第四十二話 世界の理と、白の式と。
翌日。俺たちは再びスクエアの長、ゼラドと対峙していた。
アルマも後ろに控えている。
灰忍衆と呼ばれた組織は、一体どんな立ち位置なんだろうか。
「まず、テオロッドの特使よ。この三百年が世界の歴史だと思わないことだ。長い歴史の中で、物事は循環している。アークネイヴァーがオルディアとなり、新たな歴史を生み出そうとするのも、また循環の一つだ」
ゼラドは、ゆっくりと語った。
アウレオ=テオロッドが作った式術が中心の現在の世界。
テオロッドの中ではそれが歴史として語られている。
式術学校で教わった歴史も、それ以降の話だ。
「まず、循環の歴史を教えよう。
あるいは、知っているかもしれぬが。
——赤のお主は、零式だろう。
我々の知る歴史は、霊峰ライゼルの〝図書館〟にも残してある。
あそこは、スクエアの民が作った場所だ」
「……確かに、雰囲気が似ていますね」
イエナが言った。
霊峰ライゼルに行ったことがあるのは、イエナだけだ。
「……霊峰ライゼルには、今俺たちの仲間が行っています。
まだ、〝図書館〟最深部には行っていません」
俺が続けた。
「そうか。世界の歴史は時に残酷だ。
知らなくていいこともある。
知る人間を制御するために、
選ばれたものしか知れないようになっている。
お主たちは……今世界の真ん中にいる。知ってもよかろう」
ゼラドは俺たちを見まわしてから、言った。
「まず、世界の理だ。世界には、まず白が生まれる。
白は人々に新たな力を与えるきっかけとなる。
今の世界の式術は、ある一人の男から始まった。
お主たちの知る歴史では、式術の祖はアウレオ=テオロッドだろう?
彼は白の男からきっかけをもらったにすぎない。
すべての始まりは、白だ」
イエナは、黙って聞いている。
幼き頃から聞いていた常識が覆る。
衝撃もあるはずだが、表情を変えない。
「そして、時が流れると、必ず黒が現れる。
それと同時に、世界からは式術が失われる。それが、循環の理だ。
循環にかかる時間は、様々だ。短い時もあれば、長い時もある。
式術が悪い方向に進化したとき、黒は現れる。
その意味では、今のテオロッドは──式術を正しく扱っていると言えよう。三百年の歴史がそれを表している」
ゼラドは、イエナを見てそう言った。
イエナは、黙って頷いた。
テオロッドが目指していたもの。
正しく式術を使い、世界を平和に、それぞれの自治の元統治すること。
それが間違っていなかったと感じたのだろう。
「だからこそ、お主の存在は理から外れている」
ゼラドは俺を見て言った。
「本来、白は一つの歴史が閉じてから現れる存在だ。
今、世界の歴史は閉じていない」
確かにそうだ。
この世界の理からは外れている。
そもそも異世界からきている時点で理もなにもない気がするが。
「過去、短い歴史があったんですか?」
俺は、ゼラドに聞いた。
テオロッドの三百年が長いというのであれば、
過去の世界はもっと早い循環をしてきたということだろう。
「我々の存在が、それを示している。
二千年前、白が生まれ、式術が世界にあふれた。
その後、人々は式術を殺し合いに使った。
またたくまに世界は乱れ、崩壊の危機になった。
残念ながら白の式者そのものは式力は強くない。
止める力は、なかった。
そして、黒の式者が、すぐに誕生した。
理に従い、世界から式術は消えた。
しかし、その後、起きてはならないことが起きた」
「……なんですか?」
「白の式者と、まだ十代の娘だった黒の式者が、出会い、そして惹かれ合った。
本来対をなす存在だ。
惹かれ合うのは、ある意味必然とも言える。
同じ時代に生まれてしまったこと、それ自体が歯車を狂わせたのかも知れぬ。
——そして生まれたのが我らの先祖。
灰の一族だ。
理から外れた禁忌が生み出したのが、スクエアという国だ」
一族が、国そのものが理から外れた国。
それをわきまえ、二千年間、身を潜めた一族。
悠久の国、スクエアの謎が見えてくる。
「本来、我々は存在してはならない。
以来、灰の子孫は存在を隠すようにこの山の中で暮らしている。
厄介なことに、白と黒から生まれた灰の式は、優性遺伝する。
──白はすべての色を生み出すというのにな。
灰は、どの色との間でも灰の色が生まれる。
我々は、本来の理を見守る存在として、身を潜めて生きてきた。
それから、新たな白が生まれ、黒によって無に戻る循環を、見守ってきたのだ。観測者としてな」
「……この二千年で、式術は生まれては滅びてきたということでしょうか?」
イエナが聞いた。
今の話を要約すると、そう言うことになる。
そして、俺の存在は——どう位置づけられるのだろうか。
「スクエアに伝わる歴史では、その通りだ。
時代によって式術は名前が異なる。
魔術と呼ばれたり、魔法と呼ばれたりしていた。
あえて忌むべき〝魔〟の言葉を避けたのは、アウレオ=テオロッドの最も大きな功績かもしれないな」
魔術。魔法。
俺には余程聞き馴染みのある言葉だ。
もしかすると、元の世界でも同じことが起きていたのかも知れない。
魔女狩り、という言葉が頭をよぎる。
あれは黒の式術の——違ったあり方だったのではないか?
「この二千年で、今式術と呼ばれる力は何度も生まれ、滅びている。
灰の式者を生み出した白の式者。
我々は過ちを繰り返さないために、観測者となった」
世界の秘密。
それを知ってなお、俺の存在の意味は見出せない。
「……本来は次に生まれるのは黒、ということですよね?」
俺は聞いた。
「テオロッドが式術の扱いを間違えれば、あるいは。
しかしその兆しはなかった。そして、滅びの前に白が存在したことはない。
——理が崩れているのかもしれない。あるいは、お主が理を壊す存在やもしれぬ」
本来の白は、次世代に式術者を生み出す、いわば製造装置的な役割ということだろう。
そもそもがイレギュラーな存在。
ゼラドは俺の方を見据えて言った。
「白のお主は、あるいはここで生きていくべき人間かもしれん。灰の式術は、白と黒を行き来して成り立つ式だ。
まずはここで白の使い方について知っていく方がいい。
——アルマ。彼を〝原理の間〟に連れていけ」
「原理の間——こちらにもあったんですね」
イエナが反応する。
「お主は、霊峰ライゼルに登ったのだな。
あの石を加工できるのは、黒の血を引く我々だけだ。
もっとも、黒の式者がすでに現れていれば別だが」
「分かりました。お前、修行に行くぞ」
アルマはそう言うと俺を手招きした。
「ユイト」
イエナに声をかけられる。
「気をつけて。多分、かなり体辛いと思うから」
え?体きついの?
嫌なんだけど……。
俺はアルマに催促され、仕方なく寺院の外に出た。
寺院から少し歩いたところに、洞窟があった。
中に入ると、広い空間が広がっていた。
真ん中には、黒い石が置かれている。
その瞬間、体から式力が抜かれるような感覚になる。
——体が重い。
まるで、重力室みたいだ。
入ったことはないけど……。
アルマは平気な顔をしている。
「辛いか?それ、まだ白の式を理解していない」
「……どういうことだ?」
俺は重い体を動かすのに必死だった。
息が切れる。
「白の式は、式力を使わない。見ていろ」
するとアルマは、俺の目の前から、遠くの場所へ瞬間移動した。
「……その技か。それはどうなってるんだ?」
「白は、無の状態。黒は、有の状態。黒の自分を行きたい場所に創り出すと、そこに白の自分が引っ張られる。そして、一つになる。それが瞬間移動。これ、灰の式者しかできない」
「……じゃあ、俺はできないじゃねえか」
俺がそう言うと、アルマは頷いた。
「普通、原理の間では式力をとられた状態で式術を使う。
そうすると、式力が強くなる。
でも、お前は完全に無にするやり方を覚えたほうがいい。
白の本質は、無だ」
「……今、無になってないか?」
式力を鍛えてきたこの数ヶ月の中で、初めて式力が奪われる感覚を感じている。
どの色も、押さえつけられている感覚。
「無意識に、式力を使おうとしている。全てを黒の石に委ねろ。何もない自分を想像しろ」
これ以上気を抜いたら、倒れてしまいそうだ。
しかし、アルマはそれを求める。
「安心しろ。気を失ったら起こしてやる」
アルマはこともなげにそう言った。
なかなか厳しい師匠だな……。
俺はその場に座り、黒の石に式力を奪われるがままにする。
体から、どんどん力が抜けていく。
必死に意識を保とうとする。
しかし、直後。
俺は気を失った。
顔面に冷たい衝撃を感じる。
目を開けると、アルマが空の桶を持っていた。
どうやら、冷水をかけられたらしい。
体は、まだだるい。
風邪を引いた時のようだ。
「その状態で、意識を保て。今お前からは式力を感じない。
それを維持できれば、白が発動する」
白はつまり無。
サイレスの予想していた、全ての色を極めれば白になる、とはまったく逆の発想らしい。
俺はその練習を繰り返した。
倒れそうになる度に、無意識で緑の回復術を発動したくなるが、それをぐっと堪える。
その度に意識が遠くなる。
ブラックアウトを繰り返す。
その度にアルマは冷水をかけ、俺を起こす。
こんなん続けてたら死んじゃうぞ。
何度目だろうか。
意識が飛びそうになった瞬間、体が急に楽になった。
体から、白い光が薄く光っている。
「成功だ。その状態が白だ。式術が効かない状態になる」
アルマが言った。
「え?無敵状態ってことか?」
「物理攻撃は防げない。が、式力による攻撃は効かない。
——例え、零式でも」
なんと。それは凄い。
タツオのインフェルノさえ無効化できるということだろうか。
「ただし、その間は当然式力は使えない。切り替えられる訓練をしろ。式力を解放している時と、無にしている時。
それができれば、式者との戦闘では負けない」
確かに。しかし、たまたま発動したが、切り替えとなるとまだまだ練習が必要になりそうだ。
正直かなりしんどい。
「……それ、明日じゃだめか?」
「明日もやる。でも、今日もまだやれる」
ものすごいスパルタ師匠だ。
俺はそれからも何度も気絶を繰り返し、修行を続けた。
脳みそがぶっ壊れちゃうんじゃないか……。




