第三十六話 スクエアと、セブンスロッドと。
「さて、具体的な旅の経路を確認しよう」
レオニスは、円卓に広げられた地図を指でなぞった。
「スクエアへ向かうには、いくつか経路がある。
最短距離は陸路だが……東の沿岸を南下するのは避けたい」
指先が、東方の広い領域を示す。
「この周辺は、オルディア、そして連邦入りしたフォージリアの勢力圏だ。真正面から通れば、こちらの動きは筒抜けになる」
「では、海路ですかね?」
俺が聞くと、レオニスは頷いた。
「まずは同盟国のカシラギ国東端、ナギラ岬まで陸路で向かう。そこから船で海路だ。南のイグナ島を中継し補給を行い、そのまま外洋を回ってスクエア南岸へ入る」
東端の岬。南の中継島。
——元の世界で言えば、房総半島から大島を経由するルートだ。
サイレスが続ける。
「トランジアはスクエアの東側に近い。正面から入れば、接触の可能性が高い。南岸からであれば危険は最小限で済む」
レオニスはさらに指を西へ滑らせた。
四国の先。海を越えた場所。
「そして——スクエアの視察が終わり次第、さらに西へ渡ってほしい」
「西?」
俺は顔を上げた。
四国のさらに西といえば、九州だ。
「セブンスロッド。テオロッドの姉妹国だ。アウレオ=テオロッドの弟、ヘリオス=テオロッドが建てた国だ。
建国当初から王政ではなく、完全民主制を採用している」
サイレスが補足する。
「国内は七つの領に分かれ、それぞれが自治を行っている」
「味方ってことだべか?」
ミサキが聞く。
レオニスは少し考えてから答えた。
「建国時から貿易、交友関係は続いている。が、地理的な距離もあるため、現状の情勢を把握できていない。こちらも、先手を打っておく必要がある」
地図の上で、テオロッドは中央にある。
東にオルディア。南にスクエア。西にセブンスロッド。
世界情勢の形が、ゆっくりと浮かび上がる。
「オルディア連邦は中央を抑えている以上、次は西を狙ってくる。」
レオニスは静かに言った。
「フォージリアとトランジアは既に連邦だ。スクエア、セブンスロッドが連邦入りすれば、この世界は西と東で分断される。そうなる前に、オルディアを孤立させるのが目的だ」
「正念場、ってことですね」
俺が言う。
「そうなるな。スクエアの動向を探り、可能であれば中立を維持させる。そしてセブンスロッドには、情勢を直接伝え、改めて同盟関係を強化したい」
「重要外交だね。大役だ」
タツオが腕を組みながら言った。
「途中、オルディア連邦が仕掛けてくる可能性もある。
道中、気を付けてくれ」
サイレスが言った。
いよいよ、物々しくなってきた。
科学の発展を大義名分に、世界の領主を目指す新国家、オルディア。
式術の制御と適正利用を推進し、各国自治を尊重するテオロッド。
そして新たに、二千年の歴史を持つ悠久の国家──スクエア。
南の姉妹国家、セブンスロッド。
それぞれの正義があり、それぞれの信念がある。
ふと、考える。
俺とタツオが転移し、最初にテオロッドにたどり着いたのは、偶然だったのだろうか?
もし最初にたどり着いた国がオルディア──アークネイヴァーだったら?
グラディオやノクスとともに、テオロッドと戦う世界線もあったのだろうか?
分からなくなる。
でも、今はこの国が、この国の人々が好きだ。それは間違いない。
ただ、利便性を求めた先には必ず科学が存在する。
この先、テオロッドがオルディアのようになる可能性も、否定はできない。
国の行き先を決めるのは、人の意志だ。
それに変わりはない。
だからこそ──俺たちは自分で選ばなければいけない。
この世界の行く末を、未来を。
元の世界では考えたこともなかった。
自分の意志が、世界に大きな影響を及ぼす。
俺はその責任の重さと、選択の重要性を感じていた。
出発は翌日に決定した。
まずは馬車でカシラギ内のナギラ岬に向かう。
俺たちはそれぞれ準備を済ませることにした。
俺は、サイレスに温泉開発を引継ぎ、ローディンに栽培と料理の開発を託した。
引越も終え、せっかく落ち着いた時間を過ごせると思っていたが、致し方ない。転居早々、また旅の身だ。
しかも今回は、相当な長旅になりそうだ。
元の世界で言えば、埼玉→房総半島→大島→高知→愛媛→九州。
群馬から出たこともなかった男が、とんだ大冒険である。
こんな形で日本を縦断することになるとは、想像もしていなかった。
ガルフ篭絡作戦の実行も、先送りである。
しかし、世界が落ち着かないことには、恋愛もくそもない。
ガルフは討伐遠征、テリーズとアレクシオは霊峰ライゼルで修行と、国内要職者も慌ただしい。
ブルーオーダーは改めて霊峰ライゼルに修行に向かった。
ノエルは若干嫌そうにしていたが……。
相当、〝原理の道〟の三千段が辛かったらしい。
巻き込まれっぱなしの異世界生活だが、
こうして振り返ると大分仲間が増えたと感じる。
守るべきもの、なんて大層なことは言えないが、
守りたい、と思えるものは見えてきた気がする。
守るべきものがある人は強い。
ラグナは、貧民や奴隷を。
ガレオンは、金と商人の矜持を。
ヴァルドは、自分の剣と信念を。
シャインは、祖国を、そして世界を。
それぞれが強い思いを持って、戦っていた。
守るために、戦う強さ。
俺はこの世界で、それを学んだように思う。
今はまだ〝選んだ〟のではなく、〝選ばされた〟のかもしれない。
でも、最後には自分で選んだ場所に立っていたい。




