第三十九話 イグナ島と、待望の水着回と。
翌朝。ナギラの港は、すでに動き出していた。
朝焼けの空の下、船乗りたちがロープを引き、帆を整えている。
潮の匂いと、木材の匂いが混ざっていた。
フォーリナー号は、港の中央に停泊している。
昨日の試航海で、その速さは港中に知れ渡っていた。
出発を見に来た人たちが港に集まっている。
「こんな細くて本当に大丈夫なのか?」
「見たことないぞ、こんな船。沈んだりしないのか?」
その人波の中央をマレクが腕を組みながら歩いていく。
「マレク!」
屈強な男たちが湧き立つ。
初老の白髭は、海の男たちの人望が厚いようだ。
「お前ら、うるさいぞ。沈むわけないだろう」
白い髭を撫でる。
「俺が乗るんだからな」
更に観衆は盛り上がる。
俺たちは船の前に向かった。
ミサキが船を見上げる。
「よくこんなの三日で造ったべな」
「職人たちの腕は確かだったよ」
タツオが言う。
「ちゃんと船の名前も彫ってある」
俺は、船体を見ると、
船体に、foreignerと彫られていた。
名前がつくと、自分たちの船という実感が湧く。
全員船に乗りこむと、マレクは俺たちに向かって言った。
「おい、お前ら。舵は触るなよ。
俺が乗ったからには、船長は俺だ。
さあ、野郎ども。フォーリナー号、出すぞ!」
「おう!」
海の男たちの手で、ロープが解かれる。
帆が上がると、合わせたように風が吹いた。
白い帆が一気に膨らむ。
船体が、ゆっくり港を離れた。
港の男たちが手を振る。
ミサキが手を振り返す。
「またナギラガニ食べに来るべ!」
イエナも軽く頭を下げた。
タツオはもう船のチェックをしている。
「うん、問題ないね。マレク、皆さすがの腕だね」
「当たり前だろ。海の男を舐めるなよ」
マレクが舵を握りながら答えた。
港の灯台が遠ざかる。黒い火山岩の岬。
ナギラの港町。
すべてが小さくなっていく。
フォーリナー号は、ひときわ強い風を受けた。
次の瞬間、船が滑るように速度を上げた。
「うおっ。速いな」
思わず俺は声を出して驚いた。
景色が、一気に後ろへ流れていく。
マレクが笑った。
「タツオ、お前の腕も大したもんだな」
白い髭が風に揺れる。
「ナギラ一番の船だ」
港が遠くなる。海が広がっていく。
「さあ、長旅になる。まずはイグナ島を目指すぞ」
ナギラ岬が見えなくなると、まさに大海に出た、という感じだった。
海が朝日を反射し、輝いている。
「キレイだべ!海最高!」
ミサキがはしゃぎ回っている。
船首では、マレクが煙草を吸いながら操舵する。
船はタツオの設計が功を奏したのか、確かに揺れが少ない感じがする。
しかし。フォーリナー号が外洋へ出てしばらくした頃だった。
ミサキが急に黙った。
さっきまで甲板を歩き回っていたのに、船縁に座り込んでいる。
「おい、ミサキ?」
俺は声をかけたが、返事がない。
顔色が悪い。
「大丈夫か?」
ミサキはゆっくり振り向いた。
「……ダメだべ」
その直後。
「うっ……」
船縁に身を乗り出した。
「あー……」
俺は空を見た。
「船酔いだな」
ミサキはぐったりしている。
「海……嫌いだべ……」
「さっきまで最高って言ってただろ」
俺がミサキの背中をさすっていると、イエナがやってきた。
「どうしましょう。海は植物がないので、ヒーリングが出来るかどうか……」
イエナが言った。
緑の式は、いつも木々や植物からエネルギーをもらっている。海上に木々はない。
「確かに。あ、でも海の中にはいっぱい海藻があるから、そこから取れたりしない?」
「あ。そうですね。やってみましょうか」
イエナは目を閉じ、ミサキの額に手を当てる。
淡い光が広がる。
「いけそうです。〝つながり〟ました」
柔らかい光がミサキを包む。
しばらくすると、ミサキが目を開けた。
顔色が戻っている。
「……楽になったべ。イエナを嫁に欲しいべ」
その点に関しては、俺も激しく同意である。
タツオは、まだ船体チェックをしている。
「もう少しあそこ削れたかな……」
一人でぶつぶつ言っている。
自分が体調悪い時に、自分の世界に没頭する男のどこがいいのだろうか……。
まあ、いざという時には自分を盾にしてアレクシオを守ったり、
土壇場でやる男ではあるんだけど。
タツオ設計、ナギラの男たち作のフォーリナー号は
風を受けてどんどん進み、昼過ぎにイグナ島が見えてきた。
黒い火山岩の島だ。
中央には煙を上げる山があり、ところどころから白い蒸気が立ち上っている。
港の水は驚くほど透明だった。
「とりあえず小休止だ。イグナ島を出たら、しばらく海上だ。
陸地の感覚を楽しんでおけよ。俺は補給をしておくから、お前らは島でも回ってこい」
マレクが言った。
マレクに従い、俺たちは散策に歩いていた。
港から少し歩くと砂浜が広がっていた。
「砂浜だべ!」
ミサキが声を上げる。
さっきまで船酔いでぐったりしていたとは思えない回復力である。
海は青く、底まで透き通っている。
「綺麗ですね……魚が泳いでいるのが見えます」
イエナが呟いた。
波打ち際に立ち、そっと足を入れる。
「……冷たい!」
と言って笑った。
その様子を見て、俺は思う。
うん。やっぱりイエナは絵になるな。
いや、むしろ絵にして飾っておきたい。
そんなことを考えていると、
横から声がかかった。
「ユイト」
ミサキである。悪い顔をしている。
「なんだ」
ミサキが腕を組んでいる。
「泳ぐべ」
強い意思決定だ。
俺は即座に理解した。
ここで、発動するということか、水着回を。
心の準備が必要だが、俺は頷いた。
「始めるか。俺たちの物語を」
俺たちは船に水着を取りに戻った。
水着は、すでにトネアの宿場町で購入済みだ。
イエナは少し恥ずかしがっていたが、ミサキが押し切っている。
俺とタツオが着替えを終え待っていると、
ミサキが先に戻ってきた。
赤い水着だった。
小柄だが、体のラインが意外とはっきりしている。
そして、小柄な体に似合わない二つの立派な山が胸にくっついている。
うん。俺の予想通りだ。
十分な武器を持ち合わせている。
「……どうだべ?」
「バッチリ似合ってるぞ」
さすがに、凝視するのははばかれて、俺は少し視線を斜め上にする。
「そうだべ。見とれるべ?」
ミサキは少し照れながらも、満足そうだ。
しかし、肝心のタツオは海に向かって石を投げている。
なんだこいつ。マジで興味ないのか……?
その時だった。
着替えを終えたイエナがやってきた。
白い水着。
海風で緑の髪が揺れる。
出会った頃より、少し髪が伸びたようだ。
白い肩にかかる髪が太陽の光を反射し、映える。
華奢な体、細いくびれ。
そしてミサキほどではないにせよ、こちらもまさに完璧なサイズの膨らみ。
まずい。反応してはいけないところが反応しそうである。
いや、すでにしている。
反則である。
破壊力が高い。
俺は思わず見入ってしまった。
イエナは少し恥ずかしそうに聞いた。
「あ、あまり見ないでください……」
これ以上見ると大変な失態をおかしそうなので、俺は必死に計算式を頭に浮かべた。
ミサキが肘で俺をつつく。
「褒めろ」
「あ、え、えーと、イエナ似合ってるよ!めちゃくちゃかわいい!」
俺は挙動不審になって慌てて言った。
イエナの顔が赤くなった。
「ありがとうございます。でも……恥ずかしいです」
その横でタツオは海を見ていた。
「魚が跳ねたよ!」
……お前は何をしている。
本当に俺と同級生か?
せっかく痩せて引き締まったその健康な肉体は何のためにある?
タツオに呆れていると、バシャンと音がする。
ミサキが海に飛び込んだ。
「冷たいべ!」
ミサキが海で跳ねる。
水しぶきが上がった。
ミサキは、戻ってくるとタツオに近寄っていき、無理やり海に引きずり込む。
「え、ちょっと僕泳げな……」
そのまま海に入れられ、タツオはジタバタしている。
素晴らしい光景だ。
まさに青春。
しかし、タツオはそのまま海に沈んでいった。
……いや、あれは溺れているな。
俺は海に入り、タツオを救出する。
砂浜に引き上げ、水を吐かせる。
幼少期のスイミングスクールが役に立った。
タツオは水を吐ききったあと、ミサキを睨みつけた。
「ミサキ、僕に恨みでもあるの」
「魚ばっかり見てるからだべ!私の水着の感想くらい言ったらどうだべ!」
タツオはミサキを横目に見て言った。
「水の抵抗は少なそうだね」
「そういうことじゃねえべ!!」
ミサキは怒ってタツオの腹にパンチを入れた。
残っていた水を吐き出す。
俺は笑った。
ミサキは今度は俺とイエナの手を取って、
海に引っ張っていく。
「お前らも行ってこい!!」
俺とイエナはそのまま背中をおされ、海にダイブした。
「おい!いきなりはやめろ!」
俺は海から顔を出すと、目の前に濡れた髪のイエナが笑っていた。
「楽しいですね」
ああ。幸せな瞬間だよ、天使よ。
もう世界なんてどうでもいいからこの時間が続けばいいのに。
水着回、最高。
砂浜を見ると、タツオがミサキを抱えている。
いわゆるお姫様抱っこの状態だ。
ミサキはやめるべ!と叫びながらも、嬉しそうにしている。
そしてミサキはそのまま俺たちの方へ投げられた。
「お返しだ!」
タツオはそういって笑っている。
俺が元の世界で出来なかった青春が、ここにある。
若者のすべてだ。
俺が浸っていると、港の方から叫び声が聞こえた。
俺たちははしゃぐのをやめ、その声の方へ向かった。
マレクもそこに駆けつけていた。
「お前ら、大変だ。海獣が出たぞ」
「海獣?」
「ああ。あれを見ろ」
俺はマレクの指さした方を見る。
出航したばかりの船が一隻。
そのすぐ横で、水面が大きく盛り上がっていた。
どうやら——
水着回はここまでか。
くそ。せっかく最高の時間だったのに。
次の瞬間。
巨大な影が海から現れた。
触手。いや、腕だ。
岩のような肌をした巨大な魔獣が、船に絡みつく。
「クラーケンだ。こんな浅瀬に出てくるとは……助けにいかねば」
マレクが言った。
「マレクは操舵を。皆、行くぞ!」
俺は久しぶりのリーダー業務を開始した。
俺たちは船に乗り込むと水着の上に服を羽織った。
フォーリナー号は凄まじい速度で、襲われている船に近づく。
船がきしむ音が響いてくる。
触手が船体を締め上げていた。
「早くしないとまずいべ!」
ミサキが言う。
触手が一本、船を叩きつけた。
木材が砕ける音がする。
「トニトルス!」
俺は雷の式を放った。
閃光が触手を捉える。
クラーケンの動きが止まり、船を離れた。
くそっ。海に潜られては、攻撃のしようがない。
「ミサキ!探知できるか」
「任せとけ!」
ミサキは式を発動し、海中を索敵する。
「発見!今は離れているが、少しずつ近づいているべ」
「方向を指示してくれ!タツオ、海の中だが……焼けるか?」
「はいよー」
俺がそう言うと、タツオはすぐに火球を作り出した。
とんでもない大きさの火球が出来上がる。
……火力が上がっている。
この星ごと消す気か、タツオ。
「タツオ!あそこまで来てるべ!」
ミサキの指示が入ると、タツオはそれを海に向かって放った。
「インフェルノ!」
火球は海に着弾し、凄まじい水しぶきと水蒸気が上がる。
まるで隕石が落ちたように海に一瞬穴が空いた。
——もう災害レベルだな、こいつ。
しばらくすると、巨大なイカが水面に浮きあがってくる。
一瞬で茹で上がったようだ。
襲われていた船から、乗客が避難してくる。
マレクの指示に従い、俺たちはそれを救助する。
怪我人は、イエナとミサキが治療を始めた。
幸い、重傷者はいなかった。
俺たちが港に戻ると、歓声が上がった。
「すげえな!クラーケンを倒しちまった!」
「あれは、式術か?ありがとう!」
まるで英雄扱いだ。
海を振り返ると、漁師たちが、海で浮いているクラーケンを回収しに向かっていた。
「やるじゃねえか。さすが式術者だな。
クラーケンにしちゃあ小さかったがな」
マレクがタツオの肩を叩いて言った。
「……もっと大きいのがいるってこと?」
俺はマレクに訊ねた。
「外洋には化け物みたいな海獣がいっぱいいるぜ」
……いやな情報だ。
「……マレクさん、良く生き残ってますね」
「俺は運がいいだけだ。生き残れないやつも、いる」
マレクはそう言って少し寂しそうな顔をした。
過去になにかあったのだろうか。
簡単に踏み入っちゃいけない気がした。
俺たちが話をしていると、男たちがクラーケンの死体を港まで運んできた。改めて見ると、でかい。
「おい!こいつはあんたらの獲物だ!どうする?」
漁師から声をかけられる。
どうするもこうするも……海に還せばいいんじゃないの?
「いえ、俺たちは別にいらないんで、お先にどうぞ」
「本当かよ?おい、聞いたか?宴になるぞ!
あんたらも参加してくれよ」
……やはり、食べる気なのか。
まぁ、大型とはイカではある。
食べられないことはないのだろう。
昔食べたグラスハウンドよりはよっぽどマシかもしれない。
港はにわかに活気づく。
触手を切り分けるもの、焚き火の準備をするもの。
料理人らしき人たちも集まってくる。
海魔の肉が大きな鉄板に並べられる。
じゅう、と油が跳ねた。
香ばしい匂いが広がる。
「……美味そうだべ」
ミサキが呟いた。
「お前、海鮮好きだな」
俺が言った。
「オウシュウは雪も降るけど、海鮮料理も美味いべ。テオロッドの食事は不味いし海鮮もないから欲求不満だったべ」
ミサキがよだれを拭いた。
「不味くてすいませんね……。まぁ、私も最近わかってきたけど。料理は改善しなきゃいけないですね。本格的にローディンさんに協力してもらおうかな……」
イエナが言った。
あっという間に小分けにされた触手のイカ焼きが出来上がり、皆に配られる。
シンプルな塩焼きだが、良い匂いだ。
俺たちはそれを食べながら、焚き火を囲んだ。
「お前ら、歳はいくつだ」
マレクは俺たちに聞いた。
「十八になりました」
俺が答える。
誕生日は八月だ。こっちにきてからあまり意識してなかったが、式術学校の途中で十八歳になっているはずだ。
「僕はまだ十七歳だけど、ユイトと同い年」
「え?お前何月生まれなんだ?」
「一月一日。今十一月くらいでしょ?だからもうすぐ」
タツオは早生まれだったのか。
「私は先月十七歳になりました」
イエナが言った。
夜の誕生日会を思い出す。
少しだけ潤んでいた瞳。
そして、祝ってもらえないことに拗ねていた、普段見せない姿。普段がしっかりしているだけに、余計に可愛く感じた。
「私は十六歳だべ!四月で十七歳」
ミサキが言った。
俺たちの二つ下。
無邪気な性格とは裏腹に、時折鋭い知性を見せる。
そして、俺の頼りになる恋愛相談パートナー。
妹がいたらこんな感じなんだろうな、と思う。
「そうか。俺の孫と同じくらいだな」
「孫がいるんですか?ナギラに?」
俺は聞いた。
「今はどこに住んでいるかは知らん。息子の嫁が、孫を連れてナギラを出ちまったからな」
「え。そうなんですか。……なんで?」
「息子は、海で死んだ。海獣に襲われてな。
シーサーペント。どでかい海蛇だな。
生き帰ったやつが言うには、丸呑みだったらしい。
嫁には、海を見るたびに息子を思い出すのが耐えられなかったらしい。
しばらくは一緒に暮らしていたが……孫が五歳になる頃、ナギラを、出て行っちまった」
そうだったのか。
豪放磊落なマレクにそんな過去があったのか。
俺は、不意に見せたマレクの寂しげな顔を思い出す。
「湿っぽい話はこれくらいにしよう。お前ら、飲めるんだろ?付き合え」
そう言ってマレクは俺たちに酒を注いだ。
見るところワインのような酒だ。
え?いや、俺たちまだ未成年なんですけど。
「私は、父から止められていて……」
イエナが断る。
「私はもらうべ!オウシュウは酒も美味いべよ」
ミサキはそう言って酒を飲み始めた。
「おっ。嬢ちゃんオウシュウか。あっちは農業も盛んだからな」
マレクは嬉しそうに言った。
そうだった。
この世界では十五歳で成人なんだった。
しかし、仮にも元の世界で生徒会長だった俺が未成年飲酒なんかしてはいけない。
俺がそう思っていると、タツオは普通にそれを飲んでいた。
「うん、美味しいね。酸味も少ない」
おい。お前、俺のモラルを簡単に踏み潰すな。
「本当ですか?じゃあ私も少しだけ」
そう言ってイエナが一口だけ飲んだ。
おい、皆、やめてくれ。
俺がノリが悪いみたいになるじゃないか。
葛藤している間、ミサキとマレクは酒の話で盛り上がっている。タツオはそれに相槌を打っている。
うう。どうしよう。
ここで一線を越えてしまうべきか……。
俺がグラスを持ちながら逡巡していると、
急に腕を掴まれた。
「おい、ユイト。こっち見ろ」
そう言われ顔を上げると。
目の座ったイエナが俺を見ていた。
そして、目が合うと、急に笑い始めた。
「なんか楽しいぃ!ユイトも飲めぃ!!」
俺の肩を叩いている。
話が盛り上がっていた他のメンバーも一斉にこっちを見る。
ガレフが止めていた理由が分かった。
——イエナは酒乱だ。
その後、ぺしぺし俺を叩いたり、肩を組んできたりをした後、電池が切れたようにその場に突っ伏した。
俺は慌ててそれを支える。
それを見たミサキが俺に目配せをする。
目線は、フォーリナー号のほうを指している。
「ちょっと、船で寝かしてくる」
俺はそう言うとイエナをおんぶした。
初めてイエナの体に触れる。
無理やり首に手を回させる。
俺の両手が明らかに異質な柔らかさを感じる。
ご褒美がすぎる。
しかし、変な気を起こしてはいけない。
俺は紳士だ。
「ユイトぉぉ…頑張れぃぃ」
イエナは寝言でむにゃむにゃ言っている。
一体俺の何を応援してくれているのだろうか……。
船室にあるベッドに横にさせると、俺はヒーリングをかけた。イエナやミサキほどの効果はないが、多少は楽になるだろう。
しかし、横になって寝ている寝顔さえ美しい。
こんな俺のストライクゾーンのど真ん中が異世界にいるなんて。俺はこの子がいる限り元の世界に帰れないのではないだろうか。
無防備な服が乱れ、胸元が緩い。
昼に見た水着姿を思い出し、また俺はいけない気持ちになる。頭を横に振り、邪神を振り払う。
しばらくすると、イエナは目を開けた。
「……ユイト……さん?え?私……」
呟くと、ガバッと起き上がる。
瞬間、自分の胸元に気付き手で押さえる。
「あ、あ、あの私、何がしでかしましたか!?」
慌てふためいている。
「いや、楽しそうに大笑いしたあと、寝ちゃったよ」
「な、なにか変なこと言ってませんでした!?」
透き通る肌が、真っ赤に染まっている。
「いや、なんかユイト頑張れって言われたけど」
俺はそう言って笑った。
イエナは顔を両手で隠した。
「お恥ずかしながらお酒を飲んだのは初めてで……迷惑をおかけしてすいません」
初めてだったのか。
俺は特に迷惑をかけられていない。
むしろご褒美しかもらっていないが。
「初めてだったんだ。なんでガルフさんに止められてたんだろう」
「母が……セレフィアが結構お酒で荒れる人だったみたいで……お前は似ているからやめておけって。すいません、調子に乗って飲んでしまいました」
「いや、俺は全然。気分はどう?気持ち悪くない?」
「はい……。ヒーリングかけてくださったんですね。ありがとうございます」
「こっちも、いつも助けてもらってるから。闘技場でもイエナがいなかったら危なかったし。それよりさ。
そろそろ敬語やめない?あと、さん付けも」
「え?でも、年上ですし……」
「チームの仲間に年齢は関係ないだろ?それに、さっきイエナ、俺のこと呼び捨てしてたぞ」
「ええっ!!やっぱり、やらかしてるじゃないですか……」
「むしろ嬉しかったけどなぁ。ミサキも俺たちのこと呼び捨てだし、これからはそうしようぜ、イエナも」
「……わ、分かった。頑張って……みるね。
……ユイト」
また、顔を真っ赤にしている。
俺がもう少し経験値があれば、確実に抱きしめてしまうのだろう。
しかし、残念ながら俺は生粋のチェリーボーイである。
むしろこのやり取りを完遂しただけでも褒めていただきたい。
「さ、皆心配しているだろうから戻ろうぜ」
俺まで恥ずかしくなってきた。
焚き火に戻ると、ミサキとタツオが口論していた。
マレクはそれを楽しそうに聞いている。
「タツオは最初に会った時からデリカシーがないべ!
もっと女子の扱いを覚えたほうがいいべ!」
「それを覚えて何か意味があるの?」
「……女の子にモテるべ」
「それはモテたい人がやればいいんじゃないの?僕は別にそれを望んでないし」
「モテないよりはモテたほうがいいに決まってるべ!」
「それは暴論だね。そうじゃない価値観だってあるでしょ。
ユイトはモテたいのかもしれないけど」
「おい、人のいないところで勝手に決めるな」
俺は聞き捨てならないタツオの台詞にカットインした。
いや、あってはいるんだけれども。
俺がモテたいのはイエナにであって、不特定多数にではない。そこは誤解しないでいただきたい。
「ユイトォ!タツオが話にならないべ!」
ミサキの頬が赤らんでいる。
横に空のボトルが数本並んでいる。
こいつ、結構飲んでるな。
「それはいつものことだ。そろそろお開きにして、明日に備えるぞ」
「飲み足りないべ!ユイトも付き合え!」
ミサキが騒ぎ始めた。
「私もこんな感じだった……の?」
敬語になりそうなのを堪えてイエナが言った。
「いや、全然マシだ。おい、タツオ、ミサキを抱えてもってこい。宿にいくぞ」
「えー。なんで僕が?」
「そうなった責任の一端はお前にある。リーダー命令だ」
「なんか都合の良い時だけリーダー使ってない?
……まぁいいか。はい、ミサキ行くよー」
そう言うとタツオはミサキに肩を貸した。
「いやだ!昼間にみたいに抱っこして!」
駄々をこねている。
タツオはため息をつきながらお姫様抱っこをした。
ミサキはタツオの腕に収まると、嘘のように大人しくなった。
そして、タツオに見えない角度でこちらに向かってピースをした。
……まさか。
こいつ。酔ったふりをしていたのか?
——場の雰囲気を利用し、言いづらいことを言い、
挙句最後は自分のやって欲しいことをやらせる。
俺が思っている以上にミサキは策士なのかもしれない。
これからも頼りにしよう。
旅の仲間としても、相談相手としても。
俺は心の中でそう思った。




