第四十四話 土木工事と、式力対決と。
「勝負の内容は決まったんか?」
ハルカゼは、寺院の広間で言った。
広間にはテオロッド、トランジアの面々が集まっている。
無関係を明言していたが、しっかりゼラドとアルマも揃っていた。ハルカゼが手を回したに違いない。
ハルカゼの見た目からすると、三十代前半くらいだろうか。
少なくとも俺たちよりは経験豊富だ。
油断はできない。
「こっちは、式力対決にしたい。ゼラドさん、人気の少ない場所はありますか?」
俺はゼラドに聞いた。
「山里だ。いくらでもある」
ゼラドは答えた。
「へぇ。おもろいやん。じゃあ、こっちのお題いくで。
——土木工事対決、ってのはどうや。
このハルカゼ=ドモン、土木工事の力で商人の息子から首領まで上り詰めたんや。その力、兄ちゃんたちに見せたるわ」
ハルカゼはそう言うと腕をまくった。
土木工事?想定外だ。
しかしイエナの予想通り、ハルカゼが茶の高位式者だとすると……分が悪い。
俺もそこそこ土の術は使ってきたが、高位者レベルではない。
「せやな。ゼラドはん、この辺りで道を整備したい土地はありまへんか?そこ、整地しますわ。
式力対決もそこでできるんちゃう?」
「同じく、いくらでもある。クアドリス峰の自然のままに生きてきた民だ。整地など、ほとんどしておらん。
——適当な場所を案内しよう」
ゼラドは答えた。
え、結局見にくるの?
ゼラドも確実にハルカゼのペースに巻き込まれている。
この勝負、余計に負けられなくなってきた。
ゼラドに案内されたのは、寺の北側の斜面だった。
「ここは急勾配だ。雨の度に崩れる危険が増している」
……普通に仕事の依頼のようだ。
ここで力を見せられては、スクエアも連邦に傾いてしまうんじゃないか?
ハルカゼが手を叩く。
「じゃあ、ルール説明や」
声は明るいが、目は真剣になっている。
「この土地整備して、排水効率上げて、崩れんようにするだけや。制限時間は日没まで」
アゲハが補足する。
「判定はゼラドさんよろー」
見た目も話し方も軽い。
一体なぜハルカゼはこんなギャルを側近に置いているのだろうか……?
「異論なければ、勝負開始や。テオロッドは東側、俺たちは西側を整備するで。ほな、やろか」
そういうなり、さっさと自分たちの担当エリアに向かった。
「勝負の方法も予想外だね」
タツオが小さく言う。
「ああ。上手い持っていき方だな。
土木技術は世界の発展に欠かせない。
技術力を見せれば、スクエアの心証もよくなる」
俺は答える。
「負けるわけにはいかないべ」
ミサキは前髪をかき上げる。
しかし、分は悪い。
相手はその力で首領にのし上がったという。
相当自信があるのだろう。
「地盤、脆そうだね。いつ崩落してもおかしくない」
タツオが傾斜を見ながら言った。
ミサキが土を握る。
「粘りが少ないべ」
イエナは斜面全体を見ている。
「水の流れが読みにくい……。
これを日没までに整地?」
「まずは、敵の出方を見てみるか」
俺はそういうと、ハルカゼたちの方を見た。
ハルカゼが外套を脱いで、式力を発動した。
地面がわずかに震える。
ハルカゼが足を踏み込むと、地面がうねる。
両手を動かしながら、地面の形が変わっていく。
だが荒々しくない。
土が自然に形を変えていく。
俺は、式術学校の実地訓練を思い出す。
ゴーレムをコーヒーカップにした、あの茶の式。
要領は一緒だろう。
しかし、規模が違う。
「うーん。なんか最近式力落ちた気がするんやけど。
疲れとるんやろか」
ハルカゼがぼやいている。
「領主になってから、イマイチだねー。愚痴はいいから、はい次」
よく見ると、アゲハが指示を出している。
「傾斜は二十七度がいいかなー。排水路は三本あればいいっしょ。
あそこらへん、多分木が倒れるから、サブ行ってきてー」
見た目に似合わないが、どうやらアゲハが司令塔のようだ。
指示されたサブがそちらに向かい、倒れそうな木を支える。
式力担当、指示担当、体力担当。
完璧なチームワークだ。
「ミサキ、式術学校を思い出すな」
俺は言った。
「同じこと考えてたべ。新生チームフォーリナー、やってやるべ。タツオ、計算できるべか?」
ミサキが言うと、タツオはすでに地面に数式を書き殴っていた。
「どこを直せば崩落は防げるかは、なんとなく。
水の流れは、上にいって水源も見ないと分からないかな」
「私、水源を見てくる」
イエナがそういうと、斜面に向かった。
急な斜面をすいすいと登っていく。
華奢なのに意外と体力あるんだよな、イエナ。
さすが特使で鍛えているということだろうか。
さて、ここからは俺の仕事だ。
「ミサキ、補助頼む。タツオは指示を出してくれ」
俺は深呼吸する。
昨日の式力を無にする修行が、頭をよぎる。
だが今回は真逆だ。
全開で行かなければ。
俺は土に触れ、形をイメージする。
茶の式と、紫の式による、地形探知。
頭の中に斜面の構造が入ってくる。
地盤を固くすることはできない。
地形の癖を読む。
大体、構造は把握できた。
それを紙に書き写す。
イエナが戻ってきて、その紙に大まかな水の流れを追記する。
あとはこれをよい状態に持っていくだけだ。
タツオが横で素早く計算する。
「水流、ここに集中するね。分散させよう」
俺はタツオの指示に従い、地形を整えていく。
「この岩、残した方がいいべか?」
ミサキがタツオに聞く。
「そこの大きいのは残し。周りの細かいのは地面に埋めちゃって。イエナ、全体的に木の根が緩い。強化できる?」
イエナは頷くと、緑の式で、木の根を補強する。
うん、俺たちもなかなかのチームワークだ。
しかし、問題は俺の式力である。
ハルカゼの形成速度と比較しても明らかに遅い。
一応、俺茶の三式なんだけど……。
相手はそれより一段も二段も上な気がする。
式力そのものの差に加え、経験の差もある。
俺は焦る。
日没までに終わるのか?
作業を続ける。
少しずつ、太陽が落ちてくる。
作業を焦っていると、後ろから声が聞こえた。
「あかんなぁ。それじゃあ部分最適や。水が溜まってまうで」
トランジアの三人がこちらのエリアに立っていた。
「……なんでこっちにいるんだ」
俺は振り返るとそう言った。
「もう終わってもうてな。暇やから見にきたんや。
あんさんたち、土木工事したことあらへんやろ?
手伝おうか?」
なんだと。もう終わったと言うのか?
アゲハが全体を見ている。
「理論だけで直してる感じー。全体がみえてないっていうかぁ。頭でっかちな整地じゃね?」
タツオがいらっ、とした表情をする。
しかし、これ以上続けても勝負は目に見えている。
「……俺たちの負けだ」
俺は言った。
「いさぎええなぁ。好きやで、そういうの。
ほな、こっち側一緒に直そか。
せっかくやし全部きれいにしときたいしな。
アゲハー、指示だし頼むわ」
その後、アゲハの指示の元、ハルカゼは驚異的な速度で整地を進めていった。木や岩の処理をサブがサポートする。
完全に、プロの仕事だ。
俺たちはそれをただ見ているだけだった。
日没までまだ時間を残して、全ての整地が終わった。
なんということでしょう。
先ほどまで険しく水を含んだ急斜面が、
小川のせせらぎの音が聞こえる穏やかな斜面に変わっているではありませんか。
あのBGMが頭の中に流れてくる。
ハルカゼが近づいてきて、笑った。
「初めてにしては頑張ったんちゃう?でもな。
俺は土で飯食うてきた。負けるわけにはいかへんのや」
ハルカゼは斜面の土をひとつまみすると、指で崩した。
——自信ではなく、事実だ。
俺は改めて斜面を見る。
どこからどう見ても、見事な仕事だ。
業者に依頼しても、この短納期でこの仕上がりは難しいのではないだろうか。
中立の観察者であるはずのゼラドも、細い目を見開いている。
第一戦は、俺たちの完敗。
だが、勝負はまだ残っている。
「次にいこう」
俺が言う。
ハルカゼの目が光る。
「せやな。次はそっちの番やな」
俺は、タツオを見た。
赤い髪が、風に揺れた。
第一戦の土煙がまだ残っている。
整った山の斜面は静かだ。
ハルカゼが手を叩く。
「さぁ。第二戦や。式力対決やろ?どうやるんや?」
「交戦はしたくない。互いの式でできることを見せ合うのはどうだ?」
俺が言うと、ハルカゼは顎に手を当てた。
「そない言うても、俺の式力は全部見せてもうたしな。
それに——そこの赤い兄ちゃん、一式……いや、零式やろ?」
タツオがきょとんとする。
「え、分かるの?」
ハルカゼが肩をすくめる。
「分かるわ。一度赤の零式の女と会うたことがあるんやけど、同じような色しとったわ」
レインから聞いた、エルデネという女のことだろう。
「勝てへん勝負はしてもしゃーない。こっちの負けでいいわ」
意外だ。もう少し勝ちに執着すると思っていた。
「勝ち星の代わりに、っちゅうわけやあらへんけど、その零式の力見せてくれへん?さぞかしとんでもないんやろうし。な。頼むわ」
そう言うとタツオに手を合わせた。
「えー。私も見たーい」
アゲハもそれに続く。
タツオは俺の方を見る。
意思確認だろう。
この流れでは、断るわけにもいかない。
俺は頷いた。
「じゃあ、被害がでないように空に向かって撃つね」
タツオが深呼吸をして、目を閉じる。
周囲の空気が乾く。
両手から炎が立ち昇り、上昇気流が生まれる。
タツオはそれを一つに合わせ、巨大な火球が出来上がる。
次の瞬間。タツオの言葉と共に、空に放たれる。
「インフェルノ」
獄炎が、轟音と共に空へ飛んでいき
圧縮された火が、解放された。
余熱が空から伝わってくる。
「ひゃー。えらいもんやな、これは。
その気になれば街一つ吹っ飛ばせるんちゃう?
なぁ、ゼラドはん」
ハルカゼは軽い口調でそう言った。
ゼラドは答えない。
が、ハルカゼが誘導したい方向は明らかだ。
式術の危険性。
取り扱いを間違え、早期に滅びた国の話を思い出す。
ゼラドは十分承知しているだろうが、ハルカゼがやっているのは印象操作だ。
土木工事で自分たちの有用性を出し、式術対決を棄権することで懐の広さを示す。
そして、テオロッドの式の危険性を主張する。
この勝負、一勝一敗のイーブンのようだが、その実大きく差がついている。
「ユイト、なかなか相手は策士だべ」
ミサキが小声で俺に言った。
「ああ。してやられてるな。最終戦でかなり巻き返さないと厳しい」
俺は答えた。
「残すところは最後の勝負やな」
ハルカゼはそう言ってゼラドをちらりと見る。
「祝祭は二日後って話やな。そこでどっちがスクエアの民を盛り上げられるかってことやったな。
ゼラドはん、会場の下見させてや」
ゼラドは頷くと、俺たちを会場となる広場まで案内した。
円形の大きい広場。中央には、舞台もある。
それにしても、この国の民の静かさと祭りのイメージが上手く結びつかない。
「なにを祝う祭りなんですか?」
俺はゼラドに尋ねた。
「このスクエアの祖、白のアルスと、黒のジーナ。その息子である初めての灰、ゼアルの生誕を祝う祭りだ。
世界的には異端の存在でも、我らの歴史は彼から始まっている。この国の民は今や、すべてゼアルの子孫だ」
「民はどれくらい来るんや?準備するにも、規模感掴んどかんとな」
ハルカゼが続けて聞いた。
「山の外からも民はやってくる。例年数千人は集まる」
ゼラドは答えた。
ここに来るまで、人の気配はしなかったが、クアドリス峰の外にも人が住んでいるのか。
あるいは、身を隠すように暮らしているのかもしれない。
「いつも祝祭ではなにをやるんや?内容被ってもしゃあないからな」
「大したものはない。それぞれ食材を持ち寄り宴を行うのと、灰忍衆による祈りの舞があるくらいだ」
祈りの舞……?
俺はアルマをちらっと見た。
踊るの?このスパルタ師匠が。
「なんだ?」
アルマは視線に気付き俺を睨んだ。
「いや、なんでもない」
俺は誤魔化す。
どんな踊りか想像もつかないが、神的なものなんだろう。
当日を楽しみにしておこう。
「ほな、後は二日後の本番やな。
それぞれ、気合い入れて準備しようや。
テオロッドの——ユイト、やっけ。
お互い祭りを盛り上げようや」
ハルカゼは、アゲハ、サブを連れて部屋を出て行った。
なかなか爽やかな去り際である。
スポーツマン的な印象をさえ受ける。
やはり、ノクスから受けた印象と違いすぎる。
マルカドールのガレオン同様、トランジアも連邦との結びつきはそこまで強くないんじゃないだろうか。
だとすれば、懐柔できる可能性もある。
この祭り対決で、テオロッドが作る未来をスクエアだけでなく、トランジアにも見せられるかどうかだ。
勝負の肝は勝敗ではなく、価値観の提示。
ゲーム性が分かれば、勝ち筋も見えてくるはずだ。




