第四十話 外洋と、シーサーペントと。
「というわけでイエナは今日から敬語じゃなくなります。
イエナ、一言どうぞ」
イグナ島の出発前。全員が揃ったタイミングで、
俺は言った。
「え、えーと。改めて、よろしく、みんな」
イエナはまだ少しかしこまった様子だ。
「改めてチームフォーリナーだべ!」
ミサキは嬉しそうに言った。
「そもそも敬語って、非効率だよね」
オールタメ口のタツオは、独特の観点で言っている。
効率性観点だったのか……。
「さあ。長旅になるぞ。いくら速度が上がったとはいえ、
数日はかかる。覚悟しておけよ」
マレクの号令で、フォーリナー号は出発した。
クラーケンを退治したおかげで、俺たちは英雄扱いをされた。
結果、十分すぎる食料と水を手に入れることができた。
いよいよスクエアへ向けて出航だ。
好天にも恵まれ、船はぐんぐん進んでいく。
しかし。
「ずーっと海だな」
まったく変わらない景色を眺めながら、俺は呟いた。
フォーリナー号は外洋、元の世界では太平洋を突き進んでいた。
船の操舵はマレクだが、タツオが興味を示し、
マレクに教わりながら時折交代している。
「本当に着くのか不安になるべな」
ミサキが言った。船にも慣れ、船酔いも減ったようだ。
「まあ、マレクに任せておけば大丈夫なんだろうけど」
「着いたら着いたで色々大変なんだけどね」
イエナが続いた。
口調に新鮮さを感じる。
丁寧な言葉づかいもよかったが、
砕けた感じもまたいい。
距離が縮まった気がする。
まあ、結局イエナが話していればなんでもよく感じそうな気がするが。
交代で睡眠をとりながら、俺たちの航路は順調に進んだ。
やがて日が落ち、夜になる。
夜の海は静けさとともに、不気味さを感じさせた。
俺は甲板でマレクと並んで座っていた。
「タツオの操舵はどうですか?」
俺はマレクに聞いた。
「ああ。あいつは筋がいい。もう任せても大丈夫そうだ。
俺も睡眠がとれそうだ」
そう言ってマレクは笑う。
強面の見た目と違って、面倒見がいい。
きっと子供や孫も可愛がっていたんだろう。
「息子さんは、一人ですか?」
「いや。六人いる。男三人、女三人。
海で死んだのは長男──アレフだ。
他の五人はナギラで幸せに暮らしているさ。
孫も十六人いるぞ」
そうだったのか。ビッグファミリーだ。
「マレクさん、何歳なんですか?」
「六十すぎてから数えなくなったな。アレフは、二十八歳で死んだ。——倍以上も生きちまった」
意外と高齢なんだな。
日焼けしていると、見た目が若く感じる。
「アレフが死んだのは、このあたりの海域だ。
俺の後を継いで漁師をやっていた。俺はもう造船所を作って船の改良ばかりやっていた。もしこんな速い船が作れていたら、アレフもシーサーペントから逃げられたのかもしれないな」
マレクは、寂しげに遠くを見つめた。
──その瞬間。
ドン!と音が鳴り、船が揺れた。
俺はとっさに船のヘリに掴まる。
「なんだ……!?」
「噂をすればなんとやら、か。出やがったか。
──シーサーペントだ」
マレクは舵を取る。
船の横を数十メートルはあるであろう影が横切る。
──でかい。
「一体何事だべ!?」
ミサキが甲板に出てきて言った。
船室で寝ていたタツオ、イエナもやってきた。
「シーサーペントだ。まずいな。風が弱い。引き離せない」
マレクが帆の調整を急ぐ。
並走していた影が、水面に近づく。
海が膨らみ──水面が割れる。
巨大な頭が現れた。
巨大な海蛇。
体は明らかに船より太い。
黄色い目が、俺を見ていた。
「……戦うしかない、か」
大蛇は大きな口を開けた。
まずい。やられる。
「トニトルス!」
俺は雷を撃った。
直撃する。一瞬怯むが、ダメージが小さい。
再び口を開ける。
「くそっ。ミサキ、幻惑を!」
俺が指示する前にミサキは紫の霧を出していた。
視界を遮ろうとするが……効果がない。
「ダメだべ!多分、目で検知していない」
直後、フォーリナー号はシーサーペントの体当たりを受けた。
船は大きく揺れる。マレクが転び、頭を打つ。
「マレクさん!」
イエナが駆け付け治療する。
海蛇は再び海に潜り、船の周りを泳ぎ始める。
くそっ。船を沈めるつもりか?
動きが思いのほか早く、狙いが定まらない。
「インフェルノ打とうか?」
タツオが言う。
「いや、船が近い。お前の火力は危険だ」
俺はそう言って、トニトルスを連打する。
しかし、俺の雷ではやはり火力不足だ。
動きは止められるが、ダメージが通っていない。
ミサキは紫の式を諦め、青の式術で応戦している。
しかし、相手は水の生き物。陽動にしかならない。
風が吹いてくれれば……タイミングが悪い。
海は凪いでいる。
「ユイト!レゾナンスは!?」
タツオが言った。
「ダメだ!闘技場でも試したが、爬虫類と相性が悪い!
……打つ手なしか」
攻め手にあぐねていると、先ほど転んだマレクが立ち上がった。
手には、船に準備していた銛を持っている。
「アレフの弔い合戦だ。俺も戦うぞ」
「マレクさん!無茶しないでください!」
「次にあいつが海面に顔を出したら、こいつをぶち込む。
そしたら、ユイト。雷を撃て」
……確かに。金属製の銛を通せば、ダメージが通るかもしれない。
再び大蛇が海面に立ち上がる。その頭めがけて、マレクは銛を投げた。
「食らいやがれ!」
銛は大蛇の額に命中する。俺はそこにありったけの式力を込めて放つ。
「──トニトルス!!」
雷が銛を通り、大蛇の体を走る。
大きく痙攣し、海に沈む。
今しかない。
「タツオ、いけ!」
「りょーかい!インフェルノ!」
クラーケンの時同様、隕石のような火球が海面に直撃する。
海が弾け、大きな波が立つ。
「皆、落ちるなよ!」
俺は叫んだ。
それぞれ船にしがみつく。
船は大きく跳ねたがギリギリ転覆を避け、着水した。
しばらく揺れが続き──やがておさまった。
海面に、二十メートル以上はあるであろうシーサーペントの死骸が浮いている。
マレクがシャツを脱ぐと、海へ飛び込んだ。
シーサーペントに刺さった銛を引き抜く。
船に戻ると、濡れた髪を拭きながら言った。
「この銛はな。アレフの船に積んでいた銛なんだ。
もしかしたら、あいつが守ってくれたのかもしれないな」
「……そうですね。きっとそうです」
俺は答えた。
「……こいつがアレフを食った蛇かどうかは分からねえけど、あいつも喜んでくれるだろう。お前らを守れたからな」
白髭のマレクは、そう言うと微笑んだ。
十数年前のできごととは言え、整理がついていなかったのだろう。
シーサーペントを倒したマレクの顔は、どことなく晴れやかなものに見えた。
仇討ち、というものではないのかもしれない。
自然の世界での弱肉強食は、よほどマレクが分かっているだろう。
それでも。
自らの手で、何らかの決着が必要だったのだろう。
戦闘を終えると、海に風が吹き始めた。
マレクとタツオは、帆を調整する。
フォーリナー号は嘘のように速度を上げ、夜の海を突き進んだ。




