゃないか」
俺は主催者としてフェアなジャッジをした。
「せやな。盛り上がったしな。そろそろ灰忍衆の演舞が始まるんやろ?そっち見に行こうや」
俺とハルカゼの決定に不服そうな二人だったが、
しぶしぶ演舞の行われる舞台に向かった。
タツオとイエナ、それにトランジアのサブもやってきて、
俺たちは揃って演舞を見ることになった。
舞台の中央に、ゼラドが立つ。
気が付くと、日が落ち始めている。
あたりには灯がともされ、幻想的な雰囲気だ。
「諸君、山奥までお集まりいただき、感謝申し上げる。
気づいていると思うが、今回の祝祭ではトランジアとテオロッドに参加してもらっている。祭りを大きく盛り上げてくれた客人に、まずは感謝を申し上げたい」
ゼラドが述べると、観衆から大きな拍手と歓声が上がった。
それを聞いて、俺は嬉しくなる。
なんだ、悠久の国だ、観測者だって言っても、同じじゃないか。
楽しいものは楽しい。
スクエアの民にとっていい祭りになったのなら、満足だ。
「それでは、恒例の演舞を始める。題目は〝アルスとジーナ〟」
低い太鼓の音が鳴った。
ドン。
……ドン。
広場のざわめきが、すっと静まる。
舞台の奥から、灰色の装束をまとった者たちが現れた。
顔には仮面。白と黒。灰忍衆だ。
ゆっくりと円を描くように並ぶと、舞が始まった。
最初に現れたのは、白の仮面。
白の式者——アルス役だろう。
スクエアの祖となった、太古の白。
白い衣をまとった演者が、舞台の中央に進み出る。
動きのしなやかさで気づく。
あの仮面の下はアルマだ。
手を広げると、周囲の灰忍衆が次々に倒れていく。
式術が世界に広がったことを示すように、
地面を叩き、腕を振り、舞は大きく広がっていく。
人々が力を得た。世界が変わった。
太鼓の音が速くなる。
演者の灰忍衆同士がぶつかり合う。
刃を交える仕草。倒れる者。
式術が争いに使われたことを表しているのだろう。
舞は激しくなる。
そして——。
太鼓の音が、突然止まった。
舞台の端から、黒の仮面が現れる。
黒の式者——ジーナ。
黒い衣の演者は、静かに歩く。
争う者たちの間を、ただ通り過ぎていく。
すると、倒れていた者たちが動かなくなる。
式が、消えていく。
争いが止まり、舞台には静けさが戻った。
アルスとジーナ。
白と黒。
二人の演者が、ゆっくりと向かい合う。
周囲の灰忍衆は円を作り、その場にひざまずく。
太鼓が、再び鳴る。
今度は、ゆっくりとしたリズム。
二人は互いに一歩ずつ近づく。
白と黒が交わる。
舞は静かに、しかし確かに形を変えていく。
やがて、灰色の装束を着た小さな演者が舞台に現れた。
白と黒の二つの色が分かれた仮面。
ゼアル。
アルスとジーナは、その子の前に立つ。
そして。
二人で、そっとゼアルを抱き上げた。
白と黒の間に、灰が生まれる。
焚き火の光が揺れる。
広場は、静まり返っていた。
誰も声を出さない。
ただ、舞台の上で抱き上げられた小さな白黒の仮面だけが、
星空の下で揺れている。
その瞬間。
太鼓が、一度だけ強く鳴った。
ドン。
灰忍衆が一斉に頭を垂れる。
スクエアの民も、自然に同じように頭を下げていた。
俺たちも、それに合わせる。
白と黒から生まれた灰。
この国の始まりの物語が、静かに幕を閉じた。
「なんか、すごかったね……歴史を感じた」
イエナが言った。
同じく王国の歴史を紡ぐ一人として、感じ入るものがあったのだろう。
その横で、タツオが俺の肩を叩いた。
「なんだ」
「実はさ、こんなもの作ってみたんだけど」
「……お前。それは、まさか」
タツオが手にしていたのは、丸い球体だった。
「使うなら、今って感じしない?」
「いつの間に作ってたんだよ」
「皆が祭りの準備している間」
確かに、タツオはずっといなかった。
もはや戦力外として諦めていたのもあるが、
まさか裏で仕込んでいるとは。
相変わらず変なところで活躍するやつだ。
俺はタツオを見る。
「よし。ぶっ放そう」
俺たちはそういうと、広場を少し離れた。
即興で、俺は土の式術で筒を作り上げる。
「何をするんだべ?」
ミサキは興味深々だ。
「まあ、見ておけって。筒はこんな感じか?」
タツオに確認する。
「うん。多分いける。それじゃ、いってみよう」
タツオはそう言うと、小さく制御した火の式術で、
導火線に火をつけた。
ほどなくして、空へ火球が上がる。
一瞬の静寂。
ドン、大きな音が鳴る。
夜空に花が咲いた。
「わあ。きれい……」
イエナの目に、火花で作られた花が映る。
赤、青、金。
「あと数発あるから、行っちゃいましょう」
タツオは次の球を投下した。
ドン!
再び花火が上がる。
スクエアの子どもが叫ぶ。大人が息を呑み見つめる。
もう勝負なんて関係ない。
皆が空を見ている。
トランジアも、テオロッドも、スクエアも関係ない。
今この瞬間、
ただ同じ空を見ていた。
ハルカゼが近づいてくる。
「やっぱりお前らか。やりよるな」
ドン!
再び、花火が上がる。
「今日一番覚えられるんは、これやろうな。
祭りの勝ち負けなんて吹っ飛んでもうたわ」
「どうだろうな。神輿かもしれないし、トラ焼きかもしれない。皆それぞれ、違うんじゃないか?」
ハルカゼが笑う。
「せやな。俺はアゲハのレースが一番おもろかったわ。
皆が違うからおもろいのかもしれんな」
俺たちは、最後の花火を見届け、広場に戻った。
広場では、祝祭の最後、宴の準備が進んでいた。
ゼラドが、ゆっくり俺たちに近づいてくる。
「トランジアに、テオロッド。
面白いものを見せてもらったぞ。感謝する」
ゼラドは、俺たちの方向に向かって頭を下げた。
「お化け屋敷、おもしろかった」
アルマが続けた。
行ってたんかい。
「せやな、俺たちも面白かったわ。なんか連邦とかどうでもよくなったな」
ハルカゼは頭の後ろで手を組んだ。
「私は最初っからやめとけっていってるし」
アゲハがそう言った。
「トランジアらしく、だな」
サブも続いた。
ん?
はじめて喋ったんじゃないか、この人。
「何度も言うが、スクエアの立ち位置は変わらん。
中立の観測者だ。だが、今の世界が魅力的だということは、皆のおかげでスクエアの民に伝わっただろう。
願わくば、この平和な世界を永く続けてほしい」
ゼラドは、今度はイエナを真っすぐに見ながら言った。
イエナは、何も言わず大きく頷いた。
「しかし、流れはまだ揺蕩っている。
この場所からは、見定められないことも多い。
そこでじゃ。アルマを連れて行ってはくれぬか」
イエナを見据えながらゼラドは言った。
アルマは何も言わない。
「このチームのリーダーはユイトです。ユイトの判断に従います」
イエナはこちらを見ながら言った。
え?俺?そうか。そういえばレオニスに任命されたんだった。
すっかり忘れていた。
「え、まあ、いいんじゃないでしょうか。
俺も白の式についてまだアルマに聞きたいし。
でも、アルマはいいんですか?」
ゼラドの意向はともかく、アルマの意志が気になる。
なにしろ、アルマの姉、エイルを殺したのは俺たちだ。
遺恨はないと言っていたが、一緒に旅をするなんて、
平気なんだろうか。
「アルマの意志だ。世界を知りたい。世界を見届けたいと。
アルマは将来、スクエアの長になる可能性がある。
今のうちに世界を見ておくことは、観測者としてもよいことだろう。お主たちが作る世界を、見せてやってくれ」
「よろしく頼む」
アルマは、そう言って頭を下げた。
予想外の展開。
チームフォーリナーに、新たな仲間が加わった。
なぜだかイエナは少し複雑そうな表情をしている。
「よろしくだべ」
ミサキは相変わらずのずけずけ感でアルマと握手をしている。
このあたり、むしろコミュニケーション能力が高いような気がする。
「なんか楽しそー。私もテオロッドいっていぃ?」
アゲハがハルカゼに言った。
「……お前、シャレにならへんぞ、それは。
アゲハ様がいなくなったら俺たちは生きていけへん!」
「それが分かっているならよろしい。
もう少し面倒みてあげるよ」
まるで夫婦漫才のようなやりとり。
トランジアも、もはや一緒に祭りを盛り上げた仲間のように感じる。
「もう、連邦入りの話はどうでもええわ。
——せっかくやし、今夜は死ぬほど楽しむで。
ユイト、飲むで。付き合えや」
ハルカゼは俺の肩に手を回してくる。
「え、いや俺は……」
「なーに言うとんねん。おい、テオロッドの皆も、楽しい夜にしようや」
「……そうですね!楽しみましょう!」
イエナが言った。
いや、君は飲んじゃ駄目ですよ。
後ろでは、ミサキとアゲハがにらみ合っている。
「次は、酒で勝負だべ。オウシュウ人なめるなよ」
「へえ、あんたオウシュウなんだ。通りで変な喋り方だと思ったー」
「喋り方はあんたも変だべ!」
「マジうけるー」
会話になっていないような気もするが、意外と気が合うのかもしれない。
タツオとサブは、何やら話し込んでいる。
サブ、話できたのか……?
「あの空の花はどうやって作ったんだ?」
「火薬を詰め込んで、それを空で爆発させたんだよ」
「作り方教えてくれ。トランジアに戻ったらやってみたい」
……めちゃくちゃぐいぐい聞いている。
なるほど。これがサブの聞き上手たるゆえんか。
こうして、スクエアの祝祭の夜は更けていった。
ハルカゼは、開き直ったのか俺だけでなくゼラドにも飲ませるわ、イエナにも勧めるわで大暴れだった。
まさにお祭り男。
でも、忘れられないほど、楽しい夜だった。




